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<97>嗚呼、肉体労働

鉱山で辛い労働に日々を費やす中、反乱の噂を聞きつけた。


 岩を砕くのはメローの担当だったがそれを台車に詰めるのはセージの役割だった。鉱石から金属のみを溶かしだすにはまず砕かなければならない。そして運ぶ。作業工程には水車を利用した機関があるとはいえ手作業が大部分である。

 作業は極めて簡単だ。口を塞ぐ大げさなマスクに呼吸を奪われながら石を運び台車に詰める。手袋やブーツも支給されているので楽な方だろう。奴隷の身分はあくまで外見だけで実際には借金返済のために働く労働者なのだ、怪我や病気にかかって死んでもらっては困るということである。同じ理由から鞭が飛んでくることもないが、少しでもサボれば監視員が手に持った紙にあれこれ記載するので、休むことはできない。もし一日のうち一日分のサボりと認められればその場で一日分が無駄働きになるのだ。

 では楽かというと有り得ない。体積に対して釣り合わないと愚痴を零したくなる重量の岩を運んで台車に詰めては男共に運ばせる。それを永延一日中やるのである。

 岩を満載した籠を担いでいくと、台車にぶちまける。

 髪の毛を後ろで結んだセージは他の労働者と同じように死んだような顔で仕事に没頭していた。いっそ上半身裸で作業したいほど肉体が火照っていたが、一応女性なので、許されなかった。とはいえ作業用で渡された臭い布服はとうの昔に汗でびしょびしょとなっており通気性は壊滅しているばかりか不快感を増幅するだけである。

 マスクを脱いで存分に呼吸したい気持ちもあったが、やめた。作業時の粉じんを吸い込めばやがて悪影響が出るからだ。

 岩を砕いている現場へと空っぽの籠を担いで歩いていく。比較的体力のない女性たちが黙々と岩を砕いていた。メローの姿もあった。彼女も同じように岩を砕くために用意された道具を振るっていた。目に見えて疲労しており褐色の肌は白く汚れていた。

 メローとセージの視線が合うも会話も頷きもない。黙々と岩を砕き、岩を運ぶ。

 岩を砕いて運んでいった先には専門家が居り選別作業を行っているそうである。ずぶの素人に求めるのは岩を砕いて運ぶことのみなのだ。ちなみに男は馬のように台車を牽引する作業に宛がわれている。作業開始してルエと一度も顔を合わせていないため不安でもあったが死にはしないだろうと確信があったので考えないことにした。

 岩を運び台車に乗せる。腕と腰に力を込めて重い岩を持ち上げると、台車に放る。やかましい音を上げて岩が滑り落ち砂煙が上がる。

 セージのすっと通った鼻筋から汗が垂れて地面に水滴を描いた。一日目にして既に腕の筋肉は震え疲労で頭が鈍っている。

 台車から離れ再び籠を担いでいく。視線は前を行く作業員の踝。足が棒で、腕が枝で、胴体は幹のようだ。己の体が休息を求めている。与えられないのが辛い。

 マスク越しにくぐもった声を漏らす。これで疲労が薄まるわけではないが。


 「はー、はー…………くそっ」


 罵り言葉のパレードが開催される予定だったが、疲労のあまりしゃべることも面倒くさくて中止に追い込まれていた。時折、糞や畜生の言葉が唇から汗とも唾液ともつかぬ汁と共に伝うだけである。ピンと立った尖り耳もいまは垂れている。

 セージは八つ当たりをするのも諦めて、亡霊の行進かくや生気の失われた労働者たちの列に加わって仕事を続けた。



 一方ルエも苦しかった。

 とにかく仕事は細かいことを考えず台車を運ぶものなのだが、岩を満載した台車はひたすら重く地面に接着されたように動かない。車輪が岩に引っかかるとその場から動かなくなることも多々あった。ひたすら男性組の諸君と汗を流す作業が続く。

 中性的な顔立ちが災いしてちょっかい(色々な意味で)をかけられることもあったが、作業中は一切有り得ない。サボれば労働期間が延長されてしまうからだった。

 歯を食いしばりながら地面を蹴って推進力を得て台車の前にある鉄棒を押して牽引する。

 体を使った運動は主に筋トレだったが故に辛い。周囲の男たちがほぼ筋骨隆々の大男ばかりなだけに中途半端に鍛えた肉体には堪えた。もっと鍛えておけばよかったと後悔するも、後悔は忠告してくるものではなく嘲笑ってくるものなのだ、どうしようもない。

 ひたすら押すだけ。先導役の眠そうな顔に頷いて押す。角を曲がるために足踏みをする。

 普通は、何でこんな苦行を強いられているのかと怒りが湧くだろう。彼は違った。セージのためなら命を投げ出そうとまで思い詰めていてだけにこれは必要経費であると納得していた。もはや聖人君子染みた純情さであった。

 台車を押すという作業は夕方まで続いた。




 硬く湿気たパンを歯で千切って頬張ると唾液と混ぜて咀嚼してペースト状にする。そこへ芋と野菜を塩気で調理したとろみスープを投入してよくかき混ぜると飲み込む。夢中でお世辞にも品質の良いとはいい難いパンを食らい、そして丸ごと口にねじ込む。パンの全長が口の容量を超えているせいで尻尾がはみ出ているが気にせず歯の当たる部位をひたすら噛んで貪ると、スプーンを忙しなく使い塩気を口に含む。汁の底をさらい砂金でも探すように野菜と芋の欠片を口に通す。パンもスープも無くなれば、どこぞの労働者お手製の木の器に並々注がれた水を一息に吸い込んだ。

 唇を拭い、暗い表情を一変明るくした。


 「ぷはぁ! うまかった!」


 誰よりも早く夕食を平らげたセージは、腹にすとんと落ちた食物が見る見るうちに発火して体温を上昇させ疲労を消し飛ばすビジョンを体感した。仕事中の死人のような顔はどこへやら生まれたての赤ん坊のように顔を赤くしていた。

 ゆっくり食べて味わう派のガブリエルと、そもそも小食なメローを尻目に、胡坐をかいた姿勢から上半身を倒してストレッチを開始する。

 ガブリエルはパンを齧りつつセージを見ていたがやがてこんなことを口にした。


 「食うの早いね。そうそう、こんな話があるんだけど」

 「なに?」

 「………」


 メローは口を聞く元気もないのか壊れた人形のように肢体を投げ出しパンの隅の方をハムスターのように食べている。


 ガブリエルは声を落とすと、広間の別の部屋の方をそれとなく指で示した。


 「こんなところで働くなんておかしいから反乱起こそうっていう」

 「は? お、お? メローってば」

 「いい反射神経ね」


 セージはあからさまに不機嫌を顔に出して短く疑問符を吐いた。メローはパンを咥えたまま櫓をこぎ出した。顔面から地面に落ちかけた寸前でセージが器用にも足を滑り込ませると、頭に衝撃がかからぬよう手に持ち替えてゆっくり降ろす。やっててよかったストレッチ。左足は後ろ、右足は前の開脚姿勢。

 ガブリエルは更に声を落とすとパンを千切って噛んで嚥下し、スープをスプーンでちびちび堪能した。


 「噂じゃ傭兵団を裏切った奴がいて、捕まって労働させられてる癖にこれは不当とか言って反乱起こそうとしてるらしいの。私の計画にも支障をきたす面白い奴らよ」

 「はぁ………そう…………どうしてこう面倒事が飛び込んでくるんだ。ちょっと行ってくる」

 「何しに?」

 「決まってんだろ。潰すんだよ」


 またトラブルか。セージは深くため息を吐くと、受け入れるしかない己の身を呪い――そしてふと閃いた。計画している奴にそれとなく近づいて計画を挫けば短期間で外に出してもらえるかもしれない。

 ガブリエルから計画者の名前を聞き出すと、ぶつぶつと不満を零しつつ歩いていく。


 「俺の邪魔はさせねぇ……ったく反乱だぁ? ふざけんなよ……」


 乱れた髪の毛を手の櫛で乱暴に整えつつ労働者の一人の前で立ち止まると、耳打ちして訊ねる。相手は驚きと怯えを覗かせながらも教えてくれた。


 「ありがとよ」


 感謝の言葉を述べて歩みを再開する。

 可能ならば計画者を説き伏せて排除してやりたい。無駄に反乱など起こされて労働期間が延長になったらどうするというのか。反乱が成功すればいい。失敗したらどうするのか。沸々と煮えたぎる怒りを腹に抱え肩を揺らし目標の人物を探しに行く。

 ガブリエルはその後ろ姿を眺めつつ、地面に倒れて死んだように眠るメローに布きれをかけてやると、フームと喉を鳴らして顎を擦った。


 「反乱……うまくいけばいいが、起ころうが起こるまいが失敗しようがこの鉱山は終わりだな」


 男言葉で呟くと食事を再開する。パンを千切り口に放り込むとじっくりと噛む。

 ガブリエルは知っていた。この鉱山の鉱石の質が低下しつつあることを。資金不足に陥りながらも体制を変えようともしない頭でっかちな一族と、いち早く組織に見切りをつけて外へ逃げた一族の女がいることを。その情勢不安に付け込んで脱出しようと考えていたのだがちょうどよくセージがやってきた。彼女もとい彼ならば反乱を鎮めるべく尽力してくれるだろう。それに手伝ったということで信頼を得れば脱獄計画も進めやすくなるというものだ。手伝うだけで直接介入はしない。

 まるで酒でも飲むかのように木の容器を目の高さまで掲げると水を飲む。


 「せいぜい頑張れ、若者。俺はリスクを冒したくないんでね」


 ガブリエルはそう口の中でもごもごと言葉をこもらせるとスープの最後の一掬いをスプーンで取った。

 脱出して自分を待ってくれている盗賊仲間達と合流して人生を楽しんで寿命が来たら死ぬ。それが彼女の目的であり、そのためならば同郷人だろうが利用する。彼女は極めて盗賊らしいものの考え方をしていたのである。


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