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<106>木々

目を覚ましたセージは、場所が変わっていることに気が付いた。


 酷い頭痛がした。天地がさかさまになってしまった世界に迷い込んだように平衡感覚が狂っており胃の内容物が今にもはみ出そうであった。

 瞳を開く。木があった。根っこのように入り組んだ木が天井をアーチ型に成形しており、壁も木だった。ところどころの隙間には葉っぱがねじ込んであり、密封されていた。眼球のみを動かして部屋の様子を探ると、自分が寝転んでいるベッドらしき地点のすぐ隣にこんもりとした塊があった。

 どうやら、転落して意識を失ったらしい。いやそもそも転落したのだろうかという奇妙な感覚にとらわれる。森の木々が勝手に動いて足場を作る、突如大地震が発生する、自分が死ぬ場面を目撃したのに生きている。まるで白昼夢のようだった。

 

 「夢か……」


 そうなのだ、きっとそうだ。証拠はないが確証があった。一人合点して呟いて上半身を起こそうとする。すんなり起き上がることができた。頭が痛いことを除けば、体に傷がない。

 やはり夢だったのだ。しかし夢だとすれば自分はどこにいるのだろう。誰が運んだのだろう。頭に疑問符を浮かべていると、ベッド横のこんもりとした木の根っこのように思えた塊がもぞもぞと身じろぎをした。

 予想外の出来事に驚きの度合いは大きい。銅像が動くと予想して日常生活を送るものがいないように。


 「おっ……!? 木が動いた!?」

 「起きたかな」


 その塊はのそりと立ち上がると二本足と二本腕そして頭の存在を誇示した。ヒト特有の手足と頭部。しかし皮膚は植物のように緑もしくは薄暗い色合いをしており鱗のようにガサガサとして凹凸が激しい。あちこちから蔓のようなものが飛び出しており小さな花をつけている。顔立ちはヒトそのものであり目も同種であるが口の構造はヒトとは異なり歪であり、例えるならば、植物が無理に集合してヒトという形を作り上げているかのようだった。

 一瞬腰を抜かしかけたセージであったが、脳裏に分厚い学術書の挿絵がちらついた。植物のようで植物でなく、ヒトのようでヒトでない、深き森に生息するという生命体。

 ――ドライアド。

 木の妖精という意味合いを持つ種族であり、ヒトとは交わることのできない形態の違う生命体。生命は生命でも妖精に近いとも言われその生態や文化について知られていることは少ないという。

 そのドライアドが真ん前でこちらを見つめてきているのだから、腰を抜かすを通り越して一種の開き直りの境地に至ってしまった。驚くことはない。しゃんと背筋を張っていればいいと。

 ドライアドはゆっくりゆっくりと体を動かすと、セージが正面に来る位置へと体の向きを修正した。キシキシと木の繊維が擦れる音がしていた。なるほど、血肉のあり共通点も多い獣人やエルフなどとは異なり、そもそも肉体の構造からして違うらしい。

 彼――声が男だったので――は、セージの全身を見ることで確かめると、二本足でのんびりのんびりと横にどいて外へと通じる出入り口を示した。

 

 「知っての通り、私はドライアドだ。ふうむ体に異常はないようだね。詳しいことは君のお仲間さんたちに聞くといい。私はすべき仕事があるから。それに、私が案内するのでは、一日かかってしまうだろうから」

 「何が何だかわからないけど……ありがとうございます」

 「いいんだ。さぁ、お行き」


 ぺこりと頭を下げると、状況をいまいち飲み込めないのか神妙な顔つきにて部屋を出る。もとい、潜り抜ける。出入り口は狭く身をかがめなくては抜けられなかったからだ。

 部屋を出ると、絶景が広がっていた。木という木が腕を組むかのように枝を伸ばして複雑に絡まっており一つの個体として息づいている。枝と枝は蔓の手すりや葉っぱの足場で補強されて、枯れ木などで骨組みが組まれた小屋のようなものも枝の上に建っていた。鬱蒼とした森はしかし輝く光虫が自在に徘徊しており、黄色味のある不可思議な光と樹木が発する僅かな水気が入り混じり、神秘的な空間演出を施していた。

 見るものをうっとりさせるような美しい光源。清々しい葉っぱの香りを多量に含んだ空気。森の中を徘徊してきた経験もあるセージでさえ言葉を失う美しさであった。近い光景といえば最初に訪れた里であるが、全て木と葉っぱで構成された居住区と比較することなどできない。

 

 「セージ? セージですか?」

 「おっ、ルエじゃん」


 声をかけられたので振り返ってみれば、枝と蔓を編んで作った吊り橋を四苦八苦しながら渡ってくるルエと、障害物などなく平地を歩いているようなバランス感覚を発揮してすいすいと歩きルエの背中にプレッシャ―を与えるメローがいた。

 森林の背景のエルフ。なかなか絵になっていたが、ルエの表情は逼迫しており、セージの顔を見てようやく頬が緩んだためか、今まさに森が焼き払われようとしている一部始終に遭遇してしまったエルフという風にも見えるだろう。

 ルエは橋を渡りきると、想いをそのまま発露させた。腕を伸ばしセージを抱こうとしたのだ。

 条件反射的に相手の胸を腕で押しやると後退する。色の良い唇がきっと結ばれた。


 「ばかやろー! お前はどうしてこうも!」

 「駄目ですか?」

 「駄目に決まってんだろ! 次やったら殴るぞ。本気だからな。………ふん。そんなことより、何が起こったのか説明しろって」

 

 相手がまるで虫か何かのように手で払う仕草をしてやれば、腕を組んで両足を肩幅に広げて心象を表現する。木に登って地震が起きて落下死したはず。なぜ生きているのか。誰が救助したのか、などの情報が欲しかった。

 すると意外なことだったが、メローがローブのフードを両手で跳ね上げて素顔を露出させつつ、コルクのようなもので蓋がされた試験管を取り出して中身を振った。黄色とも白ともつかぬ粒子が密封されていた。


 「これ。森に満ちる幻覚作用を持つ花粉にやられた。何を見たのかは知らない…………全て幻覚だったのかも……しれない。幻覚…………どんな幻覚……?」


 ニヤリと笑みを浮かべて試験管を目に高さまで持ち上げて観察する様はマッドサイエンティストにもためを張る不気味さであった。幻覚の内容は思い出して気持ちのいいものではないので割愛するとした。

 うむん、と喉を鳴らし、目を上の方へと傾ける。

 試験管を大切そうに懐にしまい込むメローは見なかったことにした。幻覚作用のある花粉の利用法応用など考えるだけでもぞっとする。


 「つまり…………おいおい、じゃー俺は」

 「森に入ってすぐ支離滅裂なことを言ってぐったりしてた。ルエが運んだ」

 「幻覚かよ。畜生」


 セージは腕を解くと、頭の芯の痛みを和らげるべく目頭を揉み解した。もしかすると森に入ってすぐ吸い込んで意識朦朧となったかもしれない。記憶が当てにならないことが酷く精神的な疲労を強めた。

 ルエは文字通り比喩表現でも何でもなく己の胸を撫で下ろすと、メローの言葉の先を買って出た。周辺一帯を指し示すジェスチャー。


 「気を失ってしまったので野宿できる場所を探していると彼らに囲まれました。助けを求めてみたところ規則を守るならば滞在してもよいと言われ、現在に至るということです」

 「なるほど………っつつ、とんでもねぇ花粉だよ。頭がジンジン痛みやがる」

 

 セージはぶつぶつと愚痴を零しつつ手すりに寄って下を覗き込んだ。足が竦むような高さ。眼下の葉っぱや木の根っこ等は森の暗がりに隠されて見えず、奈落に続いているような距離感を味わった。

 きしきしきし。木と木が擦れるような音。三人の耳が一斉に反応して音の方角を探した。

 背後からゆっくりと、一歩一歩踏みしめるようにしてドライアドが現れた。セージが目覚めた際にそばにいた彼であった。彼の手には、いわばどんぐりを大型化させたような可愛らしい木の実があった。

 

 「これを飲みなさい。花粉の件は申し訳なかった。我らが父母はヒトを恐れるものが多いのだ。侵入者を花粉で撃退する仕組みがあるのだよ。私が調合した薬だ。飲めば、作用を打ち消すことができる」

 「そうなんですか。これは……」

 「飲み薬だ。さぁおあがり」

 

 彼はどんぐり(仮称)の上の部分に備え付けられた筒状のものをごつごつと節だった薄暗い緑色の指で掴むと上に引っ張って開封した。蓋だったらしい。

 メローが興味津々といった様子で赤い瞳を見開いた。

 セージはどんぐり(仮称)を受け取ると、恐れを孕んだ表情で中身のにおいを鼻をすんすん言わせて嗅いだ。土のにおいのような、生臭いような、妙な香りが鼻を擽る。

 無言で飲みなさいと意思を伝えてくる彼の目の前で、ゆっくりと口をつけると、傾けた。


 「頂きます」


 頭を軽く下げて、一気に呷る。土の香りのする涼しい味わいがすーっと口内に満ちるとたちまち喉へと流れ込んで食道を経由して胃袋へとなだれ込む。ミントと、青汁と、野草をごっちゃまぜにしたような味わいであり、まずくはなく、むしろ美味であった。森の要素すべてを抽出して液体にしたとでも称すべきか。

 こくり、こくり、と白い喉が上下して液体を内部に送り込む。

 中身が空になった。口を離すと、下品過ぎない程度に唇に舌を滑らせた。

 

 「ふー。なんだか効いてきた気がします。ありがとうございます」


 見事な飲みっぷりを披露したセージは、唇で拭いきれない余剰分を手の甲でぐいと拭うとどんぐり(仮称)を彼に返却した。

彼はにこやかに受け取ると、徐にとある方角を指差した。


 「さっそくで悪いのだがある場所に行ってほしい。行かなくてもいい。すぐに旅立ってもいい。話だけ聞いてほしいことがあるんだ」


セージが飲まされた液体の元ネタが分かった人はすごい

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