迎えに行くから
「…さて、今日はここまでだ。後は大人達に任せなさい。」
赤い瞳を持つ大人はパイプ椅子から立ち上がり、白く囲まれる部屋の中から出ていこうと背中を見せる。
「卯月。いくぞ。」
「…え?でも…」
卯月は心配な顔しながら、言いにくそうにしてアタシのことを見つめる。
…『後は大人達に任せろ』……か。
みんながこの場を去ろうと動いている。
話し合えるとしたらきっとこれが最後だろう。
…わかってる……そんなの。危険なんだ。アタシが出る幕じゃないのは分かっている。
でも…
「誰が…あの子を安心させられるんですか…?」
「…へぇ?」
ドアノブに手を伸ばす大人は動きを止めた。
振り返りざまに見せた鋭い赤に心臓がキュッと縮こまる。
「…あの子は今独りなんだ。独りのつらさは私は知ってる。しかも敵に囚われてるんだ、独り以上の恐怖を抱えてるはずなんだ。だから……」
「君に何ができる?」
「…っ」
現実が立ち上がったアタシに面と向かって突きつけられた。確かに戦力にならないし、後ろで応援することしかできない。
でも、それは今だけなんだ。
変わって見せる…絶対に!
「取引…しませんか?」
「取引?君がか?」
さらに強くなる威圧感に吐き気がしてくる。
感じないけど、きっとアタシの手震えてるだろうな。
正直…賭けだ。
「拠点の位置。それを提供します。その代わり、アタシも連れて行ってください。」
ここにいるみんなの瞳が変わった。
静かにアタシの心臓が胸を叩く。
滴る汗を気にせず、この人から漏れ出る威圧感を真摯に受け止める。
「どうやって分かった?」
「GPS。」
***
「じーぴーえす?なにそれ?」
「衛星から送られる……いや、やっぱいいや。えっと…とにかくアタシがアンタをどこにいるか把握する物ってこと。」
「ふーん。」
「はい、これ。」
ベッドの上に座ってアタシを見上げる彼女の頭に、五百円玉サイズの円形状の物を置く。
彼女は落ちてしまわないように両手で掴み、手のひらの上に乗せて観察していた。
「肌見放さず持っててよ。アンタが迷子になったら、アタシが迎えに来てあげるからさ。」
***
「約束…したんです。」
「…要するに関係者から協力者にして欲しいんだな?」
「…もうなにかの関係者で終わるのは嫌なんです!どうせ周りの世界が変わるんだったら今度はアタシ自身の手で変えたい!」
「…その、ボクからもお願いします!」
「う、卯月!?」
小さく震えた声が一歩前に出てアタシと並んだ。
卯月も胸を抑えて緊張している。
…でも、その顔に恐怖はなかった。
「はは、一対二か。いや…三か?」
「え…?」
彼の赤い視線の先にはもう一人の、若い赤がニヤリと笑いながらじっと彼を見つめていた。
「はぁ…へいへいわかりましたよ。それじゃあ知世くん、ついてきてくれ。」
その場に漂っていた威圧感は嘘のように消え去り、緩んだ顔したスバル君のお父さんがスバル君へアイコンタクトを取った。
「そんじゃ、卯月。俺等の出番は終わりだ、帰ろうぜ。」
「う、うん。…お姉ちゃん!がんばろ!」
「ふふっ、そうだね。」
卯月は小さなガッツポーズを向けて可愛らしい笑顔をみせた。
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「じゃ、また後でー。」
「うん、お姉ちゃんも!」
卯月とスバル君が一緒に並びながら、出口へと向かっていった。
「いや〜迷惑かけるね〜君の妹さんには。うちの息子はまだまだ若いもんだから。」
「ふふっ、ホントそうですよ!もしかしたら、あの子に世話焼かれすぎてダメ人間になっちゃうかもです。」
「そうなったら俺が叩き直すさ。さてと、行こうか。」
そしてまた廊下を歩く。
大小の違う足音がさっきの人に溢れた廊下とは雰囲気の廊下に響き渡った。
そしてその先には…
「扉…?」
しかも大きい。ただの部屋じゃないことが分かる。
この木の扉…まるで……
「これからは関係者ではなく協力者だ。なので協力者の君には頭脳を貸してもらう。さっきの写真の件だって、いい着眼点してたしな。」
「そんな…それは卯月の方が…」
「ここになって弱気か?」
…っ!
「…いえ、やってやりますよ……」
「そうか。」
「お話が終わったらもう一つ頼みたいことがあるんですけどいいですか?」
「ああ。もちろん。」
緩く笑いながらも厳格な雰囲気を崩していない。
これがプロかぁ…
「…あ、あの、何人いるんですか?」
「ざっと150以上。多いと見るか、少ないと見るかは君次第だな。」
「…少ないですよ。」
「ほう?」
「…だってアタシのパートナーが連れて行かれたんだから。」
△△△
「…スバル、ありがとう。」
「何がだ?」
「ボク達のわがまま聞いてくれて。」
「俺に感謝するより、知世の決意に称賛を贈れ。その方がずっといい。」
「ふふっ。」
「なんだよ?」
「なんでも!」
自動ドアをくぐり抜け、青い自然の光を受ける。
初めてくる場所に新鮮さを覚えながら、スバルの方を見ると、スバルは見慣れた場所かのようにキョロキョロせず、スマホを確認したあと、そのまままっすぐ駐車場へと向かった。
「スバル、駐車場行ってなにするの?」
「もちろん帰る。」
「あっ、おーーい!スバルく〜ん!」
駐車場に並ぶ車の中から一際目立つ緑の車の側に四角いメガネをかけた、スバルと同じぐらいの背の男性が立っていた。
「森山さん!わざわざありがとうございます。」
スバルは大きく手を振りながら、子供が親戚の叔父さんと出会ったかのように走り出した。
「そんなかしこまらなくても〜。おっ、例の可愛い彼女さんも一緒だね!…ん?もう一人の可愛い子ちゃんは?」
「父さんと一緒だ。」
「ああ、先輩となら安心ですね!じゃ、早速行きましょうか!」
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「いいんですか?助手席に座らなくても。」
「もともとここは先輩のポジションだし、彼女さんと隣にいたほうがいいでしょ?」
「まあ、そうか……卯月?」
「……」
「卯月!」
「は、はい!」
「どうした?顔赤いぞ?」
「あっいやぁ……あはは。」
顔を見られないようにして過ぎ去っていく街を見る。
ガラスの反射で見える自分の顔が恥ずかしい……
「ねぇ、スバルくん。今回のガサ入れについて君の意見を聞かせてほしい。」
「…そうですね…やっぱり今回はサポートが重要だと思います。」
スバルのお父さんとはまた一味違う、厳格さが車内を覆った。
スバルもそれに順応して、淡々と考えを伝え始めた。
「そしてやっぱり…朝日 知世の活躍です。」
「え、お姉ちゃん!?」
「うわぁ!?」
「ご、ごめん…」
つ、つい大げさに反応してしまった。まさかこんな大事な話の中で、急にお姉ちゃんの名前が出されるとは…しかもこんなに自然に出てくるなんて…まるで最初から……
「こ、コホン。あの奏がやられたんだ。不意打ちも、生半可な攻撃をものもとしない、初見殺しのアイツを連れ去った敵。奴は武器を使っていた可能性が高い。しかも…切れ者と見た。」
「キレモノ?なんでそんなこと──」
「弾痕だよね?スバルくん。」
「ああ、そうだ。知世から送られたあの写真…」
「ま、まってよ、なにそれボク知らないよ?」
「あれ?送られてないのか?」
疑問の答え合わせをするようにスマホを取り出して通知を確認する。
「な、ない……」
「ま、いちいち送るのも面倒だしな。一緒にいるなら片方に送ればいいと判断したんだろう。」
そう言った後、スバルはスマホを取り出して何枚かの写真を見せた。
どれも、薄暗い裏路地の中にあるコンクリートの壁が小さな何かに抉られているような痕だった。
「これが至る場所に見つかったみたいだ。そして抉られた形状を調べてみると…弾丸だと判明した。」
「だん…がん……?」
「きっとこれは跳弾だ。弾を何回も反射させた後、全て当てたんだろう。現場にそれらしきものはなかったとのことだからな。」
「そんなっ!弾を反射させて、すべて当てるって…」
「予測したんだろうな。奏の動きを。」
「うぅ…」
ガタガタと車が何度も浮く。
高速で横切る車の音がうるさく感じてしまう。
「でも、それって人間にできるんかね〜?」
「さあな。でも、その可能性はゼロじゃない。大丈夫…勝つ算段はある。」
「ホントに?」
「ああ。」
不安がるボクの問いにスバルは自信満々に答えた。
自信にあふれたその顔に少しの安心と勇気が湧いてくる。
「へへっ、それは──」
△△△
「さて。作戦は以上だ。…行けるか?」
薄暗い大きな部屋の中、階段状に送られる視線と、ニヤリと笑う赤色の瞳が私に向いている。
「わかりました。」
「よし。決行は3日後。お前ら気張っていくぞぉ!!」
「「「「「オォ〜!」」」」」
この大きな会議室が熱く揺れる雄たけびに包まれる。
さっきまで感じていた心臓の鼓動が嘘のように消え去り、大人達の声の振動に身体の震えが増長される。
イメージはある…作戦はもう始まっている…
迎えに行くから…それまで待っててね…奏!




