奇跡
「全軍進撃!」
派手な装飾の甲冑に身を包み馬にまたがる男はこれまた派手な剣を前方にかざし叫んだ。
その剣が示す先はシルバトリアの城だった。
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ガキン!という音と共にラファエルの短剣の動きが止まった。
一瞬何が起こったのか把握しかねていた二人だったが、すぐに理由が分かった。
おそらく本条の能力でここへ駆けつけてきたのだろう。
ラファエルの周囲には囲むように小さな人形が10体ほどが浮遊しておりそれぞれが様々な武器・・・剣や槍などを持っている。
どうやら操っている二人は姿を現していないようだ。
最初に印象に残ったのは人形だったが少し視線を外せば今までステラで一緒に戦ってきた仲間達がオリジンカラーの武器を構えていた。
「一人で戦うのは別に構わないけどよ。それならさっさとナルに行ってればよかったんだよ。」
本条が呆れた顔で見鏡を横目に言い、それに反応するようにクスクスという笑みを浮かべたシンリアが続けた。
「ま、アンタには出来ないとは思っていたけどね。」
それだけ言うとシンリアは目を鋭く細めラファエルへと向けた。
「で、貴方達がここに来た理由。話してもらおうかしら?」
そういうとラファエルはフッと笑い言った。
「ここまで徹底的に絶体絶命な場面になれば良いかな。」
その言葉はまるで今の状況を喜ぶかのような言い草。
その言葉は全員に疑いの眼差しを向けさせるに足りる言葉だった。
「君たちが今思っているように僕はこの状況を待ちに待っていた。」
そういって語り始めたのはナル帝国の――――いや正確には帝王の勝手な、傲慢な計画だった。
いや言い方によっては、もしくは語る側によっては正義だったかもしれない帝王の計画。
「死んだ友達・・・故人を生き返らせるという計画だよ。」
それはそこに居合わせた人間の息を呑ませるのに十分な言葉だった。
人を生き返らせる。
それはすでに理論としては完成しているがそれには莫大なコストと・・・人の命が必要となる。
いいや、人に限らず命が必要になる。
人や動物は勿論・・・ひいては土地の命までも食い尽くす。
その術式に使われた土地は先・・・まだ実際に試した人間がいないのでわからいのだが。恐らく100年は裕に越すであろうといわれている。
しかしそれにはかなりの強さを持った人間が何人か生贄として必要となる。
「それが貴方達という事?」
シンリアがラファエルに尋ねるとラファエルは大した感慨も無く頷いた。
ま、僕達もこの計画には反対だ。と付け足した後にラファエルは説明を続けた。
「そこのステラのトップの君が倒したミカエルが居なくなった事でかなりギリギリな線での術式の発動になった。」
ラファエルが付け加えて説明すると更に重ねてシンリアが尋ねる。
「それならば何でわざわざ死ぬ危険性のある外に出したのかしら?そんなに大事なら外に出ずに閉じ込めておけば良かったのに。」
シンリアの疑問は誰しもが思い浮かぶものだっただろう。しかしラファエルは少し・・・というか三分の二位馬鹿にした色を込めた声を出した。
「君たちは・・・見たんだろう?あの石を。」
ラファエルはそういうとレストナムのあの祭壇の方へと視線を投げた。
「あの石・・・あの月人の道?」
シンリアが尋ねるとラファエルは静かに頷いた。
「あれがどうかし・・・まさか・・・」
シンリアはまだ分かっていなかったのか疑問を口にしかけたが途中で気付いたのか顔をしかめた。
「気付いたようだね?僕たちがここに駆り出されたということは、だ。僕たちより価値のあるものでないと釣り合いが取れないだろう?つまり・・・」
あの石は一つあるだけで大天使を宿した神柱四人分を補える魔力の塊だった。
「そんなものが・・・」
絶句。というほどには至らないが言葉を失ったのか黙り込む。
そこまでのものなのか、と言うのかも知れないが恐らくそれはこの世界―――異能者の世界に体を置いたことの無い人間だろう。
なぜなら大天使を宿した神柱が一人いるだけで国一つを一晩で滅ぼせるといわれているほどの物。
その四人分を余裕でまかなえる物となればそれは計り知れないものだった。
だがしかしここまで聞いてシンリアがふと浮かんだ疑問を口に出した。
「四人分まかなえる物をわざわざ取りに来たという事は・・・出来る限り犠牲を払いたくないとは考えにくいわね。ということはすでに欠員がいたと考えるべき・・・」
「鋭いね、その通りさ。既に二人・・・いやミカエルが居なくなったから三人か。最初に居なくなった二人は死んだわけでもないから恐らく何処ぞで旅でもしてるんじゃないかな。」
「旅とはまたのんきだな。しかし神柱の・・・いや四大天使ともなれば待遇はとんでもないだろうになんでまた旅になんかでたんだそいつらは?」
本条が言うとラファエルは静かに、言い知れぬ感情を滲ませながら言った。
「気に入らない。」
その言葉を聞いた本条は間抜けな顔をしていた。
「は?」
「だから、気に入らないと言っていたよ。恐らくまだ蘇生魔術の事を調べられていなかったあの時に既にその予兆を感じ取ったんだろうね。悔しいけどあの二人の危機察知能力には敵わないよ。」
そこまでやり取りをしていると、ラファエルの眼前に横たわっていた見鏡がディールークルムを地面に突き立てゆっくりと立ち上がった。
「おい、談笑してる暇はねぇぞ。」
見鏡は動かない体を無理やり動かしながら続けた。
「いままで大っぴらには戦闘を始めなかったナルがここへ主力となる兵を送ったということは少なかれ度潰す気ではいたはずだ。つまり。」
そこまで言って肺に溜まった血を咳で吐き出す。
「戦争が始まった。早くレヴィアのところへ行かないと・・・アイツは死ぬぞ?」
そう言うとしっかりと直立し剣を仕舞った。
「本当なら一人でナルに行きたいんだが・・・どうやらこの体では無理みたいでな。手伝ってくれるか?」
****
「兵の数は・・・20000は軽く行くぞありゃ・・・」
シルバトリアの騎士団兵長のみが着られる鎧に身を包んだアンドラは城の一番高い塔から双眼鏡を覗き込みながら言った。
相手の兵は2万。
大してこちらの兵力は5千居るかいないかというところだ。
加えこちらには先程の正体不明の敵の襲撃により疲弊している。
勝ち目は良くて9:1 考えたくは無いが勿論こちらが1だ。
更に相手には門術に長けている部隊がいるはずである。
しかしこちらにはレヴィアと自分と国王のみ。
流石の自分やレヴィアや国王でも大量の門術の使い手と戦えるわけではない。
頼みの綱のステラの人間も頼れないとなると。
勝ち目はすでに0
策でどうにかなるレベルではない。
アリが城を崩すというものの例えがあるがそのアリが群れとも呼べない数でなおかつすでに城の人間に敵対視されているとなれば話は別だ。
つまり。
ここは降伏をしてできるだけ良い条件で戦闘を終わらせるべきか。
降伏という言葉が色濃く脳を占領し始めたところで後ろからレヴィアに声をかけられた。
「すいません、僕がちゃんとあいつらを連れてこれてさえいれば・・・」
「いや、多分こんなに敵がいちゃあ居ても居なくても大差ないさ。」
苦笑混じりに言ってしまったがそれが正直なところだった。
流石に彼等が来てくれたところでこの数の差はひっくり返せないだろう。
これは諦めるしかないのか。
しかし自分の勝手な判断で降伏するわけにもいかないので国王に謁見をした。
すると。
「降伏はしない。」
意地か。
真っ先に脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。
しかしそれを口にするわけにもいかず、言葉を呑み続く言葉を聞いた。
「西はレヴィア 東はアンドラ 中央はわしが担当しよう。」
兵は均等に分けるぞ。と言って半分強制的に話を終わらせた。
二時間後、国王の言ったとおりの配置が完了した。
兵達の顔を見渡すが全員が士気を失っていた。
それはそうだ。
説明するまでもなく圧倒的な多勢に無勢である。
向こうは五千。
対してこちらは1800程度。
相手には門術使いがいるので奇襲は意味が無い。
さらに兵を分散させてしまうので逆効果にもなりうる。
いわゆる詰み。という状況だ
しかしどうやら今まで神など居ないと考えていた事を考え直さなければいけないようだ。
なぜなら。
奇跡が、起きた。