09 オンボロの拠点
フェリシアと別れ、俺は一人で街に戻ってきた。
森で食らった傷は、じわじわと時間経過で回復し、もうほとんど残っていない。
体感は痛みが尾を引いてるけど、ステータスはこうだ。
ハンペラード Lv1 HP 30/30
(……いや、ほんと助かるんだけどな。治る過程がリアルすぎんだよ。かさぶたできて痒くなって、そのうちポロッと剥がれる未来まで想像しちまうんだが? こういう部分はもっとゲームっぽくしてくれよ……)
ともあれ、まずは拠点だ。
このまま街をうろつくのも心細い。泊まれる場所を探そう。
⸻
で、見つけたのが――
(……いやいやいや。これ本当に宿屋?)
外観はオンボロのトタン壁。赤茶けたサビが所々に浮き出ていて、叩けば今にも穴が空きそうだ。
ギギィ、と音を立てて扉を開くと、埃っぽい空気と一緒に「いらっしゃい」とやる気のない声。
カウンターには眠たげな主人が座っていた。
「一泊、100ギルです」
(100ギル……!? 安いっちゃ安いけど、俺の所持金は300ギルだぞ。三泊したら終わりじゃねーか……!)
財布の軽さに頭を抱えながら、料金を払って部屋に案内される。
⸻
ギシ、ギシ……。
廊下の床は歩くたびに悲鳴を上げる。壁には見覚えのないシミ。湿気が鼻をつく。
案内された部屋を覗いた瞬間――
(せっま!!)
三畳程度の空間。窓はガタつき、壁は煤けて黒ずんでいる。
布団が一組だけ敷かれていた。
だがその布団に顔を近づけた瞬間――
(うわっ……体育館のマットの匂いだ!!)
汗と消毒液とカビが合体した、あの独特の臭いが全力で鼻孔を直撃する。
懐かしいような、いや一秒で帰りたくなるような匂いだ。
「……これで寝ろって? マジかよ。俺の異世界ライフ、どこで道間違った?」
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布団に倒れ込み、ステータスを開いて所持品を確認する。
所持金:200ギル(宿泊料100ギル引かれた)
アイテム:ウサギの爪×1
「……あの死闘の成果がこれかよ」
試しに宿屋の主人に爪を売ってみた。
コトリ、と置かれた硬貨は――
1ギル
「……はぁぁ!? 1ギル!? あんな痛い思いして、たったの1ギル!?」
(これ、金策どうすんだよ……。角ウサギ狩り続けても、俺が先に病院送り……いやここじゃ墓送りだぞ!?)
⸻
せめて今日は寝て、明日考えよう。
そう思ってメニューを開いた時だった。
――ん?
「……あれ? ログアウト……ボタンは?」
いつも右下に出ていたはずの表示が、どこにもない。
設定を開き、メニューを切り替え、スクロールしても……ない。
「……う、嘘だろ……?」
背筋に冷たい汗が流れた。
ゲームだから大丈夫。いざとなったらログアウトできる――そう思っていた。
その“逃げ道”が、忽然と消えている。
(……マジかよ。ログアウト……できねぇのか?)
体育マット臭の布団に横たわりながら、俺は目を見開いて天井を見つめ続けた。