"銀色の弾丸"
「フフフ……ああ…ようこそ私の世界へ。警察の人間と神美家の皆さん。」
「っ…!」
この人、ボク達を知って──
「奏は!」
白い部屋の中に大きくハッキリと声が響いた。
「……はい?」
「聞いてんだよ…奏はどこだって。」
お姉ちゃんの拳が固くなる。
鋭く、前を見ながら。
その後ろでスバルは得物へ手を当てた。
ボクもゆっくりとパーカーの中に手を入れる。
この場にいる、みんなの息が少しづつ小さくなる。
「……ヘヘッ、そんじゃあ、まあ…や──」
─ドンッ!
「「「っ!?」」」
「ッ!こ、これはッ!」
─ドンッ!ドンッ!
突然、カプセルの中から重く揺れる衝撃音が聞こえてきた。
白衣の男は困惑し様子を見るボク達から、大きく揺れるカプセルの方へと、黒くドロっとした恍惚な表情を浮かべながら視線を移す。
「アハハハ!異常な数値だ!まさに規格外!」
カプセルに表示される数字やグラフを見ながら男はさらに興奮する。
ガラスの衝撃音はどんどん強く、素早くなって…
「ああ、これが!これが最初のじ──」
─パリン……ガシッ!
「う、ウグッ…ハ、ハハ!」
「ヘヘッ…おいでなすったか……!」
──恐怖が逆転する。
だが、決していい意味ではない。
理性的とはまた別の本能的恐怖へと……逆転し始めたのだ。
男の足は地面から離れていく。
呼吸が乱れ、もがきながら笑っていた。
犬のような耳と尻尾の生えた、暗く深い白色の瞳に睨まれながら……
「し、白花ちゃん……?」
「…違う……」
「…え?」
そう、呟くようにしてお姉ちゃんは瞳を広げる。
「奏じゃない……!」
「じゃ、じゃあ、まさか…!」
「…卯月。やっぱりお前の予想は合っていた。」
スバルは男に見られないよう隠していた刀から手を離した。でもそれは警戒を解いたわけではなく……
「きっとそいつは…混ぜられたペットだ。」
***
「もしかして…そのペットと混ぜられたんじゃ……」
「…っ……考えたくはないがあり得る話だな。」
スバルのお父さんは顎に手を当て、真剣な眼差しで写真を見つめた。
その目には信じたいようで信じたくない現実を突きつけられてしまったような、複雑な瞳をしていた。
「そんなっ…じゃあ、なんでペットと混ぜられたの?非人道的だよ…?混ぜた張本人はあの子の両親しか考えられない……仮に両親がやったとしたらなんで……!」
「わからない。」
「っ……」
再び沈黙が重く部屋に満たされた。
息ができなくなってしまうほどに。
「なぁ。」
耳鳴りが聞こえてきた時、不安や気味悪さを掻き消すようにしてスバルが口を開いた。
「父さん、ペットって言ってもどんなんだったんだ?」
「…大型犬だったよ。とても厳格で人に可愛がられるようなものじゃなかった。」
「……俺、その混ぜられたやつと一回戦ったことがある。」
「…っ!まじか?」
「えっ!?」
「ホント?」
「ああ…卯月が奏に操られた日。別行動をしただろ?」
置いていかれただけだけど……
「そんときに一瞬…ほんの一瞬だけ、奏じゃない別人とやりあったんだ。……正直、肝が冷えたね。でも、今分かった。あれはただの犬じゃない。野生の中に生き、獲物を狩る時の鋭い眼光…あれはきっと──」
***
「ホントに狼ってこと……?」
「ああ、再度見て確信した。……正直、だいぶキツイ戦いになるだろうな。」
スバルは冷や汗を垂らしながら、ニヤリと笑う。
まるで宿敵と対峙したかのように。
「卯月預かっててくれ。」
「え?う、うん。」
ボクに刀を預けてくれた時も、スバルはずっと狼のことを睨んでいた。
初めてだ。どんなことも平気な顔して進んでいくスバルが、一歩下がって様子を見ている。
……ああ…わかる。
戦ったことがないボクでも本能的な恐怖がずっと頭の中で暴れている。
多分それは…お姉ちゃんだってそうだ。
「ググッ…!さッ…さぁ、その手を離したまえェ゙!」
依然あの男は苦しそうに、狼へ言葉を投げかけていた。上から目線で吐き気がしてしまう。
「君の体があればッ……私の研究は…!」
「だまれ。」
─シュ…
「グァアアアア!」
「「「え」」」
白花ちゃんの身体を使って、彼女の雰囲気からは想像もつかない低い声で食い気味に否定した狼は、野球ボールを投げるように2階のガラスへと男を投げ飛ばした。
ガラスは盛大に割れ男はピクリとも動かなくなる。
「えぇ…うそぉ……」
「ヘヘッ、卯月見ただろ?」
「う、うん。」
スバルは信じてもらえたような嬉しさを残しながらも、とても真剣な眼差しで瞬きを忘れてしまっているようなほど、じっと狼のことを見つめていた。
「おい、知世!後ろにさが──」
「オマエも…テキか?」
「くっ!」
「っ!」
先ほどまでカプセルの上に立ち止まっていた狼は、いつの間にかスバルの目の前へと近づいていた。
おかしい、スバルはずっと姿を捉えていた。
しかも、音もなくあんな離れた距離を詰めるなんて…!
「ヘヘッ、やっぱお前……人間じゃねぇな?」
「奏へのブショクか?」
「奏じゃない、おま──」
「スバルっ!」
「くっ!」
突然、スバルは後の壁へと叩きつけられる。
とても重く、人間に対して鳴ってはいけない、まるで鉄を破壊したような衝撃音がこの部屋に響き渡った。
さっきの男と同じようにスバルは首を絞められてしまう。
「オマエはダレだ?ケッコー強く殴ったのにホネの一つも折れてないなんて。」
低くぎこちない話し方とピクリとも動じない立ち姿に、近づいてはいけない圧を感じる。
「オマエ、人間じゃ──」
「あの時からずっと…考えていたんだ……」
「……?」
「お前、あの時…1回、奏を守っただろ?そん時からだ……」
「オマエ何を──」
「テメーをどうやったら倒せるかってな!」
スバルは自分を締めている腕を掴み、ノーモーションで膝蹴りをお腹へ当てた。
普通その体勢じゃ力が入らないはずの膝蹴りは強烈に深くお腹へと食い込んでいく。
「…!?」
狼は一歩後に下がり、鋭い眼光で三角形に囲むボク達を見回した。品定めをしているようにも見えるし、逃げ道を探しているようにも見える。
「ヘヘッ…一対三じゃ分が悪いってか?」
「そうだな。同時に戦うのはハイスイノジンというものだ。」
……?
「あれ…?背水の陣って──」
「ならば取る戦法は、1人ずつシマツするのがベスト…ってことだな?」
そう言った途端、ひび割れたタイルと小さな砂埃を残して狼は消えた。
「来るぞ、構えろ!」
音もなく姿を消した狼に困惑しながらも、スバルの一言により現実へと戻される。
身の毛がよだつような静寂に、一瞬小さく空気が揺れる。
ヒシヒシと伝わってくる。
……今、ボク達は狩られる側にいるって。
「なあ、卯月…わかるか?」
僅かな空気の揺れを感じなければいけないこの状況で、スバルは何故か口を開き始めた。
「戦いの中、大勢の前で一度姿を消したってことは、分が悪いから不意打ちを狙ってるって意味だ。」
扉側に位置しているスバルは顔を動かさなくても全体が見える。
……余裕があるってこと…?
「ヘヘッ…慣れてきたぜ〜?そのスピード。アイツこの部屋を駆け回りながらチャンスを伺ってるな?」
スバルは握った拳を緩め、腕を組み始めた。
「しかもご丁寧に近づいて見定めてると来た。殺るかどうかを一瞬で判断してんのか?」
スバルの瞳が赤くなる。
「卯月、後ろだ。」
「っ!?」
一発食らう覚悟で腕を重ねて後ろを向く。
しかしそこにはカプセルに反射したボクの姿と、ニヤリと笑うスバルの姿。
そして──
「っ!スバル、後ろ!」
「ハズレだ赤色。」
──スバルの後ろへ回り込んだ狼の姿。
「……いや。当たりだ。」
─バキッ!
ボクがスバルの名を呼ぶ前には、スバルはすでに片足立ちで、上げた踵を直線的に蹴り込むモーションへと体勢を変えていた。
遠心力により強化された蹴りは腕でガードした狼へ直撃し、そのまま押し切った。
この早撃ちに撃ち負けた"銀色の弾丸"は一直線に吹き飛ばされる。
「後ろ…蹴り……」
……まさに一瞬の出来事だった。
「そしてもう一つ。再び姿を現した獣は勝ちを確信したってことだ。その分隙は大きくなる。そう、まさしくこのようにな、人狼。」
「ケホッ…ケホッ……ハァ……まさしくヒキョーだな。赤色。」
粉塵が立つ中、少し口から流れ出た血を拭いながら、暗く白い鋭利な眼光をスバルに向ける。
「ねぇ、卯月。手伝ってほしいことがあるんだけど。」
2人が睨み続ける中、お姉ちゃんは複雑な表情をしながら、ボクの耳元でそう囁いた。
△△△
「赤色じゃねぇ、羽田スバルだ。」
「……スバルか。」
相変わらず縮こまってしまうような瞳をしながら俺を睨んできている。
…正直ギリギリだった。最初よりかは速さに慣れたはずだが、まだ張り合えていない。
もっとだ…もっとスピードに慣れるんだ……
俺と人狼が睨み合っている間に知世と卯月が別々にカプセルの裏側へと回り込み始めた。
ヘイトが俺に向いている今なら安全だし、情報を収集してくれるのはありがたい。
しっかし…余裕がなかったからか、つい力んでしまった。奏と知世には申し訳がない。
……やっぱり、手加減できるようになるためには、あのバカみたいな速さに適応するしかないか……?
「ワタシは負けずギライなんだ。奏だってそうだ。…だからワタシには分かる。オマエも負けずギライだな?」
人狼は少し緩んだ口元で俺に指をさしてくる。
本気で狩ろうと狙いを定めているようにも見えるし、純粋に楽しんでいるようにも見える。
「……さてと…もう一度リベンジさせてもらおうか?」
「乗ってやるよ。」
人狼は伸びをし始め、つま先で3回地面を突っついた。緩んだ口元は再び締まって、眼光が鋭くなる。
「セイセイドウドウ……でね。」
再び、くっきり残った足跡と粉塵を残して目の前から消え去った。
しかし、今回はタタタッと裸足で走る音が聴こえてくる。そして、その分素早くなっている事が分かる。
本気ってことだ。
警戒をしながら、花道のように続くカプセルの1列目の間へと立ち位置を調整する。
どう来る……?
もう揺さぶりは通用しないし、ガラスの反射は正直賭けだったから2度も当たるはずがない。
しかも1回目より加速している。
ガチで目で追うレベルじゃないと反応できない。
…あの速さで一発食らったら確実に伸びる。
音で来る方向は分かるとしても、速さに反応できるかどうかときた。
ハハッ…こいつは……
─ダッ!
無理だろ……
「ワタシの勝ちだね。」
「くっ…!」
もう気づいた頃には俺の正面にまで人狼はたどり着いていた。
スローモーションに迫ってくる拳がデカく鋭く見えてしまう。
ああ、確実に理解できる。
一度瞳を閉じたら、しばらく光を拝めないだろうと。
……そう覚悟した瞬間、鼓膜にまで響いてくるタイルを破壊した踏み込みと同時に、工事現場に使われるようなワイヤーが高速に巻かれる音が聴こえてきた。
銀色の細い糸が人狼の拳、足、胴体に巻き付かれていく。
俺がこの違和感を感じた直後、人狼も自分の身に起こり始めている異変に気づいたようだった。
「ストップ!」
拳は俺の顔面一歩手前で動きを止め、ガードをする腕と一緒に風圧を受ける。
「っ…これは……」
人狼は中途半端に拳を突きだした状態で身動きを取れずにもがいていた。
顔には焦りと驚きが顕著に出ている。
「柱が頑丈でよかったよホント……」
六本のカプセルはワイヤーにより今にも上下真っ二つになりそうなひび割れを起こしているが、振り払おうとする人狼のもがきに耐えていた。
俺と人狼の間に入るようにして、知世はゆっくりと歩いてくる。卯月もそれに続いて出てきた。
「もう喧嘩はおしまい。アンタら奏の身体使ってんの理解してる?」
人狼は縛られた腕を見て、拳を緩めていく。
……俺も熱が入りすぎた。
謝らないとな……
「ごめん、知世……」
「わかってるでしょ?謝る相手は誰か。」
「っ……ああ。」
そして知世は仲裁をするようにして、俺達の間へ立ちはだかり、卯月は俺の隣に立った。
緊張していた卯月の顔は、少しだけだが緩んでいるように見える。
「……ワタシはここから逃げると決めている。奏が助けを求めていたからだ。このコウソクなんて皮を剥いででも逃げるかもな。」
「いや、アンタは逃げないし、アタシが逃さない。」
「ほう…?」
「だって……だって……」
知世の握る拳がどんどん強くなる。
……やっと見つけたんだ。
このまま逃がしちまうともう見つけられなく──
「そんな病院のパジャマみたいので逃げられたら大問題でしょ!ダメだよ!ダメ!アウトアウト!」
「「え」」
「は?」
「いや、奏の身体使ってその実質薄着で逃げるって…奏の名誉はどうなるのさ!恥ずかしい思いして塞ぐかもしれないじゃんかぁ!そしたらどう責任取って──」
「…ぷっ、アハハハ!」
俺と卯月が呆気にとられる中、人狼は純粋に面白可笑しく笑っていた。
白い部屋の中に人狼の愉快な笑顔は初めて見せる笑顔でもあった。
「は、はぁ?なにが──」
「ああ、いや、なんでもない。ただ、奏を思ってくれる人が居てくれるなんてな。ありがとう。」
笑い疲れた人狼は小さな弁明をした後、穏やかな笑顔で、知世に感謝をした。
人狼の笑顔は奏のような天真爛漫なものじゃなく、少し大人びた姉のように見えてしまう。
……実際に、そうなのだろう。
「コウソクされて信頼するというのは少しヘンな気がするが…ふふ、実際に奏のことを考えてくれる人だと分かった。」
「…迎えに行くって約束したから……」
「ふふ、そうか。」
知世の後ろにいるせいで表情は分からないが、人狼……いや、奏の姉をみるにきっと……
「お姉ちゃん耳赤いよ?」
「ち、違うわい!」
「あはは、ホントだ!顔赤い!」
「だから違うって!かな…………」
突然、知世の声はフェードアウトしていく。
この場の空気は一気に変わる。
ピンク色の瞳によって明るい色へと。
「かな……で…!」
「え、えっと…感動のハグの前にロープ解いてくれないかな…?」
知世はハッとして小型のリモコンをカチッと操作し、ワイヤーを伸ばした。軽い音が掻き消されてしまう程の大きな音を出しながらワイヤーは勢いよく伸びていく。
そして、伸び切ったワイヤーから桃色が一歩踏み出す。
「知世っ!」
「奏!ってちょっ、倒れちゃう!」
和気藹々として知世は勢いに負けそうになり、数歩下がった。
白い部屋の中は抱き合う2人により、彩られていく。
「っ!お、おい……」
「……えっ?あれ……白花ちゃん……?脇腹が……」
「えへへ…大丈夫だよ…2人とも……知世が……無事だから……」
「…は?かな──」
……奏は力なく知世に凭れ掛かる。
染まっていったんだ……知世と奏を……
──鮮やかな『赤』へと。




