知る
「はっ...はっ...はっ...!」
まずい!約束の時間に間に合わない!
「はっ...はっ...はっ...くっ!」
昨日、スバルくんの家に行きたいって言った本人が遅刻なんて、悪い印象持たれちゃう!
学校からただ真っ直ぐ走るだけだ!走るだけなんだ!
ただ2kmを残り10分で完走するだけなんだ!
「む、無理かも...」
そして...
ピーンポーン
「はーい。おう!神美か!」
「はぁ...はぁ...お、遅れて...すみません...」
無理だった。
「お、おい、大丈夫か?顔青いぞ...?」
「はぁ...けほっ...ご、ごめん...」
「とりあえず上がってくれ。」
うぅ...こんな状態で上がりたくなかった...
「すごい...ひ、広い...!」
スバルくんの家は一軒家で二階建てだ。
そしてこのリビング...20畳ぐらいある...!
「好きなところで座って休憩してくれ。」
「う、うん!わかった。」
ボクは言われた通りに、目に付いたソファへ座る。
壁の白さを見るとそんなに古くないみたいだ。
「なあ、神美。水か麦茶どっちがいい?」
「水でいいよ!」
「了解。」
ジョロジョロと水を注ぐ音がリビングに鳴り響く。
き、気まずい...話す話題がない...
「ほい。」
「あ、ありがとう!」
冷えてる水を受け取る。
男女同士ってどうゆう話題で話すのだろうか?
だ、ダメだ、そばで水を飲んでるスバルくんを見られない。目と目を合わせられない...!
「神美。」
「はいっ!」
返事をしてスバルくんの方へ振り向くと...
「ジャーン!ト〜ラ〜ン〜プ〜!」
某次元のポケットで出したような声で喋るスバルくんに、少し唖然としてしまう。
「このままじゃ、空気冷えすぎて凍死するだろ?そんな時こそ、このトランプさ!」
「ま、まあ確かに...?」
「なあ、何やる?大富豪?神経衰弱?ババ抜き?」
子供のようにウキウキしながらスバルくんは隣に座る。
「ごめん、全部分からない...」
「じゃあ、ルールを説明するよ。」
そうやってスバルくんは丁寧に、ボクが聞いた中で、世界一分かりやすい説明をしてくれた。
「へぇ〜!全部面白そう!」
「じゃあどうする?」
「うーんと...」
「そうだな、神美は神経衰弱が得意そうだな...やってみるか?」
「うん!」
こうして第1戦が始まった。
カードをめくって数字を揃える。揃わなかったら、動かさず元に戻す。それを交互にやる。
「ぜ、全然揃わねぇ...」
ありゃ。スバルくんって、運悪いのかな?
次はボクの番だ。
「あ。揃った。」
揃ったら連続で行動。
「3はここで、12は確かここで...」
スバルくんが、めくってくれたカードを引き続ける。
「......」
「いえーい!42枚!」
なんか運、良かったみたい!
「えぇい!もう1回だっ!」
2回戦、3回戦も、4回戦も、結果は同じだった。
気づいたらスバルくんの目に光はなかった。
「えーっと...スバルくんの家の中見回ってもいい?」
「...いいぜ......」
「なんか、ごめん...」
「.....」
な、なんかスバルくんが真っ白に見える...
「つ、次は知世ちゃん誘ってみようよ!」
「......くっ!ち、ちくしょう!次は、知世もつれてボコボコにしてやるからなぁ!おぼえておけよぉ!」
「ふふっ。覚えとくね!」
元気を取り戻してくれたみたいだ!
「ほら、見て回るんだろ?でも面白いもんなんか何もないぞ?」
「ねぇ、思ったんだけどさ...」
「ん?どした?」
「そろそろ苗字呼びじゃなくてもいいでしょ?」
「...ああ、確かにな。」
「あれー?これって不公平だったりー?」
「へいへいわかったわかった!よろしくな卯月!」
「ふふっ!」
ボクのわがままを聞いてくれたスバルくんは、見せてくれる範囲で、リビングを案内してくれた。
確かに面白いものはなかったのでスバルくんの説明もすぐ終わってしまった。
あったとすれば本物そっくりのモデルガンくらい?
そしてスバルくんはあるものを最後に見せてくれた。
「これって...仏壇?」
「ああ、そうだ。」
その仏壇には、黒色の髪で長髪の、濃い茶色の瞳をしている綺麗な女性が写っていた。
「死んでんだ...俺ん家の母さん。」
「あ.....」
「あーっと、同情は勘弁してくれよ?」
「...え?」
スバルくんは仏壇の前に座り込む。
「母さんが死んでから色々あったけど、そのおかげで今の俺がいるんだ。同情なんて、それを否定しているようで俺はどうも好きにはなれねぇ。」
ボクは勘違いしてた。
スバルくんは、もっと強いんだ。
スバルくんには、自分の芯がある。ボクが思っていたよりもっと堅い芯が、もっと強い芯が...
「よしっ!」
スバルくんは、自分の頬を叩き、立ち上がった。
「わりぃ、最後に暗くなっちまったが、この話は終わりだ!これで俺の事知れただろ?ほんじゃあ、トランプの続きでもやるか!」
「...うん!」
その後の時間は、トランプで過ごした。
神経衰弱は全勝だったけど、それ以外は、そうはいかず、大富豪は2対3で、ババ抜きは1対2で、負けてしまった。
外を見ると、空は赤くなっていた。
「...ボクそろそろ行くね?」
「おう、またな!」
「...ふふっ、またね!」
そうやってボクは、スバルくんの家から出ていく。
「あれぇ?」
「っ!」
聞き覚えのある声がした。それは身の毛がよだつような、冷たくて耳障りな声。偉自子だ。
「うずちゃ〜ん?なにしてるのぉ?てか、そこ誰の家?」
偉自子はニヤける。まだ誰の家か分からないみたいだ。
バレてはいけない。バレたらスバルくんの家に偉自子達が...
「俺の家だ。」
「っ!スバルくん!?」
「へぇ?」
ダメだよ...!出てきちゃダメだよ...!
「さっき卯月に言語文化教えて貰ってたんだよ。 」
スバルくんがボクを見る。会わせろってとこだろう。
「...そうだよ。もういいでしょ?早く行きなよ。」
ボクは偉自子を睨む。
「もぉー、2人とも、落ち着きなよぉー。そんなに怒っちゃってぇ?」
スバルくんがボクの前に立つ。
「早く失せろ。」
「は?」
「聞こえなかったか?『失せろ』って言ったんだ。ほら、さっさと行けよ。」
「チッ」
偉自子は舌打ちをした後、早歩きで去っていった。
ボクはスバルくんの背中しか見えなかったが、偉自子の青ざめる顔を見るに、すごく怖い顔をしていたのだろう。
「スバルくん...?」
「うしっ!行ったな!」
そう言って、スバルくんは振り向き、笑った。
「スバルくん、ごめん、ありがとう。...でも、どうして?どうして出てきたの?」
「ん?どうして出てきたって?」
「わかってて、出てきたんでしょ?偉自子にバレたんだよ?」
「それが?なんだ?『バレたってことは、私生活までにもアイツらは突っかかってくる』ってことを言いたいのか?」
「...うん......」
「...そうか。卯月から見て俺は弱いのか?」
「ちがう!強い、強いよ...強いからここまでしてくれる。自分が傷つこうとも...」
「おいおい、誰が『傷つく』って?俺は傷つく気は無いぜ。」
「え?」
「だって今傷ついたら、卯月はその倍傷つくだろ?お前は優しすぎるんだよ。そんな優しいお前を傷つかせたくない。これは、知世も同じ気持ちなはずだ。」
「......」
「卯月?」
「......ごめん、ありがと。じゃ、じゃあね!」
「えっ?俺なんかマズイこと言ったか!?」
「ううん、全然!バイバイ!」
ボクは家に向かって走る。
スバルくんと知世ちゃんは、いつも助けてくれる。
2人とも優しくて強い。
もし、もしこの2人がこの件を解決してくれたら...
イジメっ子達をやっつけてくれたなら...
多分2人はあの人に会う.....
そして2人はまたボクを助けるために動くんだ。
ダメだ、あの人に会うのはダメなんだ。あの人は住んでいる世界が違う。
どうしよう......。どうすればいいんだろう......。
どうやったら.........
プルルルルル
「もし…し。どう…た偉自子。」
「うわっ、悪山、アナタ今どこに居るの?電波悪いわよ?」
「あ?今、……のとこ…だ。」
「なんて?はぁ、まあいいわ。ねぇ、とってもいいお話があるんだけど。」
「『い…お話』だぁ?」
「ええ、アナタが1番危険視してる羽田に関してよ。」
「ほう?それはいい話…な。」
「ねぇ、その前に聞かせて。羽田ってそんなにヤバいやつなの?アナタならすぐやれるでしょ?なんで危険視してるのよ。」
「前…、アイツの蹴り…受けた時、感…た。アイツは何かやって…ってな。」
「へぇ?格闘技でもやってるの?」
「そ…は知らん。で?話ってな…だ?」
「羽田の住所を特定した。しかも、うずきも知ってるみたいだったわ。」
「へぇ?確か…、い…話だな。後で奴ら…情報共有だ。」
「ヒヒッ。じゃあどぉするの?早速なんかやっちゃう?」
「いや…れは後だ。今は………せ…。」
「え?なんて?」
「……!悪いが、も…話は終わ…だ。」
「はぁ?まあいいわそれじゃ。」
プツ
「はぁ、悪山ったら、一体どこにいるのよ?」
そのまま彼女は暗い道を歩く。
物陰に、あの少女が見ているとも知らずに.....
「.........羽田君」