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<108>我ら多きが故なり

 害獣駆除に当たっては盗賊の処置などとは違う。盗賊は話し合いや武力を見せつければ解決できることもあるのだが、こと害獣となると武力行使や罠などの実力によってのみ解決される。暴力に匹敵する解決法は暴力に他ならない。

 では今回の害獣駆除はどうか。困難だった。整理してみよう。

 セージは二人を呼び集めると事情を説明したのちに、作戦会議を開いていた。

 難しい表情をしてむっつり口を結び背中を丸め胡坐を掻いているセージと、胡坐は胡坐だがピンと背中を張っているルエと、両膝を抱えるいわゆる体育座りのメロー。

 セージは人差し指を示した。条件を再度挙げるごとに指が増える。


 「条件を纏めるとこんなもん。火を使わない。根っこや幹を傷つけない。虫は全部始末しろ。期間は無制限。報酬は森を安全かつ確実に脱出してくれること。質問は」

 「ないですが、難しいですね……。魔術の使用に制限をかけなくては失敗してしまいます」


 さっそくルエが挙手すると、己の腰に刺さっている短剣を目立たせた。セージの魔術は火炎。ルエは風。メローは不明。いずれにせよ放射することで威力を発揮するオーソドックスなものであるが、火を使わず根っこや幹を無傷でとなると、困難極まる。

 セージは腕を組むと空を仰ぎブツブツと独り言を曇らせ、ゆっくりと顔を戻してメローに問いかけた。彼女は背中の杖を胸に抱くようにしていた。


 「メロー。どう、威力を抑えて、蜘蛛退治は」

 「威力を抑えられない……わたしを……抑えられない………うふふ……」

 「そ、そうか……ウン……」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ意味深なことを口にするメローを前に多少引きつつ、彼女の戦いの風景を追憶する。強力な魔術の矢を持って対象を破壊する。鹿を爆殺したことからもその瞬間的な威力は根っこや幹を容易く壊してしまうだろう。

 セージは難しい顔を維持して、指先にほんの一瞬火を灯らせた。使える魔術はほぼ火炎系。火を使わないという案件を満たすためには火力を大幅に削らなくてはならないだろう。

 ルエもまた難しい顔をしていた。彼もセージと同じように腕を組む。


 「無理難題ですね。矢にしろ、魔術にしろ、物を壊さず相手だけ傷つけるものはありません。究極的な話、近接武器だってものを壊します。斧などはその典型的な例といえますね」

 「だよなぁ………」

 「僕の魔術も相手に攻撃するとなると膨大な圧力をかけていくので木くらいは容易く折れると思います。かといって手加減すると蜘蛛の殻には通用しない」

 「うーん。風で突き落す」

 「蜘蛛の詳細は分かりませんが突き落せるんでしょうか。突き落せるイメージがわきません」

 「うむむ……」


 唸り声をあげて二人は黙りこくってしまった。メローは最初から手加減できず戦いに加われない可能性が高いことが分かったのかぼんやりと周囲の風景を眺めている。ここは三人に臨時で宛がわれた部屋。セージが目覚めた小屋の内部である。小屋の窓もとい葉っぱの覆いから外の風景が垣間見ることができた。

 ちゅんちゅんと呑気に鳴く小鳥が沈黙をここぞとばかりに奪い取った。

 ややあって、セージは壁に立てかけておいた己の得物を取った。ミスリルの穂先に、ドラゴン骨の柄。頑丈な業物。先端がぎらりと陽光を反射してウィンクした。その切っ先に指を滑らせつつ、ルエに問う。


 「こいつなら蜘蛛の殻でもぶち抜けるよな?」

 「抜けることは抜けると思います。ですが数も知れない、地の利も無い場所で、敵を捌けるかは……」

 「難しいか。せめて決め手があればなー」


 セージは納得して肩を落とした。かつて蜘蛛と何度も交戦してきたのだ、厄介さは身に染みている。例え一殺しても二三四と群がってきて糸を吐きかけ動きを阻害して食おうとする生態。仮に殻を貫通できても最低でも即死至らしめなければ戦いは厳しいだろう。

 では肉体強化を活用すればと思うかもしれないが、いかんせんセージの肉体強化は力技の未熟な技術。持続性がない。

 議論が行き詰ったのを見計らったか、メローがゆらりと前髪を横に除けると、小声で提案した。


 「毒」

 「え? なんだって?」


 セージが聞き返すと、メローは赤い瞳に僅かな高揚を浮かばせ、人差し指を立てた。肌が褐色なため視認しにくいが、頬も赤らんでいる。戦いでは人が変わったようになるが日常では受動的で大人しい彼女にとって、この提案には己の脈を早める緊張感があった。

 彼女は僅かに手元を震わせながら、セージの槍を指し示した。


 「蜘蛛に効く毒を作る。武器、塗る。即効性ので殺す。だいぶ………楽になる……はず?」

 「ほー、メロー。毒作れるのか」


 セージは感嘆の息を漏らすと、組んでいた腕を解いた。セージは薬学の知識があるが、薬を調合したり、病気を治療するための長期計画を立てる真似はできない。あくまで非常用である。

 一緒に旅をしていて薄々メローが薬に関して深い知識があるようだと気が付いていたが、毒を調合できるというのは初耳だった。

 ふとルエは、――果たして毒など『何に』使うのだろう? と頭をもたげる疑問に直面した。毒の使い道と言えば対象を害することしかないが………。思考を打ち切る。脳裏に過った無邪気な疑問を振り払った。

 メローは体育座りのまま杖を横に退けると、顎を膝の上に安置して、俯き加減に囁いた。


 「………うん。ふこーちゅーの幸い……ここは、色々な素材が転がってるから……。二三日くれれば、できる」

 「決まりだ」


 ぽむと手を打つと、セージが立ち上がった。やると決めたのならばやるのだ。じっとしているのは性に合わない。論より証拠ではないが、やってみてから考える方がいい結果が出る。というポリシーがあった。

 槍を拾い、肩に担ぐと部屋を出ようと踵を返す。二人の視線を振り返ることで受け止めると、中指と親指を重ね、ぱちんと弾く。


 「そらそらのんびりしてんなよ。ちょっと地下潜って強行偵察してくる。ルエ、メローは材料と毒の調合お願い。あとお前はついてくるな。大丈夫だから」


 セージはぴしゃりと言ってのけると、ついてこようと腰を上げる銀髪の鎖骨付近を押して床に座らせた。やはりこの男。心配性のようである。と本人が聞いたら顔を赤らめて押し黙りそうなことを思う、無鉄砲と無計画の塊である“女の子”。

 ルエは声を詰まらせて声をかけた。まるで喉に綿が詰まっているような重い音程。


 「偵察ですからね。くれぐれも……」

 「まったく…………」


 セージは部屋を出た。出る間際に誰にも聞こえない声量で己の身を案じてくれる男にこっそりと呟いておいた。


 「……ありがと」

 「何か言いました?」


 エルフの聴力をエルフにもかかわらず忘れていたのが仇となり声量の搾り方が足りなかったらしい。セージは大げさに首を振ると鼻を鳴らし、右手を肩の上で振ってノウを表明した。


 「何でもない!」


 こうして毒製作班と偵察班に別れたのである。






 長い蔓の道を下って行ったセージは、地下へと通じる穴を発見した。

 それは大地を深く穿って通じており、厳密にいえば大木を支える木の根っこは全てが土に埋まっているわけではなく、根というネットワークの広大さ故に空洞があるのだ。

 面積はもはや理解不能な領域に足を突っ込んでいる。そこらへんの木の幹並の直径に匹敵する根っこがとぐろを巻きうねりくねり分岐して構築する足場をから覗く眼下は暗黒に閉ざされており、空間に浮遊する光の粒子でさえ頼りなく見えた。眼下、そして水平方向への広がりは目視できる範囲だけでもお城の面積を優に飲み込んでしまうだろう。

 ドライアドたちが手入れの為に足を踏み入れたらしく転落防止用の柵や案内板が設置されており、根っこの水平面が確保できる地点には休憩所らしきものまである。

 見た限り、蜘蛛がいる様子は無かった。

 大木が風で揺れて、その蠢きが根っこに伝わって乾いた軋みを上げている。

 幻想的でありながら墓場のような不気味さを兼ね備える空間へと、ブロンド髪に槍を担ったエルフが挑む。

 広大な空間にたった一人。息を吸う。吐く。空気が微かに乱れ、光の粒子が急激に移動して大気に溶けた。

 

 「おーい蜘蛛出てこーい……出てくるわけないっか。うん。気楽に行こう」


 セージは冗談染みた口調で呼んでみて、苦笑いを湛えた。槍を片手で振り回すと腰溜めに構え、一歩一歩を確実に進んでいく。もし足を踏み外せば死ぬ。有象無象の区別なく重力は死を運搬するのだ。

 根っこを歩いていき、最も近い休憩所へと足を踏み入れる。ドアを開いて中を覗き込んで見ると、整然とした室内しかなかった。期待した蜘蛛はいない。休憩所でお茶を引っかける余裕はない。ドアを閉めると、先に続く根を辿る。

 

 「ふんふんふーんふんふー…………はー。静か。あの木のおっさん。嘘ついてたんじゃねーかな」


 セージは鼻歌を紡ぎつつ、根っこを歩いてそんなことを口にした。蜘蛛がいないのでは話と違うではないかと。

 油断した相手ほど狙いやすいものはない。セージの背後に蜘蛛が一匹糸を尻から出してゆっくりと降下してきた。ぬらぬらと光沢を放つ殻と、毒々しい白亜の体毛。複数本生えた脚部。黒真珠を思わせる艶やかな瞳。陸を走ることに特化した蜘蛛ではなく、よく知られる掌に収まる蜘蛛を大型化したような馬並の昆虫が背後へと出現したのであった。

 ――――キチキチキチ……。

 蜘蛛の殻が擦れることで生じる不快音がエルフの耳に怖気を走らせた。脊髄反射的に瞬時に振り返りまともに照準もつけぬまま二連式クロスボウを斉射した。


 「てえっ! そこにいたかぁっ!」


 殻に矢が刺さり体液が飛び散る。蜘蛛は糸を切ると根っこに着地してセージへと飛び掛かろうとする。

 その甲羅に槍の先端を当てて勢いを受け流し空中で身を入れ替えれば、横っ飛びに回避して向き直る。

 セージは上方からの奇襲に備え天蓋を仰いだ。そして絶句した。


 「めっちゃいるじゃんか馬鹿!!」


 根っこの裏、その他いろいろな個所に大小選り取り見取りな蜘蛛たちが潜んでおり、数十匹単位で糸を使い降下してきていたのである。見つからぬわけだ。

 魔術は使えない。クロスボウも再装填の暇がない。

 

 「〝強化せよ〟……! ちっ! また来るからな。覚えてろ」


 足に手を添え呪文を唱える。イメージを元に魔力を練って肉体に通す。筋肉が強化されて莫大な馬力が宿った。舌打ちをして、己にじりじりと距離を詰めてくる蜘蛛に牽制を含めて槍の先端を振り回せば、後を振り返らず脱兎のごとく疾走した。

 残されたのは捨て台詞だけだった。

 やはり蜘蛛に効果のある猛毒は必要なようだ。


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