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魔法使いの少女  作者: 野村勇輔
第1章

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第6回

   6


 胸に重たい石を抱えたような気持ちの中、僕は大きなため息を何度も吐きながら帰宅した。


 楸さんに、死ぬ呪いをかけられた。


 とにかくそれがショックで、ご飯も喉を通らなかった。


「どうしたの、優。そんな大きなため息吐いて」

 母さんにそう訊ねられたけれど、うまく説明することなんてできなくて、

「――いや、なんでもない」

 としか答えられなかった。


 当たり前だ。下手に楸さんのことを話して、本当に呪いで死んでしまうのは嫌だった。


 母も父も眉間にしわを寄せるばかりで、けれどそれ以上追求してこないのがありがたかった。


 夕食後、僕は通称書庫と呼んでいる部屋に向かった。


 何か呪いを解くヒントになる本がありはしないかと考えたのだ。


 父と母の収集癖のおかげで書庫には山のように怪しげな本があるのだけれど、中には英語とかドイツ語とか、僕には読めない本もたくさんある。


 いつだったか、昔父さんに「読めるの?」と訊いてみたことがあったのだけれど、父は「英語なら読めるけどな。ドイツ語とかあの辺はさっぱりだ」と言ってへらへら笑っていた。


 どうやらただ単に『持っている』だけで満足らしい。

「それに、そのうち読むかもしれないからね」

 と父は今でもその手の本を買い続けているけれど、果たして本当に読む気があるのかも判らなかった。


 中には本当にどこの国の何の言語で書かれているのか解らない、ボロボロの古書もあって。いったいどこからこんなものを仕入れてきているのか本当に謎だった。


 そんな書棚から『呪い』と付くタイトルの本を片っ端から引っ張り出し、僕はそれらを抱えて自室に戻った。


 勉強机にそれらを積み上げ、パラパラと眺めていったのだけれど、楸さんが僕に掛けた呪いについての手がかりなんて見当たらなかった。


 例外として『魔除け』とかなんとか、呪いとは全く逆のことが書かれたものはあったのだけれど、何のあてにもなりそうにない。


 僕は吐き飽きたため息をさらに吐き、力なく項垂れながら風呂に向かった。

 烏の行水の如くぱっぱと出て、自室に戻る。

 それから早々に電気を消してベッドに入り、目を閉じた。

 けれど、なかなか寝付けなくて。


 死の呪いなんて掛けられて、そう簡単に眠れるほど僕の神経は強くはなかった。


 何度も何度も寝がえりをうち、やがてぼんやりと暗い天井を眺めながら、もう一度目を閉じる。


 胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、ようやくウトウトし始めたところで。


「――っ!」


 部屋の隅でかさりと物音がして、思わず僕は眼を見開く。


 何だ、何の音だ?

 部屋のドアはしっかり閉めている。

 窓も開けてはいなかった。

 誰かが入ってきたという気配もなかったはずだ。

 ……だとしたら、あとは何だろう。

 ゴキブリとか、ネズミとか、その手の何か?


 僕は恐る恐る首を動かし、音の聞こえた方に視線をやって――

「――ひっ」

 小さく息を飲んだ。


 部屋の隅。


 勉強机と本棚の間にある、わずか十センチほどの細い隙間。


 そこから誰かが、こちらを覗き見ていたのである。


 本来ならそこには丸めたポスターなんかを立てかけているのだけれど、そのポスターやらも今はどこかに消えている。


 その隙間から、じっとこちらに向けられる鋭い眼光に、僕は確かに覚えがあった。


「ひ、楸さん――?」

 僕は思わず小さく呟く。


 間違いない、楸さんだ。楸さんがじっと僕を睨みつけているのだ。


 なんで、どうして――


「だ、誰にも話してないよ! だから、そんな目で僕を見ないで!」


 震える声で叫ぶ僕に、けれど楸さんは構うことなくきょろきょろと辺りを見回し、やがてすっと僕の方に手を伸ばしてくる。


 かさり、と音がしてのぞいたのは、楸さんの白い脚。


 今まさに隙間から抜け出し、こちらに向かってこようとする楸さんに、僕は思わず大きな叫び声をあげて、


「――っ!」


 ばっと目を覚まして上半身を起こすと――朝だった。


 カーテンの隙間から、朝日の光がこぼれている。


 僕の全身は汗びっしょりで、心臓はどくどくと大きな音を立てて鳴っていた。


「――夢?」


 僕は眩暈を覚え、再びベッドの上に寝転がり、白い天井を見上げる。


 呼吸を整えてから、大きなため息を一つ吐いて、

「……よかった」

 思わず小さく、呟いた。


 それから急いで学校の準備をして、家を出る。


 今日もいつも通りの遅刻。


 楸さんから掛けられた死の呪いもあるし、だったらもういっそ誰にも会わないように自室に引きこもってしまおうかとも思ったのだけれど、昨夜の夢を思えばそれも無駄なような気がしてならなかった。


 夢の中まで呪いが追いかけてくるのであれば、最早どこにいても同じことだ。

 そう開き直ることにしたのである。


 まぁ、だからってなにも変わらないのだけれども。


 空は昨日に引き続きどこまでも青く美しく、雲一つない晴天だった。


 けれど僕の心はそんな天気とは反対にどんよりとした分厚い雲に覆われており、今にも大雨が降りそうなほど不安定だった。


 完全に開き直る、なんてことができればどれだけ気が楽だろうか。


 そこが意気地のない僕の情けないところである。


 項垂れるようにして歩く僕の目の前には、どこまでも続いていると思われるような白く舗装された歩道。


 この道は、はたして僕をどこへ誘おうとしているのか。


 そんなことを考えていると、

「おはようございます、シモフツくん」

「ぎゃぁっ!」

 思わず変な叫び声をあげていた。


 反射的に背後を振り向くと、そこには眉間にしわを寄せた楸さんが立っていて。


「……そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。失礼な人ですね」

 可愛らしく頬を膨らませてプンプン言う楸さん。

 そこには昨日までの恐ろしげな様子はどこにもなかった。


 ……いや、だからこそ、それがとても恐ろしかった。


「ご、ごめん」

 とりあえず、頭を下げておく。

「き、今日は……」


「あぁ、箒ですか? 昨日学校に置いて帰ったので、今日は歩きなんです」

 言って楸さんは僕の横をすたすたと数歩歩き、くるりと振り返ると、

「何してるんですか? 行きますよ」

「え? あぁ、うん……」

 楸さんに促されるように、僕たちは並んで歩き始めた。


 しばらく黙ったまま道を進んでいたが、やがて目の前に学校の校舎が見え始めてから、不意に楸さんが立ち止まった。


 僕も思わず立ち止まり、

「ど、どうしたの?」

 と小さく訊ねる。


 楸さんはにやりと笑いながら、

「――決めました」

 と僕を見つめてきた。


「え、な、なにを……?」

 僕は思わず一歩あと退る。


 すると楸さんは詰め寄るように僕のところまですたすたと歩いてくると、

「付き合いましょう、私たち」


「――は?」


「だって、その方が便利じゃないですか。昨日みたいに先輩たちから因縁をつけられることもないし、牧田くんみたいに絡んでくることも減ると思うんですよね。私だって、いちいち魔法でそういう人たちをどうこうしたくありませんし。シモフツくんも彼女ができて一石二鳥じゃないですか」


「え、えぇ……?」


「はい、じゃぁ、今日から私たちは恋人同士です。あ、違うか。恋心はないから、そうですね、ただのカップルということで」


「え、いや、でも……」


「今後ともよろしくお願いしますね、シモフツくん?」


「そ、そんなこと言われても……」


「よ・ろ・し・く」


 凄むように言われて、僕は「は、はい」と小さく頷くことしかできなかった。


 楸さんはそれを見てにっこりと微笑むと、

「さぁ、急ぎましょう」

 言って、ひとりすたすたと歩き始める。


 けれど、数歩先に行ったところでくるりと振り向くと、

「あぁ、でも勘違いしないでください」

 そう口にして、途端に無表情になりながら、

「――私、男の子には興味ありませんので、そのつもりで」

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