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<111>蝶のようなもの


 どうやら巨大な蜘蛛はいわばクイーンの役目を果たしていたらしく子供らはクイーンの撃破と同時に一目散に逃亡を図った。ドライアドの話によると根っこに群がっていたものらは消え上せたという。数日間寝泊りをして再調査してみるも一匹も発見することができず、依頼の達成が確認されたのであった。蜘蛛を追い払うこと。これの完遂を持って森を脱する術を授けるというのが依頼であった。

 なお毒は今後も利用できる可能性があったため瓶詰にして持ち運ぶこととなった。貴重な品を用い数日間掛かりで製作したのだ、燃やすなどして破棄するには後ろ髪引かれる要素が強すぎた。難点はセージの扱う火炎系魔術との相性が最悪であることである。毒は熱に弱い性質であった。

 報酬を渡すということで森の主と面会のため通された祠の上にある地点へと通された一行は装備品を確かめていた。ドライアド曰く荷物は揃えて携帯しておくようにとのこと。馬は心配しないでも送り届けると言われた。どのようにして運ぶのかは教えて貰えなかったが裏切られることはないという確信があったため、安心してやってきたのだ。

 しかし一向に迎えとやらが来ないし、主も返事をしてくれない。

 木の枝と枝に渡すように作られた足場の上で三人は座り込んで雑談に耽っていたが、一時間二時間も経つと話題も無くなりメローに至ってはうたたねし始める始末だった。

 待たせるよりも、待つ方がつらいものだ。

 セージはメローが己の肩に寄り掛かり寝息を立てるのを横目で見やると、小さい唸り声をあげた。

 てっきり案内人でもよこして森を安全に脱出させてくれるのだとばかり思い込んでいたので、よりによって森の中で荷物を装備したまま待たされるとは思いもしなかった。

 鳥が鳴いている。空は高く風は優しい。じっと黙っていると眠気が襲ってくるもの。

 ルエがこちらの顔をじっと覗き込んでいる真ん前で、瞼が勝手に下りて睡眠へとずぶずぶはまり込んでいく。起きなくては。寝顔を見せるのは恥ずかしいではないか。しかし睡魔は非常である。どんなに瞼を開けていようとしても、生ぬるい愛撫によって意識が溶かされていくのを先延ばしにする効果しか発揮できない。

 己がとろけるのをどこかで俯瞰しつつも意識が消えていった。時間間隔が曖昧になり隣にいるメローの吐息さえ大きく感じられた。


 『待たせたな。さらばだエルフよ。二度と会うまいが強く生きるのだぞ』

 「はえ?」

 『締まらないことを言うのではない。しゃきっと目を開くのだ』

 「えぇ? ん?」


 心地よい低音が直接頭の中に響いてきた。半ば眠っているに等しい意識レベルにあったセージはがくりと肩を痙攣させるとうめき声を上げつつ、声にならない声を漏らすと瞳を開いた。

 管のようなものが吹き抜けの部屋に無数に侵入してきており、それらは蛍のように輝いていた。何を、と言うよりも早く管が巻き付いてくるとがっちり胴体を固定して上に持ち上げていく。抵抗しようにも寝ぼけた頭ではままならない。


 「え、ちょ……!? 落ちる! 落ち……? 落ちない?」


 暴れて振りほどこうと躍起になったが、高度が木の高さを越えて上昇を始めると、万が一振りほどけてしまった時の危険性に体が震え中断してしまう。見れば、管はなにやら煌めく物体から伸びていた。それは複雑な模様の大きな羽を二枚と、二本の触角を持っていた。

 ――蝶だ。蝶をそのまま巨大化させたような物体が羽をやけにゆったり使いつつ空へと昇っていく真っ最中であり、己はその蝶の腹より生える無数の管に抱かれていたのだ。

 だがセージの知る蝶は管状の触手などないし、なによりワイバーンにも匹敵しようかという巨大な生命体などではない。間違っても鱗粉らしき明るい緑色の粒子を防御障壁のように纏いつつきらめきを持って空を飛翔するトンデモ虫ではない。

 はっとなり見下ろしてみれば、どこにいたのか、ドライアドたちが手を振っているのが見えた。これが報酬ということらしい。

 けれどセージは一つ言いたいことがあった。


 「先に言ってくれよ! ………駄目だ聞こえてない」


 わんわんと怒鳴っておくも、ドライアドたちは遠すぎて声が届かないのか呑気に手を振るだけであった。


 「セージ!」

 「お、なんだいたのか」


 眼下に向けて叫んだセージのすぐそばから声がした。視線を水平にしてみれば同じような蝶に抱えられて飛ぶルエと、マリオネットのように全身を不自然に硬直した姿勢で管に掴まれているメローの姿があった。似たような蝶が三匹並んで飛んでいることになる。

 蝶によって天然の要害である深き森の脱出の手伝いをするということなのだろう。

 ドライアドと言い喋る木といい蝶といい学者連中に伝えたら狂喜乱舞しそうな内容のオンパレードであった。

 蝶の羽を観察してみると、ワイバーンのように強靭な筋力を持って飛んでいるのでも、鳥のように風を捕まえるのでもなく、ただ上下させているだけである。蝶は通常、羽を上下させるたびに猛烈な勢いで体が上下に振れてしまう。だがセージたちは揺れも無く快適である。もしかすると鱗粉で飛翔しているのではないかと仮説を立てるも正解は不詳だった。

 セージは蝶が思ったよりも速く飛んでいるのを、眼下の風景が流れていくことで知った。鳥がついてこようとしているのであるがついてこれず置いて行かれていた。快適な蝶旅。足が空中に浮いていることを除けばだが。

 セージは、メローに話しかけようとして彼女が顔面蒼白かつ意識を失いかけらしいことを見て悟ると、ルエに相手を切り替えた。


 「ほんと腰を抜かしちゃうよな。魔の森にドライアドにでかい木におまけにデカい蝶と来たもんだ。エルフなのに森の未知に遭遇ってのも悪いジョークだわ」


 エルフは森の民とも呼ばれる種族。その森の民が未知の森の民と出会うなど笑い話である。

 ルエが首を縦に振ると、いかにも居心地悪そうに管の位置を手で直して身動きの範囲を広げた。


 「全くです。しかし、不幸中の幸いですよ。これで迷わず森を抜けられる上に旅の期間を短縮できます」

 「蝶の癖に速すぎるよなぁ。なんだこの生き物」

 「さあ? 僕も知りません。ドライアド秘蔵の………軍事品、でしょうか」

 「名前なんだろ」

 「蝶…………巨大蝶? なんてどうですか」

 「命名の才能ないんだな、お前」


 二人はそこまで話し合うと首を傾げあった。元の世界風に分類するならばUMAだろうか。セージは一人心の中で呟いた。

 蝶は鳥も追い越す高速で飛翔しているはずだが、不思議なことに、前に移動する際に発生する相対的な風がなかった。見れば障壁のように蝶を取り巻く鱗粉らしき光の粒子が風を押しのけているようであった。この世界には原理不明の神秘というものが無数に存在することは知っていたが、こうも神秘を見せつけられると神秘というより実体を伴った現象として感じられた。

 蝶に抱かれて飛び続ける。メローはワイバーンならまだしも蝶に抱かれて飛ぶという理解不能な現象に脳の機能をシャットアウトさせたらしく、目を閉じてピクリともしない。ルエとセージの間でも話題が尽きてしまい押し黙るばかり。

 そして半日もせずに森を抜けられたのは言うまでもなかった。

 到着先には既に今まで乗ってきた馬がおり、しかし酷く怯えていた。蝶に抱えられて運ばれたとすれば当然だろう。

 あの蝶は便利だ。もしかするとワイバーンより運搬能力に長けるかもしれない。また乗ってみたい。という感想をぼやいたセージに対し、気を失っていたメローが全力で首を振ったのは余談である。

 兎にも角にも、一行は森を抜けて遺跡へとぐんと近づいたのであった。


ちょっと筆乗らなくて数日書けませんでした

私、書ける時期と書けない時期がありまして、書けない時期に突入したかもしれないです

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