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<99>反対に反対する

反乱が勃発した

 筋肉も薄くしかし形の良い腰つきを押す。柔らかな表皮が凹み筋肉と脂肪の層へと圧力が伝わり分散される。腰の骨に触れぬように位置を直せば、緩やかに筋肉と肉を解して、無駄肉のない背中に指を押し付ければ、お次は足だ。肌着の上から羽織った布服から覗く太いという割に細い太腿を掴んで全体を揉みほぐし疲れを取っていく。

 セージは今、余った布や藁を敷き詰めて作った簡易のベッドのようなものの上でメローに馬乗りとなってマッサージを施していた。肉体労働などやったことすらないメローにとって日々は筋肉痛と共に酒を飲みかわすようなものであり、疲れて疲れて仕方がなかった。

 元をたどればセージが二人を巻き込んだもの。そこで、謝罪の意味を込めてマッサージしていたのである。

 世間話をするほど世間に詳しくないメローの為にロウについてあれこれ聞きつつ腿を解す。


 「へぇ………ロウにもそんな一面があったんだなぁ」

 「ん……ぁ……そう………ああ見えて……かわいいところ………あるよ……」

 「想像できない」

 「んふふ……」


 腿を揉む。揉みごたえはないが、艶やかな肌の感触が心地よく、思わず楽しんでしまう。やましい気持ちはない。ただ気になるのは揉んだり触ったりするとメローが呼吸を乱すことだ。

 あくまでマッサージなのだ、気にしてはいけない。

 セージは腿を揉み解すと、両足を折ってぎゅっと体重を乗せた。ちなみにマッサージの技術があるのでも知識があるのでもなく、見様見真似である。


 「くぅ……」


 メローが、痛苦の吐息を露わにした。顎のクッションとして敷いていた掌が強張る。

 強くやりすぎたようだった。体重を抜くと、緩やかに足に負荷をかけていく。踝がお尻に触れるか触れないかのギリギリの線で押す力を緩め、引いては押すことで関節を解す。

 ふと、手がお尻に触れていることに気が付く。小ぶりで可愛らしい臀部は粗末な布越しに淡く形を浮き上がらせており、訳も無く狼狽する己がいる。男性視点で女性の体を感じているのか、女性視点で可愛らしさに嫉妬しているのか、女性視点で女性の体に性的興奮を覚えているのか、さっぱりわからない。ただでさえ男性としての意識も曖昧になりかけているだけに頭がどうかしそうなので思惟に耽るのは取りやめる。


 「痛かったら言えよ。言わないとわからないぞ」

 「痛い………でも気持ちいい……」

 「次肩な」


 足の体操はそこそこに、メローを座らせて背後につくと肩を揉んでいく。慣れぬ土木作業で線の細い肩の筋肉は緊張してこっていた。女性特有の逞しさとは無縁な筋肉を掴み、揉む。鍛えていない人にとって強く揉まれるのは苦痛の何ものでもないことを知っているのか、手つきは優しい。

 揉む、緩める、揉む、緩める、のストローク。無表情もしくは狂気的な笑みの両極端な表情を垣間見せるメローの眉が緩み頬にじわりと温かさが浮いていた。極楽浄土を体感しているようだ。


 「あ、あっ」

 「メロー。そのー……」

 「なに」

 「なんでもない」


 セージが指摘せんと恐る恐る手を止めるも、一瞬で普通の声に戻ったメローを前に戦意を喪失して黙々とマッサージに戻った。


 ほっと安堵の溜息を漏らすと蓄積した疲労を振り払うべく首の関節を鳴らす。マッサージするということは、疲れを別の人間に移すということだ。エネルギー保存の法則に通じるところがある。


 「ふぅ」


 気持ちよくなり眠ってしまったメローに布をかけたセージは、体育座りでぼーっと時間を潰していた。一緒に寝てしまおうか。メローの黒い髪の毛を見遣り、ぼんやりと天井を仰ぐ。

 ふと、目線を戻せば、欠伸を堪えつつ歩いてくるガブリエルの姿があった。欠伸をしているのはガブリエルだけではなく、皆が同じである。強い疲労が眠気を催させるのだ。

 エルフということのせいか、よそ者という要素のためか、ほかの労働者たちはセージらに寄り付こうとせず遠巻きにするばかりであった。ガブリエルだけは気楽に話しかけてくる。ようするに三人一組が常であった。今日もガブリエルがやってきたので無駄話に花を咲かせようと灰を握ったところ、遠くから反響してくる音があった。

 オーッ、とも、ウワーッ、ともつかぬ大声である。音源が複数存在するのか耳障りな騒音となりて響き渡る。

 それは怒号であり――反乱の鬨の声であった。

 何事かと目を丸くする労働者たちを放って、足を振り上げた反動で上体を起こす。完全に眠りについたメローをちらりと一瞥すると、ガブリエルの方を見ずに口を開いた。


 「おっぱじめたらしいからちょっと殴りこんでくる。万が一メローが危うくなったら逃がしてやってくれ、頼む」

 「いいよ。面倒はちゃんと見てあげるから行ってきなさい」

 「ありがとう!」


 セージは、地を蹴り、拳に力を滾らせて、反乱の根城へと駆け出した。まさか労働者が反乱に反抗するとは思いもよるまいという思惑を胸に、力を拳に。まさかガブリエルがセージを使い走りにしてやろうと画策しているなどと思わず。

 セージが去った後、ガブリエルは懐からなめし革を取り出すと、指に絡めて遊びだした。


 「必要なかったか……今のところは、だが」


 セージはあくまで事情を知らず混乱している一労働者を装い騒動のもとへと接近していった。監視員らしき人物がぐったりと倒れ込んでいた。それも一人ではない。二人、三人であった。

 手近な一人に駆け寄っていくと、首筋に指二本を置く。脈を感じ取った。気を失っているだけのようだ。

見れば、棒を持った監視員へ襲い掛かる労働者の姿があった。首輪から電流が放たれているが動きに支障をきたす様子がない。皆、魔術を放って、あるいは武器を使い監視員らを圧倒していた。

 おかしい。言うならば油に火種を投げつけて発火しないような違和感。

 じっくり観察して、合点した。


 「……なるほど、絶縁か!」


 首輪と首の隙間に何やら革の切れ端のようなものが押し込まれていた。魔術による電気というものは、電気のようで電気でない振る舞いをすることはあっても基本的に電気なのだ。革やゴムのような絶縁性の高いものを間に挟めば、防げるだろう。

 ただセージは誰が絶縁という発想を与えたのかを深く考えなかった。事態に興奮して考えが回らなかった。


 「貴様らぁ! 自分らが何をやっているのか、わかっているのか!?」


 棒を構え必死に挑みかかる監視員を、労働者たちが寄ってたかって嬲っていた。どんな不測の事態であれ首輪さえあれば制御できると侮ったつけがまわってきたのだ。監視員の武器は棒だけ。対する労働者たちはどこから持ち出したか、ツルハシやらサスマタやら。管理側と労働側の数は後者が上回るのが世の常。おまけに労働者は力が強い。

 殺意に目をぎらつかせた労働者に対し、監視員は血の気が引きつつも交戦の意思を捨ててはいなかった。心中は、誰が得をするのだという理不尽さ一色。無理矢理誘拐してきて強制労働ならまだしも、勝手に罪を犯して収監されておいてからの反乱とはあきれてものが言えない。

 既にいつもの巡回で同行する二人の仲間は気を失って地面に倒れている。労働者の数は五人。五対一の戦力差はもはや筆舌し難い絶望感を醸し出していた。

 監視員はいっそ敵対をやめてしまおうかと思ったが、考え直した。給料分は働かなくては。

 武器を握りなおした監視員へ容赦ない言葉が投げかけられる。


 「不当な労働に死を!」

 「殺せ!」

 「いや殺すな。あとが面倒だぞ! 早くこいつの鍵を奪うんだ!」

 「やっちまえ!」


 皆女性のはずだが、血走った眼といい、口調と言い、悪鬼のようであった。

 その悪鬼は背後からゆっくりと忍び寄ってくる一人の狼に気がつけなかった。狼は野良犬でも見るような濁った眼にてひらりと手を振ると、おもむろにこう言った。


 「よぉ! いい武器だ。貸してくれよ」


 背後から忍び寄ったセージは相手のツルハシの柄に手をかけると背中を蹴って奪い取り、頭の部分で両隣にいた女の首を殴りつけて意識を奪った。二名撃沈。

 咄嗟に立ち上がって殴りかかってきた元ツルハシの保有者の一撃を躱すと、膝を腹に叩き込んで昏倒させた。一名撃沈。残り二人。


 「エルフ!?」

 「このう! 犬ぅ!」


 エルフの乱入に目を剥いた二人組は、揃って棒を振り回した。

 左右から躍りかかる棒を屈んで躱すと、ツルハシを下段から振り回して一人の脛を打つ。たまらず倒れる相手を尻目に、もう一人の棒の叩きおろしを危なげに横に避けると、一気に距離を詰めた。


 「ちょっと眠ってろよ、ばあさん!」


 ツルハシの頭を使わずに腕の加速に乗せた威力を柄に集約して額を打つ。相手はもんどりうって仰向けにひっくり返り静かになった。


 「裏切りもの……! 不当な支配に……屈して……!」


 歯を剥き出し威嚇する女労働者は脛を打たれ動けず地面でのたうち回っていた。ツルハシという重量物が衝突したのだ、まともでは済まない。骨に罅が入ったかもしれない。

 セージは、脛を打たれ苦しんでいる相手のもとへとゆっくりと歩んでいくと、ツルハシの頭をトンと地面に突き、すぐそばにしゃがみ込んだ。表情は皆無である。爽快感も達成感も心の充足も得られぬ不毛な戦いに介入しているのだから当然であるが。

 相手の首輪に挟まっている革を握り、鼻を鳴らして訊ねる。


 「不当な支配? 知るかよ俺を巻き込むな。勝手にやってろ。ところでコイツも貰うけど、いいよな」


 返事も聞かず革を引き抜く。途端に電流を防ぐものがなくなり労働者は感電して意識を失った。びくんびくんと痙攣する労働者の体を後に、革を掌で弄びつつ監視員の方を見遣る。

 監視員は予想だにしない援軍に目を丸くして棒立ちしていた。まさか労働者の中に手助けしようとするものがいるとは思いもよらなかったのだろう。

 セージはツルハシを肩に担ぐと監視員の前に立った。


 「君は……まとも、なのか?」

 「まともって何がまともなのかにもよるけど、反乱には反対派です。よって助太刀しに来ました」



まだ続きます

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