08 これがダメージ5!?
……やっぱり来た。
ターゲットマークは、気持ちいいほど迷いなく俺に固定された。
(終わった。俺だ。俺の番だ。絶対痛いやつだ)
角ウサギがぴょん、ぴょんと近づき――腹めがけて飛ぶ。
額の角が、一直線にこっちへ。
【角アタック】
「ぐぼっ!!」
鈍い衝撃。次の瞬間、焼け付く痛みが腹の奥へ突き刺さる。
体がくの字に折れて、後ろへすっ転ぶ。視界が二重にぶれて、息が吸えない。
マントの裾が裂け、下のペヤングTシャツまで赤く染まった。
(やめろ返却品! “初心者支援マント”に血飛ばして返却ペナルティとかあんの!?)
【ダメージ 5】
冷酷な数字が浮かぶ。
ハンペラード Lv1
HP 25/30
「これが……“5”かよ。いってぇよ!!」
肋骨の奥で心臓がドクドク暴れてる。呼吸すると刺さる。
――いや、落ち着け俺。フェリシアの前だ。格好つけろ。
俺は無理やり立ち上がり、腹を押さえながら胸を張ってみせる。
「だ、だいじょ……ぶ。これくらい、あの……かすり傷……ぐふっ」
声の最後が裏返った。完全にバレる痛み声。
フェリシアが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、ハンペラードさん!」
「だ、だい……だいじょうぶ。俺が前に出る。フェリシアは俺の後ろに……来なくていい、来なくて――ちょ、待って、今近づくと息が……ぐぅ……」
格好つけの台詞、三語で崩壊。
フェリシアは眉を下げて、だけど笑わない。心配だけが顔にある。
「無理はしないで。次は私のターンです」
ターン。そう、ターン制。俺の手番は終わり。
フェリシアが一歩、前へ。短剣を逆手に取る動きが、絵みたいに滑らかだ。
角ウサギがぴょん、と身構えた瞬間――
風が切れた。
金属の線が一度だけ光って、音が遅れて耳に届く。
【ダメージ 14】
【角ウサギを倒した】
【経験値 +4】
【ドロップ:ウサギの爪】
……一撃。
角ウサギは鳴き声も出せず、その場で淡くほどけるように消えた。
俺は腹を押さえたまま、口をぱくぱくさせるしかない。
「つ、つぇぇぇぇぇぇ……フェリシアつぇぇぇぇえ!!」
フェリシアは短剣をひと振りして血を払い、すぐさまこちらへ戻る。
足取りに無駄がない。息も乱れていない。
対して俺は――膝ガクガク、呼吸ヒューヒュー、マント穴あき。
(何この差。俺、さっき“俺の後ろに”とか言ってたよな? 中身ペヤングでグズグズのくせに?)
「さっきの蹴り、ちゃんと効いてましたよ。私の一撃、通りやすくなりました」
「え……あ、ああ、もちろん。計算、してた。フェ、フェリシアのために……下ごしらえを、ね」
下ごしらえって何だ。角ウサギは料理じゃない。
フェリシアはふっと目を細めて、けれど優しく頷く。
「助かりました。ありがとうございます」
(ああもうこの子、いい子の化身……! 俺の情けなさが余計に映えるんだが!?)
ステータスを確認する。
HP 25/30。数字は持ち直して見えるけど、体感は余裕で瀕死だ。
腹の傷はじわじわ血が滲み、痛みは呼吸に合わせて波のように寄せてくる。
「回復、使いますか?」
フェリシアがポーチを探る仕草をする。俺は慌てて手を振った。
「い、今はいい。男ってのはな、こういうのは――時間で治す。自然治癒で。だいじょ……ぶ……ッ!」
自然治癒に頼る発言の直後、痛みのカウンターを喰らって前屈み。
フェリシアが小さく笑って、それでも無理に渡してはこない。俺の見栄を壊さない距離感。
(ありがたい……ありがたいが……このままだと俺、完全にお荷物じゃん!)
視界の端では、ログが淡々と流れ続けていた。
経験値 +4。ドロップ:ウサギの爪。
数字は静かに積もっていく。俺のプライドだけが削れていく。
マントの裂け目から、白いTシャツのロゴが覗く。
ペヤングソースやきそば。血でちょっと滲んで、余計にみっともない。
(なぁ俺。格好つけたいなら、まず“格好”から何とかしろ。いや中身だ。中身をどうにかしろ。……どうにかできるのか、俺?)
腹の奥が疼く。恐怖と情けなさが、同じ場所で混ざっている。
それでも、フェリシアは変わらない調子で言った。
「次の小群れまでで一度引き返しましょう。街で包帯と、もう少し厚手のマントを借りて――装備も、ゆっくり整えればいい」
俺は一拍おいて、うなずく。
「……そうだな。ゆっくり、整える。……あとで、ちゃんと強くなる」
口に出した瞬間、痛みとは別の熱が、ほんの少しだけ腹の底に灯った。
(今はお荷物でも――ここでずっと“お荷物のまま”って決めつけるのは、やめてみるか)
そして心の中でだけ、もう一度叫んでおく。
「でもやっぱりこれで“5”は痛すぎるだろ!!」