03 遂にイベントが!?
気がつけば、ログインしてからもうそろそろ五時間が経つ。
その間に俺がやったことといえば――街を歩き回り、ベンチに腰掛け、ため息をつくだけ。戦闘もなければ、クエストも受けてない。俺の冒険、いまだゼロ進行である。
(……はぁ。俺は、ほんとどこにいても変わんねぇな)
昔からそうだった。
中学の頃、みんなが部活や恋愛に夢中になってる時も、俺は教室の隅で攻略本を読みふけっていた。
誰かに話しかけられることもなく、ただ「俺はそういうの向いてない」って言い訳して。
ゲームなら違う自分になれると思っていたのに――アバターを適当に作ったせいで、結局は“はんぺん”顔。
どこまでもパッとしない。
見渡せば、立派な石造りの街並み。活気ある広場には冒険者たちが武器を掲げ、笑い声が響いていた。
その輪の中に、布きれ一枚のおっさんが混ざれるはずもなく――俺はベンチで項垂れる。
⸻
そんな時だった。
ぱたぱたと駆けてくる軽やかな足音。顔を上げると、可愛らしい少女が笑顔でこちらに手を振っていた。
(……きたか!? やっと俺にもイベントが……!)
胸が高鳴る。背筋が伸びる。
だが次の瞬間、少女は俺の横をすり抜け、背後のイケメンプレイヤーに抱きついた。
「おっそーい!」
「悪い悪い、クエスト受注に手間取っちゃってさ」
二人は笑い合いながら去っていった。
「…………」
(……いや、俺じゃないのかよ)
⸻
数分後。
また同じことが起きた。
青い髪の少女が遠くから手を振りながら駆け寄ってきて――俺ではなく、別の若者に一直線。
さらにそのまた数分後。
三度も空振りすれば、期待も擦り切れる。
「……どうでもいいわ……」
ベンチに寝転がり、石畳の空をぼんやり眺める。
雲が流れ、鳥が鳴き、人々の声が交差する。
俺の心に残るのはただひとつ――
(……結局、現実と同じじゃねぇか。俺に手を振ってくれる女の子なんて、いた試しがねぇ)
⸻
ふと、目に入ったのは街を歩くプレイヤーの群れ。
その中に――明らかに浮いた格好のやつがいた。
Tシャツにジーンズ、スニーカー。まるでコンビニ帰りの大学生だ。
(あれ? 服、買えるのか……?)
俺は慌ててメニューを開く。
所持金:300ギル
(……300。いや、価値がわからん……)
とりあえず服屋を探してみる。
店のショーウィンドウには、現代風のTシャツが並んでいた。
値札には――
600ギル
(……倍じゃん。無理ゲーかよ)
ガラス越しにじっとTシャツを見つめる俺。
布きれ一枚でうろつくおっさんが、Tシャツ一枚に憧れる。なんて虚しい光景だ。
(……まぁ、スーツだって似合わないって昔言われたしな。
ゲームの中でも結局これかよ。俺の人生って……)
⸻
「お兄さん? 服を探してるんですか?」
背後から、柔らかな女性の声が響いた。
振り返ると、長い栗色の髪を後ろで結んだ女性が、にこやかにこちらを見ていた。
プレイヤーか、NPCか――まだわからない。
ただ、俺の心臓はドクンと跳ねた。
(……な、なんだこれ。やっと俺にもイベント来たのか……?)