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<110>親玉

 地下へと潜るにあたっては、メローは待機ということになった。メローは魔術でのみ戦いを可能としており、剣も槍も使えず、弓を引く筋力も無かった。弓は細身のものが扱う印象があるだろうが嘘である。弓は威力に比例して引く力が増大する武器である。高威力の弓は強弓等と呼ばれ、強い弓を引くことすなわち一流の戦士であると見なされることも多い。そうでなくとも鍛えもせず練習もしてこなかったものに扱えるものではないのだ。

 ということで攻略組はルエとセージに決まった。ルエは魔術の制限を何とかしようとして即席の槍を拵えた。セージのミスリルの槍とは比べ物にならない稚拙なものではあるが、その先端に塗布された猛毒さえあれば、傷口をつけただけで相手を死に至らしめることができるだろう。

 毒を製作するにあたっては、解毒剤も作られた。鍵を閉める機能があるのに開ける機能がないのでは片手落ちなのと同じように、もし万が一毒を吸い込む傷口に付着させてしまうなどのハプニングを想定して、解毒剤が用意されたのである。エルフは毒に耐性があり即死はしないだろうから一行動可能なものがもう一人を治療するという手はずである。

 つまり地下の戦いではツーマンセルかつ、お互いの徹底的な連携が肝要となる。それこそ以心伝心とでもいうべき背中を任せる戦い方を。

 セージは後ろで結い上げた髪の毛を左右に揺らしつつ、槍を構えて先頭を歩いていた。背後には慣れぬ手つきで槍を構えるルエがいた。近接格闘に置いてはセージの方が経験値を積んでいるので、先頭を切り開く役目はセージが担うこととなったのである。

 セージは上を仰いだ。前回の偵察では真上から奇襲を仕掛けられたため気おくれしたが、今回はそうはいかないとばかりに。

 

 「おかしい、いないぞ」

 「静かですね……」


 だが、一匹たりともおらず、閑古鳥が鳴いている始末であった。二人して視線を周辺に配りながら囁き合う。

 蜘蛛がいたらしい間接的な証拠は存在する。脚部がめり込んだ痕跡。樹液を吸ったのだろうか、根っこに穴が空いている個所もあった。何より蜘蛛を象徴づける粘着質な糸がすだれのように垂れ下がっており、うっかり引っかかってしまったらしき小虫がジタバタと暴れていた。

 セージはポニーテールの位置を直し、口をへの字に曲げて唸ると、人差し指を眼下に向けた。


 「確かにいたんだけどなぁ。うんざりするほどいた」

 「隠れているのでしょうか?」

 「だろうよ。無料で樹液をちゅーちゅー吸える場所を放棄して逃げ出すわけがない。いるとすれば向こうだろ常識的に考えて」


 指し示した方角は遥か下方。枝が入り組んで複雑怪奇な通路を構築している空間の奥行である。隠れる場所は無数に存在しており、むしろ隠れられない場所の方が少ないとも表現できるほど障害物が多い。

 セージは上からの攻撃と下からではどちらがましだろうかと考えつつ、一歩一歩を慎重に踏み出して木の根っこの道を下り始めた。視線は常に右、左、上、そして下へとひっきりなしに移動しており、聴力も可能な限り利用することで全周をカバーしようとしていた。

 唯一視線の行き届かない背後を守るルエは、おっかなびっくり槍を構えて後に続いた。

 休憩所へと到達。中に顔を突っ込んでみても誰もいない。

 休憩所を後にして前回の偵察で攻撃を受けた地点へとやってきた。蜘蛛の糸の銀色の線がぬらぬらと光っており、殺気にも似た不気味な感触が漂っていた。肌がぴりぴりと刺激されているようにも感じられより一層槍を握る手に力がこもる。

 セージの耳が僅かに傾いだ。


 「来る!」


 槍を引き、腕に力こめる。刹那、下の根からセージらのいる根へと跳躍して蜘蛛が二匹行先と戻り道を塞いでしまうと、強固な脚部を根っこにめり込ませつつ突進を仕掛けた。

 ルエの反応が遅れた。セージは既に動いていた。

 構えた槍を上半身の捻りで回転させつつ繰り出すと、蜘蛛の脳天へと切っ先をめり込ませ即死させれば、殻に飛び乗りけっ飛ばす反動で抜きぬいた。ルエは辛うじてバックステップすると、慣れぬ手つきで蜘蛛の体へと先端を突き刺した。

 猛毒の威力はすさまじく、ルエを狙っていた蜘蛛でさえ、致命傷になりえない個所に浅く刺さっただけの槍によって瞬時に絶命した。がくがくと肢体を震わせて崩れ落ちる。


 「おせーぞ! そんなに死にたいか!」

 「仕方がないじゃないですか! やったことないんですから!」

 「だから体鍛えるだけじゃなくて……わぁ来る!」


 二人は背中を合わせると、すかさず言葉の応酬を仕掛けたが、下方から蚤のように蜘蛛が跳ねて根っこへと飛び乗ってくると、余裕の一切合切を拭い去り得物による迎撃を再開した。

 セージは無詠唱の肉体強化魔術で並外れた脚力を発揮した。蜘蛛が糸を吐くのを、ルエの肩をむんずと掴んで自身とともに避けさせると、しゃがんだ姿勢から脚力だけで空中に進出して蜘蛛の背中に飛び乗り槍を刺してすかさず前転を決めて次の蜘蛛へと躍りかかった。


 「でやあっ!」


 背中に乗って、刺す。蜘蛛は脚部にしても口にしても背中まで届かないのだ。真正面からやり合うことなど愚の骨頂と知っているからこそ可能な戦法であった。

 一撃で死亡せしめるだけの威力を有する猛毒のお陰もあってか、一度の接触で一匹を始末することができた。

 一方でルエは必死な表情で槍を突き出し、危険を判断すると逃げてを繰り返す、臆病な戦いに徹していた。槍で突く。だけの攻撃方法しか取れない近接戦闘の腕前なのだ、セージのようにアクロバットな動きを瞬時に発揮できる方がおかしい。

 比較的小粒な数匹を瞬時に平らげてしまったセージは、ルエが悪戦苦闘しているのを見るや、声をかけつつ急行した。

 ルエに向かい糸を吐こうとする一匹に対して矛先で狙いをつける。


 「どっけぇ!」

 「うわ!?」


 ルエの背後から強化された脚力で風のようにすり抜けると、蜘蛛の糸を跳躍でいなし、その顔面へとドロップキックを敢行。がつんと足が殻に阻まれ跳ね返されたが全て計算のうち。蜘蛛がここぞとばかりに接近戦に持ち込む勢いをそのまま利用してミスリルの刃を殻の内部へと埋没させた。ずぷり、嫌な手ごたえ。蜘蛛の体液が傷口から吹き出すと根っこを汚した。

 始末した余韻に浸る隙も与えてくれない。二人のいる根っこへと雲霞の如く蜘蛛が出現すると物量で押しつぶさんとする。陸の蜘蛛と異なり大型のがほとんどいなかったのと、猛毒を塗布した槍があることでなんとか捌けていたが、一殺せば二やってくるのではやがて防戦一方となる。

 悪いことに蜘蛛たちは根っこの裏という足場でも歩くことができるらしく、前後左右どこからでも出現するため、殺しても殺しきれず、やがて二人の背中はくっ付いていた。二人だけの円陣防御。


 「多すぎます!」

 「なんかいいアイディアはあるんだろ? そうだと言えってば!」

 「セージこそ!」

 「ねぇよ!」


 無駄口を叩きつつも、セージは突いて払って死骸を蹴る。ルエは突くだけであるが、徐々に慣れてきたか、槍の精度が上がってきていた。

 これ以上下がれない。なにせ、お互いの背中があるのだから。蜘蛛はますます数を増やし根っこの上を占領せんばかりであった。

 ――かくなる上は。

 セージはルエの肩を叩くと――その肩を抱えてともに根っこから飛び降りた。綱無しバンジー。またの名を身投げ。逃げる場所が無ければ飛び降りればいいじゃないというコペルニクス的発想である。


 「ルエぇぇぇっ! 飛べぇぇぇっ!」

 「え………!?」


 だがその発想がなかった者にとっては宴会の最中に総大将自ら切り込んできたに等しい不意打ちである。セージは前から、ルエは背中から落下する羽目となった。足場が消えれば重力に従い止まるまで落ちるのが世界の理。加速度的に落下速度が上がっていき対策を打たねばミンチと化すだろう。


 「〝風よ〟!」


 ルエの言葉が迸るや否や周囲の風が瞬時に流れを変えて二人の体を包み込み減速し始めた。ルエがセージの腰を抱き寄せると密着させることで安定化を図った。距離を離せば離す程制御が難しくなるのだから当然と言えるが、セージからすれば相手に腰を触られたうえ密着する位置に連れてこられたようなもので眉を顰めざるを得なかったが、真上から続々と蜘蛛たちが糸を垂らして追撃してくる風景が見えたものだから、絶叫ものだった。

 反射的に腰の二連式クロスボウを抜くと、後付けの照準器で狙いをつけた。


 「もっと速く落ちろ! 速く落ちてゆっくり! もっとゆっくり! 違う速く! ゆっくり速く!」

 「矛盾してますよ!」

 「あぁ糞。動くなよ! すぐ後ろに蜘蛛いるから!」


 細かな補足説明を加えている暇などない。蜘蛛の一匹が背中に取り付こうと迫ってきているのを見つけるや、胸にしがみ付き射角を確保して、ルエの首筋から矢を二連射して射殺した。ルエの心臓が高鳴ったなど知る由もない。

 すぐ眼下に迫ってくる根っこへと着地すべく二人は身構えた。丁度そこへ、巨大な蜘蛛が居座っているなどと思わずに。

 巨大な蜘蛛の殻の上に見事着地したセージとルエのうち、瞬時に反応を示したのはセージだった。巨大な蜘蛛が反撃に出るより数秒は早く罵り台詞をせり落とすと、毒を擦り込んだ槍を逆手持ちにして、全体重と腕力をかけて突き立てた。生ぬるい蜘蛛の体液が跳ねて顔にかかる。


 「お、お……! でかいぞ! くそっこいつでも食らえ!」

 「親玉でしょうか!」


 敵の上に着地という事態に気を取られていたが、遅れてルエも突き刺した。

巨大蜘蛛は、突然背中に異物の侵入を許して苦痛に怒りの鳴き声を上げつつ暴れるも、徐々に動きを鈍くしていった。例え熊であろうと即死させるという猛毒を体内に注入されてしまい、死への旅路を辿り始めていたのだ。

 それでも蜘蛛の抵抗は激しく、二人は殻から弾かれてしまい、根っこの上に転がった。

 苦悶の声を上げ、複数本生えた足をひっきりなしに痙攣させて大暴れする巨大蜘蛛を前に、他の蜘蛛たちも不思議と動きを止めていた。二人は固唾を飲んで観察を続けていた。するとあろうことか巨大蜘蛛は、もしかしたら逃亡を図ったのかもしれないが、よろよろと根っこから糸も張らずに身を投げた。


 「自殺か?」

 「いえ。毒が効いて平衡感覚を失ったのでは……」


 セージは端的に感想を述べた。まるで自分から死にに行ったように見えたからだ。ルエが首を振り否定すると、恐る恐る他の蜘蛛たちに警戒の視線を配りいつでも攻撃に移れるように全身を強張らせていた。

 二人は根から眼下を覗き込み巨大蜘蛛の行く末を見た。巨大蜘蛛は空中を独楽のように回転しつつ根にぶつかっては跳ねてを繰り返しつつ暗黒の奈落へと消えていった。いくら頑丈かつ生命力にあふれているとはいえ受け身も減速もできぬまま落下しては生存は絶望的であろう。

 巨大蜘蛛の死亡を見届けたのか蜘蛛たちは一斉に文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。死角となっていた箇所からも蜘蛛が這い出てくると地上に向かって駆けだしていく。数分とかからずに蜘蛛の群れは視界から消えてしまい辺りには静寂が戻った。

 セージは脱力して座り込むと、ポニーテールを解いてため息をついた。


 「ボス撃破。任務完了ってね」


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