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君の瞳に恋してない  作者: バカノ餅
オーケストラを観にいこうよ
38/39

オオカミと三人の子ヤギ達(3)

「くっ…」


「博!」


「…とりあえず台へ!」


「うん!」


 美鈴は脚を引きずりながらも、まだ使われていない手術台らしきベッドへと向かった。

 博はベッド付近にある棚から消毒液やら麻酔やらを取り出し準備をし始めた。


 時間が経つにつれてベッドは赤く染まっていく。


 滴り落ちてしまうほどに……


「はは…臨床に使う台の初使用が救命だなんてね……」


「…奏を救うんです。台にとっては名誉のことでしょうね。」


「ふふ……」


 力なく笑った美鈴は膝をつきベッドに凭れ掛かった。今にも消えてしまいそうな笑顔は青白い子供の頭を撫でる。


 2人はいつもとは違い俯いていた。

 それに伴って2人の顔がよく見えた。


 サイレンが鳴り響き、どこからともなく爆発音も聞こえてくる。

 悲鳴のような音と肉を切り裂く音と一緒に……

 

 外は地獄だ。


 では、ここは一体何というのだろうか?

 ワタシにはわからない。


「装置…もうすぐだったのにね……」


 美鈴はベッドの奥にある、双眼鏡を縦に立てたような機械をじっと見つめた。

 メンテナンスにより片方の扉が空いている。

 その中は青白く発光していて今にでも使えそうな……


『人間には倫理というものがあります。』

 

 ──ああ、そうすればいいのか。


 そう私は直感的に気がついた。


「…ルナ……?どうしたの?……あ。」


「美鈴、どうしましたか?…っ!ルナ!その中は危険です!」


 博が薬品や道具を持ったままこちらへ駆け寄ってきた。焦るような顔をしていて、とてもらしくない。


 ……装置は理想通りに動いていなかった。

 

 装置の理想は『対象の動物と人間の両方が安全に復帰できる』というもの。

 今、この装置は動物の力を借りるのではなく()()()()となっている。


「ルナ…危ないよ……?」 


 美鈴はやっぱり注意してくるだろうと思った。

 でも、危なくはない。

 丸まって寝ることもできる程に。


 人間には倫理というものがある。

 それは人が破ってはいけないライン。


「ルナ…そういうことですか…?」


 ──ただそれは人に限っての話だ。


 ワタシのような動物ならそんなライン…軽々と越えることができる。

 倫理に縛られる意味はない。


 ……奏を救うためならなんだってやる。


 例え、()()()()()()()()()


「…()()()()()()()……そういうことなんですか?」


 ─コク


「…え……?博…どういう……」

「美鈴。」


 食らいつくようにして博の言葉が美鈴の声を遮った。

 目の前でしゃがみ込んでいた博はゆっくり立ち上がって、美鈴と奏の方へと振り返る。


 ──立ち上がる時の博の顔に曇りはなかった。


「今から奏に()()()捧げます。手伝ってくれますか?」


「……!…うん。何すればいい?」

 


 ***



「今から『動物の身体能力を借りる研究』の最終段階に入ります。」


「最終…段階……」


 再び沈黙が浮かび上がる。


 しかし、2人の瞳に後ろめたい気持ちは宿っていなかった。この沈黙は……


 どう成功させるかの沈黙だった。


「美鈴。動けますか?」


「動くよ。」


「では、先に装置の操作を。ワタシは奏を中へ運びます。」


「はは、最後に抱きしめたいだけでしょ?」


「…美鈴もしますか?」


「……うん。」


 ──2人は奏を中心に抱擁を交わした。

 

 冷たく暗い世界の中、2人の間に温もりのある明るい光が微かに灯っていた。

 外の地獄のような世界から奏を守るようにして……

 短くも長い世界一の抱擁は続いた。

 

「……取り掛かりましょう。」

「うん。」


 2人は一斉に動き出す。

 美鈴は右足を引きずりながら装置とは反対側にある、博が先ほど作業をしていたガラス張りの部屋へと…

 博は奏を丁寧に持ち上げ、装置の元へと…


 美鈴がガラス張りの部屋にある機械で装置の扉を開け、博は負担を与えずに奏を隣に座らせた。


「……ルナ。守ってください。『人であるんだ』と教えてあげてください。どうか…どうか……奏を幸せに導いてください。……どうか私たちの代わりに…」


 ガチャンと扉は閉まり、ワタシのいる空間は密閉される。音からして奏がいる空間もそのようだった。

 外の様子は少し縦長い窓からしか見えない。

 ギリギリだが、博と美鈴が見える。


 融合が始まる頃にはこの窓も意味がなくなるだろう。


 ……博は恩人で、先生で、友達で、相棒だった。

 美鈴のことも、奏のことも、博と出会わなければきっと会えなかった。人を学べなかった。

 

 そう、博と出会ったことで()()()学べたんだ。

 


 ……人間は皆善人だけではないということも…

 …学んだんだ。

 


 ─ダンッ


「博!」


「くっ…」


 この事件も人によって起こされた事件だ。

 全てはたった一人から始まった、惨くやるせない悪夢の始まりだったんだ。


 ワタシ達は必死にもがいていた。今だってそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()から抜け出そうと必死に……


「ああ…君……か……」


 曇りのない窓は飛び散った血により彩られてしまう。博は左腕を抑え膝をつきながら、この実験の入口に立っている白衣の男の事を睨みつけていた。


 男の両手に鈍く黒く光った二丁拳銃が握られていた。


「ああ!心が痛いですよ教授……!」


 胡散臭い大げさなリアクションをした後、クククと笑いながら装置の方へ目を向けた。


「痛いのは…私の方ですがね……」


 博は男の視線を遮るように、よろめきながらも立ち上がる。


「私の言う通りにしていればこんなことにはならなかったんですよ?フフフ……」


「舐めないで!博は貴方の言う通りにするほど腐ってないもの!」


「外野が、うるさいようですね?」


 声を上げた美鈴へ黒い銃口が向けられる。


「まてっ!」


「遅い!」


 ─ダンッ


 次の瞬間。ワタシの目に映った光景は、赤に染まる美鈴ではなく、不発に終わった結果でもない……


 ──倒れた博だった。


 脇腹からドロっと血が流れ出ていく。


「ぐはっ……」


「おっと……彼女の頭に打ち込むつもりが、巡り巡って教授の横腹とは。」


「ほう…跳…弾……ですか……」


 依然の流れ出る血の中で博はニヤリと笑った。

 声は震えているし、呼吸は今にも止まりそうだ。


 ああ…あの時のようだ。


 ワタシはそう感じた。

 初めて出会ったあの時。銃口に動じず意志を貫いたあの瞬間。


 状況は違うはずなのになぜか似ていると感じてしまった。

 

 その笑みによってワタシの不安は抑えられてしまった。


「博!うっ……」


「美鈴……!くっ…動かないでください!やるべきことに……集中を!」 


「ククッ…フフフ…!アッハハハハハハ!『やるべきこと』ですか?……ああ、嬉しいっ!嬉しいですよ教授!」


 恍惚な表情を浮かび上げて両手を広げる白衣の男。

 気味の悪い笑い声は助けを求める悲鳴をかき消していった。


「やっと…やってくれるのですね!()()が見出したこの研究の真骨頂を!魅せてくれるのですね…傑作を!」


「……『我々』ですか…どうやら…君一人ではないようですね……っ…」


「教授…まだ立ち上がるのですか?」


「科学者ですから。理想が叶う瞬間に立ち会わないだなんてあり得ません。」


「フフフ…私も同意見ですよ教授。同じ科学者として尊敬します。ですがねぇ、貴方達は甘すぎる!」


 男は銃を持ちながら自分を抱きしめるようにして白衣を握り、苦しく怒りに満ちた表情で口を開きだした。


「5年!貴方についてからの5年間!血反吐を吐いてしまうような忌々しいちっぽけなスローガンの下で私は働いてきました!足腰の弱い老人の為?恵まれない身体を持つ子供の為?そんなものどうでもいいっ!この技術はもっと人間という存在をワンランク上げる技術だっ!貴様のような胸焼け起こす甘っちょろい人間にはもったいないのだ!」


 数多くの悲鳴よりも大きく、うるさく、耳障りな叫び。


 博が人間のお手本であれば…コイツは……


 外道のお手本ということであろう。


「はぁ……はぁ……フフフ……ありがとうございます。教授。ここまで実験を進めてくれたこと。ここまで()()()()()()()()()()()()()()。」


「なに……?どういう……」


「まさか…裏切り者が私一人だとお思いで?」


「まさかっ!」


「有志の募集。実に助かりました。」


「くっ……」


 炎が近づいてきている。

 開きっぱなしの入り口からそう確認できた。


 世界の音が止まって聞こえる中……


 事はすでに進み始めていた。


「……私も助かりましたよ。」


「……は?」


「だってここまでベラベラと喋ってくれたんです。」

「フッ、それはもう貴方達は死ぬからで──」


「ただで死ぬとお思いで?」


 ─ガタッ…ジジジッ……


「ッ!?装置が!」


「へへへっ……時間……取りすぎなんだよ……この……外道……め!」

「流石です。美鈴。」


 ──装置が動き始めた。


 世界から光が失われていく。

 身体の感覚が徐々に無くなっていく。


 ……もう世界の音しか聞こえない。


 視覚、味覚、嗅覚、触覚。


 その全てがどこかへ流れ失われていくのを感じる。

 ああ…いや、失うんじゃない。奪われるわけでもない。

 


 託しているんだ。



 白花 奏(ワタシ達の娘)に。

  


「クソッ!」

「させないっ!」


 ─ダンッ……

 



 ***


 


(……ワタシが話せる記憶はここまでだ。融合した後、どう抜け出したのかは覚えていない。)


 …………


(奏。泣くな。)


 っ…


(もう終わったことなんだ。昔話として気楽に話せるぐらいにはな。)


 真っ暗で何も見えない私の世界で、一匹の狼がこちらに近づいてきた気がした。

 本当は触れ合えないはずなのに、手のひらから温かな感触を感じる。動物の頭のような温もりが……


(だから泣くなって。オマエが泣いた時どうすればいいのか博と美鈴に教わったことがないんだよ。だから……)


「…ルナ。」


 はは…まったく……心の中だからかな?涙は見せないって決めてたのにさ……

 でも……


「大丈夫。大丈夫だよ!」


 拭った涙は徐々に消えていく。


(ふふ…そうか。……むっ)


 ルナは何もない空を見上げた。

 鋭い目線の先はきっと、この空ではなく……


「どうしたの?」


(どうやら戦いは既に始まっているようだな。)


「あ…知世……」


(不安か?)


「……あはは!」


(ど、どうした?)


「ぜんっぜん!むしろ楽しみなんだ!」


(た、たのしみ……?)


 瞳を大きく開いている。

 まあ、無理もないよね。

 この感情は私にも解らないからさ。


 それでも、楽しみなんだ。


 だって……


「だって、次目を覚ますってことは、知世と会えるってことだから!」

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