欠片集め5
お久しぶりです。
*** 欠片9 プレゼント ***
日和達は壮太郎が住むマンションの一室に辿り着く。
インターホンを押す前に、壮太郎がドアを開けて「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。
日和と碧真は人外が見えるようになる呪具を身につける。
呪具が小さな白銀色の光を放つと、壮太郎の足元に唐獅子がちょこんと座っているのが見えた。向けられた視線を受けて、唐獅子は前足を揃えてお辞儀をする。
「ようこそ。本日は坊ちゃんのためにありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
日和もお辞儀を返すと、優しい霊獣は笑みを浮かべた。
唐獅子は俐都から手渡されたケーキを頭に乗せて運びながら、リビングに案内する。中に入った日和は「うわあ」と思わず感嘆の声を上げた。
広いリビングの壁には、アルファベットが一文字ずつ書かれたガーランドが垂れ下がっており、HAPPY BIRTHDAYと綴られている。天井付近には、色とりどりの風船が揺れて浮かんでいた。
さらに座卓の上には、照明に照らされてキラキラと輝く豪華な料理が並んでいる。
「これ全部、唐獅子さんが用意したんですか?」
『はい。昨夜から気合いを入れて準備しました』
胸を張って上機嫌で返答していることから、唐獅子は楽しみながら準備をしたのだろう。
(壮太郎さん、すごく愛されてるんだなぁ)
誕生日を祝うために人が集まるのも、ここまで素敵なものを気合いを入れて用意してくれるのも。壮太郎が今まで積み上げてきた信頼関係があってのものだろう。
自分とはまるで違うことに、ほんの少しだけ寂しさを感じながらも、日和は気持ちを切り替える。
同じ日は一度たりともない。今日集まった皆が、良い一日だったと思えるように楽しみたい。
全員が席につき、買ってきた飲み物を取り出して、それぞれグラスに注ぐ。
エレベーターの中で俐都に渡されていたクラッカーを、座卓の下で取り出して手に持つ。料理にふりかからないように座卓から少し離れた後、目配せしてタイミングを図りながら口を開く。
「「壮太郎さん、お誕生日おめでとうございます」」
「ハッピーバースデーェ♪」
日和と俐都が声を揃え、篤那が独特な歌でお祝いを述べながらクラッカーを天井に向けて鳴らす。
色とりどりの細いカラーテープが、照明の光を乱反射しながら宙を舞う。
幻想的とまで言うと大袈裟にはなるが、非日常を演出する鮮やかさが空間を彩った。
「皆、ありがとう」
壮太郎がニコリと笑い、唐獅子がポムポムと肉球を合わせて拍手する。日和と俐都がクラッカーを片付けている間に、壮太郎はニヤニヤと笑いながら碧真を見た。
「あれ? チビノスケは、おめでとうって言ってくれないの?」
クラッカーすら拒否していた碧真は、本日の主役へ心底嫌そうな表情を向けた。
「他の奴らが言ったんですから、俺が言う必要はないでしょう?」
「えー? チビノスケからも聞きたいな。小さい頃からの仲じゃん。祝ってよ」
「嫌です。それに、会ったのも数えるほどですし、祝うような関係でもないと思いますけど?」
「碧真君、そんな言い方は」
「事実だ。第一、この人は俺を揶揄って遊びたいだけで、本心から祝いの言葉を聞きたいと思っているわけじゃないからな」
「揶揄って遊びたいって気持ちは一割くらいだよ。あとは、チビノスケが人のことをお祝いできたら、丈君が喜ぶかもなって思いが九割」
「相変わらずの丈さんファースト……」
料理が冷めてはいけないからと、皆で食事をする。
見た目も可愛い手鞠ずし。柔らかく口溶けの良いローストビーフ。ぶつ切りのベーコンがゴロっと入ったマカロニサラダ。ベビーリーフと一緒に食べる鯛のカルパッチョの新鮮な食感と旨み。コーンの濃厚な甘味が味わえるポタージュ。筍のコリコリとした歯応えと肉の旨みがギュッと詰まった柔らかいシュウマイ。春雨や椎茸のぷりぷり感や鶏ひき肉の旨み、それを包むパリッとした皮の食感が楽しめる春巻き。
食べるもの全てが美味しくて、次々と箸が伸びてしまう。
「美味しい……」
唐獅子の作った料理の美味しさに、日和はしみじみと感動した。
(やっぱり、人の作ったご飯っていいな。……人じゃなかったけど)
『お口に合ったようで何よりです』
「もう感動しかないです。是非とも唐獅子さんをお嫁さんに欲しいです!」
以前、友人の景子が仕事で忙殺されている時期に「嫁が欲しい。可愛い笑顔と美味しい料理が家で待っているなら、どんな上司の髪でも引きちぎれるぐらいの権力を手に入れてみせるのに」と虚ろな目をして言っていたことを思い出す。
確かに、そんな素敵なお嫁さんがいたら、頑張って働いて出世しようと思うだろう。まあ、たとえ権力を手に入れたとしても、他人の毛根を死滅させるような真似はしないが。
「養える財力がないだろう」
「碧真君、スパッと現実に引き戻すのやめて。甘い夢にくらい浸らせてよ」
「夢なんて見るだけ無駄だろう。薄給な上に馬鹿で無鉄砲で方向音痴でガキで色気も取り柄も何もないダメ人間が結婚できるとは思えない」
「呪文詠唱並みの悪口並べないで! てか、結婚できないのは碧真君もでしょ!? 人と付き合えたら奇跡レベルの人に言われたくないんですけど!?」
「甘いな日和。世間のツンデレ需要はとても高いぞ」
篤那が訳知り顔で碧真を擁護する。
ツンデレ需要があることは漫画で見たし、日和もそれは「尊い」と思ったことがあるのでわかる。
「いや、でも碧真君はツンデレというより、ツンオンリーだし。世間の需要はないと思うよ」
「世の中には、なじられることに悦びを見いだす人間もいる。冷たい言葉と視線で見下されたい。踏んでほしい、支配されたい、束縛されたいと!」
「そんな濃ゆい世界は知りたくないかも」
「日和にもその片鱗が垣間見える」
「待って!? どんなところが!? 聞き捨てならなすぎる!!」
「ツンデレ君とのやり取りそのものが証明している」
「碧真君のせいじゃん!!! 汚名の責任とってよ!!」
「はあ? 日和がアホなのが原因だろう。それに、責任ってなんだよ」
「私を褒め称えて! 持ち上げて! ヨイショして!」
「持ち上げてもいいが、山奥にぶん投げて捨て去るぞ」
「不法投棄宣言!? てか、持ち上げるの物理的な話じゃないから!! 精神世界の話だから!」
みんなで食べたからか、料理皿が綺麗に空になる。
座卓の上を片付けた後、壮太郎の前に蝋燭の灯ったケーキが置かれた。『38』の蝋燭を見て、壮太郎がおかしそうに笑う。
「ケーキに蝋燭って子供の頃以来かも」
子供の頃という言葉を聞いて、日和は「あ」と思い出す。
「そういえば、海外では誕生日ケーキの蝋燭の火を消す時に、心の中で願い事をして消すらしいですよ」
「へえ。そんなものがあんのか」
「うん。小さい頃にアニメで観たの」
「おまじないか。壮太郎、願い事タイムだ」
「うーん、願い事のほとんどは自力で叶えられるからなあ」
壮太郎は苦笑した後、何か思いついたようだ。小さく笑みを浮かべ、「じゃあ、消そう」と言って左手を口元に添えた。
吹き消すのではないのかと日和が首を傾げた時、壮太郎が左手の中指にはめていた指輪がわずかに白銀色の光を放つ。前髪を揺らすようなそよ風が通り過ぎた後、蝋燭の炎が消えた。
「え? 術で消したんですか?」
「衛生的にも、こっちの方が良いでしょ? 手で仰いで消してもいいけど、お線香の消し方みたいになるのも微妙かなって思って」
ケーキを取り分けて皆で食べる。
久しぶりに食べたチーズケーキは、濃厚なのに苺の適度な酸味のおかげで、後味がさっぱりしていて大変おいしかった。
お腹も十分に満たされて、食器を綺麗に片付けた後、俐都が切り出す。
「壮太郎さん、改めてお誕生日おめでとうございます。良かったら、使ってください」
「わあ、ありがとう。何かな」
紺色の包み紙に白銀色のリボンが巻かれた掌サイズの小さな箱。壮太郎が封を解いて白い箱を開ける。
日和からは中身が見えないが、壮太郎が少し驚いたように目を見開いた。
「導きの神からもらった羽です。どんな場所にいても、望むところへ導く力を持っています。呪具製作に使ってください」
「嬉しい! こんな貴重なものをありがとう! どうしようかな? そのまま力を生かすか、組み合わせて別の効力を発揮するものをつくり出してもいいな!」
壮太郎は心底嬉しそうに目を輝かせ、ペラペラと早口になる。今にも立ち上がって作業部屋に向かいそうになる壮太郎の足を、唐獅子が前足でポンと抑えた。
『坊ちゃん。今はダメですからね。それは明日にしましょう』
自分の世界に入りかけていたのか、壮太郎は一瞬キョトンとする。自分の誕生日パーティーの途中であったことを思い出したのか、「それもそうだね」と苦笑した。
(待って。なんか俐都君が凄そうなの出した後に出しづらいんだけど……。もし、ガッカリされたら……)
思い出すのは高校生の時。
当時仲が良かった子に誕生日プレゼントを贈った。喜んで欲しいと、たくさん悩んで選んだプレゼント。それを全く喜んでくれず、バカにされて雑に扱われたことがあった。普段からいじられキャラみたいな扱いをされていたこともあるのだろうが、あれは悲しかった。
「ピヨ子ちゃん、どうしたの?」
暗い表情をしていたのか、壮太郎に声をかけられる。日和はハッとして顔を上げ、気まずい思いで、プレゼントが入った深緑色の紙袋を差し出した。
「あの、これ……プレゼントなんですけど……」
(全然大した物じゃないって言ったら、それを作った人や贈られた人にも失礼だし。えっと、何を言えば……。プレゼント選びが下手で申し訳ないとか?)
頭の中でぐるぐる言い訳を考えている間に、壮太郎がプレゼントを手に取っていた。言葉を口にする間もなく、壮太郎が銀色のシールを剥がして中身を取り出した。
「これ、僕がいつも使ってるノートじゃん」
日和は「はい」と頷く。
以前、一緒にお蕎麦屋さんで食事をした時に、壮太郎が高そうなノートを取り出して術について解説してくれた。その時に、カッコいいノートだと思って調べていたのだ。
(高すぎて、自分用には買えなかったけど……。普段から使っているノートなら、壮太郎さんも貰って困ることはないだろうし。でも……誕生日プレゼントにノートは嫌って言われたら)
「ピヨ子ちゃん、ありがとう。このノート好きだから、すごく嬉しいよ」
笑顔で言われ、緊張していた日和はホッと胸を撫で下ろす。
出番が来たと言わんばかりに、篤那が大きな紙袋を座卓の上に置く。
キリッとした真顔で取り出したのは、距離感がやたらと近い男女の絵が表紙の漫画本だった。
「俺からは、最近完結した物の中で、お気に入りの少女漫画全巻セットを贈らせてもらう。壮太郎も、これでキュンキュンしてくれ」
壮太郎は一瞬呆気に取られていたが、「ありがとう」と苦笑する。壮太郎の横にいた唐獅子が目を輝かせた。
『それ! 以前、映像作品にもなった絵巻物じゃないですか! 坊ちゃん、私も読んでいいですか?』
「うん。先に読んでいいよ」
「唐獅子さんは少女漫画が好きなんですか?」
『はい! 篠お嬢様が学生の頃に、ご学友から絵巻物を借りてこられたんです。その時に、私も一緒に読ませていただきました。まだ生まれたばかりの人間の未熟な愛憎無象。小さなことを世界の終わりみたいに大事に捉えて右往左往する姿が描かれていて、とっても微笑ましいんですよね』
(……んん? それは少女漫画の感想なのかな??)
霊獣視点の独特な感想に戸惑っている間に、碧真が壮太郎に無言で黒い封筒を渡す。
「あれ? チビノスケも僕にプレゼントを用意してくれたの?」
壮太郎がニヤニヤしながら尋ねると、碧真は心底嫌そうな顔をした。
「義理ですから、勘違いしないでください」
「義理チョコを渡す時以外でそう言う人、初めて見たかも……」
「さすがツンデレ君! ツンデレ系ヒロインの返し検定百点満点だ!! 中身はもちろん、真っ赤なハートのチョコレートだな!」
「そんな検定ねえし、そんなわけねえだろ」
日和達がそれぞれの反応を返している間に、壮太郎が封を開ける。
中から出てきたのは金属の細い棒だった。銀柱のミニバージョンかと思ったが、よく見れば、それはボールペンの芯のようだった。
「どうせ、丈さんから昔贈られたボールペンをまだ使っているんでしょう? その替え芯です」
「確かに今も愛用しているけど。よく覚えてたね」
「壮太郎さんが昔、しつこいほど自慢してきたでしょう。あれ、かなりうざかったんで」
「あはは、あの時のチビノスケの膨れっ面は面白かったな。膨らんだ頬をつついたら、さらに拗ねちゃって一人でいじけてたし」
(壮太郎さんのボールペン。そういえば、前に見たことあるな。すごく高そうで、キラキラしてたし)
碧真が頬を膨らませていじけていた頃からの物なら、二十年近くは使っているということだろう。随分と大切にしているようだ。
「嬉しいよ。ありがとう。みんなには素敵なものを貰ったね」
壮太郎が笑顔で御礼を言う。誰かにプレゼントを喜んでもらえるのは本当に嬉しくて、こっちが御礼を言いたい気分だった。
*** 欠片10 ゲーム ***
「せっかく皆集まったし、ゲームでもして遊ぼうよ」
壮太郎は立ち上がると、部屋の隅に置かれた棚へと向かう。そこから収納ケースを取り出して運んできた。
「うわー、すごい」
収納ケースの中には、たくさんのボードゲームが入っていた。
日和が知っている定番の物や、全く知らない物。古い物から真新しい物まで、ケースにパンパンに詰められている。
「僕が趣味で集めている物なんだ。面白い物が色々あるよ」
「壮太郎さんは、ボードゲームが好きなんですか?」
「うん。テレビゲームも好きだけど、やっぱり相手の表情を直接見ながら駆け引きするゲームが一番好きかな。みんな、遊ぶならどれがいい?」
壮太郎がウキウキした様子で、次々と取り出していく。ゲームが好きな日和も目を輝かせた。
篤那も手に取って物色しているが、碧真も俐都も一歩引いたように見ていた。碧真は興味がないからだろうが、俐都はゲームが苦手なのだろうか。
日和が首を傾げながら見ていることに気づいたのか、俐都は苦笑する。
「俺が入ると、ゲームの勝敗が決まって面白くねえだろうからな」
「え? どういうこと?」
「俺の守り神の力が原因で、運が絡む要素は最後に必ず俺が逆転して勝っちまうんだよ。これは流光の力でもあり、性質だから、抑えられるものでもないしな」
「ああ、それは問題ないよ。運がほとんど絡まない頭脳戦とかなら、俐都君の守り神の力は発揮されない。実際、戦闘とかは俐都君の力が百で、守り神の力でむしろマイナスに作用させているみたいだし」
「え!? そうなんですか!?」
あんなに強いのにと、日和は驚く。力を存分に発揮できていない状況であんなに戦えるのなら、本気を出したら世界すら壊せてしまうのではないだろうか。
「ですが、俺が入ると」
「僕は俐都君と遊びたいな。ダメ?」
「やります!」
(壮太郎さん、完全に俐都君を掌握してる……)
俐都も遊べそうなゲームを壮太郎に選んでもらい、その中から日和が気になっていたもので遊ぶことになった。
ゲームを箱から取り出しながら、壮太郎が何か思いついたようにニヤリと笑う。
「せっかくだから、何か賭けようか?」
「嫌です!!」
以前の悪夢を反射的に思い出し、日和は力を込めて拒否する。人の心を抉ったはずの壮太郎は、何も知らない純真無垢なキョトン顔をしていた。
「えー、何で?」
「忘れたとは言わせませんよ! 前に賭けをして、私に黒歴史を作らせましたよね! どうせ、またカモにする気でしょ!」
夏に宿で仕掛けられたゲームで、壮太郎に圧倒的な実力で捩じ伏せられた。その結果、日和は碧真に向けて、ぶりっこしながら『ダーリン』と言わされた。あの時の碧真の冷たい目線や羞恥心を今でもありありと思い出せる。完全なる黒歴史だ。
「ああ、あれは面白かったなー」
「少しは悪びれてください!!」
「まあまあ。たとえ今日、ピヨ子ちゃんの黒歴史が十個や百個増えたところで、どうせ自分自身も、それを知る他の人も遠くないうちに死ぬんだから大丈夫だよ」
「達観した意見ですけど、死ぬまでの間に思い出して何度も苦しむじゃないですか! てか、そんな気軽に十個や百個単位で人の黒歴史を増やそうとしないでください!!」
「それじゃあ、一番の人が選んだ言葉を最下位の人に言わせるようにしようか」
「ナチュラルな強行突破をかまさないでくださいよ!!」
「ピヨ子ちゃん、今日は僕のお誕生日だよ? 特別な日なのに、お願い聞いてくれないの?」
「う……。それは……」
「それに、別にピヨ子ちゃんを狙って苦しめるつもりはないし、最下位にならなければいいんだからさ」
「確かにそうですけど」
「じゃあ、やろうね」
「う? はい」
「簡単に丸め込まれるなよ。あと、俺は参加しませんから」
碧真が呆れながらも、ちゃっかりと棄権しようとする。しかし、壮太郎が碧真を逃すはずはなかった。
「チビノスケ。僕は今日お誕生日だよ」
「それがどうしたんですか? たかが生まれた日なだけでしょう。人に言うことを聞かせる特権があるわけでもないですし」
「僕はこの前、チビノスケのお願い事を聞いてあげたよね? つまり、今チビノスケは僕に借りを作ってるってことだよ」
(借り?)
日和は首を傾げた後、自分を助けるためのお願い事だと気づく。
「壮太郎さん、それなら私が借りを作ってるということで、碧真君は何も」
「……そうだね。それなら、ピヨ子ちゃんに体で返してもらおうかな」
「は?」
地を這うような低い声と突き刺すような冷たい雰囲気が、一瞬にして場を険悪にする。たじろぐ日和とは対照的に、壮太郎はニコニコと笑っていた。
(え、怖っ。何? もしかして、労働力とか髪の毛の提供じゃなくて、血とか要求されたりするやつだったの? すぐに頷かなくて良かった)
碧真は壮太郎を睨みつけた後、舌打ちする。
「本当に底意地が悪いですね。やれば良いんでしょ。ただし、これで貸し借りなしですからね」
「あはは。これで貸し借りなしにしてあげるんだから、善良だと思うけど?」
「どこがですか。悪趣味を極めてるようにしか思えません」
若干微妙な雰囲気になりながらも、四人でゲームをすることになる。
唐獅子は壮太郎の後ろにあるソファでのんびりとうつ伏せに寝転がって、篤那の持ってきた少女漫画を読んでいた。
「ピヨ子ちゃん、そんなに気負わないで。負けなければ良いんだから」
「無理でしょ。こんなクソ雑魚人間」
「雑魚じゃないし!! ゲームなら、運によってはちょっとは勝てる可能性が」
「頭脳戦って言っていただろう? 負けるとしたら、アホでバカな日和か、ど天然野郎か、単細胞のチビだろ」
「は? なんか言ったかクソガキ!」
「ありのままを言っただけだ。キレるってことは、自覚があるんだろう」
「ど天然野郎……壮太郎のことか? 壮太郎なら野山に自生してそうだ」
「僕は天然じゃないよ。それに自生って何? 僕、篤那君に植物とでも思われてるの?」
(篤那さん、あれだけ天然って言われて自覚無かったんだ……)
「余裕ぶってるけどさぁ、チビノスケも負ける可能性があるじゃん?」
「ありえません。こんな低脳な奴らに負けるわけがない」
「よし。じゃあ、負かしたら恥ずかしいセリフを必ず言ってもらうからね」
「そんなこと言ってる壮太郎さんだって負ける可能性はあるでしょ? 俺が勝ったら、丈さんのことが嫌いって言わせますよ」
「そんな心にもない酷いことを言うくらいなら、自分の首を切り落として死ぬよ」
(丈さんへの愛が重い……)
「まあ、僕は負けないけどね」
四人で卓を囲んで、ゲームを始める。
日和が選んだのは、運要素も僅かに含まれていそうではあるが、ルールが単純明快なカードゲームだ。
引いたカードに書かれた言葉を外来語を使わずに説明して、他の三人に当ててもらうゲーム。相手に伝わる言葉を考えて、それを伝える能力が必要だ。
やりながら遊び方を理解していき、あっという間に一戦目が終わった。
順位は壮太郎が一位、二位が俐都、三位が碧真、四位が日和、五位が篤那という結果になった。
「あれ? チビノスケ。どうしたの? 頭脳戦なら負けないんじゃなかったの?」
ニマニマと笑いながら壮太郎が揶揄う。碧真はイラついたように壮太郎を睨んだ。
「これ、頭脳戦じゃないでしょう。こいつらの説明が明らかにおかしかったですし。知能が低くて理解できない」
碧真はため息を吐きながら日和と篤那を見る。日和は目を泳がせ、篤那は首を傾げた。
「で、でも、壮太郎さんとか俐都くんとか、私の説明でわかってくれたし。碧真君のコミュニケーション力が足りないんじゃないの?」
「脳が足りないやつが他責にすんなよ」
「足りてますぅっ! 脳は欠けることなく綺麗な形で存在しますぅっ!!」
「存在しても、まともに働いていないなら無いのと同じだろ。それに、擬音と意味不明な造語ばかりを繰り返すような人間がコミュニケーション力なんて言葉を使うな」
日和が不満で唸っている間に、篤那が気合いに満ちた顔で壮太郎に向き直る。
「さあ、壮太郎。俺に何を囁いて欲しいんだ? 俺は少女漫画で胸キュンセリフを日夜研究しているから、期待に応えられるだけの愛の言葉を捧げることを約束しよう」
「僕に愛の言葉はいらないかな。そうだな……。それなら、チビノスケに対して、篤那君が一番いいと思うセリフを言ってよ」
「は!? 何を勝手に」
「よし!」
「よしって何が」
言葉を遮るように、篤那が碧真を片手で抱き込む。不意打ちで抱き寄せられた碧真はされるがまま、篤那の胸の中に顔を埋めた。
「俺の全部をやる。だから、俺と同じくらい、お前も俺のことでドキドキしてくれ」
篤那は芝居がかった甘い声で、碧真の耳に囁きを落とす。日和も俐都も呆気に取られている中、篤那はドヤ顔で壮太郎を見ていた。
「ふざけんなよ」
碧真は苛立ったように篤那を突き飛ばす。一応加減をしているのだろうが、篤那は「痛い」と胸を撫でていた。碧真からは怒気が滲んでいて、一触即発の雰囲気だ。
「こーら。チビノスケ、これはゲームだよ。こんなことで怒るとか、大人げないからやめな」
「は? そもそも、壮太郎さんが天然野郎に変なことをやらせるのが悪いんですよ」
「チビノスケがゲームで一番になれば良かっただけじゃん。そうしたら、こんな目に遭わなかったよ?」
「は?」
「チビノスケは今のゲームに不服みたいだし。二人でチェスで勝負する? 頭脳戦なら、僕を負かすことができるんでしょう?」
壮太郎は挑発的な笑みを浮かべながら碧真を見る。碧真は思考を巡らせているのか少し黙った後、「わかりました」と勝負を受けた。
「俐都、日和。俺達はこれをやろう。なにかはわからないが、面白そうだ」
篤那が他のゲームの箱を手にする。日和も動画で観たことがあるものだ。
カードに描かれた謎の生き物に名前をつけて記憶する。次にそのカードが山札から場に出た時に誰よりも早くその名前を言ってカードを集める。記憶力と瞬発力が大事なゲームだ。
日和達は他にも様々なカードゲームで遊んだ。運要素は俐都が最後に逆転してしまうが、篤那もなかなかの強運を発揮する。それに、勝敗関係なく、親しい人と遊ぶゲームは楽しかった。
壮太郎と碧真の勝負は時間がかかっている。余裕綽々の笑みを浮かべている壮太郎の対面に座る碧真の表情は真剣だ。長引いているということは、結構いい勝負なのかもしれない。
次のゲームをやろうかと思った時、カツンとボードを叩く小気味のいい音がした。
「チェックメイト」
壮太郎がニヤリと笑みを浮かべて勝利を宣言する。碧真が悔しそうな顔で壮太郎を睨みつけていた。
「さあて、チビノスケには何を言わせようかなー」
壮太郎は碧真を煽りながら、日和へ視線を向ける。
「ピヨ子ちゃんって、男の人からどんな言葉を言われたら嬉しい? キュンとする?」
「え? 何でここで私に振るんですか?」
「罰ゲームの参考になるかなって」
「ええ……?」
「次ピヨ子ちゃんが僕との勝負に負けた時に、少しだけ軽くするからさ」
「……負けることを確定にしてほしくはないですけど。うーん」
現実では甘い言葉を囁かれたことは皆無のため、漫画やゲームを頭に思い浮かべる。ゲームのワンシーンを思い出し、日和は少し照れながらも口を開いた。
「その……”おいで”とか」
昔遊んだゲームで、男性キャラが優しい声音で「おいで」とヒロインを呼んで抱きしめた瞬間はキュンときてしまった。
日和の言葉を理解できないのか、男性陣は首を傾げる。
「え? 私、もしかして特殊な感性してた??」
「うーん、こういうことかな?」
壮太郎はそういうと、日和に向けて両手を広げた。
「ピヨ子ちゃん。おいで」
柔らかな笑みと優しい声色を真っ向から受けた日和は、自分の胸を押さえて「うぐぅっ」と変な声で呻いた。
「あ、危ない。大人の色気怖い。周りにキラキラエフェクトが見えた。私が壮太郎さんに恋愛感情を持っている乙女なら、肋骨折る勢いで飛び込んでしまうところだった」
「突進で相手の肋骨を折る奴は、乙女じゃなくて闘牛だろう」
「あはは。そんな勢いで来られたら、びっくりして首を刎ねるかも」
「一瞬で夢から覚めるサイコパス発言怖い」
何もかも包み込んでくれそうなエンジェルスマイルに騙されそうになったが、壮太郎の中身はサイコパスだったと思い出す。
「一気に殺伐とした会話になったな」
「俐都なら相手が闘牛でも大丈夫だろう?」
「大丈夫だが、そういう話じゃねえよ」
「じゃあ、チビノスケ。お手本を見せたんだから、ピヨ子ちゃんに向けて言ってみようか」
「絶対にやりません」
「最初に言ったでしょ? 必ず言ってもらうって」
碧真は心底嫌そうな顔をする。しかし、約束を違えるわけにはいかないと思ったのか、深い溜め息を吐いて項垂れた。しばらく沈黙した後、碧真は顔を僅かに上げる。
「…………来いよ」
「ヒッ!」
「顔怖いよ。チビノスケ」
「ドス効きすぎだろ」
「ツンデレというより、悪役レスラーのようだな」
「ピヨ子ちゃん、ちょっとはキュンとこない?」
「心臓がヒュンとします。ホラー並みの恐ろしさに鳥肌も立ちました」
「うむ。これはモテないな」
「あはは。篤那さん、碧真君がモテるのは無理だよ。顔は綺麗だけど、性格が破綻している非モテ野郎なんだから」
「……そんなに望むなら、首をへし折ってやろうか?」
「望んでないから! ちょ、やめて! 首に手をかけないで!」
碧真は容赦なく、後ろから抑え込む形で、右手を日和の首にかける。逃げないようにするためか、左手で頭をがっちり掴まれた。
「じゃあ、次のゲームをしようか」
救いを求めようとする前に、壮太郎は呑気にも他のゲームで遊ぼうと提案する。篤那は乗り気で頷き、俐都は困った表情を浮かべながらも日和を助ける気はないようだ。
「私の命よりゲームですか!? 私の命の扱いが羽根のように軽い!?」
「そんなことはないよ。わたあめくらいの重さの情はあるよ」
「わたあめくらいなら……って、あんまり変わらない気がするんですけど!? どっちも軽すぎるんですけど! 風吹けば一瞬で飛んでいく命なんですけど!?」
「絶命まであと十秒だが、遺言はそれでいいのか?」
後ろから聞こえる魔王の声に、日和は「ひいっ!」と叫ぶ。首にかけられた力が少しだけ強まってきた。
「待って! わたあめが遺言の終焉は嫌だ!!」
「風情を目指すなら、季語を入れてみるのがいいかもな。北風とか」
「篤那さん、風流な助言をするより前に私の命を助けて!?」
「あと五秒」
「命のカウントダウンしないで! めでたい日に死ぬとかヤバすぎるでしょ!!」
「ピヨ子ちゃんの命は無駄にしないから安心して」
「軽々しく死を容認しないでください!! 無駄にしないって何!?」
「日和の死体を呪具に使うつもりなんだろう」
「安心要素皆無すぎる!! 奪われるものが多すぎるんですけど!?」
「でも、よく考えてよ。今の状況って、ピヨ子ちゃんのお望みのシュチュエーションじゃない? ”おいで”って言われてギュッと体を抱きしめるみたいな」
「ギュッとされてるのは首なんですけど!? 素敵なドキドキじゃなくて、心臓止まる致死のドキドキなんですけど!?」
「暴れるな。手元が狂う」
「暗殺者みたいなこと言わないで! ヤダヤダ! ごめんなさいぃぃ!」
壮太郎の誕生日パーティーの日の話は、恐らく次回の『欠片集め6』でまとめられるかと思います。そちらと10章後編の投稿がいつになるかは現時点では未定です。お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。
明日6/1に、短いですが『言の葉集め6』を投稿予定です。楽しんでいただけたら嬉しいです。




