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<102>ぶっかけハプニング

ぶっかけ要素はありません(真実)

 事を説明すると長くなる。抽象的な文句で説明するならば、晒して見られてんてこまいである。水浴び終了後、セージの口数が劇的な減少傾向を見せたのは無関係ではあるまい。

 セージは馬上で揺られながら自問自答していた。一つ許せばずるずると低空飛行するのだから初期段階で弾くつもりだったというのにあろうことか素肌を拝むことを許してしまった。悶々としつつ馬を進める作業を続行する。

 いずれ決着を、決断をしなくてはならない段階に足を突っ込むだろう。答えを先延ばしにするのは現実逃避と知りながら。

 次に行くべき街は商売人が集う交易地点。そこで薬品や装備を整えて遺跡に潜る予定だった。薬品類を里から持ち運ぶことはできない。薬品類は嵩張るし何より運搬中の破損リスクや劣化を考慮すると現地調達が賢明だった。これがRPGならリストに99個格納できるところだが生憎都合の良いハンマースペースはないし青い猫の便利な袋は持ち合わせていない。99個運搬しようものなら馬が追加で必要になること間違いなし。

 街に入った。馬でエルフが乗り込んできたのが珍しいのかじろじろと視線を送られるかと思いきや、獣人もいれば人間もいるという人種のるつぼにおいては目立たないのか、嫌な好奇の視線を浴びることはなかった。

 セージは薬屋の前にある馬置き場前で馬を降りて固定した。ルエが続く。盗まれる恐れはないと断言できない。一人の留守番が欲しいところだった。

 人込みに慣れないのか落着きなく周囲を見回しているメローの肩を軽く叩く。


 「メロー、留守番できるかな。俺とコイツで薬とか買ってくるからさ。あまり騒ぎは起こさないでくれると助かる」

 「……えっ…………騒ぎ……だめ…………? っ…………いいよ」

 「おいいくぞー荷物運べよな」

 「かしこまりました!!」

 「声抑えろ。迷惑だ」

 「……はい」


 メローが酷く残念そうな顔をしたのは見なかったことにして、ルエを顎でしゃくって呼び寄せる。先手必勝とばかりにぴしゃりと釘を打つ。気まずすぎるが物を運ぶ作業に男では欠かせないから仕方がない。ルエもルエで嫌な顔一つせずむしろ喜びをもって付いていった。

 入店するべく扉を開く。からんからんとベルが鳴る。

 ヒトに限らず生き物は予想外の事態には対処が遅れるもの。まさか扉を開けて早々薬品らしき液体が顔面目掛けて襲い掛かってくるなど思いもしない。もし予想できたのならば、その存在は預言者として地位を築けるだろう。


 「お…………!」


 二の句を継ぐ猶予さえ奪われていた。

 咄嗟に腕を交差するようにして庇うも薬品は服を皮膚を濡らし飛び散った。後から入ってきたルエに被害はなかった。

 口に入れるのはまずい。まずいと思っても、驚嘆の声を上げるべく口を半開きにしたが運の尽き。唾液ごと床に吐き捨てるも微量が体内へと吸収されてしまったであろう。

 セージは薬品が思ったより甘く蜂蜜のような風味を帯びていることを気持ち悪く感じた。かつて間違って洗顔料を歯ブラシに塗って口に入れてしまったときも甘かったからである。

 店は汚かった。ロウの羊皮紙と本の山からなる部屋も汚く整理整頓のせの字の欠片もなかったが、その店を表現するならば古物商から品物を奪ってきて部屋に陳列したかのようだった。正面のカウンターらしき長机の上にもビーカーやらなんやらが積み重なっており到底機能的とはいい難い。

 正面からぴょんぴょん飛び跳ねるようにして駆け寄ってくる女性がいた。

 

 「あっごめんなさーい! 足が滑ってしまったのー!」

 「ぺっ、ぺっ! てめ、ふざけんなよ! 口入ったぞ!」


 女性は店主らしき服装をしていた。分厚い布エプロンに安全手袋。顔はマスク。茶色っぽい髪の毛を両側で編み込んだ髪型に小柄な体躯は子供のようであったが、声は大人の女性特有の喉の奥で深みのある反響をした音であった。

 悪気のない謝罪に毒気を抜かれかけるも、薬品をぶっかけておいて酷いではないかと講義をするべく拳を固め、裾で顔を拭う。

 女性はにこにこと微笑みながら白いタオルを差し出すと背後のルエにちらりと目をやった。そこで視線が移動したことで横に伸びる長い耳を認識したのだろう、はっと驚きに顔を染めた。


 「こんなところまでエルフが来るなんて面白いわ。今日はおくすりでも買いにきたの?」


 先ほどのハプニングがなかったことのように世間話を始める女性。

 顔をタオルで拭いようやく水気を取ったセージは、相手の顔にタオルを投げつけつつ食って掛かった。


 「そうじゃない! 俺の顔にかかった薬品はなんなんだよ」

 「風邪薬よ」

 「風邪薬か、なんだ……」


 騒動に発展させるまでもあるまい。ほっと胸を撫で下ろすと女性の次の言葉を待つ。

 女性――店主は右の髪房を弄りつつ床に落ちた液体を見つめて次の情報を流した。


 「風邪にさせるお薬ね。さる貴族のお偉いさんに高値で売り付けるための試作品だったのよーまったく私としたことが転んで扉にぶちまけちゃったはずがエルフの娘さんにぶっかけちゃってましたなんて笑えないわよーあっはは」

 「あっはは。じゃねーよ!」


 けらけらと笑う女性の襟首を掴んでずいと寄るも、なんのその柳の枝を打つようにしなやかに笑い飛ばされて効力を失う。

 風邪にさせる薬、風邪薬。なるほど薬剤師の端くれならばそれらしいものをでっち上げるのは難しくないだろう。……まさか己が実験台になるなど予想していなかったが。

 セージは襟首を起点に相手の体を揺さぶりつつ尋問した。


 「解毒しろ! あるだろ、こんだけ薬あんなら!」


 ざっと手で示すは店の奥に山となっている薬達。棚に、机に、椅子に、皿の上にこんもりと盛られた瓶に乾物に固形物に。

 女性はがっくんがっくん首を前後に揺られて酔っ払いのような喋り方にて断言してみせた。


 「ないのよ! 解毒関係は丁度使い果たしちゃってなし! 今から作るにしても時間がかかっちゃうわぁう!」

 「やれ! 作れ!」

 「あうあうちょ吐くう! 気持ち悪いぃ!」


 何というのだろう。セージは苦虫を噛み潰したような顔をした。船頭多くして船山に登るでもない、絵に描いた餅でもない、烏合の衆でもない。薬が山をなしているのに解毒薬だけないなど、離陸装置はあるのに着陸装置だけない航空機である。

 構うものか、首をもいでやろう。襟首がきしきしと嫌な音を立てる勢いで振りまくり店主へ怒涛のラッシュを仕掛ける。


 「おお、どうしてこうも……」


 背後で蚊帳の外であったルエは天を仰いで目頭を揉んでいた。また問題が捨てられた子猫のようにすり寄ってきた。悪いことに猫を蹴って退ける力量はない。懐に抱くしかない。

 

 「うえっぷ! 止めなさいよう朝飯のパンがバターになってしまうから!」


 店主は手を振りほどくとよたよたと床を数歩後退して座り込んだ。首はもげなかったが服は乱れ髪の毛は四方八方に跳ねまくっている。セージの寝起きの髪型に近く外を出歩けば背中を指差されるだろう。

 腕を組むとむっつり眉を結んで相手を見下ろす。

 店主は目を回して立ち上がれないらしく座ったまま店の奥を指差した。


「ちっ! ……それで、解毒薬がないってのは嘘なんだろ?」

「ほんとうよ。解毒に使うお花を丁度きらしちゃってて。普通の薬ならとある苔を磨り潰した粉で作る解毒剤で済むんだけれど、試作品だっただけに効力が強烈でねえカリンの花っていうのじゃないと効かないわ」


 さすがというか腐っても薬屋。薬の知識はあるらしい。材料を用意しておかない無計画さは褒められたものではないが。

 カリンの花と聞いたセージは一瞬沈黙するも、すぐに脳裏に絵を描いて情報を記憶から引き出すことができた。草ばっかり食っていたせいだろうか薬の知識がそれなりについていた。カリンの花の名称も知っていたのだ。

 腕を組んだまま、ため息を吐く。薬をうっかり投げてしまうような変人にはきつい言葉で尋問しても埒が明かない。冷静かつ慎重に言葉を引き出すのだ。


 「カリンの花ってあの………!?」


 そこまで言葉を唇の外へ出して、平衡感覚が瞬時に喪失した。磁力の狂ったコンパスのように足元がくるくるとねじ曲がると膝が折れ上半身から順々に下半身が大地へと接する。

 ――前に、背後から逞しい筋肉を纏った二の腕が背中を支えると落下速度を殺した。髪の毛が慣性の法則に従い急停止した肉体から離れようと振り子のように棚引いた。


 「セージ! 店主さん。これは……!」


 腕の主はルエだった。セージが頭から床に突っ込む前に支えたのである。反応速度たるや落下と同時。電光のようであった。彼の顔は蒼白であり唇がわなわなと震えていた。

 店主は呑気に「おやまあ」と顔に似合わずオバサン臭い台詞を紡ぎつつぐったりとルエの腕の中で伏しているセージの首筋に指を置いて脈を計り、唇に掌を近寄せて吐息の回数を診た。

 そして、おもむろに喉の奥で唸り声を上げると、口をへの字に結んで、ゆっくりとルエの方へ向いた。


 「……道理でねえ。原液飲んだはずなのに耐えるなと思ったら……エルフだからかーうーん。うーん、うーん、困ったわ。あ、お兄さん聞いてくれる?」

 「なんでしょうか」

 「専門用語抜きに説明しちゃうと薬強すぎて死にそうになってるのよね。カリンの花無いと起き上がれないかも」

 「なんですって…………」

 「でも安心して。すぐ取り寄せて薬調合してあげるから。効力を緩和させる薬ならあるから死にはしない。ただ、ちょっと時間かかっちゃうから私のお店に泊まっていきなさいね」


 ルエはさっそくベッドは向こうだからと指示を送り始める店主に従うべくセージの体を抱いて立ち上がると、再び天を仰いだ。鉱山のように面倒な事態にならなければよいが、と、なかば達観にも似た感想を心中に木霊させて。





 一方その頃、忘れられているなどとは露知らずメローは馬置き場前でぼんやりと時間を潰していた。


タイトルに偽りなし(当社比)

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