世界と退屈、同時に終わり
どうやら明日世界は終わるらしい。
らしい、というのは現状私にはその時が訪れるまで確かめるすべがないからだ。しかしどのテレビ局でもなにやら偉い肩書の持った専門家が確かにこの世界は巨大な隕石によって100%滅びると言っている。観測結果がどーのこーの軌道予測がどーのこーのAIがどーのこーの小難しい話をしていたがそんな細かい話はどうでもいい。だって退屈な世界が終わるのだから。
私がこの話を聞いた時まず思ったのは「ああ、こういうのってちゃんと公表するんだ」ということだった。こんなことを公表しても世界は混乱するだけなのは目に見えている。それでも公表するに至ったのは少しでも悔いのないよう最後のときを過ごしてほしい、そう思ったからだろうか。泣きながら話す総理を観てそう感じた。
よくある話のタネがある。宝くじが当たって億万長者になったら何をするか。無人島に何か一つだけ持ち込んでサバイバルするなら何を持ち込むか。
そして明日世界が終わるなら何をするか──
私たちは試されている。
この世界は退屈だ。毎日似たようなことの繰り返し。そんな日常を打破しようと敢えて変わったことをしてもそこは既に誰かが作り出したレールの上だったりする。しかし今日は世界存続最後の日。これ以上の非日常はない。私は期待に胸を膨らませ外に出た。
この世界は非日常を前にしても退屈だった。街で見た光景といえば強盗や殺人、放火や■■■。全てが予測の範囲内のことだった。テンプレ通りにしか動けない人間は世界の終焉を前にしてもテンプレ通りにしか動けないらしい。私はそんな光景を無視し、歩いた。目指すはあの丘の向こうだ。
交通機関は全て麻痺している。まあこれも予想通りだ。しばらく歩いていると嘆きの声が聞こえてきた。なにやらごちゃごちゃと言っていたが要約すると「何故自分が生きているときにこんなことが起きるのか」ということだった。世界が滅びるなら自分が生まれる前か死んだ後であってほしいということだろう。私はこれを聞いてなんてナンセンスな考えをするのだろうと思った。不運? いやこれ以上の幸運はない。よく考えてみてほしい。人間は世界の始まりを見ることは決して叶わないが終わりを見ることなら可能だったということだ。この世界はどんな素晴らしい終わり方をするのだろう。私は期待と共に歩いた。
少し喉が渇いたなと感じコンビニに寄った。店員はいない。床には商品と破壊されたガラスが散乱している。私はそれをお構いなしにジャリジャリと踏みつけ歩いた。水の入ったペットボトルを見つけるとそれを手に取り、無人のカウンターに財布ごと置いて支払いを済ませた。この行為に意味はない。
現在私が持っているのは空になったペットボトルとスマホだけだ。そのスマホで時刻を確認する。世界終焉の時まで一時間を切っていた。空はもう暗い。ふと皆の反応はどうなのかと思いSNSを開いた。しかし画面の中央にはグルグルと読み込み中のマークしか表示されない。私は不要になったスマホとペットボトルをその場で捨て、歩いた。
遂に辿り着いた目的地。ここはかつて私がよく来ていた星がよく見える草原だ。隕石により世界が終わるというのならこれ以上の特等席はないだろう。私はその場に寝転んだ。土の香り、草の香り、かつては新鮮に感じていたそれらも今では退屈なものになっている。しかしこれから誰も体験したことのないことが起きる。期待するなというほうが無茶だろう。
どれくらい経っただろうか。私は見慣れた星空を眺めていた。しかしそのときは唐突に訪れる。
瞬間白く光る空、瞬きをする間もなくあっさりと世界は滅びた。凝縮された時間の中で私は呟いた。
「しょーもな……」
退屈な自分は退屈だった世界と共に退屈な終わり方を迎えた──




