これは私の人生ですから すべて取り戻させていただきます
読んでいただきありがとうございます。
コケーコココ。
「こら待って~。今晩のおかず!卵産んでよ~」
「お嬢様~。なにをしているのです?」
「エマ、久しぶりね、トーマスは元気?」
「ええ。トーマスも元気にしておりますが、お嬢様はなぜ柵の中を、走り回っているのです」
「もう、聞いてよエマ。コケコったらね、もう3日も卵を産まないの、運動不足なんじゃないかと思って、一緒に運動してみたのよ」
「まあまあ、お嬢様。鶏は毎日卵を産むわけでは無いのですよ、5日~7日産んだ後は、2~3日休むことがあるんです」
「そうなのね、じゃあ運動不足じゃないんだ」
「そうですよ、お嬢様。エマは今日、ポークローストとパンを料理長に分けてもらい、持ってきました。エマ特性のドーナツもあります」
「わーい。いつもありがとうエマ」
「いえ。毎日、持ってこれなくてすみません」
「やだ、謝らないで。エマこそキャサリン様に見つかったら、大変な目に合うんじゃない?」
「簡単にごまかせますから、大丈夫ですよ」
……………………。エマがまじまじと私を見つめる。
「本当にルイーズ様に、瓜二つになっていらっしゃいましたね」
「そお?そんなに似ているの?」
「はい、久しぶりにルイーズ様にお会いしたかのようです」
「私はもう、お母様の顔を思い出せないわ」
母は、私が8歳の時に死んだ。
お父様は、はやり病を拗らせたのだと言ったけれど、私は絶対に違うと思っている。
だって母は、死んだ日の夕方まで、元気にしていのだから。
そして私は、お父様がお母さまのグラスに、何か小さな白い粒を入れるのを見た。
床に転がって行った数粒を拾い、今でもこのペンダントの中に隠し持っている。
このペンダントは、サンチェス侯爵家に伝わるもので、ただの緑色の宝石が付いたペンダントに見えるが、石と留め具をひねると外れる様になっていて、少しの液体や、粉末が入る様になっている。
戦争が多かったその昔は、万が一の時に、侯爵家の女性が自決に使用するために使用していたという、いわくつきのペンダントで、私もお母様が亡くなった後に受け継いだものだ。
母の葬儀が終わると、ひと月もしないうちに、お父様はキャサリン様とその連れ子である、リタを屋敷に招き入れた。
同じ年のリタは、なんでも私の物を欲しがり、このペンダントにも手を伸ばしたが、父はこのペンダントを母が持っている時から恐れていて、呪いが移るからやめろとリタを止めた。
その日から、リタとキャサリン様は、私が呪われていると騒ぎ立て、裏庭の別棟に私を押しやり、我が物顔で侯爵邸を使用している。
あと少しだ、私が18歳になれば成人貴族となり、入り婿でサンチェス家の血を引いていないお父様から、侯爵家を奪い返す。
「あら~エマ、そんなところで何をしてるの?呪いがうつるわよ、それともその籠は差し入れ?」
「まあリタ様、このような汚れた場所に、いらっしゃらないでくださいませ、素敵なドレスが汚れてしまいます。この籠は、いつものこれですよ」
エマが、籠に掛けた布をちらりとめくると、そこにはカビて硬くなったパン。
「ふん。ちゃんとしているならいいわ」
「お姉さま、それじゃあ、鶏との生活楽しんでね」
リタは、ひらひらと手を振り去って行く。
「わざわざ来るなんて、暇なのね」
「そして直ぐにごまかされる、浅はかな方たちです」
エマがにやりと笑う。
侍女長であるエマと、家令であるトーマスを中心に、長くサンチェス侯爵家に勤める使用人のみんなは、私をこっそり助けてくれる。
特にエマは、私の母代わりだ、病弱だと嘘までついて学院にも通わせない、お父様の眼を盗み、マナーやダンス、令嬢として必要な知識の全てを教えてくれた。
感謝してもしきれない。
出来ればあと誕生日までの半年で、後ろ盾ができるといいのだけれど…………ここから出られない私には無理ね。
私は、エマが差し入れてくれたリンゴをかじりながら、どこまでも高く青い空を見上げた。
✿ ✿ ✿
数日後、エマが慌てた様子で別棟にやってきた。
「お嬢様大変です。お嬢様にアルバート第二王子殿下から、婚姻の申し込みが来ております」
「まあ。アルバート殿下…………懐かしいお名前ね。でも私に来た申し込みなど、お父様は受けないでしょう?」
突然、エマが私を抱きしめた。
「ライリーお嬢様、私と逃げましょう。旦那様は、ライリーお嬢様は病弱であるため、婚姻先をリタ様にすり替えようとしています。そのためにライリーお嬢様は、南の領地に療養に出すと言って、本当は北の修道院に送る気です」
エマの抱きしめる腕に力が入る。
「その上、お嬢様が成人後に、サンチェス侯爵家を正式に旦那様に譲ったとする、書類を作っております………最悪、ライリーお嬢様は…………。」
私は、エマの背中を摩る。
「大丈夫よエマ、アルバート殿下が、屋敷に来る予定はいつ?」
「5日後でございます」
「お父様は、その前にきっと動くわね…………エマ。私はサンチェス侯爵家も自分の人生も、お父様やキャサリン様に渡すつもりは無いわ」
エマが私を抱きしめる腕を解き、今度は私の手をぎゅっと握る。
「お様様、今日の夜半頃に、トーマスを連れて参ります。その時に、このサイラス侯爵家を取り戻す作戦を練りましょう」
私は大きく肯いた。
✿ ✿ ✿
夜半過ぎ、夜の闇に紛れて、エマとトーマスが、騎士のサイラスを連れて別棟にやってきた。
「ライリー様、お久しぶりでございます。いろいろ話したいところではございますが、あまり時間がございません」
「トーマス、来てくれてありがとう。会えて嬉しいわ、サイラスも久しぶりね」
「ライリーお嬢様、大きくなられましたね」
サイラスの眼が潤む。
「はいはい!時間がないのですよ。トーマス殿、まずは旦那様の動向を」
「お嬢様、旦那様とキャサリン様は、明日こちらを訪ねてくるでしょう。お嬢様が正式にサンチェス侯爵家を旦那様に譲る契約書を持って…………強引にお嬢様に署名させる気です。そして契約後は、お嬢様には、南の領地での暮らしを保証すると嘘をつき、北の修道院へ送るおつもりです。北の修道院は一度入ると、相当な理由がない限り出てくることが出来ません」
サイラスが、一歩前に出る。
「さらに私は、キャサリン様から北の修道院に送る途中で、ライリー様の命を奪う様に指示を受けました。心苦しいのですが、その証拠として、ライリー様の髪を少しだけ、いただくことはできますでしょうか?その髪に動物の血でもつけてキャサリン様に見せようと思います」
「あの毒婦め!」
トーマスが、ドンと壁を拳で叩く。
「お嬢様には、サイラスと侯爵家を出た後、北に向かう途中の宿場町で、東のラザール村に住む私の遠縁である、子爵家の馬車に移動していただきます。子爵家ではありますが、この別棟よりは広い屋敷です。少しの間ご辛下さい」
「トーマス、あなたの家門にまで、迷惑をかけてごめんなさい」
「なんの迷惑でもありません。子爵家には子爵夫妻と12歳を筆頭に4人の子供たちが居ます。少しの間、賑やかな屋敷を楽しんでいてください、私どもでサンチェス侯爵家奪回までの、地ならしをしておきますので」
私は、トーマスに手を差し出す。
「みんな、力を貸してくれてありがとう」
トーマスが私の手を取る、その上にエマとサイラスも手を重ねた。
「さあ準備にかかりましょう」
私は少ない荷物をまとめ、エマに髪をひと房、切ってもらう。
準備と言ってもこれだけだ。
サイラスは私の髪を受け取り、トーマスと共に本邸に戻って行った。
二人が去った後、エマが私にライトグリーンのリボンを差し出す。
リボンの端には、紫色のオダマキの花と、オリーブの実が刺繍されている。
どちらも勝利を願うモチーフ。
私がリボンから、エマの顔に目線を移すと、エマはにっこりと笑った。
「これは、ルイーズ様がお亡くなりになる時に、いただいたものです。刺繍は私が刺しました。必ず戻ってきてください」
瞳に溜まった涙が零れない様に、エマがぎゅっと顔に力を入れたのがわかる。
私はポケットから、小さな髪留めを取り出して、エマに握らせた。
「この髪留めは…………私が5歳に時に、お母様におねだりして買ってもらったものよ、これ以外のアクセサリーは、リタに奪われてしまったけれど、これだけは見つからない様に、ずっとポケットに入れて持ち歩いていたの、必ず戻るから、それまでエマが持っていてくれない?」
エマは大きく肯いて、髪留めを大事そうに自分のハンカチに包むと、ポケットにしまった。
「お嬢様、もう夜が明けそうですけど……少しでも休んでくださいね」
エマは、何度も私を振り返り、本邸に戻った。
私が、エマの背中を見送った数時間後、お父様はキャサリン様とリタを連れて、別棟にやってきた。
「やあ愛しの我が娘よ、元気にしていたかな?」
「はい。お父様、変わりありません」
「今日は、お前にお願いがあってきたんだ、サンチェス領に、建設していた屋敷が遂に完成してね、その屋敷を是非ともライリーに見てきて欲しいんだ、頼めるかな?」
「まあ、サンチェス領の屋敷を新しくしたのですか?」
「ああ、保養に行く際にも、不便がない様に建てたからな、そしてライリーはもうすぐ18歳になるだろう。そうすれは成人貴族だ。数ヵ月後にまた手続きをするのは面倒だから、その屋敷の権利書には、ライリーのサインをしてもらおうと思って準備してきた、さあここにサインしなさい」
「お父様、権利書を見せていただいてもいいですか?」
私が権利書に手を伸ばすと、お父様は権利書を高く持ち上げる。
「ライリー。権利書の内容は、トーマスも確認済みでしっかりした書類だ、ライリーはここにサインだけすればいい」
「まあ、学院にも通っていないお姉様が、権利書など読んでもわからないでしょう?そうだ、自分の名前は書けますの?私がお手伝いしましょうか?」
リタが私をからかうと、お父様が声を上げる。
「リタ、黙っていなさい」
キャサリン様が、リタの腕を引く。
「そうよリタ、サインの邪魔をするんじゃありません」
にんまりと、卑しい顔で笑うお父様が、書類を封筒に入れ、サインする場所だけ出してテーブルに置いた。
「さあ、ここにサインしなさい」
お父様は、封筒の上に手を置いて、私にサインを迫る。
「まあ。お父様が、こんなに私のことを考えてくれているなんて、思いもよりませんでしたわ、ありがとうございます」
私はテーブルに進み出る。
ペンを取ると、名前の最後のスペルeをaに変えてサインを終えた。
お父様はサインが終わると、封筒に書類を入れてご機嫌で話し出す。
「やあ、アイリー。サインをありがとう。急なんだがね、領地には今日の午後には、向かってもらう様に手配してある、騎士のサイラスが迎えに来るから、準備しておくように。それとこれは、道中と領地で買い物などするといい」
お父様は、金貨の入った巾着を私に手渡した。
「ありがとうございます、お父様」
私は、満面の笑みを三人に向ける。
「じゃあ、気をつけて行くのよ」
「お姉さまお元気で~」
用が済んだとばかりに、三人が部屋を後にする。
少しすると、窓の外から三人の大きな声が響く。
「小娘など、少し優しくしてやれば簡単だ、まんまとサインしたぞ」
「はー。お姉さまがおバカさんで良かったわ~。これでアルバート殿下は私のものね~」
「まあまあこの子ったら気が早い」
どっちがバカなのよ。
午後になるとサイラスがやってきて、私はサンチェス侯爵家を後にした。
✿ ✿ ✿
アルバート第二王子殿下 視点
兄上である王太子に男児が産まれ、スペアとしての俺の役割は終わった。
数年後に降下することを見据えて、婚約者を決めると父上から打診があった際、俺は直ぐにサンチェス侯爵家のライリーと婚約したいと申し出た。
ライリー以外とは、婚約を結ぶつもりはない。
初めてライリーに会ったのは、王宮で子供達を集めたお茶会の席。
この国では、王子や王女が10歳を迎えると、伯爵家以上の家柄で同年代の令息令嬢が、側近や婚約者候補として、顔合わせを行うお茶会が開かれる。
兄上が10歳になると、そのお茶会は年に2回のペースで開かれ、2歳しか年の違わない俺も、8歳からお茶会に参加した。
初めて参加したお茶会で、まだ5歳のライリーは、庭の真ん中でふざけて遊んでいた、ライリーより少し年上の令息に、ドンと体をぶつけられてぺちゃりと倒れた。
あの年頃だと、泣くだろうと眺めていると、ライリーはむくっと自分で起き上がり、一度ぷっくりと頬を膨らませる。
その姿が、なんともかわいかった。
起き上がったライリーは、バンバンと自分のドレスの土を払い、ぶつかった令息に「人にぶつかっておいて、ごめんなさいも言えないの?」と言い放つ。
「ちびのくせに生意気だ!」
令息が手を振り上げようとすると、サンチェス侯爵夫人が、ライリーの後ろに立った。
俺も駆けつけて隣に並ぶ。
息子の横暴なふるまいを見た、伯爵夫人が飛んできて、サンチェス侯爵夫人に平謝りして息子を引きずり帰って行った。
「ぶつかられたのは私よ」ライリーは、自分に謝罪がなかったことで、またぷっくりと頬を膨らませる。
「ふふ」
リスみたいに膨らんだ、ライリーの頬が愛らしくて、思わず笑うと、漸く俺の存在に気がついたライリーの頬は、一瞬でピンク色に染まる。
「ライリーご挨拶を」
夫人に促され、俺の前に進み出た彼女は、驚くほど綺麗なカーテシーで頭を下げる。
「お初に眼にかかります、アルバート第二王子殿下、私はサンチェス侯爵家が娘ライリーと申しましゅ」
それまで完璧だった少女が、最後に噛んでしまったのが可愛すぎて、俺は声を上げて笑った。
「あはは。ライリー嬢、僕のことはアルでいい。よろしくね」
そういって手を出すと、ライリーは真っ赤に熟れたイチゴみたいな顔で、頬を膨らませながらほほ笑んだ。
いろんな感情が顔に出る彼女がかわいくて、それから茶会が開かれるたびに、ライリーと時間を過ごした。
最後に会ったあの茶会も………。出会いから既に3年の月日が流れ、俺は11歳、ライリーは8歳になっていた。
その頃母上は、俺の好き嫌いを直すべく、あえて苦手なものを入れた料理や、お菓子を手作りし、みんなのいる前で、俺に食べる様に進めるスパルタ作戦を連発していた。
その日も、一番苦手なレーズンをたっぷり入れた、パウンドケーキを持った母上が、俺とライリーのテーブルに座る。
「アルバート。母様がパウンドケーキを焼いたの、食べて頂戴。ライリーもどうぞ」
母上の合図で、侍女たちがケーキの取り分けられた皿を俺達の前に置く。
皿の上にはレーズンたっぷりパウンドケーキ。
げぇ~。俺は母上を睨む。
「王妃様、手ずからのケーキをいただけるなんて嬉しです。いただきます」
ライリーは、出されたケーキを、美味しそうに残さず食べた。
俺はぐっと拳を握る。
ライリーの前で、食べられないなんて言えない。
母上は、バサっと扇を開き、その奥から俺を見ている。
意を決してケーキに手を伸ばす。
「王妃様、ケーキとても美味しかったので、もう一ついただいてもいいですか?」
「まあまあ。嬉しいわ♪今、準備するから待っててね」
「母上、僕は手を付けておりませんので」
俺は、ケーキの皿をライリーに渡す。
「アルバート殿下、ありがとうございます」
ライリーは、パクパクとケーキを頬張る。
「アルバート。貴方の分を準備するわね」
俺は即座に立ち上がり、ケーキがまだ口に残るライリーの手を取った。
「母上。ライリーに、見せたい薔薇がありますので失礼します」
ライリーの手を引いて走り出す。
「王妃しゃま、失礼します」
ライリーは、まだ口をもぐもぐさせながら頭を下げる。
「アルバート!」
母上に名前を呼ばれたが、聞こえないふりをしてそのまま、庭園を抜け出した。
小道を抜けて、噴水のある庭まで走る。
「アル殿下………少しゆっくり………ケーキが………。」
ライリーの歩幅も考えず、無心で走ってしまっていたことに気がついて、足を止める。
「ごめん」
今度は、ゆっくり歩いて近くのベンチに座る。
座ってライリーを見ると、左頬にケーキに振りかけられていた、粉砂糖が付いていた。
俺は、ポケットからハンカチを取り出して、ライリーの頬を拭う。
「砂糖がついていたよ、そしてさっきは助けてくれてありがとう」
ライリーが、くすりと笑う。
「私はレンズ豆が苦手です。レンズ豆が出て来た時には、アル殿下が助けてください。アル殿下の苦手なものは、私が食べますから」
俺達は、苦手なもの対応協約成立に、固い握手を交わした。
茶会から1週間後、恐ろしくへたくそな、クマの刺繍が刺されたハンカチが、俺のハンカチを、汚してまったお礼にと届く。
次に会った時に、俺もお返しのハンカチか髪留めを送ろう。
なんだかむずがゆく弾む俺の気持ちは、2ヵ月後、憂鬱に沈む。
ライリーの母上、サンチェス侯爵夫人の悲報が届いたからだ。
俺は直ぐにでも、ライリーの元に駆け付けたかったが、スペアとしての役割がある俺に、今の段階で懇意にする、特定の令嬢が居てはならないと、父上に止められて行くことが出来なかった。
そしてそれから、ライリーは社交の場に現れなくなり、16歳のデビュタントにも参加しなかった。
サンチェス侯爵家の言い分は、ライリーは夫人の死後、体調を崩してなかなか良くならないため、侯爵家で療養していると言うが…………サンチェス侯爵代理を務める、ライリーの父上は、夫人の死後1カ月もしないで、後妻とその連れ子を屋敷にいれた、絶対に何かあるはずだ。
俺が成人してからは、積極的にサンチェス侯爵家のことを調べ、いろいろな不正を働いていることはすでに掴んでいが、ライリーの様子はわからない…………。
でも明日だ、明日は婚姻の打診後の顔合わせで、サンチェス侯爵家を訪問する。ついにライリーに会える。
✿ ✿ ✿
「このようなところまで、足をお運びいただきありがとうございます。アルバート第二王子殿下」
サンチェス侯爵家の玄関ホールに入ると、出迎えに出てきたのは、サンチェス侯爵代理と、その後妻と娘の3人だけ…………。
「サンチェス侯爵代理、ライリー嬢は何処にいるのです?」
「アルバート第二王子殿下、まあまあ、玄関ではお話もできませんので、まずはこちらに」
案内され、応接室に入るが、ライリーの姿は無い。
「サンチェス侯爵代理、何度も言わせないでもらいたい、ライリー嬢は何処にいるのです」
「まあまあ、アルバート第二王子殿下。私、サンチェス侯爵夫人のキャサリンと申します。せっかく紅茶も入れましたので、是非飲んでいってくださいませ」
「ライリー嬢に、会えないのであれば私はこれで失礼する」
俺が踵を返すと、娘が俺の腕を掴む。
「アルバート殿下、お姉さまより私の方が美しいでしょう~。婚約は私と結びませんか~」
「私は、ライリー嬢以外と、婚約する気はない。失礼する」
「お待ちください、アルバート第二王子殿下、ライリーは、数日前に体調を悪化させ、領地に保養に出ております。病弱なライリーでは、アルバート第二王子殿下、の奥方は務まらないでしょう。リタも私の娘です是非リタとの婚約を」
サンチェス侯爵代理が、腰を低くして俺の前に立つ。
「先ほども話したが、ライリー嬢意外と婚約する気はない。これで失礼する」
「アルバート殿下~。お待ちください私と少しお話ししていただければ、お姉さまより私が優れているとわかりますわ~。さあこちらに座ってください」
娘が、掴んだ俺の腕を引く。
「手を離せ!王族に気軽に触るな!」
俺の低い声に驚き、娘はしりもちを突く。
「お父様~アルバート殿下が行っちゃう~。私のお婿さんにしてくれるんじゃないの!」
娘が叫んでいるが、俺は振り返らずに部屋を出て、ドアを閉める。
「リタ。大きな声を出すんじゃない。あと数ヵ月の辛抱だ、ライリーが成人を迎えたその日、この公爵家は私の物になる。そうすれは、リタは公爵令嬢だ、アルバート殿下も、リタと婚約を結ばなければならなくなる」
「そうよリタ、もうライリーはこの世にいないのだから…………。」
部屋を出ると、サンチェス侯爵家の家令が近づいてきた。
「アルバート第二王子殿下、私は家令のトーマスと申します。この度は大変申し訳なく、馬車を直ぐに回しますので、騎士の方とこちらでお待ち下さい」
家令が差し出して手の中には、小さく折りたたまれた紙。
家令と眼を合わせると、眼の奥に強い意思を感じた。
「馬車を直ぐに頼む」
俺はそう言って、家令の手から紙を受け取る。
馬車に乗ってから、たたまれた紙を開くと、東部にある村の名前と、アプリコット色の髪の毛が一本入っていた。
きっとライリーがここにいる。
俺はそう確信して、準備をするため一度城に戻った。
✿ ✿ ✿
ライリー 視点
「リー姉さま~見てみて、上手にできたよ」
「まあ、ルナ綺麗に編めているわ」
「はい。リー姉さまにプレゼント」
いろいろな花で編んだ、冠をルナから受け取り、自分の頭にのせる。
「似合う?」
「うん。すごく似合うよ~お姫様みたい」
「じゃあ、ルナ私からのお返し」
私は、ルナの髪を三つ編みにして、積んでいた花束の花をいくつか差す。
「ルナもお姫様みたいよ~」
ルナが頬を染める。
「おーい。リー姉、大きな魚取れたぞー」
丘の下に見える川から、セルが大きく手を振っている。
「リーねーしゃま、私もルーみたいにして」
ナディが、私の膝の上に乗ってくる。
「もちろん。ナディはどんなお花が好き?」
「んーとね、んーとね。たんぽぽ」
「よし、いっぱいつけよう」
私は、ナディの髪を編む。
「それにしても、ルナたちの名前は、しりとりみたいね」
ルナの眉間に皺が寄る。
「そうなの、リー姉さま、みんなにからかわれるんだから」
私がお世話になる子爵家には、12歳のセル、10歳のルナ、5歳のナディ1歳のディオの2男2女の兄妹がいる。
私がここに来てから10日、毎日が賑やかで楽しい。
一人で暮らすことが、当たりまえになったけど、家族って暖かいのね。
髪を編んでいるうちに、ナディはすやすやと私の膝の上で寝てしまった。
ナディを抱っこして、子爵家に戻る。
「まあ、リー様すみません」
ナディをクロエ夫人に渡すと、ナディは薄っすら眼を開けた。
「はーさま」
夫人の腕に安心したのか、ナディはしっかり眼を閉じて、夫人のシャツをぎゅっと握る。
お母様…………。
「クロエ夫人。ちょっとだけお散歩に行ってきます」
「はい。気を付けて、夕飯までには戻ってね」
なんだか、ちょっとお母様を思い出して、寂しくなった。
とぼとぼと歩いて、丘の上の大きな木の根元に座る。
見上げると、少し高い位置だけど、太くて真っ直ぐな枝。
「登れるかしら…………。」
私は、きょろきょろと周囲を見回して、幹にある節に足をかけ、太い枝にしがみ付く、少し上の節にもう一度、足をかけて………えい!
「わー。登れた!」
幹に持たれながら、枝に腰を下ろす。
少し高い位置から眺めるラザール村の町並みは、とてもキラキラして見える。
「おてんばは変わりない様だね、ライリー。レンズ豆は食べれるようになった?」
この声は!
「アル殿下」
見下ろすと、少年ではなくなった青い瞳と眼があった。
「ライリー。探したよ」
私に大きな手が差し出される。
差し出された手を取ると、グイッと引き寄せられて、私はアル殿下の腕の中にいた。
「頑張ったな」
アル殿下が、私の髪を撫でる。
お母様のこと、鶏と暮らす毎日のこと、エマや使用人のみんなのこと、小さな淡い恋心と、子爵家の暖かさ………いろんな気持ちがごちゃごちゃになって、押し寄せてきて、私は初めて大声を上げて泣いた。
お母様が死んだ時も、しっかりしなきゃって、泣かなかったのに…………。
号泣する私の背中を摩り、アル殿下は私の泣き止むのを待ってくれた。
真っ赤な夕日が、私達を照らす頃、漸く私の涙は止まる。
顔を上げると、穏やかなアル殿下の顔。
ある殿下は、私の頬をハンカチで拭う。
「ほらこれ覚えてる?へたくそなクマ」
私が初めて刺した刺繍!
「もう。これは犬」
……………………。
私達はお腹を抱えて笑った。
「ライリー、俺と結婚してください」
「それほんとに?こんな、引きこもってた私でいいの?」
「ライリーじゃなきゃダメなんだ」
「顔が、パンパンに晴れちゃってるよ」
「うん。かわいい」
「そっか、じゃあ結婚してあげる」
「やったー」
アル殿下は、私を抱き上げ、クルクルと回った。
✿ ✿ ✿
アルと子爵家に戻り、家族に王都に戻ることを告げた。
突然の別れに、ナディが泣く。
アルはしゃがんでナディと目線を合わせる。
「リー姉さまは、僕が幸せにするからね、2ヵ月後のパーティーで、婚約を発表するからその時は、みんなでお城においで」
「りーねーしゃま、おひめさまになるの?」
私もアルの隣にしゃがむ。
「ちゃんと、おひめさまになれるか見に来てね」
アルが、ナディの頭を撫でる。
「うん。ナーみんなといく、りーねーしゃまがんばるよ」
ナディが小さな拳で、ガッツポーズする。
「ナディありがとう。頑張るね」
私も、ガッツポーズをして立ち上がる。
「お二人とも、道中お気をつけて」
私は、アルの馬車に乗り、夜に紛れて王都に戻った。
トーマス達の集めた証拠と、アルの集めた情報を合わせ、私の誕生日に開かれる夜会で、アルと私の婚約発表とともに、あの3人に引導を渡すことになった。
✿ ✿ ✿
「ねえ、お聞きになりました、ついにアルバート第二王子殿下の婚約が決ったのですって」
「今日、発表されるのでしょう。どなたなのかしらね」
「先ほど、お二人でいるところをお見かしたのだけれど、素敵な方だたわよ~」
「本当に、その方がお相手なの?」
既に会場には多くの貴族が集まっており、思い思いに過ごしている。
その中には、お父様達の姿も見える。
「お父様、ついに発表なのね」
「そうだ、正式に私が侯爵となり、お前は、アルバート第二王子殿下のフィアンセだ」
「あーやっぱり、緑ではなく、殿下の瞳の色か、髪の色のドレスにすればよかったわ~」
「もう。青も黄色も手に入らなかったのだから仕方ないわ、もしかすると、発表の前に、殿下からドレスを送られるかもしれないし」
「わあ。サプライズね」
リタがご機嫌に笑う。
「静粛に!これより国王陛下並びに王族の皆様のご入場」
入場の案内が響き、私は国王陛下、王妃陛下、王太子ご家族に続き、アルと腕を組み、会場に足を踏み入れる。
「まあ、あの方がお相手かしら」
「見たことが無い方ね」
「お、お姉さま」
「どうしてライリーが、こんなところに居るんだ」
「いるはずがないわ…………。」
私達の姿を見て会場がざわつく。
国王陛下が杖を打ち鳴らす。
「今日は皆に、良い報告がある、アルバート、ライリーこちらに」
私はアルと共に、国王陛下の横に並ぶ。
「本日、第二王子であるアルバートと、サンチェス侯爵家のライリーとの婚約が正式に整ったことを、ここに報告する。ライリーは本日誕生日を迎え、18歳となり成人貴族となった。よって代理人に預けていた当主の権利をライリーへと戻す。若い二人の門出と、新たなサンチェス侯爵の誕生に、皆。祝福の拍手を」
「アルバート殿下、ライリー様、おめでとうございます」
大きな拍手と、口々にお祝いの言葉があがる。
「国王陛下、その娘は偽者でございます、本物のライリーは王都にはおりません。そして、ライリーは病弱なため、私に爵位を譲る承諾書に本日サインをしました」
お父様とキャサリン様、リタが人混みから飛び出してきた。
「たわけたこと言うな、ライリーはここにいる。だいたいお前が言う様に、ライリーが王都にいないのであれば、どうやって成人となった今日、その書類とやらにサインをした」
国王陛下の低い声が、会場全体に響く。
「これは、療養先から本日サインをして持ってきたものです、どうかご見分を」
お父様が書類を差し出すと、騎士の一人がそれを受け取り、確認してから国王陛下に渡す。
陛下は、書類に目を落としてから、お父様を睨む。
「お前の娘はライリーではなかったのか?書類にはライアーとサインされているが、正しく名前も書けていなものを、よく証拠として差し出せたな」
リタは一歩前に出ると、両手を広げてしゃべりだした。
「国王陛下、お姉さまは、侯爵家の裏庭で、鶏ばかり追いかけておりましたから、ちゃんとスペルが駆けなかったのですわ」
「リタ、黙っていなさい」
キャサリン様が、リタの口を塞ぐ。
「ほう、侯爵代理は、実の娘を裏庭に放置していたのか?」
「いえ、とんでもございません、病弱なため敷地内の別棟に住まわせておりましたが、放置するなど、とんでもない」
「病弱な娘を、なぜ別棟に移す必要がある!」
アルが、怒りのあまり叫ぶ。
「アルバート殿下、私はお姉さまにイジメられていたのです。だからお姉さまを、離れに移したのですわ~。怖かったです~」
リタが、キャサリン様を振りほどき、アルに向かって駆け寄ってくる。
アルが私を背中にかばうと、リタは騎士達に抑えこまれる。
「離しなさいよ、私は侯爵令嬢よ」
「黙れ!お前達が侯爵家で、この10年行っていたことは、既に調べがついている」
アルが手を上げると、トーマスを先頭に、エマ、サイラス、何十人もの使用人が会場に入ってくる。
「お前達、裏切るのか!」
お父様が叫ぶと、トーマスが静かに答えた。
「私どもは、サンチェス侯爵家に忠誠を誓っております。あなた方には、初めから仕えておりません」
お父様が、どっかりと膝を付いた。
キャサリン様が前にでる。
「国王陛下、アルバート第二王子殿下の隣にいる女は、ライリーの偽者にございます。本物のライリーは、あの男が殺したのです」
叫びながら、キャサリン様はサイラスを指さす。
サイラスが、国王陛下に礼を取り、一歩前に出る。
「失礼ながら申し上げます。私はこの者たちからお嬢様を守るため、ライリーお嬢様を、とある場所までお送りしましたが、殺してなどおりません」
キャサリン様が、サイラスに掴みかかる。
「あなたには、十分なお金を渡したでしょ!殺したと私にライリーの髪も持って来たでしょう!」
サイラスが懐から、重そうな巾着袋をキャサリン様の前に落とす。
お金はお預かりしましたが、私もサンチェス侯爵家に仕えております、どこのどなたかわからない方の、命令など聞きませんし、お金はお預かりしただけ、1ゴールドも使っておりません」
「ほう。今、王族の前で、侯爵令嬢を暗殺しようとしたと、自白したのだな」
国王陛下が、キャサリン様を見据える。
キャサリン様は、ガタガタと震えて床に崩れ落ちた。
アルが、お父様を指さす。
「サンチェス侯爵代理!お前にも殺人を犯した疑いがかかっている。10年前、妻であるサンチェス侯爵夫人に毒を盛ったであろう」
お父様の顔色が変わる。
「アアア……アルバート第二王子殿下、何かの誤解です。私はそのようなことをした覚えはありません」
私は、両手を振り、嘘を並べるお父様の前に進み出る。
「お父様。あの日私は見たのです。お父様がお母さまのグラスに、小さな粒をたくさん入れるところを、粒はサラサラと水に直ぐ溶けました」
「ラ ライリーお前はまだ8才だっただろう。見間違えだよ、ルイーズは数日前から体調を崩していたが、みんなに知られたくないと言っていたんだ、だから私がくすりを準備してあげただけだ」
「そうなのですか…………。」
私は、胸元からペンダントを取り出す。
「これは、サンチェス侯爵家に代々伝わるペンダント」
私が宝石の部分をひねり外すと、侍女が水の入ったグラスを持ってきた。
私はゆっくりと宝石を傾ける。
中から白い粒が数粒、グラスの中に入って溶けた。
「お父様。私はあの日、お父様が落とした白い粒を拾ったんです。お父様の言う通り、これが体調を良くする薬なら、この場で飲んでいただけますよね」
私はお父様の顔の前に、グラスを突き出した。
お父様は、顔色をなくして後ろにひっくり返る。
「この薬品の鑑定をお願いします」
「畏まりました」
騎士が私からグラスを受けとり、会場を後にする。
大きく息を吐くと、アルが私の背中を支えてくれた。
国王陛下が手を上げる。
「罪人どもを連れて行け」
3人は、騎士達に捕らえられ、会場を後にした。
王妃様が、私達の隣に並ぶ。
「さあ、皆さん。ハプニングはありましたが、二人の門出を祝う夜会を楽しみましょう」
王妃様の言葉と共に、音楽が流れだす。
「さあ。まずは二人のダンスからね」
アルと私は見つめ合い、ダンスホールへと足を踏み出した。
~ 終わり ~
王妃様は、ライリーが王都に戻って来た日、レーズンたっぷりのパウンドケーキを山盛りに作って待っていました。
(*^-^*)




