"ラプラスの悪魔"
─ダンッ!カカカカ!
「ちっ!」
銃から発せられた弾丸は何度も壁を反射していく。
そして最後にはボク達誰かの頭へと向かってくる。
そんな予想のつかない弾幕の嵐の中、スバルは必死に弾を弾いていた。
一寸のブレもない刀身が弾丸を別の方向に飛ばしていく。
「卯月、知世、絶対側から離れんなよ。」
「うん!」
「…………奏…」
ボクとお姉ちゃんは入り口に近いカプセル付近でスバルに守ってもらいながら、白花ちゃんの様子を屈んで見守ることしかできなかった。
全く進まない戦況で、時間だけが流れていく。
……かれこれ数十分は続いている。
スバルの太刀筋に疲れが見えてきた。それなのに相手の弾は尽きる気配がない。
…このままじゃ負けることぐらいボクだってわかる。
でも、一体どうすれば……
「もうこれで何発目でしょうね?」
「はぁ…はぁ……っ……へへッ…」
「残念ですよね?戦力になると連れてきた人間が、こうも役に立たないとは。」
くっ……
確かに…その通りだ……
自分でも何かできるって調子に乗った結果がこれだ……
「っ……」
「お姉ちゃん……」
固く握られたお姉ちゃんの拳が震えている。
白花ちゃんの元で膝を崩しながら俯くせいで表情が読み取れない。
「まだ活躍の場じゃないってことだ。」
「その場は一体どこでしょうね?」
─ダンッ!カカカカ!
「っ…!?」
─キィィイン!
突然、振動が身体にまで伝わってきそうな金属音がこの空間に響き渡った。スバルはバランスを崩しそうになるも何とか踏みとどまる。
変な当たり方したせいで刀ごと弾かれてしまったんだ。
「しまった!知世、右だ!」
「右っ…!」
ビクッと体を震わせたお姉ちゃんは反射的に体をのけぞらした。
とても速く、熱を感じてしまうような弾丸がボクの目の前を通り過ぎていく。
「はぁ…はぁ…」
「おや、間一髪でしたね?しかし周りを見なければ死んでしまいますよ?奇跡は2度も助けてくれはしないのですから。」
ガラスの割れた2階の司令室からニヤリと笑う白衣の男。
……この空間は今まさにあの男が支配している。
この空間全てがあの男の味方をしているみたいだ…
「周りを……見る……?」
「え?」
お姉ちゃんはボソッとそう呟いた。
大きく目を見開いて少し呼吸を乱しながら。
しばらくして顎に手を当て始め、ボソボソと何かを呟き始める。
白衣の男はそれを気にせずに依然と弾丸を発射する。
それをまたスバルが弾き返す。
……またさっきの状況に戻ってしまった。
何か…何かボクにできることは……
─ダンッ!カカカカ!
「……右?」
「くっ!」
─ダンッ!カカカカ!
「…正面…」
「ちっ!」
……お姉ちゃん…?
─ダンッ!カカカ!
「…右……いや、刀?」
─キィィイン!
「つ…!卯月!」
「…左!」
っ!
2人から声をかけられ、とにかく体を後ろ側へずらす。その瞬間、熱を持った弾丸が目の前を通り過ぎて行くのを感じた。
…視えなかった……
多分2人から声をかけてもらえなかったらボク……
─カッ!
「うっ…!」
その直後、隣にいるお姉ちゃんがボクの肩めがけて、体ごとぶつかってきた。
まるで何かから弾かれたようにして……
突然のことで思わずバランスを崩して手をついてしまう。
すぐに上半身を起こし、同じく倒れたであろうお姉ちゃんの手を取ろうとした瞬間……
「っ…!?お姉ちゃん!」
瞳に映ったものは、青ざめた顔をしながら、赤く染まる右腕を押さえているお姉ちゃんだった。
「くそっ…すまん…俺が遅いせいで……」
「いや……いい……」
流れ出る血に冷や汗を垂らしながらもお姉ちゃんは立ち上がった。
口元が小さく緩んでいた。
「おい!危ないぞ!」
─ダンッ!カカカカ!
「右見て!」
力強く発せられたお姉ちゃんの言葉に困惑しながらもスバルは素早く刀を右に構える。
─キンッ!
「なにッ!?」
「これは……」
弾き返せた!?
勝ちを確信したであろう白衣の男も突然のことで驚いているようだった。
さっきからだ……さっきからのお姉ちゃん、来る方向をずっと言い当てている。
「ふふっ……あはは……」
「知世?」「お姉ちゃん?」
突然、お姉ちゃんは肩を震わせて笑い始めた。
「ああ…そっかぁ…そうなんだぁ……あはははっ……」
そうしてトボトボとこの場を離れる。
「気でも狂ったのでしょうか?」
─ダンッ!カカカカ!
「お姉ちゃん!」
「いや…知世はきっと……」
弾は跳ね返り、ボクとスバルの眼の前を通り過ぎる。
そしてお姉ちゃんの背中向かって一直線に飛んでいった。
その瞬間、さらりとした髪と腕から流れる鮮やかな赤が華々しくひらりと舞った。
倒れてしまいそうな不安定な回転にどこか煌びやかで底の知れない黒さを感じる。
お姉ちゃんは紙一重で避けたんだ……
背中に向かって跳んでくる弾を予測していたように。
……まるで視えていたかのように。
そうして、道を譲られた弾は壁に力強くめり込んだ。
「…反射回数は4回。弾はざっと90度に反射し、摩擦、空気抵抗、力の減衰を含めて2秒後に着弾。」
腕を押さえて歩いていく。
「……ッ…コイツ……」
「銃を肩関節屈曲60度、肩関節外転20度右に傾ければ、向かう先はアタシの能天。先ほどの角度を左手で行い、左向きに傾けると卯月の能天。ま、角度の話については多少のズレがあるだろうけどね。でもまあ……」
血が染み込んだ靴がコツコツと足音を立てる。
そのままゆっくりと歩くお姉ちゃんが目指した場所。
それは……
「アタシが合ってれば何でもいいか。」
──この空間の中心だった。
唯一の遮蔽物である6つのカプセルから離れていて、右や左、そして上から丸見えな状態。
まさに無防備だ。
でも…そんなことが気にならないほど、お姉ちゃんからただならぬ雰囲気を感じる。
暗く冷たい瞳と、不気味で自信に満ち溢れた笑み。
まるで……
「どう?違う?クズ。」
「フフフ…面白いですねぇ?では、これはどうです?」
白衣の男は二丁の拳銃をお姉ちゃんがさっき述べた角度へそれぞれ構え始めた。
「まー、そーだよね〜。このお話は片手であることが条件。二丁同時に使うってなると話は別。でもね…ふふっ……」
─ダンッダンッ!
軽い金属音が何度もこだまする。
まるで吸い寄せられるかのように素早くお姉ちゃんは2歩後ろに下がった。
…そして跳ね返っていった弾の行き先は……
「もー…無駄だよ?」
お姉ちゃんのつま先ギリギリの床だった。
「あーりゃりゃ〜、靴焦げちゃった。」
お姉ちゃんの笑みと共に恍惚とした表情が浮かび上がる。
「ッ!?これならッ!」
男は右手に握られている銃のマガジンを変え、全く違う角度で二丁同時に撃ち始めた。
今度は重い金属音が響き渡る。
「2…4…8……ふふっ……あはははっ……」
天井を見上げ始めたお姉ちゃんはくるくると回り始め、跳ね返ってくる弾を何度も避け始めた。
「クソォッ!」
─ダンッダンッダンッダンッ!
もう何発撃ったのか分からないほどの弾がお姉ちゃんの周りを何度も飛び回る。
小さな金属音から重い金属音まで鳴り響く無数の反射音は、まるで力強く止まる気配が見えない豪雨のようだった。
男はもうボク達を気にしている様子はなく、お姉ちゃんしか見えていない様子だ。
この豪雨の中でお姉ちゃんは舞っている。
まるで自分が舞台の主役のように。
豪雨に負けない高笑いで。
──"悪魔"のような笑みを浮かべながら。
溢れ出る万能感と全身に流れる興奮物質がお姉ちゃんを狂気的で知的なゾーンへと誘っていた。
肩の血はいつの間にか止まっていて、痛みが消えているかのように腕を軽く動かしている。
狂ったように笑って、楽しそうに踊ってる。
「なぁ…卯月。未来って読めると思うか?」
弾が偶然当たってしまわないように、カプセルを遮蔽物にしてお姉ちゃんと白花ちゃんの様子を見るボク達。
そんな中、スバルはじっとお姉ちゃんと白衣の男を視界に捉えながらボクに話を持ちかけてきた。
「…急にどうしたの?」
「ああ…いや…あの2人見ていたらよ、とある概念を思い出してさ。」
「とある…概念……?」
「ああ。とある物理学者が提唱した概念。それは、全物質の位置と運動量を把握し、それをもとに計算することで未来…いや、運命すら求められるという『知性』の話。」
お姉ちゃんの舞は徐々に収まっていき、この雨音も小さくなる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……ふふっ…あははははははははは!」
白色の照明は眩くお姉ちゃんを照らす。
両腕をギュッと握ってうずくまったあと、天井を見上げ、両腕を広げた。
依然と高笑いを上げて、恍惚な笑顔を浮かべながら。
「……あ。ボク知ってる…」
「そうなのか?…えっと、名前は確か……」
「…確か名前は……」
「「"ラプラスの悪魔"」」
──豪雨はすでに止んでいた。




