物語の始まり
この物語を語るのならば。恐らくここから語るのが一番いいのだろう。
それは。五年に一度訪れるといわれる。月が三つ同時に昇る夜だった。
そこには。小さな少年がいた。
小高い丘で夜空を見上げていた。
少年の名は。見鏡 氷雨。
少年は悩んでいた。
自分には特殊な能力がある。
読んだ本に出てくる人物の能力。特性。弱点までも自分の体質としてしまう能力だった。
どうやらこれを消すには、自分の手元からその本を消し去る必要があるようだ。売却等で、でも。
便利じゃないかという人間もいた。
しかし、当人にしてみれば、自分は他の人達とは違う化け物まがいの人間だった。
なぜかと問われれば、こう答えた。
「だって、一度不死の登場人物が出てくる本を読んだんだ。それからね?包丁で手を切っちゃったんだ。そうしたら痛みも何もなくすぐに傷が塞がったんだよ。これは化け物でしょう?」
少年は泣いていた。
つきを見上げながら。
少年は思った。
「確か、月には住人がいて、その人達に合うと願いが叶う・・・んだよね。」
それはその村に伝わる伝承で、何一つ本当という確証もないのだが。
それに縋りたくなっていた。
しかし伝承というのは大体が現実に起きたことを残しているものである。
実際。
少年は出会った。
月の住人に。
それはそれは美しく。綺麗だった。
今まで女性を綺麗だとか美しいとか考えたこともないような少年は。素直に思った。美しいと。
見とれていると、その住人は口を開け言葉を紡ぎだした。
「どうしたのですか?坊や。何か困ったことでもあるのですか?」
何か困ったことでもあったのか。これははじめて聞かれた言葉だった。
自分には能力があるため何でも解決できるし、故に悩みとか困りごととかはないのだろうという憶測が流れていたからだった。
人は始めてのことには大抵素直に答えるように出来てないように。
少年もまた例外ではなかった。
「別に・・・困ったことなんて、ないけど。」
そういった。
心の中では助けて欲しいといつも叫んでいるくせに。
それを聞き月の住人は言った
「困ったことはない、それは困りましたね・・・それでは私が困ります。私は願いを叶えないと帰れないのですよ。」
それは真っ赤な嘘だった。
別に願いなんて叶えなくても帰れるのに。である。
その意図に気付いてしまった少年は、ぽつぽつと喋り始めた。
自分の能力のこと、そしてそれのせいで迫害されていること。そして自分でも自分のことを化け物だと思っていること。
それら全てを聞き。
月の住人は言った。
「それで、貴方の願いはなんですか?それはただの相談であって願いではありません。もう一度聞きます。貴方の願いは?」
そう聞かれて少年は思った。
自分の願い。そんなものはあったのか。
困っているから?
悩んでいるから?
しかし、これを他人任せにするのは何か違う気がする。
これは自分で解決すべき問題だ。
少年は言った。
「俺の願いは――――――――強くなること、誰にも負けない。自分にも。だけど、貴方の力は借りない。自分でやるよ。」
それを聞き、月の住人は微笑んだ。
「あらあら、これでは帰れませんねぇ。どうしましょうか。」
まだその芝居を続ける気なのか。
少年は苦笑しながら立ち上がった。
「なら、貴方にかなえてもらおうか。」
「何をですか?」
「できることなら、俺を見守っててくれるとうれしい。手を差し伸べなくてもいい。見守るだけで。それだけでやっていけるよ。」
月の住人は笑った。
愉快そうに。
「そうですねぇ。そうしましょうか」
少年は決意した。
これからの、生き方を。
もう泣かないと。