鏡が映すのは
サークルで書いた短編を手直ししたものです!
お題は、キャラが冷笑するハゲの男(20代)、シチュエーションが王都の夜景を一望できる山の上
冷笑はあまりできませんでしたが、そこはご了承ください!m( _ _ )m
追記:お題のシチュエーションの方の要素を、一部変更して手直ししました
俺は、もう余命わずかだ。
病名は膵臓ガン。
沈黙の臓器と名高い膵臓のガンに、俺は気づかぬまま時が過ぎた。
最初は、よくある不調だった。
俺はそれが、ただの疲れだと判断し、医者に掛からなかった。
今思えば、驕っていたのだと思う。
自分が、そんな大変な病気に侵される訳がない、そう思い込んでいた。
何より、自分は勤めている会社のエリートで、更に代々会社経営している一族の出身だ。
俺は選ばれた特別な存在だと、物心ついた時から、ずっとそう思っていた。
25という若さで成功し、一端の役職ももらった。だからこそ、そんな偏見に拍車がかかった。
いつしか、俺は常に冷笑を顔に張り付け、人を見下すようになった。
俺より使えない人間だ。当然と言えば当然だろう。
特に後頭部が怪しくなってきた、二回り以上年長の男や、病で休職した部下や同僚を蔑むようになった。
なぜなら、きちんと身だしなみに気を使っている俺とは違い、鏡を見るのが大層苦痛だと思わせるからだ。
ただ、決して仕事でいじめることはなかったため、俺はなんていい人間なんだ、と思ってさえいた。とても愚かな事に。
そんな自分がどうだ?
今では見下していた人間と同じ立場になった。それがあまりにも惨めで、プライドを傷つけた。
「パパとママにね、ガンの遺伝子を持ち込むな、って言われたの。だからさようなら」
婚約まで済ませていた彼女は、そう言って俺の元から去った。茫然としていた俺は、その背中に言葉を投げつける事さえできなかった。
彼女も会社経営する一族だ。つまり家同士の繋がりを求めた婚約。だから両親は良縁をものにできなかった俺を早々に見捨てた。
「お前は変わったな」
同じ会社で働いている友人も、最初は慰めてくれたものの、次第に八つ当たりをするようになった俺へ愛想をつかした。
あんな冷たい表情を浮かべる友人の顔を、今まで見た事がなかった。
我に返った時には、病室に誰も残っておらず、怒りに任せて暴れ狂った。
そうして、病院へ見舞いに来てくれる人間など、誰もいなくなった。
いつ見ても、がらんどうな病室。それが、俺の人間性を示しているかのように見え、酷く気分が悪かった。
延命のための薬によって、髪が抜けた。
抜け落ちた大量の髪を見て、最初は何かの悪夢だと思った。ありえない、ありえない!
しかし、鏡を見て理解した。そこにいたのは、みっともない頭をした、患者衣姿の男だった。
ドラマや小説のように、すべて抜け落ちなかったのが、より一層哀れに見え、そんな自分を見たくなくて鏡を殴って壊した。
鏡の破片が手に刺さったように感じたが、感情にのまれて痛みなど欠片も感じなかった。
それから一ヶ月。
次第に衰えていく体力を感じながら、病院を退院したが、希望は一切ない。
俺は心に穴が開いたような気分で、たった一人で住む家へと帰った。
使用人は、入院する前に全員解雇した。
だから、だだっ広いこの豪邸にいる人間は、俺だけだ。
それを意識すると、言いようのない悲しみを覚えるが、過去の素行が悪かったのだ。
最近、徐々にではあるが、自分が膵臓ガンである事を受け入れ始めていた俺は、過去の傲慢な行動を反省した。
それと同時に、もう遅すぎる、と自嘲気味に笑った。
そういえばと、この屋敷の鏡の存在を思い出す。
その鏡も割っておかなければ。
こんな自分の姿を見るのはもう嫌だ。
そもそも、鏡のある部屋に行かなければいい。
優秀な俺の頭脳は、そんな結論を導き出せた筈なのに、そうしなかった。
鏡をひどく嫌っていた俺は、そんな事など頭に思い浮かばず、屋敷中の鏡を割って回った。既に夜なのに、明かりもつけず、ただ狂ったように鏡を破壊して回っていた。
「これで、最後か」
俺は姿見の前に立って、そう呟いた。
誰も、その声を拾ってくれなかったが、気にも留めなかった。
こんな自分を見るのは嫌だ。こんな自分を人に見られるのも嫌だ。
その鏡に本を叩きつけて割ろう。
そう思ったが、俺の腕は意に反して、動こうとしない。
俺は、そんな腕に苛立った。そのせいで、姿見の鏡面を視界に入れてしまう。
さっさと壊さないから……と文句を脳裏に浮かべながらのぞいた鏡の中の人物は、上等な生地を使った衣装に身を包んだ、痩せて落ちくぼんだ眼を持つ男だ。明らかに服に着せられているのがあまりにも惨めだ。
所々髪が抜けている。病的なまでに白い肌が、気持ち悪い。
だが、その時の俺の目は、俺の瞳と同じ色のブローチに留まった。
これは、喧嘩別れした友人が、誕生日プレゼントとして送ってくれたものだ。
性格の悪い俺と、最後まで付き合ってくれた友人。
「何でブローチだったんだ?」
「これはお守り、の意味があるんだって!」
「ふうん」
「興味ない!?あ、でも毎日つけないと意味がないからな!」
「はいはい」
……そういえば、こんな事もあったな。
俺の、初めての友人が初めて贈ってくれた、大切なプレゼント。
いつも身に着けていたから、すっかりブローチの存在を忘れていた。
あの時、俺はお返しにこの街の景色を一望できる場所を教えてあげたんだっけ。
俺だけの秘密基地。いつも、気落ちした時はそこから、一族が経営する会社のある街を一望できる、この場所に来ていた。俺がこの会社を支えていくぞ、と決意した、そんな場所。
友人とは、昔パーティーで独りぼっちだった所を見つけて、話しかけてやったのが最初だ。
パーティーでいつも壁のシミになっているような奴だ、誰も気にも留めない。無作法というのも、また人から倦厭される一助を担っていた。
でも暇つぶしに付き合ってやっていたら、いつの間にか懐かれていた。
俺は、そこへ行く事にした。
理由はない。ただ、思い出しついでに行くだけだ。
心のどこかで、友人――元友人に会えるかもしれない、と思いつつ。
到着したそこは、記憶の中の光景よりも、ずいぶんと廃れていた。
人は、記憶の中の思い出を美化する。
そんな言葉が頭に浮かんだ俺は、つい、元友人は思った以上にいい人間ではなかったのかもな、と思ってしまう。
俺は崖になった所の端まで行き、そこから下に広がる景色を眺める。
そこに広がっているのは、当時よりもやはり、廃れたような光景だった。
別に、この街が衰退している、という訳ではない。
ただやはり、記憶を美化していたのだろう。今思えば、そこまで大したことなかった光景だった。
俺はそれにがっかりし、帰ろうとしたその時だった。
ザワザワ、と木々の揺れる音がする。
背後から感じる人の気配に、俺は振り返った。
そこにいたのは、喧嘩別れした元友人だった。
かなり気まずくなったが、それは向こうも同じらしく、微妙な顔をしている。
「痩せたな」
しばらくの沈黙で凍る俺たちが氷解するきっかけになったのは、元友人の言葉だった。俺が今まで聞いた中で一番心許ない声だ。
「そうだな」
俺は、それだけを返す。緊張でのどが渇く。声も震えているように感じた。
「何でここに?」
今度は、気まずさを紛らわせるように俺が聞き返す。元友人は、余計に決まりが悪い表情をした。
「なんとなく」
元友人は、奇遇にも俺と同じ理由でここにいた。俺は、元友人のその言葉に目を丸くした。
「お前は?」
元友人は、俺の方を見ずに俺と同じ質問をした。もう聞かないでくれ、と言うかの如く、焦ったように彼は言葉を紡ぐ。
「俺も、なんとなく」
俺の答えに、今度は元友人が目を見開いてこちらを見た。そして、更に驚いたように見えるのは、俺がブローチをつけているからだろうか。
そんな反応に、俺は照れ臭くなったが、視線をずらすような事はしなかった。
視線が交差する。
元友人も、なんとなく痩せているように感じる。それが、どこか痛々しかった。
「ここの景色、案外大したことなかったんだな」
俺は何を言えばいいかわからなくて、ついそんなことを口走っていた。
「そうか?俺は、これ以上ない最高の景色だと思う」
元友人はむっとしたようにそう言った。
「俺もここに来る前はそう思っていた。だが今は違う」
「は?俺は今でも最高だと思うぜ?現に、俺は毎日ここに来てる」
俺の言葉に、元友人は自慢するように返した。俺は、元友人の言葉に矛盾があることに気づいた。
「毎日?さっきはなんとなくって……」
浮かび上がった疑問をそのまま、元友人にぶつける。もしかして、という期待が沸き上がるが、俺はもう絶望したくないため、何とか抑えようとする。
「――ここに通っていれば、お前に会えると思ったんだよ!」
元友人は顔を赤らめて、やけくそのように叫んだ。
俺は驚いて元友人の顔をまじまじと見つめる。
元友人は、ばつの悪そうな顔で話を続けた。
「その……あの時は俺が悪かった。お前は突然、医者にガンだって言われて……余命まで……。大変だっただろうに……」
「いや、俺も悪かった。何も悪くないお前に当たるのは、違うよな」
「でも、一気に仕事以外全てなくなっただろ?誰だってああなる。俺は、お前がつらい時、そばにいてやれなかった……。親友なのに」
「……!」
まさか、元友人が俺を親友と思っていたなんて。
俺はうれしくて、つい笑ってしまった。
「おい、何笑ってんだよ!こっちはな、真剣なんだよ!」
そう叫ぶ友人――親友が、とても滑稽に思えてしまう。
あんな冷たい人間、俺の方から捨ててやる。
それと同時に、ガンが原因で俺の元から去った奴らに抱えていた未練が、一気に吹っ切れた。
「なんだか、どうでもよくなったな」
「死ぬなよ?」
俺が死ぬことを危惧したのか、親友は少し焦ったように言う。
「いや、そんなことはしない。最後まで生きてやる。俺らしく、な」
そう言って俺は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
いつも冷たい微笑みしか浮かべていなかったので、親友は驚いた表情をしている。
だがすぐにニッと笑い、口を開いた。
「それでこそお前だ」
そう言って、親友は笑った。
俺たちはまた、崖の下に広がる景色をのぞいた。何も変わらない、あの会社がある街。
その時、色あせて見えていたその景色が、思い出よりもずっときれいに見えた。
「変わらないな」
親友が呟いた言葉に、俺の胸元で輝いているブローチは、どこか誇らしげだった。
最期の刻。
死が段々近づいているのが分かる。
会社は辞めた。予想外な事に、部下たちに退社を惜しまれた。どうやら俺がいない間、とんでもない上司にあたったらしい。
親友から、俺の後釜になった男の名を聞いた時は、合点がいった。
エリート以外に人権を認めない奴なら、元々他部署にいた、元落ちこぼれ一般人共と、馬が合わない筈だ。
そんな彼らを、そこら辺にいるエリート並みに育て上げた。親友を育てるのよりは簡単だったが、面白かった。
やはり俺はいい上司だったのだ。内心で自画自賛していると、親友は俺の頭を小突いた。
「モラハラ上司がドヤるな」
そこで、笑いがドッと起きた。
「いい、人生だったな」
「だろう?この俺に感謝しろ」
親友は俺の真似をした。
だが、俺と違う点を挙げるとすれば、俺は泣かない。声もこんなに震えない。
骨と皮しかない俺の手を握りしめ、涙目で自信満々に話す親友は、つぎはぎだらけで滑稽だ。
「ああ、確かにな。――ありがとう」
俺は、素直に親友の言葉を認める。親友は、そんな俺に驚いていた。
「お前と親友になれたのが、一番の幸せだな」
その言葉を最期に俺は永遠の眠りについた。
親友の手の温もりを抱えながら……。
自室の隅に置かれた姿見は、ただじっとその一部始終を映していた。
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