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<103>看病?

 天地も不覚な病というものを体験したことがあるだろうか?

 風邪に対する反応として熱はもちろん平衡感覚の異常や筋肉の痛みなどがあげられる。意識が朦朧として肉体の制御がおぼつかなくなることもある。これらはすべて体内に侵入した異物と抵抗力が鬩ぎ合っている証拠である。

 だがセージは違った。風邪のような症状を引き起こさせるという治療薬ならぬ風邪になるお薬を被ってしまい、風邪のようで風邪ではない状態異常に苦しむこととなった。

 具体的な症状は以下の通りである。高熱、咳、吐き気、倦怠感。店主曰く薬は風邪の真似事なので例えば発疹が出たり後遺症が残ることはないそうである。一応、貴族に売り付ける代物。安全性は高い……はずなのだがセージは動物実験が済んでいない云々というセリフを聞きのがしていなかった。もし後遺症でも残ろうものならば頭をかち割ろうと誓った。


 「げほっごほっぐふっ」


 三節分けの咳を指の隙間から漏らす。口を覆うように手のマスクを装着していたが指から漏れて効果はない。風邪菌が含まれているわけではないので構わずやればいいのだがつい押さえてしまうのは性格なのだろうか。咳の度に背中が縮まった。

 辛いの極みだった。食べれば吐き、高熱にうなされて眠るのも苦行、身の回りのことさえままならない。

風邪薬の薬効は完璧であった。ヒューマンエラーで飲むべき対象ではない相手が口にしてしまったことを除けば。

 店主は実験の手間が省けたと笑った。憤りをぐっとこらえて早く薬を準備するように催促するにとどめた。腕力が説得より先に出るほど間抜けではなかった。

 店主が用意した部屋の窓際にあるベッドでぐったりと横たわり天井を仰ぐ。格好は言うまでも無く軽装。革鎧を身に着けたままベッドは非常識かつ非合理と脱いだのだ。

 肉体が溶岩だった。心の臓腑から送られる血流は煮えたぎる鉄。思考は蒸気。ベッドのシーツさえとろ火でじっくり加熱された鉄板だった。

 

 「ちっ!」


 舌打ちを漏らすどころの騒ぎではなく、盛大に投げつける勢いで鳴らせば、天井の一点を睨んで腕を組む。金糸が広がり枕に化粧を施しており赤らんだ顔や汗に濡れた額など見るものを惹きつける魅力を放っていたが、いかんせん不機嫌を濃縮して塗装したがごとき表情が台無しにしていた。

 不幸中の幸いというべきか、店主が材料を調達して薬を調合してくれる。薬に汚染された肉体を酷使してカリンの花を採取しに出かけなくてもいいのだ。ポジティブに考えてみたが不機嫌は止まらない。

 一方、ルエとメローの二人は、暇ができてしまった間を利用して思い思いの時間を過ごしていた。メローは薬屋の本に熱中しており薬に関する知識を貪っていた。そしてルエはというと、熱中する対象が違った。

 先ほどのことである。セージは空腹に耐えかねて無理にパンを口にしいっそ気持ちいいくらいの短時間で嘔吐に至った。吐き気を予想して金属皿を用意しておいたので床にぶちまけないで済んだが誰が始末するのだということとなった。メローは本を読むのに夢中で返事もしない。店主はカリンの花の調達に出かけた。セージ本人は歩くこともままならない。消去法で一人が選出された。

 ――吐しゃ物をルエに掃除してもらうなんて。

 セージは恥ずかしくて死にそうだった。

 戸を開けて入ってきた銀髪の男を一瞥すると窓に視線を滑らせる。頭に血流がどっとなだれ込み鼓膜がわんわんと嫌なノイズを拾う。


 「洗ってきました。もし吐きそうになったら、またお皿にお願いしますね」


 嫌な顔一つせず皿の洗浄作業を行ってきたルエは、セージの寝るベッド横の椅子に腰かけた。


 「はーまったく…………なんで俺がこんな目に……ルエが薬飲んじゃえばよかったのに」


 酷いことをさらっと口にして顔も合わせない。看病してくれる恩人に対する態度でないことは百も承知。

 しかしルエは嫌などころかむしろ別の心配事があるらしく、己の腿に肘をつけて前のめりで問いかけた。


 「質問ですがもし僕が飲んだら看病してくれましたか」

 「しないよ」


 面倒になったのでノウと答えてみた。喉の痛さがないので喋ることに支障がないのは救いなのだろうか、それとも災難なのだろうか。

 するとルエは悍ましい物体を眺めてしまったように顔を強張らせ素っ頓狂な大声を出した。


 「していただけないんですか!?」

 「大声だすな! もちろんしてあげるにきまってるだろ……っ…………じゃ、じゃないしてあげないよ。誰がするもんか」


 動揺しつつも前言撤回をアンコール。顔を相手に向けぬように窓に魅了されたかのように。はたから見ている者がいれば素直じゃないなと苦笑いしたであろう。

 ルエはどうしても答えを知りたいらしく、質問を相手の赤らんだ耳に飛ばした。


 「え、どっちなんですか」

 「してあげない! 知らない、ちょっと黙ってろ!」


 布団を引き寄せて顔をすっぽり覆うと会話を強制中断する。それっきり口を聞かなくなったセージだったが暫くすると安定した寝息を立てるようになった。

 すっかり寝入ってしまったセージの顔を見つつ、やがてルエも微睡に落ちた。

 寝入ったのを気配で感じたか――否、目に魔力を通して扉を透かすことで内部を調査したうえでやってきたメローが、扉を薄く開けて内部を窺った。血のように赤い瞳が隙間からきょろきょろと左右に振れた。

 中をじっくり観察すると、ふん、と関心ともため息とも取れる言葉を唇から零した。


 「へたれ」


 本人が聞いたら泣きそうな辛辣な物言いをしてみせる。誰も聞いていないからこそできる所業。

 セージとルエのあれこれに首を突っ込まず影から介入活動するのは心ときめかせる体験であり、覗きも面白いことこの上ない。善意でくっつけてやろうとは考えていない。楽しいからやっている。ロウにそれとなく仲を取り持つように囁かれたのも無関係ではないが、複雑な人間関係というものを記憶にある限り初めて目の当たりにしたので、おもちゃを手に入れた子供のような心境となっていたのだ。

 二人の仲が失敗するも成功するもメローにとって最終目標ではない。楽しいことになればいいなというある意味子供特有の無邪気な計画である。

 メローは扉を閉じると、店へと戻った。店には無数の書物がある。薬学に関するものが大半であるが、神話解説や物語などの大衆娯楽もある。知識を詰め込むことが好きな彼女にとって薬屋はうってつけの暇つぶし環境であった。

 部屋の隅の本の山を椅子の代わりにして、読みかけの本を胸に抱えるようにして項目に読みふける。

 時間をひたすら読書に費やす暇は店主が帰ってくるまで続いた。



 それから数日後のことである。やっと薬が完成して解毒することができたのは。

 お詫びということで薬品の数々を無償であるいは格安で提供させた。店主も動物実験飛び越して人体実験の被験者にさせてしまったことに負い目があるのか首を振ることはなかった。ネジが数本飛んだような人間性とはいえ、決して邪悪な魔王ではないのだ。

 即効性の高い水薬の類。粉薬。その他薬草等を調達できた一行は出発した。正規の値段で購入すると馬が数頭変えるであろう硬貨が動くところを、半値の半値以下で入手できたのは行幸であった。

 そして一行は遺跡のある山の根元にある町へと旅立った。

 この世界にやってきて何年もの時間が経過した。最後の土地となるであろう。全ての結果が分かった時にどのような決断を下すのかを考えたくないがためにひたすら無心に突き進むことしか頭に存在しない、そんなセージは青空を仰いで馬を操っていた。軽快な馬足のリズムに鼻歌を乗せて風に髪を揺らし、平原を駆け抜ける。蹄鉄が地面に轍を残し、二頭の馬の進行経路を描き出す。

 今日も今日とて前に進む。挫けても前に進む。進むしかないのだ。

 最終目的地である遺跡に潜るべく一行は急いだ。


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