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<117>罠だらけの遺跡

 戦いの基本はいくつかある。量で圧倒すること。質で圧倒すること。包囲すること。補給を断つこと。奇襲すること。有利な地形で戦うこと。安価に供給・整備できる兵と武器を揃えること。昔も今もこの基本から逸脱した戦法は悪手と言われている。

 セージが取ったのも正しい戦法だった、

 すなわち相手が体勢を整える前に攻撃しろと。


 「こいつを頼んだ」

 「え」


 セージは松明をメローに押し付けると、サイクロプスがこちらを見ているのに対しウィンクをプレゼントしてやり、疾駆した。肉体強化。肉食獣でさえ追尾できないであろう目まぐるしい左右へのステップを交えた攪乱。サイクロプスの一つ目があからさまに幻惑するのを尻目に、跳躍した。


 「いくら図体デカくったってえ!」


 空中で張りつめた弦のように槍を構え、突撃した。案の定サイクロプスは腕で身を守る仕草。攻撃姿勢のまま、丸太のように逞しい腕に乗る。

 槍に手を沿わせ、何かを塗るような動作と共に、エンチャント。


 「〝火炎槍〟――――、頭をぶち抜きゃ死ぬってのが常識!」


 火炎を纏った槍を握り、腕から肩に飛び移れば一つ目目掛けて突き出―――すことなく、体を揺すられたことで空中に弾かれた。

 不発に終わった攻撃。着地と同時に転がるような受け身を取り――そして、最上段に振り上げられた斧が一瞬のうちに自分を二枚おろしにする未来予想図を見ていた。

 悠々と槍を右手に、左手でクロスボウを抜く。


 「〝風よ〟」

 「〝矢よ〟」


 ほぼ同時に詠唱。即座に発射。背後からの支援だった。

 斧と腕に風が纏わりつき軌道を逸らす。斧はセージの横拳三つ分の地面に 深々と埋まった。セージは眉一つ動かさなかった。

 斧を再度持ち上げんとするサイクロプスだったが、叶わない。両肩目掛け光り輝く矢が飛翔し皮膚を貫通したからだ。血液の迸りが遺跡の壁を赤く染め上げた。

 セージは、がっくりと膝をついたサイクロプスの巨大な眼球目掛け、穂先の鋭角を照準した。揺らめく焔が、穂先のミスリルに寄り添い螺旋を描く。槍を右に、姿勢を落とし、全身のバネを発揮すべく足を大きく開いた。

 にっこり。セージの口元が吊り上がった。


 「消し―――飛べ!」


 宣言と共に一陣の風となりて距離をゼロとする。脳天目掛け槍を叩き込み血肉骨もろとも貫通させれば、それさえも炭に変え、槍に纏わせた魔力を爆発させた。頭蓋が炸裂、あたり一面に赤とピンクの奇妙な破片が飛散した。槍を抜き、サイクロプスの首を足で押して横倒しにする。

 生じる熱量に大気が僅かに揺らめいていたが、徐々に静寂へと還元されていった。

 セージは布きれで槍を清めるとクロスボウをホルスターに差し、頬の返り血を手の甲で拭った。


 「ふー……始末してやった。図体ばかりデカいだけだ」


 こんちくしょうと口にしてサイクロプスの肩のあたりに片足を乗せる。獲物をしとめて得意げな狩人の様相。一転して神妙な顔持ちになると、足蹴にした得物を覗き込み、二人に首を傾げて問いかけた。


 「こいつ食えるかな?」

 「セージ……人食はまずいですよ」

 「まだ食べたことない」


 ルエは顔色を変えて首を横に振り、メローは無表情で頷いた。

 セージは足の下にある獲物の死体をじっくりと見た。肌の色は灰色や黒に近くごつごつとしている。ヒトのように手足はあるし、頭の構造や内臓も大差ないかもしれない。

 食のタブーはこの世界でもあり、ヒトは食べてはならぬというものがある。サイクロプスはヒトなのか、猿なのか、似ているだけで別の動物なのか、判断できなかった。

 ただ一人、メローだけが興味深そうに見つめていた。物言いからして拒絶反応がない辺り、変人の域を通り越している。

 セージは死体を目で確かめ、上を仰ぐと喉を唸らせた。食っていいのか悪いのか。食料はある。焦ることも無かろう。足を退けると、二人の方に一歩を踏み出した。

 何かを言おうとした。が、すぐに口を手で覆いくしゃみを殺した。


 「へっぷし! うー……くせーし湿ってるし気持ち悪い」


 自分の後ろで結わいた髪を解き頭を振って散らすと、鼻に近づけて匂いを嗅いだ。腐ったような、埃のような、汗っぽくもある。香水のように芳しい香りとはとうていいい難く、渋面を作った。


 「申し訳ないですが無駄遣いできる水は無いです」

 「だろうな」


 同じく全身ずぶ濡れで不愉快そうな顔をしたルエがやってくると、荷物の中にある水筒を軽く叩いて首を振った。飲料水は貴重である。体を清めるのに使っていてはいくらあっても足りないだろう。

 ローブから靴までびっしょりのメローも、不快感を滲ませて佇んでいた。

 もし都合よく井戸でもあれば。セージは手持ち豚にしていた槍を背中に背負い、通路の向こう側をじっと見つめた。同じようないっそ無味乾燥な構造が続いていた。

 革を多用した鎧を着込んでいるだけに水に弱い。鎧の下は水が溜まっており、体温でぬらぬらと湿気に変わりつつあるのがわかった。遺跡の中の空気は静謐として乾いていたので干せば乾くだろうが、長時間何もせず突っ立って乾燥を待つだけの気分優れる状態にない。

 セージはうんざりした顔で一人難しい顔をして歩き始めた。二人がそのあとを追いかける。


 「おれ思ったんだ」

 「なんですか?」


 セージがぽつりとつぶやくや、即座にルエが背後から聞き返した。

 セージは首をこきこき鳴らしながら回しため息を吐いた。


 「ここ数日ずっと動きっぱなしだったから休める場所を探したいってね」

 「そんな場所、ない」


 メローの無情な否定の言葉に一行はため息をついた。





 「都合が良すぎねぇか」

 「ええ……あまりに………」


 罠を踏み、サイクロプスに襲撃されてから数時間後、三人は噴水に辿り付いていた。

 古風な装飾の施されたアイボリー色の石造り噴水が広間とでも呼べる空間の真ん中に鎮座しており、透き通った水を吐き出している。広間は簡素ながらところどころに石造りのベンチまで設置されており、四方四隅には松明をかける場所まで設けられている。

 『休んでください』とでも言わんばかりの場所。罠を経験した一行にとって、その呑気な噴水と広間はキルゾーンにしか見えなかった。例えるならばクマの人形が戦場に放置されているようなものだった。

 丁度四角形の空間に入るや、セージは四つん這いで地面を丹念に指でこすり始めた。


 「お前らよく調べろよ。ここは閉鎖するには丁度いい場所だ。圧力感知式のが仕込まれてて水責めされたら死ぬしかない。地雷原と思え」


 床を構成するタイルの継ぎ目を擦り、指で押して息を吹きかける。顔を床につけて凹凸を目視で確かめる。猪武者な性格のあるセージとて、二の舞は御免だった。

 ルエも屈んで床を調べだす。メローは床ではなく、壁を。


 「ジライゲン?」

 「………罠! 罠を探せってこと」


 首を捻るルエの素朴な質問。ジライなんてものはこの世界にない。

 しまったと誰にも見えない位置で歯噛みをしつつ、頭の中で適当な言い訳をでっち上げる。


 「聞いたことない単語ですね」

 「おれの………昔読んだ本に書いてあったんだ」

 「そうですか」


 返事をしてすぐに作業に戻る男の背中を一瞥。自分も作業に戻る。

 タイルを擦って違和感がないかを確かめ指で押す。押しては進む。安全地帯を開拓していく。セージは、かつて見たアクション映画に従ってワイヤがないかを手を慎重に伸ばして確かめた。床を調べ、ワイヤを調べ、ついでに魔術が作動しないかを確かめ、一歩前進に数分かける慎重さで全身する。

 噴水から馬三頭分の距離。手が届きそうで届かない絶妙な空間が立ちふさがる。噴水。つい先ほどの罠が脳裏をよぎる。何かの拍子にスイッチが起動して広間が閉鎖され水責めをされたらどうするのだと。

 セージはその場に屈むと、左に手を振った。


 「メロー、左回りに罠を調べてくれ。おれは右回り。んで、ルエは罠が作動したらおれらを抱えて逃げる係。任せたぞ」

 「わかった」

 「まかされました」


 セージとメローは麦を刈る農夫のように屈んで地面を調べ、ルエはいつでも二人を抱えて逃亡できるように身構える。まるで砂の山に棒を突き立て、端から砂を取って行ってどちらの番で棒が倒れるかを競うゲームのように、噴水の外周を調べていく。床を擦り、押して、息を吹きかけ、目を細く大きくして確かめる。

 そして、腰が痛くなってきた頃、やっと噴水に到達できた。

 安全であると実証された地面を歩いていき、噴水に接近する。

 セージは恐る恐る水を掬った。さらさらとした綺麗な清水が指の間からすり抜ける。滾々とわき出す水は冷たく心地よい。

 しかし飲むような真似はせず、傍らで水を物ほしそうな表情で見つめる男の胸を拳で軽く突いた。


 「飲めると思う?」

 「僕としては――――メロー!?」

 「ばっかやろう!」


 きっとこれも罠に違いない。という発想から相談しようとした二人の傍らで、目をぎらぎらさせたメローが水を掬って口に運んでいた。血色の通った唇が水を啜り滴が口の端から伝う。

 セージは咄嗟にメローの両手を捕まえて噴水から引き離したが、ごくりという嚥下する音色を聞いて顔色を変えた。


 「わたし、う、ぐ」

 「毒か!」


 メローは何かを口にしたが、言葉にならないという様子で目を瞑り倒れ込んだ。肢体、指先の末端が苦痛を堪えるように蠢く。小柄な肉体を抱きセージは途方に暮れた。

 隣に屈んでメローの額に手を置く男に涙目で問う。


 「しっかりしろよ! 毒か! くっそ毒なんざどうしようも……! おいどうすんだよ!」

 「そんなこと言われても困りますよ! とにかく魔術で」

 「ちが………ひびれ……」


 メローの瞳が開いた。口をぱくぱく鯉のように使い必死に訴える。呂律がまわっておらず酔っ払いのような発音であり、セージとルエは顔を見合わせて、再びメローの口元に注視した。


 「ひびれへら………しゃへれ、っんな」

 「痺れ?」


 意味をくみ取ったセージは噴水の水を、怪訝な表情で見つめた。

 無色透明。匂いもない。毒ではなく、痺れ薬が仕込んであるよう。毒に耐性のあるエルフ族を一口で行動不能に至らしめるとは、恐ろしい威力だった。

 万が一毒のせいで痺れていることも考えられた。その場に寝かせる。


 「やっぱり罠じゃないか!」

 「ですね………きっと彼女も水に仕込みがあるなんて思いもしてなかったんでしょう」


 憤慨するセージを宥めるように、ルエが手でジェスチャーをする。

 しかしセージは口をへの字に曲げて天上を仰いで文句を吐き出した。もし遺跡に管理者がいたとしたら聞こえているだろうから。


 「この遺跡作った奴最高に趣味悪いな! メローもメローだと思うけど。飲むなよ。お前、道端に落ちてるものとか拾って食ったりしないよな」

 「だめ?」


 セージは、首を傾げようとしてできず唇を動かすだけのメローの額を軽く叩いてやった。その手をするりと滑らせがっちりと肩を固定する。


 「言っておくけど毒の中には痺れを感じてからぽっくり逝く種類のもあるから、この場で即効吐いてもらう。抵抗は無意味だから覚悟決めろ。おい、ルエ押さえろ。おれが喉に突っ込むから」

 「………えっ? な、なん………なに、を?」


 呆然と固まるメローに、セージは子をあやすような口調で治療内容を宣告した。異物を飲み込んだ際には吐き出させるのが一番。


 「やむを得ない事情ですね………悪く思わないでください……」


 するりとルエがメローの下半身を腕でつかんで固定した。

 そして広間にか細い悲鳴が上がった。


嘔吐シーンは規制されました(嘘

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