限界
アタシは卯月に手を差し伸べる。
「ほら!逃げるよ!」
卯月がそっと手を伸ばそうとする。
「おい。」
─ドグッ!
「がぁっ!」
「ウズキ!」
クソゴリラが卯月のお腹にパンチを放った。
とても深く打ち込まれ卯月の口から血が飛んでしまうほどに…
その勢いで卯月は2mほど吹き飛ばされてしまう。
─ダッ ザザザザザ
「あぁ……う…」
砂埃により卯月の姿が見えなくなってしまう。
「ああっ卯月!…くっ、悪山ぁ!!」
悪山が居た方へ振り向くが…いない。
─ビシッ!
突然背中から重い衝撃が加わり、コンクリートの壁へ吹き飛ばされその場で横たわる。
「いった!」
立とうとしても背中に力が入らない。
さっきの感覚…きっと蹴られたんだろう…
悪山へ小言を言おうとするが、すかさずアタシに蹴りを入れてくる。
「クソが!このアマが!くたばりやがれ!このッ!」
何回も。何回も。何回も。
アタシは必死に腕でガードをする。
疲れたのか、満足したのかは知らないが、悪山はアタシを蹴るのをやめた。
「クソが!」
言い放った後、伸びてる偉自子の元へ向かっていく。
それを横目にカメラ女はアタシのことを撮り続けていた。度胸があるのか、バカなのか。
「ねぇ。カメラ女。それってさイジメの証拠映像だよね?その動画誰かに送るの?」
アタシは壁を伝って動きながらカメラ女に話しかける。アタシの推測があっているなら、あいつらはカメラ女のことを…
「わ、私に言ってるの?わ、私は頼まれただけで…」
頼まれたからなんなの?関係ないってことなの?知らないってことなの?
「ねぇ。どうして?どうして撮ってんの?金でも貰えるの?それともグループの輪に入れてると思ってるの?」
「そ、そんなの…」
カメラ女は動揺してる。そのまま立て続けに…
「ねぇ。まだ引き返せるよ?悪いこと聞くけどお前、本当にあのグループと本当に友達なの?だって明らかにノリが違うんだもん。考えたことない?アイツらがアタシたちに飽きて、そのお仕事も必要なくなったらさ、お前はどんな扱いされると思う?このままお友達になると思う?もしかしたら…」
「う、うるさぃ!」
カメラ女はヒステリックに叫ぶ。でもアイツらはこっちを向かない。やっぱりそういうことなのだろう。
でもそのおかげで準備は出来た。そろそろ……
「ハッ!私は…?そうだ!嘘之のヤツに!」
偉自子と悪山がギロッとアタシを睨みつけ、無言でこちらに近づいてくる。偉自子は拳を握りしめ下唇を血がにじむほどかんでいる。
「このっ!」
─バシッ!
偉自子はヒステリックな声を上げて、アタシの顔面にパンチを放った。それにより変形したメガネが飛んでいく。飛んでいった先には卯月が倒れているのが見えた。
ハハ、やり返されちゃった。
でも、耐えなきゃ。
このパンチが合図になったのか、悪山と偉自子はアタシに蹴ったり殴ったりしてくる。袋叩きだ。ゾンビ女はそんな状況を見て笑っている。子デブとヒョロガリは伸びたまま。カメラ女は怒った表情でこちらを撮る。
ひどい痛みの嵐なのに、頭がやけに透き通っているような感覚だ。少しだけ周りが見える気がする。
「嘘之!ヒヒッ昨日の仕返しよ!私たちがなんだって〜?下を見ないだぁ?ほらぁ私たちはお前の忠告通り下を見てるよぉ?ほらぁ!」
さらに攻撃が激しくなる。夢中になっている今ならいけるはずだ…
「そう…だね…じゃあ……次は、上を見やがれダチョウ共ッ!!」
バカ真面目に上を見るダチョウ共の目を盗み、握っていたロープを離す。
そう、奴らと接触する前とカメラ女と話している間に、アタシ特製の小道具で橋の裏に仕掛けておいた大きな石たちを奴らの頭上へ無差別に落とす。
「チッ!」
「きゃあああああ!」
上にぶら下がっている沢山の石が雨のように降ってくる。もちろんアタシも例外ではない。
「いっつ!」
ああ、道具と時間さえあればもうアタシにも当たらない少し上質な物作れたのに…
でも、アイツらは阿鼻叫喚の嵐。ハハ、いい気味だ。
全て落とし終えた結果、沢山当たったのは偉自子のようだっだ。頭に血を流しながら伸びている。
「ねぇ!悪ちゃん!偉自子とぽっちゃん、せっちゃん連れてもう帰ろうよぉ!頭いたぃ〜!」
ゾンビ女が悪山に頼み込む。
「ハァ…チッ。」
悪山は不満そうだがそうすることにしたらしい。
悪山は最後にアタシを見る。
「おい。お前何握ってんだ?まだなにか企んでるのか?」
「っ…」
左手に握っているロープに気づかれてしまう。
ああそうだよ。お前があと一歩近づけば…最後に仕掛けておいた、そこら辺に落ちてたレンガがお前の頭上に落ちてくるんだよ。
悪山が一歩…また一歩と近づいてくる……もう少し…もう少しで……
…今だ!
「あ、悪山!うぅ、うえぇ!」
「!?」
─トタン!
レンガが地面に落ち粉々に割れてしまう。
…避けられた。
…カメラ女、お前はその道を選ぶんだな。あーあ、まだ引き返せたのに。ハハ、卯月みたいに人助けしてみようにもやっぱりうまくいかないな。
「このクソアマァ!」
悪山は声を荒らげ、アタシの頭に鉄槌を下した。
意識が飛びそうな中、悪山はアタシの左手を掴み薬指と小指を
─パキ
「うぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
ドクドクと脈打って指に激痛が走る。
朦朧としていた意識が痛みによってハッキリと目覚めてしまう。目覚めさせられてしまう。
ああ、痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
冷や汗が止まらない。鼓動が速い。
「うぅ…う…はぁ…はぁ…へへ…初めて…指…おられちったな……へへっ……くっ……ハハ…」
…虚勢を張る。不敵な笑みを浮かべてみせる。
「死に損ないが。これからは、神美だけじゃなくお前も標的にしてやる。あいつはお前が巻き込まれるのを嫌っていたからなぁ?ハハハハハハ!」
そう高笑いをして悪山達は伸びたままの奴らを連れてここから去っていった。
アタシは奴らが見えなくなる最後まで、笑みを浮かべてみせた。
もう、体はボロボロだ。ああ、疲れた。卯月は大丈夫かな?
ちゃんと知世だと分かってもらうため、痛みに耐えながら、近くに飛ばされたメガネに手を伸ばし、体の震えを抑えながらかけ直す。
アタシは殴り飛ばされた卯月の姿を見る。特に目立った外傷はない。気を失ってからは何もされていないようだった。
よかった…本当に……
「ウ…ズキ…いっ…はぁ…はぁ…」
体を動かすと、所々に激痛が走る。でも…
「はぁ…はぁ…ウズキ…起きて…!」
這いつくばりながらも卯月の元へ向かう。
流れる血のせいでアタシが動いた跡がはっきりと見える。
「ウズ…キ…!」
もう体は限界のはずなのに…でも…それでも…卯月を安心させるんだ…体は傷だらけでも…平気って…姿を見せるんだ…!
「おきて!卯月!」
「っ!」
へへ、やっと起きた。ああ…疲れたなあ。夕日が眩しい…卯月は青ざめた表情でアタシを見ている。でも大丈夫。大丈夫だよ?
そしてアタシは…卯月を……そっと…だ………
△△△
「おはよー」
「おはよ〜!」
朝の予鈴が騒がしい教室に鳴り響く。
みんなが沢山の机に集まりながら話す中、2席だけ最初から最後まで孤立していた。
「…アイツら休みか?」
今日は火曜日。俺は何とか風邪を治して学校に来た…が……神美と嘘之…俺が休んでいる間に何かあったのか?この時間にはもういるはずなのに…
それとも遅れてくるのだろうか?
「なあ羽田、歴総の課題ってどこに置いてあるんだっけ?『朝に持っていけ』って言われただろ?」
「ああ、確か職員室に置いてあるはずだぞ。そうだな…早く行くか。」
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1時間目、2時間目、ましてや4時間目にすら、2席だけ空席だった。
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そして昼放課。
「へぇ、これが屋上か〜!町の桜達が咲き乱れていて、最高の景色だな。やっぱ高校といえばコレだよなぁ。」
運よくこの高校は屋上立ち入りOKのようだった。しかも柵も高ぇし、安全性が行き届いてやがるぜ!
でも、向こうの館は、柵が低いな。古いからか?
この高校は、1号館と2号館に別れている。1号館は音楽科で、2号館は普通科なのだ。そして俺が今いるのが2号館。比較的新しいところであるのだ!
─ガチャ。
っ…はぁ〜…せっかくいい気分なのに…
「おいおい?こんな生き生きとして綺麗なピンクの中に枯れた葉っぱが数枚混じっていいのか?なァ?イジメっ子グループの皆さん?」
古い鉄のドアが動く時の耳障りな金属音と共に、ニヤニヤと薄気味わりぃ表情でイジメっ子達が近づいてくる。
「なぁ。お前ら。昨日、神美達になんかしたろ?」
正解と言わんばかりに、醜くニヤけた顔がさらに醜くなる。
その顔を見るにつれて苛立ちがどんどんと募ってしまう。
「おい?羽田ぁ?これ見せてやるよ。」
俺のズボンのポケットからブザーと共に通知音がした。
「私らの邪魔するなら、うずちゃん達に対しての扱いがこれよりもっと酷くなるかもよ?んじゃ。これだけ伝えに来ただけだから。それ見ながらご飯でも食べててね〜」
そう言って奴らは醜い顔を崩さずに去ってった。
疑問が頭の中で渋滞している中、今までにない大きな不安を抑えながら、悪山からエアドロップ機能で送られた動画を見ることにした。
「っ!」
──その動画に俺は震えた。
そこには、深く腹を殴られ気絶する神美と、抵抗虚しく痛々しい姿で横たわる知世が映されていた。
「マジ…かよ…」
ああっクソ、震えが止まらない。抑えるんだ。感情に流されてはいけない、当たり前のことだ。
でも…俺は…今……
アイツらを…殺りたくてしょうがねぇっ……!
いや…落ち着け…考えるんだ。もうこれ以上呑気に過ごしていられない。
知世は重症で休んだとはいえ、今日神美が休んだということは、精神に多大なる影響を受けたに違いない。俺は…この現状を甘く見ていた…奴らを甘く見ていた……
限界は目前だ……
△△△
ある使われない教室で…
「ねぇ?どうするのぉ?偉自子ぉ?これ見せちゃったけどさぁ〜。邪魔に熱が入るんじゃなぁい?」
彼女はそう言いながら手鏡を見て化粧を整える。
─クスクス…クスクス…
「いいのよ。これは悪山の考えなんだから。で?次は何するの?」
壁に凭れ掛かったり、地べたや椅子に座り込む6人のメンバーを見下ろすように、屈強な男が机に座って不敵な笑みを浮かべ、腕を組んでいた。
「ああ。これからも羽田の野郎が邪魔すんならそうさせてやる。だが、邪魔するには痛みも伴うということを教えてやるんだよ。しかし、アイツは面倒くさそうだ。痛みでは懲りねぇだろうな。」
「ええ、そうでょうね。」
「なあ、偉自子。知ってるか?羽田の野郎、来週の日曜日に、電車に乗るとのことだ。どうやら親との約束らしい。」
「へぇ?それで?」
「神美のヤツはよぉ?確か、他人が傷つくのを嫌ってたっけなぁ?一人病院送りにしたら…一体どんな反応するんだろうなぁ……?」
「キャハハハハ!悪ちゃんすごい悪い顔ぉ〜!写真撮りたぁ〜い!」
「………フ、フフフ。フフ…」
化粧を整える女に合わせるようにして彼女は笑う。
「でよぉ?悪山。結局羽田をどうすんだ?」
小太りの男がやせ細っている男の首を組んで発言した。
「たしかにぃ〜わたしぃ〜気になるぅ〜」
「お、俺も俺も!あ、悪山!な、なんかあったら手伝ってやる!あのスカしてるやつに一泡ふかせてやるよ!」
首に回っている小太りの男の腕をつかみながら、男は話す。
「えぇ〜?やっちゃん手伝うって言ってもやることないでしょぉ〜?」
ウギャハハハハハハハ!
「うるせぇ奴らだ。」
「で?悪山何するの?」
「ああ。………アイツをホームから転落させる。」




