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鏡が映すのは

作者: 七海飛鳥
掲載日:2026/04/21

サークルで書いた短編を手直ししたものです!


お題は、キャラが冷笑するハゲの男(20代)、シチュエーションが王都の夜景を一望できる山の上


冷笑はあまりできませんでしたが、そこはご了承ください!m( _ _ )m


追記:お題のシチュエーションの方の要素を、一部変更して手直ししました

俺は、もう余命わずかだ。


病名は膵臓ガン。

沈黙の臓器と名高い膵臓のガンに、俺は気づかぬまま時が過ぎた。


最初は、よくある不調だった。


俺はそれが、ただの疲れだと判断し、そのまま医者に掛からなかった。

今思えば、おごっていたのだと思う。

自分が、そんな大変な病気に侵されるわけがない、そう思い込んでいた。


何より、自分は勤めている会社のエリートで、さらに代々会社経営している一族の出身だ。

自分たちは選ばれた特別な存在だと、物心ついたときから、ずっとそう思っていた。

25という若さで成功し、一端の役職ももらった。だからこそ、そんな偏見に拍車がかかった。


いつしか、俺は常に冷笑を顔に張り付け、人を見くだすようになった。

特に後頭部が怪しくなってきた、二回り年上の男や、病で休職した部下や同僚を蔑むようになった。

ただそれも、きっちり仕事でいじめることはなかったため、なんていい人間なんだ、とも思ってさえいた。


そんな自分がどうだ?

今では見下していた人間と同じ立場になった。それがあまりにもみじめで、プライドを傷つけた。



婚約まで済ませていた彼女は、ガンの遺伝子なんか持ち込まれたくない、と彼女の両親から結婚を反対されたと言い、俺の元から去った。

彼女の方も会社経営する一族出身だ。つまり家同士のつながりを求めた婚約。だから両親は良縁をものにできなかった俺を早々に見捨てた。


同じ会社で働いている友人も、最初は慰めてくれたものの、八つ当たりをするようになった俺に愛想をつかし、病院に見舞いに来てくれる人間など、とうとういなくなってしまった。


延命のための薬によって、髪が抜けた。

ドラマや小説のように、すべてが抜け落ちなかったのが、より一層哀れに見え、そんな自分を見たくなくて鏡を壊した。



それから一か月。

次第に衰えていく体力を感じながら、病院を退院したが、それに希望は一切ない。

俺はたった一人で住む家へと帰ってきた。


使用人は、入院する前に全員解雇した。

だから、だだっ広いこの豪邸にいる人間は、俺だけだ。


それを意識すると、言いようのない悲しみを覚えるが、過去の素行が悪かったのだ。

最近、徐々にではあるが、自分が膵臓ガンであることを受け入れ始めていた俺は、過去の行動を反省した。


それと同時に、もう遅すぎる、と自嘲気味に笑った。



そういえばと、この屋敷の鏡の存在を思い出す。

その鏡も割っておかなければ。

こんな自分の姿を見るのはもう嫌だ。



そもそも、鏡のある部屋に行かなければいい。

優秀な俺の頭脳は、そんな結論を導き出せたはずなのに、そうはしなかった。


ただ、鏡をひどく嫌っていた俺は、そんなことなど頭に思い浮かばずに、屋敷中の鏡を割って回った。



「これで、最後か」

俺は姿見の前に立って、そうつぶやいた。


誰も、その声を拾ってくれなかったが、それを気にも留めなかった。



その鏡に本を叩きつけて割ろう。

そう思ったが、俺の腕は意に反して、動こうとしなかった。


俺は、そんな腕にいら立った。そのせいで、姿見の鏡面を視界に入れてしまう。

さっさと壊さないから……と文句を脳裏に浮かべながらのぞいた鏡の中の人物は、上等な生地を使った衣装に身を包んだ、痩せて落ちくぼんだ眼を持つ男だ。明らかに服に着せられているのがあまりにもみじめだ。

ところどころ髪が抜けている。病的なまでに白い肌が、気持ち悪い。


だが、その時の俺の目は、俺の瞳と同じ色のブローチにとまった。


これは、けんか別れした友人が、誕生日プレゼントとして送ってくれたものだ。

性格の悪い俺と、最後まで付き合ってくれた友人。


その時、俺はお返しにこの街の景色を一望できる場所を教えてあげたんだっけ。

俺だけの秘密基地。いつも、気落ちしたときはそこから、一族が経営する会社がある街を一望できる、この場所に来ていた。俺がこの会社を支えていくぞ、とそう決意した、そんな場所。



俺は、そこに行くことにした。

理由はない。ただ、思い出しついでに行くだけだ。



到着したそこは、記憶の中の光景よりも、ずいぶんとすたれていた。


人は、記憶の中の思い出を美化する。


そんな言葉が頭に浮かんだ俺は、つい、友人は思った以上にいい人間ではなかったのかもな、と思ってしまう。


俺は崖になったところの端まで行き、そこから下に広がる景色を眺める。

そこに広がっているのは、当時よりもやはり、すたれたような光景だった。


別に、この街が衰退している、という訳ではない。

ただやはり、記憶を美化していたのだろう。今思えば、そこまで大したことなかった光景だった。



俺はそれにがっかりし、帰ろうとしたその時だった。

ザワザワ、と木々が揺れる音がする。


背後から感じる人の気配に、俺は振り返った。


そこにいたのは、けんか別れした元友人だった。

かなり気まずくなったが、それは向こうも同じらしく、微妙な顔をしている。



「痩せたな」

しばらくの沈黙で凍る俺たちが氷解するきっかけになったのは、元友人の言葉だった。俺が今まで聞いた中で一番心もとない声だ。



「そうだな」

俺は、それだけを返す。緊張でのどが渇く。声も震えているように感じた。



「何でここに?」

今度は、気まずさを紛らわせるように俺が聞き返す。元友人は、余計に決まりが悪い表情をした。



「なんとなく」

元友人は、奇遇にも俺と同じ理由でここにいた。俺は、元友人の言葉に目を丸くした。



「お前は?」

元友人は、俺の方を見ずに俺と同じ質問をした。もう聞かないでくれ、と言うかの如く、焦ったように彼は言葉を紡ぐ。



「俺も、なんとなく」

俺の答えに、元友人は目を見開いてこちらを見た。そんな反応に、俺は照れ臭くなったが、視線をずらすようなことはしなかった。


視線が交差する。

元友人も、なんとなく痩せているように感じる。それが、どこか痛々しかった。



「ここの景色、案外大したことなかったんだな」

俺は何を言えばいいかわからなくて、ついそんなことを口走っていた。


「そうか?俺は、これ以上ない最高の景色だと思う」

元友人はむっとしたようにそう言った。


「俺もここに来る前はそう思っていた。だが今は違う」

「は?俺は今でも最高だと思うぜ?現に、俺は毎日ここに来てる」

俺の言葉に、元友人は自慢するように返した。俺は、元友人の言葉に矛盾があることに気づいた。


「毎日?さっきはなんとなくって……」

浮かび上がった疑問をそのまま、元友人にぶつける。もしかして、という期待が沸き上がるが、俺はもう絶望したくないため、何とか抑えようとする。


「――ここに通っていれば、お前に会えると思ったんだよ!」

元友人は顔を赤らめて、やけくそのように叫んだ。


俺は驚いて元友人の顔をまじまじと見つめる。

元友人は、ばつの悪そうな顔で話を続けた。



「その……あの時は俺が悪かった。お前は突然、医者にガンだって言われて……余命まで……。大変だっただろうに……」

「いや、俺も悪かった。何も悪くないお前に当たるのは、違うよな」

「でも、一気に仕事以外全てなくなっただろ?誰だってああなる。俺は、お前がつらいときにそばにいてやれなかった……。親友なのに」

「……」

まさか、元友人が俺を親友と思っていたなんて。


俺はうれしくて、つい笑ってしまった。


「おい、何笑ってんだよ!こっちはな、真剣なんだよ!」

そう叫ぶ友人――親友が、とても滑稽に思えてしまう。


それと同時に、ガンが原因で俺の元から去ったやつらに抱えていた未練が、一気に吹っ切れた。

あんな冷たい人間、俺の方から捨ててやる。むしろ、離れてくれてよかったのだ。


「なんだか、どうでもよくなったな」

「死ぬなよ?」

俺が死ぬことを危惧したのか、親友は少し焦ったように言う。


「いや、そんなことはしない。最後まで生きてやる。貴族らしく、な」

そう言って俺は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


いつも冷たい微笑みしか浮かべていなかったので、親友は驚いた表情をしている。

だがすぐにニッと笑い、口を開いた。


「それでこそお前だ」

そう言って、親友は笑った。



俺たちはまた、崖の下に広がる景色をのぞいた。何も変わらない、あの会社がある街。

その時、色あせて見えていたその景色が、思い出よりもずっときれいに見えた。




最期の刻。

死がだんだん近づいているのが分かる。

会社は辞めた。予想以上に、部下たちに退社を惜しまれた。どうやら俺がいない間、とんでもない上司にあたったらしい。


やはり俺はいい上司だったのだ。内心自画自賛していると、親友は俺の頭を小突いた。


「モラハラ元上司がドヤるな」

そこで、笑いがドッと起きた。



「いい、人生だったな」

「だろう?この俺に感謝しろ」

親友は俺の真似をしていた。

だが、俺と違う点を挙げるとすれば、俺は泣かない。声もこんなに震えない。


骨と皮しかない俺の手を握りしめ、涙目で自信満々に話す親友は、つぎはぎだらけで滑稽だ。


「ああ、確かにな。――ありがとう」

俺は、素直に親友の言葉を認める。親友は、そんな俺に驚いていた。


「お前と親友になれたのが、一番の幸せだな」

その言葉を最期に俺は永遠の眠りについた。

親友の手の温もりを抱えながら……。

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