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<100>鮮血

反乱鎮圧のためにセージは鉱山の管理施設へと向かった。

 赤毛の男は部下に起こされて報告を聞き怒髪天を衝いた。反乱。悪いことに反乱を抑え込むはずの首輪が無効化されてしまい戦況は逼迫していると。今や労働者たちは群れを成して監視員をなぎ倒し次々と施設を制圧しているという。率いるのはかつて傭兵団の会計係であった男女。金をちょろまかした揚句捕まった屑の中の屑であり、反乱は社会通念上でいうところの逆恨みである。

 男は部下にとっとと制圧に行くように命令すると、己の装備を整えた。メイス。鎧。それだけだ。

 男は――アスクは、殺意に目を滾らせて鉱山へと急行した。


 無力だろうかという問いに対して、セージはこう答える。その通りだと。

 では、無力とは何か? 無力とは本人の相対評価に過ぎない。もし一般人と戦わせてみれば答えは自ずと明らかになる。

 槍の代用として握った棒で顔面を突けば、腕力に任せて数人の足を薙いで転ばせる。超人染みた力は魔術による強化がもたらした恩恵である。

 矢継早に放たれる氷やら電撃やらの魔術玉を棒に纏わせた無色の爆発でかき消すと、余裕綽々の表情で指を手前に動かして挑発する。


 「どうした? 俺はたった一人。やれるもんならやってみろ」

 「裏切者ぉ!」

 「裏切り? だから、知るかよ。御託はいい。俺をやるんだろ? やれよ。やんないの? それともやれないの?」

 「死ねぇ!」


 労働者の一人が悪魔のように表情を歪めて飛び掛かるも、ついと掲げられた棒で胸を突かれ、腰の捻りを込めた中段蹴りを腹に食らい昏睡状態へ落ちた。

 ストレッチで養われた体の柔らかさを強調するが如く足を最上段に移動させると、かかと落としを彷彿とさせる仕草で足を下ろす。いっそ清々しい聖女のような笑みを作れば、罵倒の言葉を吐き捨てる。こうすれば相手の感情が高ぶるだろうと計算して。


 「お前ら弱いよ。俺の知る誰よりも弱い」


 セージは己を囲んで倒そうと画策した挙句壁際に追い込んでも一向に擦り傷一つ与えることの敵わない労働者連中の視線を真っ向から受けながら、手のひらに火球を出現させた。

 セージの殴り込みから暫し。状況は一変した。いくら労働者が鍛えられているとはいえ真面目に戦闘に関わったものは皆無であり、修羅場をくぐってきたセージによって一方的に狩られていた。行動で示し、首輪を解除してもらい魔術を自由に使えるようになったお陰である。セージの目標である反乱鎮圧に手を貸すことで労働期間を短縮してもらおうという試みは実を結びかけているといえる。

 ぐるりと取り囲まれていようが、いかなる攻撃もセージは対処できた。殴る、蹴る、武器で叩く、突く……どれも近接格闘である。近接は十八番なのだ、対処できないほうがおかしい。魔術を飛ばすにしてもルエのような使い手と異なりただエネルギーが飛んでくるだけの弱小となれば楽勝だった。

 もし労働者たちがセージの危険性をいち早く認識して攻勢に出れば話は変わっただろうが、すべては手遅れだった。

 かかる傍から棒で殴られ気を失っていく仲間を前に怖気付いたのか、労働者たちは包囲網を狭めようともせず、連携も取らず、ただ立ちすくんでいる。

 セージは相手が不快に感じるように最大限労力を払い鼻で笑ってみせると、棒を肩に担いだ。良家のお嬢様のような柔和な色合いを湛えながらも、凶暴な光を宿した瞳が剣呑に窄まった。


 「こないのか。いいぜ。そっちの方が手間が省ける。さぁて覚悟しろよ!」


 棒を両手で握り、腕の筋肉を盛り上がらせる。

 近接戦の腕前を否応なしに見せつけられた女労働者らは顔色を変えて武器で殴りかかった。躊躇する者もいたし、逃げようとするものもいた。しょせんは即席の暴動。チームプレイなどない。


 「させちゃダメよ!」

 「かかれ!」

 「みんなでやれば!」


 セージは己に迫る包囲網にも慌てず騒がず武器である棒に意識を行き渡らせて――。


 「〝憤怒〟!」


 魔術を炸裂させた。『憤怒』。囲むように陣を敷く相手にはうってつけの術。

 爆心地であるセージの肉体から放たれた膨張した大気が労働者たちの胴体を叩いて後方へと吹き飛ばす。無様に意識を刈り取られ大地に伏した女どもの表情は穏やかとは程遠い。

 これでよし。棒の切っ先をゆらりと地面に接すると溜息を吐いて鉱山の奥を見遣った。


 「あとはボスだけ。ボスをボコボコにして突き出せば金一封貰えるかも………」


 扇動者である女は鉱山の管理施設に仲間を引き連れて押しかけているという。今しがた相手にしたのは下っ端のようなもの。倒すべき相手はここにいない。

 そうと決まれば話は早い。


 「待ってろよ尻けっ飛ばしてやる!」


 セージは、棒を担いで走り出した。

 鉱山内部の戦況は拮抗状態に移行した。セージの活躍と、もしかするとルエ、ひょっとすると別の反乱に反対する者かの手によってである。監視員と労働者の数はそう大差なくなったのだ。

 混乱するさなかを駆け抜ける。ツルハシで鬼気迫る表情で襲い掛かる労働者と、棒で対応する監視員のちょうど間を風のように通過すれば、ひっくり返った台車を一息で飛び越して、監視員を倒して油断していた労働者の頭を横を通るついでに殴る。


 「悪い悪い! ついやっちまった!」


 楽しげな笑顔とは裏腹に肉食獣のように地を駆けていく。速力は馬をも背後に位置させる程である。人外染みた筋力を発揮できるのも魔術のお陰である。

 進んでいくと施設が見えた。鉱山の管理施設の正面門は無残にも破壊されていた。

 そして、施設と門の中間地点で二人の人物が熾烈な戦いを繰り広げていた。すぐ傍らには大勢の男女の労働者が積み重なっている。監視員らの姿もあった。

 戦いの登場人物は赤い髪の毛の男と、もう一人の男。よく目を凝らせば上半身がすっかり炭化して跡形もない死体が転がっていた。

 赤い髪の男が電流を纏ったメイスを振るえば、ただの棍棒を握った男が応じる。武器と武器が鬩ぎ合いを演じた。

 ――あいつが男子組の反乱のリーダーだろう。直感した。

 棍棒を握った黒髪を振り乱した男が憎しみに顔を歪ませて叫んだ。


 「よくも殺したな! 貴様さえいなければよかったのだ!」


 対する赤毛のアスクも猛然と叫ぶ。


 「元をたどればすべての元凶はお前たちだ! 金を盗んだ。逆恨みを!」


 武器と武器が衝突する。棍棒がたちまち湯気を吹きあちこちを焦がしていく。ただの棍棒と金属製のしかも雷を帯びたメイスとでは格が違いすぎた。

 アスクが魔力を全開にした。メイスに宿る雷が渦を巻くと蛇のように棍棒に絡み付く。咄嗟に棍棒を手放した黒髪の男の目の前で、肝心の棍棒が膨大な電流に晒されて炭と化す。

 武器を失った男へ、アスクがニタニタと嫌らしく口の端を持ち上げて迫った。一歩一歩を確かめるように。


 「お前のせいだ……お前が………俺の鉱山が……俺の……」

 「俺を殺すのかアスク! 殺せばいい。殺せば鉱山はおしまいだ。人を殺す経営者とな! もう殺してるから、終わったと言っておこうか」

 「おしまい? 違うここから始まるんだ……!」

 「……やめろ! やめろ!」


 必死に弁解をしようとする男へ、アスクがメイスを振るった。躱そうとバックステップした男だったが、続けざまにメイスが振るわれて転倒した。

 メイスが当たった腕が奇妙な方向に折れ曲がった。


 「あぁぁぁぁ……!?」


 悲痛な叫びも聞こえぬのか、それとも聞こえているのか、狂気的な笑みを張り付かせたアスクがメイスを振るう。何度も何度も。黒髪の男は抵抗していたがやがて静かになった。

 肉を打つ愉快なBGMだけが空間を楽しませている。


 「糞! 糞が! 鉱山を守るためにこうまでしてきた! 貴様のような屑だって名誉のために殺さずにおいた! 糞が! どこで間違えた!? ええ!?」


 アスクが心中を吐露しながらメイスを振るう作業を続けた。もはや肉塊と化した黒髪の男へと何度も振るっては罵声を喉から弾けさせる。血が飛び、破れた衣服の繊維が舞った。

 猟奇的な光景を前にセージは言葉を失っていた。棒を片手に死体をいたぶり続ける男をじっと見つめるだけで、動けない。血濡れのメイスが投げ捨てられ地面を擦ってやかましく鳴った。ゆらり、とアスクが亡者のように上半身を起こすと、笑顔を放棄した鉄仮面を被ってセージのほうに虚ろな瞳を向ける。


 「反乱者だ……殺す……皆殺しにしてやる………」

 「くっ!」


 アスクの両腕に電流が迸り巻き付いた。

 セージは恐怖に腰が竦む感覚を覚えつつも、棒を構えた。

 次の瞬間、遠距離から飛来した一本の矢が空間を穿ちつつ僅かな放物線を描いてやってくると、アスクの頭蓋に大穴を空けた。脳が破壊され生命維持の一切が終焉を迎えた。アスクは白目を剥いて大地に身を投じると、動きを永遠に静止した。赤毛を真紅が染め上げる。血液が頭蓋骨の穴から垂れて大地を汚す。


 「アスク、許せとは言わない。私を恨んで、私が逝ったらあの世で復讐なさい」


 物陰から、弓矢を構えたアッシュが姿を見せた。

 アッシュは炭と化した女、肉のサンドバックとなりて沈黙している黒髪の男、そしてアスクの傍まで靴を鳴らして歩み寄ると、続いて棒を構えて緊張状態を保っているセージへと目を向け井戸の底から這い上がる冷気のような重いため息を吐いて弓を投げ捨てた。乾いた音を立てて弓と矢束が転がる。


 「セージとか言ったわね。反乱の後始末が終わったら呼び出すから来なさい。お仲間のエルフも呼びなさい。いいわね」


(100話目というのにキリが悪くて)すまんな。

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