05 フェリシア
ペヤングTシャツ姿の俺を見て、彼女はやわらかく笑った。けしてバカにするでもなく、ただ「大丈夫ですよ」とでも言うような笑顔だった。
「じゃあ、一緒に行きましょうか。マント貸出所はすぐそこです」
青いシュシュを揺らしながら、彼女はすいすいと歩き出す。俺は少し距離を置いて、後ろからついていった。
(あのな……こういう時に堂々と横に並んで歩ける奴が、リア充ってやつなんだよな。俺は……一歩下がって見守るだけのエキストラだ)
だけど、彼女は時折振り返って、「こっちですよ」とか「段差ありますから気を付けて」とか、当たり前のように声をかけてくれる。
NPCかプレイヤーかは分からない。けど、その気遣いは本物だった。
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レンタル所は、街の大通りから少し外れた場所にあった。木製の看板には「初心者支援マント貸出所」と書かれている。
受付のおじさんに声をかけると、分厚い布の外套を貸してもらえた。
「おー……これだよこれ」
羽織ってみると、あの羞恥心MAXのペヤングTシャツは、ほとんど隠れてしまう。
これで街中を歩いても、奇異の目で見られることはないだろう。
「似合ってますよ、お兄さん」
シュシュの彼女がにっこり笑う。
(似合ってるわけねーだろ! 中身ペヤングだぞ! いやでも、この笑顔の前じゃ“似合ってない”なんて言えねぇ……!)
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「そういえば、名前はなんて言うんですか?」
と彼女。
しまった……聞かれるとは思わなかった。だが、嘘はつけない。
「……ハンぺラードだ」
「ハンぺラード……」
彼女は一度繰り返してから、少し口元を押さえて笑った。
「なんだか……強そうなお名前ですね」
(おい! 強そう“なだけ”って聞こえたぞ!?)
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「私はフェリシアです。よろしくお願いしますね」
青い瞳がきらりと光る。フェリシア――いい名前だ。
NPCにしては妙に自然すぎる、プレイヤーだとしても気品すら感じる。
「これから街外れの森へ狩りに行くんです。一緒にどうですか?」
心臓がドクンと鳴った。
可愛い女の子から「一緒に」なんて言われたの、何年ぶりだ?いや、下手したら人生初かもしれない。
(行きたい……そりゃ行きたいよ。行って、横で格好付けたいに決まってるだろ! でもな……俺はレベル1。HP30しかないおっさんだ。ファイア一発で半分持ってかれる紙装甲だぞ!? そんな俺が、狩りだぁ? 笑わせんなよ……)
口を開きかけては閉じる。
「すまん、俺はまだ準備が……」とか言おうとした。
けど、そこで思った。
(いや待て。ここで立ち止まってどうする? このまま街の隅で縮こまって、ペヤングTシャツにマント羽織っただけで、何が変わる?)
現実の俺は、誰に頼られることもなく、気付けば歳だけ取っていた。
でも今は違う。ここでは、俺を“お兄さん”と呼んでくれる人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。
「……わかった。行こう」
口から出た声は、自分でも驚くほどはっきりしていた。
フェリシアはぱっと笑顔を咲かせる。
「よかった! じゃあ、出発ですね!」
青いシュシュが、楽しそうに跳ねた。
俺はその後ろ姿を見つめながら、心の中でつぶやく。
(よし……どうせ恥をかくにしても、ただ立ち止まるよりマシだ。俺は行くぞ。ペヤングTシャツの勇者としてな!)