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<11>エルフの里



 “少女”は同族であるはずのエルフに危うく狩られそうになる前に自らの身分を明かし、自分のいた里が襲撃されてここまで歩いて来たことを告げると、里まで連れて行って貰った。

 不思議なことに、そのエルフが歩くと森が自然と道を開けているようで、なんらかの力が働いていると予想したが結局分からなかった。

 里はびっくりするほど時間をかけずに到着して、少女はその立派さに目を見張ることとなった。

 もちろん、元の世界の建築物と比較したら雲泥の差があったが比べることが間違っている。高き塔が森の中央にあり、その周囲に木で造られた家々が並んでいる様はさながらファンタジーだった。ファンタジーだが。

 中には死んだ巨木の中身を家にしたり、木々の間に蔓を巻き付けて橋としたり、地下に穴を掘ってそこを家としたり、なるほど、自然と共生するエルフにはうってつけの里と思った。

 耳が長く肌が白く、手足はすらりと長い男の門番に気をとられた少女に、弓を背負った付き添いのエルフが首を傾げた。

 ちなみに頭に括りつけていた木やらなんやらのカモフラージュはみっともないから外してきたが、肌の汚れや服の汚れが酷く、なんとなく羞恥を覚えた。

 RPGでよくお目にかかるエルフの格好そのままの村人が歩き回っており、はしゃいで遊ぶ子供たちも当然耳の長いエルフ。

 ここにきて初めて、“少女”は迫害されることも無く町を歩くことができた。

 空を見上げると、大木から伸びた蔓の橋を悠々と歩くエルフがおり、まるで蔓が電線のようにも感じられた。

 空気は森の中故にひんやりと冷たくて清らか。川べりということもあってか喧騒に混じって微かな水音が聞こえてくる。

 随分昔に行ったキャンプ場に雰囲気が一番近いと感じたものの、娯楽的なものでなく実用的なものとあれば、全く比べ物にならない。


 「自己紹介していなかったが、私の名前はアネットという。同族を罠にかけたことを詫びたい」


 髪の毛を後ろで結ったエルフの女性はそう口にすると、少女に頭を下げた。

 この金髪というより白髪に近い髪をポニーテールにした女性こそ、“少女”を罠にかけて霧中に陥れ、矢を射かけんとした相手である。同族と分かるや頭を下げまくり、責任をとると言ったのだ。

 誠実というか、どこか武士や騎士の匂いを感じさせる彼女、アネットは更に深く頭を下げた。

 少女は、里に入ろうとするところで頭を下げられては目立つし恥ずかしいので、両手を振った。


 「俺は気にしてないです。むしろ、罠に引っ掛けてくれてありがとうって感じなんですよ。あのまま彷徨ってたら里どころか魔物の胃袋でぬくぬく昼寝ですから」

 「………そうか、優しいのだな。………そうだった、なにはともかく長の許に行かねば。ついて来てくれ。衣服や食べ物に住処といったことは、まず長に了解を得ねばならないのだ、特に外から来た者には」

 「分かりました。もう長いことこんな格好だし、お腹もすいてないし、怪我もないし、ちょっと位大丈夫です」


 アネットは門番と目配せをすると、里の中に少女を連れて入って行った。

 里、つまりは町の中に入って分かるのだが、家にしてもなんにしても、長年育ててきたであろう木々で天を覆い、また隠しきれない場所に関しては現代風に言うと緑化している。

 火を扱っているのか煙突こそあるが、それも蔓が巻き付いていたり、また緑色に塗装されている。

 かと思えば道の雑草は引き抜かれ一か所に纏められており、せっせせっせと運んでいるところを見る限り、肥料か何かにするのであろうか。

 エルフ=弓使い という勝手なイメージを抱いていた少女だが、道を歩くエルフが剣を持っていたり、槍を持っていたり、はたまた杖を持っていたり、一概にそうとも得ないと知った。

 里の中央に座す石造りの塔の周囲には鳥が飛び交っており、緑に溶け込むような街並みとは打って変わって異質な様相を呈している。

 元の世界の絵画に似たような構図があったが、どうにも思いだせなかった。

 さて、長老とやらはどんなエルフなのだろう。

 少女は物珍しさに周囲にきょろきょろ視線を配りつつ、アネットの後を追いかけた。







 長老は想像していた髭の爺さん(失礼)ではなく、初老のカッコ良いオジサマであった。

 塔の一番上……ではなく少し下にある長老の部屋に通された少女は、背後で直立不動をとる守衛の厳つい視線にうすら寒さすら覚えつつ、アネットの横にいた。

 部屋は古風で(当たり前だが)、広く、そして窓があった。壁には杖がかけられており、何事かの文字が記された布が優勝旗の如く堂々と掲げられていた。

 布のいくつかは物語を記しているようだったが、文字も読めない少女にそれを解読することは不可能であった。

 棚には本が並べられており、そのいずれも厚く難しそうだった。

 窓際の木製の机に座った長老が、その厳格そうで思慮ある瞳で少女を見遣った。耳の先いついた銀のアクセサリーが不気味に光った気がした。

 何か途方もない力に晒されたようで、拳を握る。

 忘れかけていたがエルフとは先天的に魔術を扱える種族であり、戦闘能力だけでも計り知れないそうではないか。

 もしも排除対象と認定されたら守衛とアネットと長老全員で殺しに来る可能性も皆無ではないのだ。その場合に少女が生き残れる確率は、腕時計をトイレに落としたら勝手に飛び出してくるほどしかない。


 外からやってきたエルフが、もしも人間の狗だったら?

 もしも少女どころか、人間の使い魔だったら?


 エルフと人間が本格的に殺し合う時代なのだ、少女が殺されても不思議ではない。

 アネットから報告を受けた長老は、少女に怜悧な視線を落したまま黙っている。ひょっとして魔術の類でも使っているのかもしれなかった。

 こうなっては元の世界に帰る方法など尋ねられる訳もない。とりあえず今は己の居場所を作ることに専念するほかに選択肢が無くなった。

 長老はふぅと息を吐くと、視線を外し窓を見た。小鳥が数羽空に飛び去った。


 「ふむ……確かに我々と同じようだ。疑って申し訳なかった。我々とて聖者の集まりではないのだからね」

 「いえ、いいです。俺……えっと、私は覚悟は決めてましたから」


 柔和な笑みを浮かべてみせた少女であるが、内心は全然違った。

 覚悟なんて出来てやしない。もしも剣の一本でも目の前に出されたら、きっと震えて口も聞けなかったであろう。

 こうして虚勢を張り、対話により自らを証明して利を引き出し売り込まない限り生き残れなくて、元の世界に帰るどころか生きることすらままならない身分なのだが、覚悟となるとまた違う次元だ。

 死の覚悟をするつもりはこれっぽっちもなく、生きることを放棄することは現段階で考えられなかった。

 少女の笑みを見遣った長老は、椅子に座ると本を開いた。麻色のローブが微風を孕み揺れた。


 「確か、君の住んでいる場所が襲撃されたそうだが………答えたくなければいい、教えてくれないだろうか」

 「えーっと…………………妙な連中が来て、夜に襲撃、最後に火を放って……」

 「ふむ………分かった」


 長老は本に何事かを羽ペンで書き込むと、拍子抜けするほどあっさり質問を打ち切った。

 これは少女の心情を考慮してのことだったが、当の本人は知る由もない。

 少女の方をちらりと見るどころか直立不動で両足まで揃えていたアネットに長老は目をやると、おもむろに口を開いた。

 アネットという女性は、少女の想像上のエルフと明らかに異なり、やもすれば軍人にも見えなくもなかったが、少々力が入り過ぎているようにも見えた。


 「アネット」

 「はっ」

 「お前にこの子の世話を任せる。衣食住、全てだ。お前があの迷いの森でこの子を見つけたということは、きっと縁の紐で繋がれているのだろうから」

 「は、お任せ下さい長老」


 アネットはこれ以上無い位に足を揃えると背筋を伸ばす。少女もつられて姿勢を正す。すると長老は口元に微笑を浮かべ、また問う。


 「そうだ、最後で申し訳ないが、君の名を聞いておきたい」

 「…………えっと」


 少女は名前を聞かれ、一瞬迷った。はて、一体自分の名前はなんだったかな、と。

 もはや怨念染みた帰還願望のみに縋ってここまで来た少女は、自分を証明するものも場面も無く、また名前を呼ばれたことすらこの世界では無かったことを思い出した。

 男としての己があるならまだマシだっただろうが、男でも無く人間でも無くの状況で、己を維持し続けるのは困難だった。生きることに執着し、帰りたいと念じ続けても、己が己であると確信できる材料が無い以上、そうなるのは当然だったのだ。

 数秒間の沈黙の後、少女は自らの名前を言おうとしたが、そのままだと不審がられること明白だったので少々発音を変えることにした。

 胸元に手を置き、言わん。


 「セージです。私の名前はセージと言います」


 実はセイジという本名であるというのは、“青年”しか知らない。

 こうして、エルフの里に一人の“少女”が加わった。





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