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<109>毒

蜘蛛駆除のための毒を作るため……


 毒の製造で魔女がにやけ顔で鍋をかき回している場面を想像するならば、半分は当たっていると言える。液状に加工する過程で熱を加えることは珍しくないからだ。しかし、毒物をじっくりことこと煮詰めているのに、その蒸気を盛大に吸い込みながら作業では言うまでも無く魔女も死んでしまう。パンを焼くのに窯に入って様子を見るパン職人がいるだろうか? いや、いない。

 なので、毒の製造には自動で中身をかき混ぜる道具や、煮るだけでかき混ぜないでいいような状態にしておくことや、単体では毒性がないが調合すると毒性を持つ液体を作ることで解決される。これはファンタジー世界だからという理屈以前に現実の化学薬品にも同じことが言えるだろう。これらの理由から毒に強いエルフは毒の製造に適しているともいえる。

 ルエは、メローに言われるがまま材料を採取していた。とある茸と苔である。これをひたすら別々の鍋に入れて煮込み続ける。双方ともに毒性は極めて弱いが、混ぜると例え熊だろうが即死至らしめるという強力な毒となる。

 今回使用する予定の茸にしても苔にしても人里近いところでは見られず、深き森の魔力の濃い場所でのみ生育する。だから貴重品であり発見確率はまるで宝くじなのだが、ドライアドたちの森で探すのは阿弥陀クジ程度には確率が高まっていた。

 彷徨い、そして発見すると、片っ端から毟っていく。ドライアド曰く、ドライアドにとって不要であり需要はなく、たかが数人が一か所を全滅させるまで毟っても数か月後には生えているとのことなので、構うものかと乱獲する。

 もっさもっさと苔を毟っていたルエは、籠にぎゅうぎゅうと詰め込む作業に移った。微弱とはいえ毒がある苔である。薄皮の手袋をはめて作業にあたっていた。

 ルエはふと手を止めると、傍らに息づく草を見遣った。雑草だ。とは呼べない。雑草と薬草の区別がつかないとメローに言うや彼女は雑草という草は無いと即答してきた。生物学的命名と分類がされていないだけというのだ。専門分野はどちらかと言えば政治や文化であるルエにとって、全くの畑違いだったため、頷くしかなかった。

 そういえば。思い出す。

 セージと雑談する機会は多々あった。なぜか出身や家族の話は一切してくれなかったが、里から里へ移動していた頃についてはよくしゃべってくれた。曰く、草を食った。曰く、化け物に追いかけられた。曰く、死にかけた。今となってはいい思い出とカラカラ鈴のように笑う彼女に対し笑えなかった記憶があった。


 「………おいしいんだろうか」


 ぼそりと呟くと、屈んだ姿勢のまま草を千切り、じっと見つめる。草は青々としていて美味しそうだ。いざ口に入れようと勇気を振り絞るも決心がつかず、草の先端を口の傍で震わせるだけで時間が潰れる。

 そんなルエの傍に、足音も無くメローがやってきた。彼女は杖とローブを脱着しており、背中には茸のどっさり詰まった大きな籠を背負っていた。籠の重量は細身に辛いのか、ため息を吐きつつ緩慢な動作でしゃがみ込んだ。そして、ルエの持つ草を指差した。


 「その草は便秘の時に飲む。便秘?」

 「ち違いますよ!」

 「ちがう?」

 「違います!」

 「………………ちがうの?」


 メローは何故か残念そうに声のトーンを落として念をしてくるので、暗い表情にて反論しておく。


 「疑わないでください……」


 残念なことにルエが選んでしまったのは下剤になる草だったようだ。

 無表情で指摘してくるメローの指が己の心臓に刺さっているような気がして素っ頓狂な声を挙げて草を放り出す。もし相手がセージなら腹を抱えて笑うだろう。そして背中をバンバン叩いてくるのだ。

 しかし相手はメローだ。彼女は無表情を崩さず、籠を下した。酸っぱく生臭いにおいが籠の茸から漂ってくる。籠にはみっちりと灰色の地味な茸がある。さぞ重かろう。

 メローは赤い瞳をぱちくり瞬きして籠を指差した。


 「そう……………これ、もって」

 「わかりました。では、メローはこちらをお願いしますね」


 ルエは茸を満載した籠を背負い、メローが苔の入った籠を背負う。前者の方が重いことは明白だった。運動をせず筋肉がないメローにとって茸入り籠を運搬するのはかなりの重労働であった。適材適所。持てるものが持つ。

 籠の肩紐を定位置にかけて、一気に姿勢を起こす。メローは軽やかに。ルエは重々しく。

 そして二人は歩き出した。与えられた部屋では火を扱えない。もし火を使うのであれば、草などを取り除き石と砂を敷き詰めた場所を新設してやってくれという指示が来ているので、木々の開けた場所にある作業場へと運ぶ。

 ほどなくして見えてきたのは金属鍋と木で組んだ簡易テントからなる作業場であった。鍋があったのは幸いであった。もし無かったら作業が恐ろしく面倒になっていた。

 早速メローは茸の再選別作業に移り、ルエは苔をひたすらナイフで刻む作業を開始した。

 茸を選別して細かく磨り潰す。苔を切り刻んでペーストに練り上げる。地道な作業だが毒を販売してくれそうな相手もいなければ自然の毒で死ぬような相手でもないので、やむを得ない。

 作業開始からしばらくして、森に声が響いてきた。

 苔を無心に刻む作業をしていたルエは疲労をため息に込めて外気に混ぜると、面を上げて音源を探った。おーい、やーい、そーい。釈然としない遠くからの声が森の木々で乱反射して複雑なものと化しており、方角を探ることができない。茸を擦っていたメローも面を上げるとぽかんと口を開けてきょろきょろ視線を彷徨わせた。

 襲撃だろうか。それとも、別の物事が起こったのか。区別も理解もできず困惑の空気が漂った。


 「………なに……?」

 「さぁ……」


 ひゅおん。風を裂く影一つ。唖然とする二人に急速に接近した。


 「ひゃっほおおおおおおおっ!! 帰ってきたぁあああ! ああしまっあああっ!?」


 次の瞬間、蔦に掴まったセージが二人の上を飛び越していった。雄叫びを上げつつ歓喜に顔を綻ばせ猛速度で木々の間を擦り抜け――途中で手から蔦がすっぽ抜けてあえなく墜落。空中で二回転を決めると腐葉土に突っ込みあろうことかバウンドして草むらに突っ込み静かになった。

 ナイフを投げ出し、手袋を脱ぎ、ルエが走った。メローは胸を押えて呆然と立ち尽くしていた。


 「セージ! 大丈夫ですか!?」


 草むらからボロボロのエルフを救い出し無意識に胸に抱く。腐葉土と草むらというクッションのお陰で傷も無く打撲で苦しむ様子はない。健在な様子を見て安堵の息を漏らす。

 セージは頭を撫でながらぺろりと舌を覗かせると、蔦に掴まって雄叫びを上げながら移動するわけを口にした。盛大に落下したせいだろうか。頭がふらつく。立ち上がるのも億劫なのでルエの胸にいることにした。


 「いつつ………森のターザンごっこをやってたんだ……ただいまー」

 「おかえりなさい。もしかしていちいち木の上に登ってやったとか……」

 「うん。一度やってみたくてさー……あ、なんだよ変な目しやがって。偵察はやってきたよ、安心してくれ。陸の蜘蛛じゃなくて、俺らの知る普通の蜘蛛をでっかくしたようなのがいっぱいいた。やっぱり毒いるわ。魔術抜きで殺すの厳しすぎる」

 「もう……無茶しないでください。心臓が破裂するかと思いました」


 ルエの、仕事をさぼって遊んでいたのではないだろうかという白い目を避けてターザンごっこと偵察について話しておく。偵察が終わった後、部屋に戻って装備を置いて、二人のもとへ行くために手ごろな蔦から蔦に移動するという遊びをやったということである。無論筋力強化は使用した。最後まで持続せず落ちてしまったのだ。

髪の毛に付着した葉っぱを指に挟んで除け、ルエの腕をやんわり解いて片足から順番に大地に直立した。首を廻して関節を鳴らしてみせ、つい今しがたターザンごっこしてきた方角を見遣る。鬱蒼と茂った木のカーテンが邪魔で見通せない。

 セージは作業場で進行する毒製作へと視線をやった。ふむん。顎に指を置き、つかつかと歩み寄ると、鍋の中を覗き込んだ。空っぽ。作業台を見遣れば茸と苔の山。

 振り返り、訊ねた。


 「進行度はどうよ」

 「材料は集まった。作るだけ」

 「よし、ちゃっちゃとやろう。俺もやるよ」


 メローはそう受け答えすると、視線を茸へと戻して淡々と作業を再開した。

 結局毒製作には数日を要してしまったものの、蜘蛛駆除のための手筈は整った。


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