オオカミと三人の子ヤギ達(2)
「兄よ〜〜!」
「うわっ、おい!抱きつくなって!」
「えっへへへ」
あれから数日経った頃だ。
思わぬ副産物によって研究は2つに分かれることとなった。このことにより、美鈴と博は片方ずつの責任者を担当することとなった。
美鈴は寿命の研究。
博は身体能力の研究。
博の人脈により多大にもらった資金と有志で協力してくれる人員が増えたことにより、研究はさらに大きくなり、順調に進んでいた。
「お前ダイエットでもしたのか?」
「なに〜?褒めてくれてるの?」
「褒められるかよ。」
「うわっ!冷た!」
「いいから離れろー。」
雑に扱う美鈴の兄に美鈴は口を緩める。
これが人間の兄妹というものなのだろうか?
そう思って見守る中、抱きつく美鈴の手が微かに震えているのをワタシは偶然見てしまった。
###
「……?今日は違う薬を使うのか?」
「そうだよ〜」
「おい、なんか変なものでも入れようとしてんじゃねえだろうな。」
そう言われてフヘヘと不気味にニヤつき始めた美鈴に彼女の兄は嫌な顔をする。
カーテンから漏れ出る光が座って向き合う2人を照らしていた。
ワタシと2人しか居ないこのリビングは眩い光りに包まれる。
美鈴とその兄は2週間に一回、ワタシ達の家で検査を受けることとなっていた。
数時間はかかるため、奏が寂しくならないように、外で遊んであげてと命令していた。
「ねぇ、兄さん。」
「ん?どうした。」
「この検査が終わったらさ、もう私のところに来なくてもいいよ。」
「……?ああ、そうか。そうだな。」
彼は納得した顔して笑顔を向けた。
それを見て、美鈴も笑顔を向ける。
「兄さんに私の恩返し気に入ってほしいな。」
「な、なんだよ。らしくないな。」
「それはお互い様。」
「そうか?」
「そう!」
震えの止まった注射針は、迷いなく正確に血管のあるところへと向かっていった。
###
「こんなもんかなー。」
「美鈴。ありがとうな。」
「……そんな笑顔しないで。もっと永く生きれるんだから。」
「……?どういうことだよ?」
「はい!今日で白花美鈴クリニックは閉店です!ありがとうございましたー!」
パンと両手を叩き美鈴はいつものオチャラケた笑顔で立ち上がった。
でもどこか、『いつものようでどこか違う』そんな小さな違和感を覚えてしまう。
「お、おいおい…」
「じゃ、バーイバイ!」
「うわっ、ちょっ!」
座って困惑する兄を有無を言わせずニコニコと引っ張り、美鈴は玄関へと連れて行った。
「もーまったく。兄さんったら『悔いはない』みたいな顔しやがってー。」
しばらくすると美鈴が不満をダラダラ口にしながら戻ってきた。
そして、ワタシの事を視界に入れるや否や、反応できないほどの速度で抱きついてきた。
「でもよかったぁ〜!1つの目的達成だ!ルナァ〜私を褒めて〜〜!」
噛み付いてやろうかと思ったが嬉しそうな顔に免じて見逃しておいた。
そうしてワタシは抵抗できぬままソファで寝転がった美鈴に拘束されてしまった。
「ねぇ、ルナ。」
少し冷ややかな手がワタシ体をそっと撫でる。
「そういえば教えてなかったよね。私が研究を始めた理由。」
ふふ、と笑いながら穏やかで力のない声を発していた。
「『動物の身体能力を借りる研究』。これはね、私のお兄さんと博の為に始めた研究なの。昔から寿命が短かった兄さんを永く生きさせる為に。身体の弱い博を強くする為に。……あはは…身勝手だよね。こんな勝手なエゴで君達動物の力を勝手に借りようだなんて。…本当にごめんね……ルナ。ごめんね……私が身勝手なせいで…」
少し掠れるような声で謝罪をする彼女の鼓動は弱々しいものだった。
###
「ルナ!背中に乗っていい?」
─コクリ
「わぁ〜!高い高い!ふふふふ、ルナの体とってもあたたかいね!」
元気よく抱きつく鼓動がワタシを癒す。
……ああ、確かその時だったか。
ここから始まったんだ。
─ピンポーン
チャイムとともに浮かない表情の美鈴が謎の小さなモニターに映り始めた。
「あ!ママたち帰ってきた!ねね、ママとパパむかえにいこ!」
健気な笑顔を見せる奏を乗せ、落っこちてしまわないように玄関へ向かう。
ガチャと音を立てて光が差し込む。
その光の下で美鈴達は真面目な顔して向かい合っていた。
奏はどこか異様な雰囲気を察して挨拶を交わそうとはしなかったが、心配そうに美鈴達を見ている。
出迎えてきたことに気づいた美鈴は、ワタシの上に跨る奏を一目見ると赤い瞳を丸く大きく広げた。
「あ、ママ…お、おかえ──」
「こら!それ危ないって言ったでしょ?」
「あっ、で、でもルナはいいって……」
「ルナは優しいから許してくれるの。早く降りなさい。」
「…はーい……」
奏はションボリと俯いて、惜しそうにゆっくりと背中から降りた。
「ねえ、ルナ、手伝ってほしいことがあるんだけど……」
美鈴はしゃがみ込んでワタシに視線を合わせた。
「ルナつれていっちゃうの…?」
横からギュッとワタシの毛を握る感覚を覚える。
「……ごめんね。また剣竜おじさん呼ぶから……」
「もっとママとあそびたい!私もいっしょにつれてって!」
「っ…ダメ。あそこは遊ぶところじゃ──」
「いいんじゃないですか?」
そっと、強張る美鈴の肩に優しい手のひらが乗った。
「博っ!でも…」
「あれほど充実した施設なんです。少し面白い科学実験でもしてあげましょうか。」
「え!パパ、じっけんしてくれるの?」
「ええ。ママも協力してくれるとのことです。」
「ちょっ!」
「ママありがとう!」
「うっ……わ、わかったよ。でも変に走り回っちゃダメだよ?」
「うん!」
###
「じゃあ私とルナは向こうの部屋で奏と遊ぶから、よろしくね博。」
「ええ、任せてください。」
「パパ!がんばってね!」
「ええ、頑張ります!」
ワタシ達は別れを告げたあと、瞳を輝かせながらはしゃぐ奏を見守り、別室へと向かった。
……それからしばらくした頃だった。
実験の協力者として博の力がいるとのことで、急いで廊下を駆け抜ける中、博がいるであろう彼の実験室の扉から誰かを怒鳴るような声が聞こえてきた。
「教授!何度も言っているでしょう!私の案が通ればこの研究は今までとは比べ物にならないペースで進められる!直ぐに結果が出せる!」
「私こそ何度も言っているはずです。人間であれと。」
「なぜ?なぜなんですか!人の寿命を延ばせる技術を得た貴方なら、私の案を簡単に仕上げることぐらい……!」
言い合いだろうか?
そう気になってワタシぐらいの動物が潜れる扉を抜け、様子を見る。
そうしてワタシの目に映ったのは、黙々と作業をする博の側に細身でしつこく言い寄る白衣の男の姿だった。
「教授は理想を求めすぎている!私の案のほうがもっと魅力的なのにッ……!」
そう言い残して側にいる私に目もくれず扉を勢いよく閉めた。
「ルナ。」
男が出ていくのを気にもとめずに博は無表情に黙々と作業を続けている。
「私達人間には『倫理』というものがあります。言い換えるなら『人が超えてはいけないライン』です。さっきの彼の提案はその倫理を犯している提案でした。」
博は手にあるビーカーを机の上に置き、白色の瞳をワタシに向けた。
「彼は言ったのです。『動物のたった数匹の命ぐらい人間にあげても問題ない』と。」
優しい手のひらがワタシの毛並みに沿って何度も流れていく。
「私はそうあってはいけないと思っています。いくら彼の案が素晴らしかろうと、人類の文明の発展に貢献しようと、『命』というかけがえのないものを薪にしてしまったら、きっといつか人は人ではいられなくなる。……私は人が大好きです。人間でいれるまま人間が到達できないような技術を生み出してみせます。これが手に届かない理想だとしても必ず成し遂げてみせます。」
優しい手のひらは、力強くワタシの顔をむしゃむしゃと撫でた。
「だって理想を実現させるのが科学者ですから!」
芯のある笑顔な白の瞳に目を奪われてしまう。
ワタシと博は種族は違えど、心が繋がっていた。
そう感じていた。
なぜか?…多分きっとそれは、人間を愛している似た者同士だったからだろう。
ワタシの中にきっと親近感のようなものを抱いていたのだろう。
「……ふふ、貴方がきたってことは私の助けがいるということでしょう?さて、向かい──」
─ドォン!!!
「っ!?」
突然、巨大な爆発音とともに施設が揺れ始めた。
巨大な地震かと勘違いするほどの揺れに毛が逆立ってしまう。
ビーカーがガタガタと揺れ、施設内に耳を裂くような大きい警告音が鳴り響き始めた。
「……何事でしょうか…?」
博はすぐ近くにある壁に埋め込まれた通信機で連絡を取り始めた。
確かその相手は……
「美鈴!美鈴!聞こえていますか!美鈴!」
外から人が走り回る音が聞こえる。
きっと避難か解決をしているのだろう。
「っ…不味いですね。返事がない。爆発音からして美鈴達がいる部屋とは少し離れているはずですが……」
手を顎に当て、冷や汗を垂らしながら思考を巡らせる博に当時のワタシは不安を覚えてしまった。
「ひろ……しっ!」
軽いパニックに陥った息遣いが入口の扉付近で聞こえてきた。
とても苦しそうに何かを引きずった音を立ててこちらに近づいてくる。
「…っ!そんなっ!」
血だらけの白衣と共に今にも倒れそうな赤い瞳がワタシと博を見ていた。
「美鈴!ああっどうして!」
血だらけの美鈴に近づき彼女を抱える博。
しかし抱えたであろう美鈴の腕のなかに一人……
今にでも途絶えてしまいそうな小さい呼吸音がそこに居た。
白衣についていた血はその小さな身体から流れ出たものだった。
「私の…ことよりっ……早く奏を……助けてっ…」
「でも…この傷はっ……」
爆発音が不定期に鳴り響き、警告音は定期的に流れ続ける。
悲鳴と炎が近づいてくる地獄の中、ゆらゆらと揺れるオレンジ色の熱気が冷ややかにかつ残酷に照らしていた。
奏の小さな身体に空いてしまった、赤く大きな穴の負傷を……




