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<10>蜘蛛調理及び罠の危険性について

その子を殺すな! その子はエルフだ!(スパーン


 木の上から獲物を睨む影一つ。

 大きく振り上げて、飛び降りる。


「うおおおおおおりゃあああ!!」


 先端に石を括りつけた木の棍棒をそれに叩き下ろす。それは突如強襲されて致命傷を負い、透明やら緑やらの体液を撒き散らしながら沈黙した。

 “少女”は棍棒を再度振りあげると、それを滅多打ちにする。一回に留まらず二回三回と振りおろし、トドメとばかりにそれを蹴りあげて転がした。


 「よっしゃあああー!」


 少女は自分の意思で仕留めた初の獲物を前に、両手を叩き合わせぴょんぴょん踊り狂いながら雄たけびを上げた。

 打撃を食らい続け内臓を壊されたその獲物、蜘蛛は足を痙攣させたまま腹を上にして動かない。既に息絶えているのだ。

 少女が居る場所は森。川を辿った先にある、人の寄りつかない深き古の原生林であり、このどこかにエルフの里があるそうなのだが、入り込んで数日ほど経ったが一向に見つからない。

 湖で村を追われてから一週間ほどかけて赤い山に付き、更に数日かけて川を見つけ、それを辿って森に入った。

 そこに至るまでに野犬と死闘したり、風邪をひいたり、空腹に耐えかねて物を盗んだら矢を射られたり、ここまで生き残ってこれたことが奇跡というほかない状況を乗り越えてきた。

 それも一重にエルフだからではなく、彼が彼だったからというほかない。元の世界に帰りたい。安住の地を求めたい。その気持ち以外は彼もしくは彼女をここまでさせなかったであろう。

 特別な能力も才能も機転の良さの無い。あるのは諦めたくないと言う意地。

 でもなければ地を這い、泥まみれの木の実を口にして、湿気の多い森や砂埃立つ草原で野宿したりはしまい。

 そんなこともあり、人間、開き直ってくるものである。

 汚いことは全然平気。泥水も飲めます。雨水はシャワーです。狩りもします。野宿が普通です。

 現代人としてのプライドもこの際捨ててしまおうと腹を括り、森の中に適した格好で探索をする。

 頭に木の枝を括りつけて服を草の汁で塗りたくり、移動するときに足跡を残さないように靴を大きい葉で覆う。ナイフは木の棒の先に固定して槍とする。弓の代わりに石を投げつける。木の棍棒の威力を増す為に石をくっつける。

 やってることは完全に昔の人である。ただ、昔の人ですら共同作業をしていたのを、少女はあくまで単独であるだけ。

 獲物である蜘蛛に蔓を撒き付けると地面を擦りながら引っ張っていき、自分の荷物置き兼ねぐらである木の洞の前で止める。

 蜘蛛を狩って食べたことは無いが、この近辺に木の実が無い以上狩らざるを得ない。

 それに、干し肉を道中食いつくしてしまったので、動物性(?)の食べ物を食べたくて仕方がなかった。

 以前苦戦した経験のある蜘蛛も、真上から強襲すれば大して強くなかった。どうやら地面を這い動植物を捕食したり、糸で地面に罠を作って獲物を捕える生態らしく、上からの攻撃に対処できないようなのだ。

 この世界では蜘蛛がRPGで言うところのスライム的扱いを受けているようでその辺にごろごろいて、道中何度も遭遇したため、なんとなくだが生態と行動形式が分かってきた。

 魔術で攻撃するよりブン殴った方が強かったぜ! ……なんて悲しいがこれも事実。

 撲殺した蜘蛛をどう調理しようかと検分し、ナイフでは殻を貫けず、それ以前に捌くのが困難そうなので、もっとも原始的な調理法を選ぶ。

 蜘蛛を食べるなんて不気味じゃないかと思うかもしれないが、“少女”の立場と、この世界において珍しくもない生き物と考えれば、十分食するに値する。

 日本ではゲテモノ扱いだが、海外では蜘蛛を御馳走とする地域だってあるのだ、決して馬鹿には出来まい。

 木の洞の前の草はある程度刈られており、一部には石を均等に並べた場所を作っておいた。そこに蜘蛛をでんと置くと、枯れ枝や葉を集め、調理の準備をする。

 少女の特訓の成果が実を結び、十秒程なら火を灯すことが出来るようになっていた。

 指を出して枯れ葉の中に突っ込み、集中する。

 森のざわめきと遠くに鳴る川の吐息をBGMに、火花が瞬時に収縮し不死鳥が如く火炎となる様に念ずる。

 そして、自らが引き金と心で思う言葉を紡ぐ。唱える方がイメージを固定しやすいのだ。


 「―――〝灯れ〟」


 指先で『ボッ』と音がするや、頼りない赤き炎が灯る。

 イメージと念の力が消えてしまわないうちに指をぐいぐい押しつけて火をつけると、息を吹きかけて火を大きくしていく。これが非常に難しい。捻るだけで火が灯るコンロとは違う。

 枯れ葉から小枝に。小枝から木に。木から全体に。空気の流れを考慮して、木々を足す。

 十分後、火は蜘蛛を覆い尽くすほど大きくなり、その身を焼いていた。

 もくもく煙が上がる中、鼻歌交じりに蜘蛛を焼く。枝を差し込み蜘蛛の位置を直して、全体が焼けるように。


 「ふふふふふっふふっふふーん♪」


 地面に座り込んで、焚火の熱気に顔を照らされるのも気にせず調理をする。

 火を見つめていると、昼間でも心が落ち着く。

 なんでもそれは人という種族の遺伝子に刻まれた記憶というが、エルフの体でも落ちつくのだから、その実、火という武器であり調理道具が手の内にあるという事実に落ちつくのだろう。

 蜘蛛が焼けていけば、殻がめくれ上がり、香ばしい匂いがしてくる。食したことは無いが、匂いだけは凄く美味しそうに感じられる。

 思えば調理らしき調理をしたのはこの世界にきて初めてでは無かろうか。

 煙にケホケホむせても目を離さず調理する。というのも火の処理を間違うと森が焼け落ちかねないということもあるが、何より食べ物が目の前にあるということが嬉しくて仕方が無いのだ。

 じっくり蜘蛛を焼き上げた少女は、蜘蛛を引きずり出し火に砂をかけて消火して、早速殻をはぎ取り始める。

 蜘蛛の調理は初めてなのでいつ火から上げていいのか分からないが、殻の表面がこんがり焼けたのを見計らった。


 「熱ィ! 熱い!」


 蜘蛛の姿焼は当然熱くて、少女は殻を割ろうとして苦戦した。

 やむを得ず殻の間にナイフを差し込むと、無理矢理こじ開ける。片っ端からはがしていてはキリが無いので腹部の部分だけを開けて、中身を見遣る。


 「………魚……というか、カニカマ………うーん」


 中身は白いというより肌色に近くて、思ったより綺麗だったのだが、なんとなく人間の脳味噌を思わせる感じで食欲が削がれた。

 が、匂いだけは美味しそうだし、ここまで調理したのに食べないなんてもったいないので、端を千切って口に入れて咀嚼した。

 少女は首を傾げた。


 「……びみょーとかがっかり過ぎる……」


 美味しい訳でもなく、マズイわけでもなく、淡白な味と、魚の切り身のような触感。

 手を突っ込み内臓を取り出し喰らい、その中の良く分からない肉も食べてみる。味はあまりせず、醤油でもかけたらさぞかし美味であろうという風だった。

 塩でも調達すればよかったと今さら後悔するが、これはこれで。


 「……でも……案外これはこれで。あーっ、醤油とバター欲しい」


 少女は手づかみで蜘蛛の中身をあっという間に食べていくと、生焼けの部分を残し満腹になるまで食べきった。

 もしも毒でもあったらどうするのという不安要素はあったが、焼けば食べられると信じて食べた。大型の生き物は毒を持っていないという知識もあったのだが、正直なところ、調べるのが面倒だった。

 食べ終わって口を拭うと、すぐさま蜘蛛の足を蹴り折り、小さくしてから草むらに隠蔽する。地面を掘ってもいいが、別にこれでも問題にはならない。

 少女は自分の荷物をまとめた後、川の方に向かって歩いて行った。

 さほど大きくもない川につくと、顔を洗い、新たに泥を塗り直す。萎れてきたカモフラージュ用の木やら葉っぱやらを交換して、口を濯ぐ。背中の槍を背負いなおし、木の棍棒片手に歩きだす。

 なんの根拠もなかったが、川を伝って上流に歩いていけばエルフの里があるような気がしてならなかった。


 「待ってろよコンチクショウめ」


 “少女”は決意を露わにしたセリフを吐くと、道なき道を行く。

 そして、まんまと罠にかかった。

 川べりに置いてある何やら縄のようなものを何気なく引っ張ると、突如地面の中に埋もれていた縄が持ち上がり、少女の胴体を拘束して地上数mにまで持ち上げたのだった。

 一瞬理解が出来ず沈黙するも、すぐさま足をばたつかせ縄を切らんと暴れる。ナイフで切ろうとするが、縄が肌に食い込み手が出せない。


 「ああそうかい、エルフの罠ってか! よっしゃあ早く獲物取りにこいよ!」


 見事なまでに罠にかかった少女だが、エルフがこの罠にかかった獲物を回収しにくると思えばこれくらいなんてこともないと考え、大声を出して自分の位置を知らせようとした。

 が、そこでふと気が付き声を止めた。

 地上数mで木から宙づりなのは案外辛かった。

 

 「………あれ? ひょっとしてこれ侵入者用の罠? アホを引っ掛けましたって? …………」


 確か現在目指しているエルフの里は人間を嫌って山の中を切り拓いたそうで、罠にしても動物ではなく人間用のもあって不思議ではないではなかろうか。

 しかし、それにしては罠発動で即死亡でもなく、麻酔効果のあるものでもなく、また魔術による拘束すら起こらないのは何故なのだろう。

 ――まるで、作りかけのよう。

 少女は暴れるのを止めると、今度は体をくねらせるようにして脱出を図った。


 「おやおや」

 「!?」


 その時だった。

 少女が罠から抜け出そうとしていた時、どこからともなく声が聞こえ、思わず硬直した。

 声の主を探し首を振るが、草むらにも、川の中にも、それらしい影は見られない。それどころか、川の方や森のほうから霧が押し寄せ、視界そのものが乳白色に染められていく。


 「罠はまだ出来上がってないのに、せっかちな獲物だ。人間よ、悪く思うな」


 宙づりのまま耳に意識を集中し、その声が足元から聞こえてくるのをようやく感じた。

 冷たく、しかし美しきその声は、あたかも一種の音楽のように鳴り響き、ホワイトアウトした視界を作り上げた主であることを声高に主張しているようであった。

 ――エルフだ。心臓が跳ね上がる。

 “少女”は直感し、足元から弓を引き絞るような音がしたのを聞くと、体を大きく振り、声を張り上げた。


 「ま、待ってくれ! 俺はエルフなんだ!」

 「………何?」





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