桜の約束
私の名前は紫微 綾。
教師になって3年目で初めて小学3年生の担任を任された。
毎朝、教室の窓から差し込む柔らかな陽光が、黒板に優しい影を落とすこの場所が、私の居場所だと思いたかったけど、こんな大変な職場だと思わなかった。だけど子どもたちの笑い声が、毎日のリズムと活力を与えてくれる。
3年生は比較的楽なんですよって先輩に聴いたことある。
1年生だと幼稚園の延長の子が多いし、5.6年生は部活や中学生に近くなるにつれ授業も難しくなりますし、その点3.4年生と言うのは担任としてやる文では比較的平和なんですだったかな?
なのによく、私は生徒に遊ばれているのか、紫微先生とは呼ばれない
綾先生とかひどい時はあやちゃんだ
先生を付けてってお願いしてるのに、なかなか聞いてくれない。
その中でも、特に一人の子が、よく私に話しかけてくる。
神代 くるみさんだった。
黒髪をポニーテールに結び、いつも少し大きめのランドセルを背負った。
授業中は真剣にノートを取るくせに、休み時間になると、まるで子犬のように私のそばに寄ってくる。
「先生、今日の朝ごはん何食べたの?」
「先生、昨日のテレビで見たんだけど、星って本当に落ちてくるのかな?」
「先生って恋人っているの?」
私そんな心配されるような眼で見られてたの
年齢=恋人なし継続中なんですけど
「神代さん、なぜ彼氏いないのって聞いてくるの?」
「クラスのみんな言ってるよ、綾ちゃん可愛いのに、男の匂いしないって」
ええい、最近の小学生はここまでませてるの?
なに男の匂いって、まったく、もう。
そんな心の声を学校内で言えないので黙っていた。
そんな他愛もない質問を、目を輝かせて投げかけてきていた。
最初はただの好奇心旺盛な生徒だと思っていた。
でも、最近何か変なんだよなぁ。
彼女の視線が、私の顔をじっと追うこと。私の手が黒板を叩く音に、ぱっと笑顔になること。
体育の時間も私の顔をよく見ているし、話しかけようとして、忙しいからと言って去ってったりしたこともあった、
嫌われたのかな?
教師とはそうかも、私もいい先生だと思ってたら、何かの拍子で嫌いになったこともあったから。
でも誤解があったらお話で解決できたらいいとも思ってる。
担任が生徒に嫌われてたら良くないしね。
そんなある放課後の事だった。
「綾せんせ、おひまですか?」
「暇ならいいんだけどね」
私は苦笑いをして神代さんに話しかけた。
「少し話さない」
急なお誘いだったので、少し驚いた。
でもこれは誤解を解くチャンスと思い私は了承した。
「神代さん、この教室で話す?何か心配事?」
「もし良かったら、あそこのベンチ迄行きませんか?」
この学校の校庭には素敵な花壇があり、憩いの場として少し古くはなってるけどベンチがあった。
まぁ教室だと緊張で相談しづらいかもしれないから「うん、いいよ」と返事をした。
私たちはたわいない話をしながら、校庭の古いベンチで、二人で座っていた。
夕陽がオレンジ色に空を染め、風が木々の葉を優しく揺らす。
小学生に言うべき台詞じゃないけど、神代さんごめんね。
先生で、このシチュエーションだったら、彼氏との学校デートに使えるんじゃないって思ったけど、小学3年生には早いかとも思った。
神代さんは、ベンチの端にちょこんと座り、足をぶらぶらさせながら、ぽつりと呟いた。
「あやちゃ…じゃなく先生…、私ね……先生のこと、すっごく好き。ずっと一緒にいたい。結婚してよ。」
行き成り告白しかも結婚ときましたか、
心臓が、どきりと鳴った。
うん、そりゃびっくりするし、まさかのプロポーズときたもんだ
彼女の小さな手が、私の袖をぎゅっと掴む。純粋な瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
気持ちはうれしいんだけどね
それ受けると、私は社会的に死ぬ。
結婚ってわかってるのかなぁ?
私は優しく、彼女の手を包み込んだ。
温かくて、柔らかくて、少し震えていた。
「神代さん、ありがとう。そんな風に思ってくれて、先生は嬉しいよ。でもね、結婚ってのは、大人になってからのお話だし、まだ早いと思うの」
私は拒否をするにも相手が納得して理解するように働きかけないといけない
ここ100%無理と断固遮断なんてしたら、この子の心に大きな傷がつく
私は言葉を選びながら伝えるようしていた。
「基本結婚は男女なんだけど、女の子同士でも、きっと素敵な形があるかもしれない。でも今は、神代さんは、まだ小学生だよ。先生は先生で、神代さんを守るのが仕事だよなの」
このセリフで納得できるかな
私恋人いない歴=年齢だから告白を振る経験ないからわからないんだよなぁ
「もし、神代さんが大人になったらね。約束だよ。」
子供が良く、お父さんに、お兄ちゃんに又は近所のお兄さんに将来はお嫁さんになると言い、その時のやり取りを思い出して言った言葉だった。
神代さんはベンチから少し身を乗り出して、不意打ちのように私の頰にちゅっと柔らかな感触を残した。
温かくて、ふわっとした子どものキス。彼女の頰は、真っ赤に染まり、目を輝かせながら後ずさる。
「約束のキスだよ、紫微先生! 絶対、忘れないでね!」
そう叫ぶと、神代さんは、ベンチから飛び降り、ランドセルを揺らして校庭を駆け抜けた。
小さな背中が、夕陽に溶けていく。
私は一瞬の出来事に呆然として、ただ見送ることしかできなかった。
頰に残る温もりが、胸をざわつかせ、思わず手を当ててしまう。
私のファーストキス、くちびるではないけど、まさか小学生にやられるとは思わなかった。
子どもの純粋な衝動はすごい。
それは優しい約束の花びらのような感じがした。
私にとってはいい思い出かも。
第二章 卒業の風
卒業式の日。体育館に並ぶ小さな背中たち。神代さんは、前列に座り、時折、私の方を振り返る。
5.6年生の時は、担任じゃなくても暇があれば私に会いに来てくれた。
一時先生方からも不審がられてたけど、3.4年時の担任でよく話をしていたからってごまかしてたっけ。
実際には神代さん以外も結構遊びに来てくれた生徒がいたから騒ぎにはならなかったけど、それもいい思い出になるんだろう。
先輩に言わせると、若い先生は、よくある傾向だから今のうちに楽しんでおけって言ってた、
その後に節度は守れよって。
流石に私も恋に飢えてるわけではないし、恋人っていう概念も良くわからないのだ
そんなふうに思いふけってたら、校長先生の長くありがたい話も終わりをつげてた。
式が終わると、彼女は駆け寄ってきて、卒業証書を抱きしめながら言った。
「先生、約束、忘れないでね。私、絶対来るから。」
私は頭を撫でて、笑った。
「卒業おめでとう神代さん。うん、忘れないよ。元気でね、ふぁいとだよ」
これから神代さんは、中学になり、高校になって、憧れとかではなく本当の恋を見つけ恋愛して、いい学生生活をこれからも送ってほしいと思った。
それきり、連絡は途絶えた。
それはそうだ、中学生が小学校に来る事はないしね。
教師の日常は、忙しい。新しいクラス、新しい顔ぶれ。
時々、校庭のベンチを見ると、あの夕陽の記憶がよみがえる。
良い思い出だったな、と。純粋で、多分小学校の同窓会があったとして、呼ばれた時の面白エピソードで彼女の恥ずかしい顔が見れる可能性があるぐらいだと思う。
第三章 桜吹雪の再会
そしてあれから何度目かの卒業と桜の季節になった。
年度末の慌ただしさがようやく落ち着き、私はいつものように学校の校庭を歩いていた。
卒業式を終えたばかりの空っぽの校庭。
校舎の裏手に広がる古い桜の木々が、満開の花びらを風に舞わせている。
ピンクの雪のように、地面を優しく覆う。
空は淡い青に染まり、春の息吹が、静かな校庭を満たしていた。
子どもたちの声はもうなく、ただ風の音と、花びらのささやきだけ。
こういう黄昏の感じも案外いいもんだよね。
ふと数年前の記憶をなぜか不意に思い出した瞬間後ろから、声がした。
「先生……あやちゃ・・・じゃなく紫微先生」
その声に、懐かしい言葉を聞いた。
あやちゃんって学校ではもう言われなくなった。
先輩の言うとおり、5年ぐら、教師をしていたら、言われなくなった。
その呼び声に驚いて、振り向いた。
校庭のフェンス越しに、門の外から。
「神代さん?」
大人になった神代さんは、黒髪は肩まで伸び、ポニーテールは解かれ、柔らかなウェーブがかかっている。
制服の代わりに、淡いピンクのワンピースを着て、風にスカートが揺れる。
頰は少し赤らみ、瞳はあの頃のままだ。いや、もっと深く、強い光を宿している。
彼女は門をくぐり、ゆっくりと校庭に入ってきた。
まるで、卒業した子が帰ってきたような、懐かしい足取りで。
私は、言葉が、喉に詰まった。
彼女は桜の木の下まで近づき、私の左手を取った。
素の指をじっと見つめて、安堵の息を吐く。校庭の砂利が、軽く音を立てる。
「よかった……まだ、誰かのものじゃないんだね。」
「久しぶりにあってそれですか?恋人なんてこの年になってもいませんよ。それより神代さんはいい人でもできた?」
私は彼女にそう言った。
神代さんは少しだけさみしそうな顔になって、そして顔を横に振って、じっと私の顔を見つめていた
「待たせたね、紫微先生。いや……綾さん」
彼女の声が、震えていた。桜の花びらが、二人の間に舞い落ちる。
風が、優しく髪を撫で、校庭のベンチを軽く揺らす。あのベンチが、遠くで静かに見守っているようだった。
「私、ずっとがんばったよ。あの約束を、忘れたことなんてないよ。大学を出て、仕事も始めた。今なら、ちゃんと伝えられる。綾さん、私の気持ちはあの時から変わらない。好きだよ。女同士でも、関係ない。世界が変わるまで待てない。一緒に、生きていきたい。結婚してください」
箱を差し出され、指輪が光る。私の視界が、なぜか、涙で滲んだ。
桜吹雪が、二人を包む。ピンクのヴェールのように、周りを柔らかく隔てて。
校庭の桜の木が、祝福するように、さらに花びらを散らす。
私は、震える手で箱を受け取った。リングを嵌める。
ぴったりと、まるで最初からそこにあったように。
「指のサイズ知らなかったけど、小学6年の時、文化祭の出し物でビーズでリング作ったの覚えてる?」
「そういえば、神代さんのクラスの出し物がそうだったよね」
この学校では、4年生から学園祭の出し物がクラス単位で出すことになっていた、
ちなみに1~3年生は劇とかだけど、幼稚園からのお遊戯会の延長なんだろう
「神代さん。えっとありがとう。私も多分待ってたのかもしれない。いい思い出だと思い込んでね。」
彼女は笑って、私を抱き寄せた。
桜の香りが、二人を満たす。風が、花びらをさらに舞い上げ、永遠の約束のように、空高く舞い上がる。
校庭の記憶が、優しく重なる。
小さな手から、大人の手へ。女同士の、桜色の恋。ようやく、開花した。




