10 ログアウト不可!?
翌朝。
宿屋の体育マット臭にまみれながらも、なんとか眠った俺はギルドへ向かった。
正直、まだ胸の奥は重い。
――ログアウトが、できない。
昨夜は「俺だけのバグかも」と思ったが、ギルドに足を踏み入れた瞬間、その淡い期待は消えた。
「ログアウトできないってマジか!?」
「俺もだ! メニューにない!」
「ちょっと! これって冗談でしょ!? 仕事どうすんのよ!」
ギルドの中はざわめきの渦だった。
酒場スペースも、依頼掲示板の前も、冒険者たちが一斉に騒いでいる。
ログアウト不可は、どうやら全体的に発生しているらしい。
(……やっぱりか。俺だけじゃなかったんだな)
少し安堵する一方で、背筋を冷たいものが走る。
ここにいる全員が“帰れない”。つまり――これはもう、ただのゲームじゃない。
⸻
その喧騒の中で、特にうるさく目立つ二人組がいた。
「いやだぁぁ! どうすんのよこれ! 私まだ序盤なんですけど!? 死んだら終わりとか聞いてないんですけど!?」
テーブルに突っ伏してジタバタしているのは、ポニーテールを大きく揺らした女の子。
勝ち気そうな目つきに、元気すぎる声。髪留めに鮮やかな赤いリボンを使っていて、どこか子供っぽさもある。
名前はTamako、と周りが呼んでいるのが聞こえた。
「落ち着けってTamako! こういう時は体を動かせばなんとかなるって!」
その隣で豪快に笑っているのは、背の高い筋肉質の男。
茶色の髪を短く刈り上げ、鎧は初心者用でやたらピカピカに磨かれている。
顔立ちは整ってるのに、笑顔があまりに天然で間抜けに見えるタイプだ。
こっちがダイアン。どうやらTamakoの幼馴染らしい。
二人はギルドの隅で騒ぎ続けていて、周囲の空気をさらに混乱させていた。
(……なるほど。こういうタイプね。お転婆で騒がしい女と、能天気な脳筋男のコンビ。正直……関わりたくない)
⸻
そんな喧噪の中、ギルドの奥から鐘の音が響いた。
場の空気が一瞬だけ引き締まり、職員が新しい紙を掲示板に貼り出す。
【緊急クエスト】
――森にて“特定の石”を採取せよ。
報酬:300ギル
「……300ギル!?」
俺は思わず声を漏らした。
宿屋三泊分、いや、当面の資金難を一気に解決できる額だ。
昨日売った“ウサギの爪=1ギル”の衝撃を思い出すと、300ギルは破格すぎる。
(よし……これだ。ここで金を稼いで、装備を整える!)
俺は掲示板に近づき、紙に手を伸ばそうとした。
だが――
「ちょっと待ったーーっ!!」
背後からドン、と肩を叩かれた。
振り返れば、ポニーテールのTamakoと、脳筋笑顔のダイアンが仁王立ちしていた。
「そのクエスト、私たちも行くんだから! 勝手に受けようとしないでよね!」
「なぁなぁ! 石拾うだけなんだろ? だったら俺ら初心者でも余裕だって! 一緒に行こうぜ!」
ギルドの喧騒の中、二人の声はひときわデカい。
俺は思わず掲示板と二人を交互に見て、心の中で叫ぶ。
(……頼むから静かにしてくれぇぇぇぇ!!!)