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<114>潜入成功

 たっぷりとした休みと十分な食事そして準備を終えた。何せ入るための手段が整っているのだから、下準備は万全にすべきだった。武器の整備を終え完全装備を行った三人は深夜にギルドが閉鎖する遺跡の入口へと向かった。

 夜でも警備はあったがかなり手薄なようであり接近を感づかれる恐れはなかった。

 例の酒場の裏でくだんの青年と再会した。


 「じゃあこれ、手数料として」


 兵士の格好をしておりながら荷物を纏めた布鞄を背負っている青年の手に硬貨と貴金属類の詰まった袋を握らせる。青年はセージが完全武装なのと、怪しいローブを着込んだ肌の黒い女の子と、背の高いエルフが同行しているのを好奇の視線で見遣ったが、袋を受け取ると代わりのものを差し出した。

 シンプルな鍵だった。声を潜め、手作りだと思われる羊皮紙の案内書を取り出すと、指で示し説明する。


 「事情ありみたいだ……マァいいや。俺はこの金もって逃げるからお互いに他言無用。俺が抜けたから警備はすごく手薄だ。正面門の横に通用口があるから、この鍵で開けて入ってくれ」

 「ありがとう。君も達者でね」

 「その……多分これで一期一会だ。名前くらい頼めないか」


 特に含むことはないのだろう。青年は硬貨の詰まった袋の中身を検めつつ、セージに言った。


 「セージ」

 「俺はアランだ。じゃ、エルフさんたちも達者で」


 セージは自分の胸に手を当てて答えると、相手の名前が返ってくるのを合図に、手を振って見送った。事情は知らないが夜中の内に逃げるのだろう。金を何に使うかは結局わからなかった。

 その背中が消えるよりも前に、無言でルエとメローに合図をして正面門へと向かった。

 夜。月明かりしかない中、篝火が盛大にたかれており松明もかかってはいたが、赤く揺らめく火炎はむしろ暗闇の輪郭を際立たせるようであり、音も無く物陰から物陰に身を潜めて移動する三人の姿を見ることはかなわない。

 羊皮紙にあったように警備の兵は別の場所を守っているらしく、しかし正面門には人がつめていた。青年の言った通り通用口はがら空きであった。


 「後ろ頼む」

 「わかりました」

 「……ん」


 背後の守りを目くばせと端的な言葉でルエとメローに任せる。二人は各々の武器を構え、静かに待機し始めた。

 屈んで通用口の錠前を持ちシンプルな形状の鍵を差し込んで捻る。カキンと小さい音色がして戒めが解かれた。そっと錠前を手に扉を開くと中に入る。


 「くっ」

 「どうしました?」

 「なんでもない」


 セージが呻いたのに対しルエが小声で質問をした。何か硬いものがぶつかった音もしたため不審に思ったのだ。

 セージは気恥ずかしさと共に背負った槍を手に握って邪魔にならないようにすると、扉を屈んで中に入った。まさか背中の槍が突っかかりましたとは恥ずかしくて言えなかった。

 続いてルエが入った。最後はメローだったが、背中の杖が引っかかって仰け反った。ぺたん、とお尻から地面に座り込む。恨めしげに狭すぎる通用口を赤い瞳で睨む。精神不安定な彼女のこと。頭の中では通用口を破壊したいと考えているに違いなかった。


 「おいおいどんくさいな」

 「………なに」


 尻もちをついたメローへ自分のことを棚に上げて茶化しにかかる。むっと唇を曲げるメロー。それをたしなめるが如くルエがメローを介抱し、奥を指差した。


 「先に進みましょう。万が一感づかれたら面倒ですよ。そういえばセージ。一つ気になることが」

 「んだよ」

 「鍵をかける人間がいないことと、もし遺跡から帰還してきたらどうするのかということです」

 「それは問題ない」


 最後に通用口の扉を内側から閉じる役割を果たしたメローが暗闇の中で囁いた。

 セージはあらかじめ用意しておいた松明を手に取り無詠唱の火花を散らして着火すると、息を吹きかけ安定するのを待った。赤っぽい光源のもとで、赤い瞳が二つ空中に浮いているように見えた。メローの目だった。

 彼女は人差し指を立てると、通用口の方を肩で煽るようにした。


 「ここの警備から察するにアランが抜けたことで彼に責任全てがかかる。侵入されたことが問題になるのはずっとあとのこと。それと、帰還するときの障害もさほど問題ではない。外から来る人へは警戒するけど中から戻ろうとする人へは警戒は薄くなる」

 「なるほど。確かにそうです」

 「うん………そうだな」


 セージはどこか上の空で松明をじっと見つめていた。揺らめくそれは定型を持たぬ熱反応であり、唯一の灯りである。

 帰還するときの障害。きっとこの先に答えがあるのだろう。辿り付き、『船』で元の世界に戻れたとしたらルエとメローを置き去りにしてくるだろうから、帰還の時の障害は考えなくてもいい。けれどおぼろげながら、もといはっきりと答えが自分に何をもたらすのかを予想することができていた。もし答えを得た時、判断しなくてはならないのだ。

 松明の火は答えてくれなかった。

 松明の火を通路の彼方、消失点となる不明の空間へと向けた。暗闇だけがあり一行を死に誘っているようであった。通路は整然としていた。まるで病院の通路を思わせたが、ルエとメローには神殿のような造りであると認識させただろう。岩をくり抜き丹念に削って仕上げた正方形の断面を持つ通り道が暗闇を挟んで彼方へと延長していた。

 セージは松明を剣のように通路の奥へと翳した。

 振り返らずに、このお使い(クエスト)の挨拶を言い、心の内を言葉にして結ぶ。


 「行こう。先に言っておく。おれに付き添ってくれてありがとう。心から感謝してる」


 ルエは呆気にとられた。勝手にどこまでもついていくと啖呵を切っただけに感謝されるとは青天の霹靂であった。

 一方メローはビジネスライクな対応をとった。杖をもてあそびつつ囁くように言葉を流す。


 「ロウに言われたからついてきた」

 「そういうクールなとこ好きだぜ」

 「ありがとう」


 メローは目をぱちくりとして淡々と応対する。言葉の端に棘がある。一文字一文字の発音を意図的に離している。先ほどのことを根に持っているのだろうかとセージが予測する。冷戦沈着で機械的なメローと言えど棒切れか何かではない。茶化されて腹を立てることもあろう。

 セージはメローの肩を優しく叩くと、軽く頭を下げポケットから半透明な物体を取り出し手に握らせウィンクした。


 「さっきは悪かった。飴あげるから機嫌直せよ」

 「なおった」

 「そういうクールなとこ好きだぜ」

 「ありがとう」


 一秒とかからず飴を口に投げ込んで首を上下に振って見せる様にセージは苦笑した。同じイントネーション、同じ言葉でのコミュニケーションを取った。カラコロと口の中で飴が上機嫌に転がる小気味いい音色が鼓膜を擽る。松明を構成する木がぱちりと爆ぜて火の粉を宙に投げやった。

 もし警備の者に感づかれたら戦闘になる。

 セージは足早に、それでいて警戒を怠らないように意識を張り巡らせ通路を歩き始めた。


 具体的に言えばスライムのようなモンスターの気配はなかった。

 遺跡内部はがらんどうであり、画一的な構造が果てしなく続く地獄のような迷路だった。故に方角を見失うことに気付けたため、通路に持参のインクで印をつけ、羊皮紙に歩いてきた道を記していく作業を行った。

 モンスターの気配も無ければ、冒険者の影も形もない。あったと言えば野営した痕跡くらいであった。

 燃え尽きた焚火。食べ物の滓。壁に張られたワイヤを利用したサウンドトラップの痕跡。野営した跡を利用して、そのまま陣取ることにした。


 「これでよし。メロー、反応あったら構わずブチかませ」

 「わかった」


 杖を起動状態にして体育座りをしている小柄な肩を叩くと、自分は床に敷いた布をベッド代わりに横になった。二連式クロスボウとナイフは荷物の上に置いてある。槍はすぐ横に。

 ワイヤを貼り直し小石を詰め込んだ入れ物を元の位置に直して接近を検知する仕組みを再構築した。遺跡は基本的に通路からなる。即ち前か後ろかしかない限定的な空間である。メローの異常な火力をもってすれば掃討するのは容易いだろうと考えたのだ。セージのすぐ傍らにはルエが片膝をついて遠くに視線を配っていた。守りは万全であろう。

 セージはすぐそばでかしこまる男の膝に触れると、頷き、目を閉じた。


 「頼むぜ。おやすみ」

 「任されました」


 滑らかな艶のある声が耳に届いた。

 とても嬉しそうな声色だったのもあるだろうが、男の存在が酷く大きく感じられた。


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