不在着信
「スバルー!…おーい。」
だだっ広いリビングを歩き回りながら声を上げる。
この家に住ませてもらってまだ日が浅いボクは急に居なくなったスバルを探している。
「どこに隠れてるの〜…」
スバルはよく高い頻度で居なくなることが多い。
でも、外に出た音もしないし、玄関に靴があるから家の中には居るはずだ。
まだ教えてもらってない部屋とかあるのかな…?
リビングの中心に立って周りを見渡す。
いくら広くても限度がある。きっとどっかで……
─コンコン
「え?」
突然足元から軽い振動を感じた。
下を確認してもただの床で、これと言って怪しいところは無い。
しかし、その床は浮かんでしまう勢いでボクのことを持ち上げ始めた。
「わわっ!?」
急なことでびっくりしてしまい、バランスを崩して尻もちをついてしまう。
「いたた……」
前を確認すると先ほどの床板は向かい合うようにしてボクを見ていた。
いやこれって…
「ふぅ〜やっと開いた。」
四角い床板から黒い髪がニョキッと生え、ペタペタと音を立てながら白いタオル、白いTシャツと徐々に姿を見せて登ってくる。何もない箱から人が出てきたような衝撃を受けながらも、どこか合点のいく自分がいた。
完全に姿を現したスバルはキョロキョロと周りを見渡し、座り込むボクと目が合った。
白く透けて見える引き締まった肉体とシャツからはみ出た、見惚れてしまうテカテカと光る筋肉に唖然としてしまい、声を出そうにも喉が働くことを拒否していた。
「卯月?何してんだ?」
「あ…え、えっと…その…うーんと…」
唇が動かないぃっ!
「てか、ハッチの上にいたのお前か。どうりで開かなかったわけだ。」
「そう!そうだよスバルっ!」
『開かない』のワードから反射的にボクの腕と唇は動き始めた。
「な、なんだよ。」
「スバルそこで何してたの!地下室があるなんてボク知らなかったし!」
「え、えっと…教えてなかったっけ?」
「教えてない!」
そ、そうか、とボクの勢いに後退りしながら徐々に納得し始めた。
「じゃあ案内しようか。」
「よーろーしーく。」
「は、ははは…」
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「こ、こんな所が……」
磨かれた冷たい石の階段を下った先には、武道場をそのまま20畳ちょっとに狭めたような、とても厳格で引き締まった空間が広がっていた。
「こ、ここも広い……」
「ヘヘッすげーだろ。」
汗だくのスバルは誇らしげに笑う。
この家のギャップとそれを中和させる笑顔にボクは困惑……するはずだったのだが…慣れてしまったと感じる自分がいることに気づいてしまい、困惑より出所の分からない悔しさが湧き出してしまった。
「ていうか、なんで地下室なんかあるの?見るからに物置なわけないし、鍛錬するなら庭とか広いリビングとかあるじゃん。」
「理由は簡単だ。」
スバルはそのまま歩き出し、向かいの壁にある大きな木製の両引き戸の引き手に手をかける。
そして、引き戸は勢いよくスライドし始め、バンッという衝撃音がこの地下室に鳴り響いた。
「こ、これって…」
「そう、これが表で鍛錬できない理由ってやつだ。」
ボクの目に映ったのは、黒い壁に掛けられている、ハンドガンやライフル、アサルトやナイフ、ショットガンやテーザー銃…
種類ごとに何丁も何本も規則正しく並んでおり、黒い壁に掛けられた金属達の鈍い光が、キラキラと1月の冬の星空のように冷たく輝いている。
ボクは本物の銃とかは見たことがない。
でも、あのスバルからして偽物なわけがない。
慣れたと思った自分がどれだけ調子に乗っていたか今分かった。
そしてもう一つ…分かったことがある。
ボクはまだ、向こうの世界に足を踏み入れているスバルを全然知らないって。
じっくりと観察している中、一際場違いで異彩を放っている、縦に伸びた黒いとある物を2本見つけた。
それは壁の下側に掛けられていて、何度も使った痕跡があり、特別に掛けているようには見えなかった。
「これが気になるか。」
そう言ってスバルは迷わずに一番使い古された方を手に取る。
「みんな得意なことってあるよな?勉強が得意、運動が得意。もっと身近に例えるなら、お前は覚えること、知世は考えること、白花は奏でること。それは得物だって同じだ。」
2つの黒の間に銀色に光り輝く鋭い刃が姿を見せる。
…鞘と刃が擦れる冷たい音を出しながら。
「俺の得物は刀。小さい頃からずっとコイツを握っていた。」
つよい威圧感とともに繰り出された言葉に思わず息を呑んでしまう。
「じゃあ、さっきも刀の鍛錬を…?」
「…いや。違う。」
刀を収め言い捨てるように元ある場所に戻すスバルの顔は隠しながらも悔しそうな表情をしていた。
「お前も使えるように鍵は開けておくよ。」
「つ、使うって…」
「特訓する時、お前から見て左の引き戸に人形が入ってるから畳外してくっつけてくれ。ほら、これが接続部分。至るところにあるから幅は広いぜ?」
畳をめくって勝手に話を進めるスバル。
マイペースなところに少し愛想笑いをしてしまう。
「か、鍵は閉めたままでいいよ…泥棒とか入ったらまずいし……」
「えー?そうか?」
「そうでしょ!何のために鍵あると思ってるのー!危険物だよ危険物!」
「ま、まあ…たしかに……」
不用心すぎない……?
「まあ、でも、紹介ありがとうね!そろそろ上がるよ。」
「おう。ついてくぞ。」
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再び冷える階段を登ったあと眩い光の先に、あの明るい風景が広がっていた。
や、やっぱり疑っちゃう……
「ん?卯月スマホ鳴ってるぞ。」
スバルの視線につられてソファを見ると、ボクのスマホが枕に挟まれながらもブザー音を鳴らしながら薄暗く画面を光らせていた。
「お姉ちゃん……?」
不在着信の通知が画面上端を埋め尽くしており、不安と緊張を覚えながらも応答ボタンへ指を伸ばす。
「……もしもし?おね──」
「卯月!助けて!お願い!」
悲鳴のように叫ぶ声がスピーカーから発せられた。
「お姉ちゃん!?何があったの!?」
激しい息遣いが聞こえ、姿が見えなくとも目に浮かんでしまうようなパニックに陥ったお姉ちゃんは、ボクの声が聴こえていないかのようにただ1つの事実を伝え始めた。
「……白花が…拐われた…」
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「父さん、例の奴らか?」
「ああ。きっとそうだろうな。」
2人の大きな背中を追いかけながらお姉ちゃんと一緒に廊下を歩く。
ここは警視庁公安部。
所々に情熱と冷酷さが入り混じった威圧感の感じる、普通関わることのない世界だ。
「えっと…今からどこに…?」
「ああ。取調室。」
問いかけに答えてくれたスバルのお父さんはお姉ちゃんに赤い視線を向ける。繋いだ手は微かに震えており、お姉ちゃんは平静を装っていた。
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「さて…スバルと知世くんはともかく、卯月くんには話してなかったね。…白花 奏……妹の娘について。」
妹の娘って…え!?スバルのいとこさん!?
「ちょうどいい機会だ。新しい情報と混ぜ合わせて話す。」
ボクとお姉ちゃんの向かい側に座るスバルのお父さんはそばに立って静かに聞いていたスバルに目を合わせた。スバルも何かを察したように頷く。
「奏くんは妹と同じ研究者仲間の元で生まれた子供だ。そいつの名前は白花 博。そいつも優秀な学者だった。仲睦まじい家族だったよ。家族がいない日はよくペットと遊んでいたな。」
「…そ、その……『だった』って…」
「ああ。ある日、研究所が襲撃されたんだ。そこには家族全員揃っていたみたいだ。地獄のような有様だったのだろうな、逃げ惑ったようなバラバラの死体も純白で整っていたはずの施設も何もかもが黒焦げで、手がかりは何もないように見えたんだ。…ただ一つを除いてな。」
スバルがどこから取り出したのか分からない謎のファイルを机の上に置いた。
スバルのお父さんはページをペラペラと捲って数枚の写真が載ってあるページをボク達に見せてくれた。
「あれ…?さっき黒焦げって…」
「そう。施設の大部分は黒焦げだったがこの部屋だけ比較的被害が軽かったんだ。調べてみたら特別な加工をされているようだった。厳重に守られているようにな。どうだ?君たちの意見を聞かせてほしい。」
1枚1枚写真を見ていくと、さっき話していた人達であろう目を逸らしたくなる2人の男女の死体や少し燃えてしまったであろう謎の装置など、ほぼ全ての写真に何かが引っかかるような感覚を覚えてしまう。
「ここ…この写真だけ血痕がある。」
ダンマリしていたお姉ちゃんが静かにかつ鋭く口を開いた。お姉ちゃんが指した写真には施術室で見るようなベッドの中腹あたりに大きく赤黒い血痕がべっとりとついているのが確認できた。
「そうだ。知世くん。この部屋に見つかった血痕はこの写真だけ。そして鑑定した結果、この血は奏くんのものだと分かった。」
「嘘っ…」
「じゃ、じゃあなんで……」
ボクと同じように動揺しながらもお姉ちゃんは口を動かし続ける。ボクの手から離れ、拳を強く握りながら質問を投げ始めた。
「じゃあなんであの子は生きてるんだよ!この失血量じゃ……もう……」
「そうだな。死ぬ量だ。でも何で生きているか分かるか?」
「……研究…内容…?」
「…ああ。俺もそう睨んでいる。」
「それじゃあ一体どんな研究を!」
「それは俺も知らない。」
「なんで!」
「落ち着け知世!」
「っ!」
罵倒のようなお姉ちゃんの責め立てに水を差すようにしてスバルが鋭く声を上げた。
「……ごめん。」
震えを隠すようにして握っていた拳はゆっくりと解けていく。
「焦るのはわかるが、冷静に物事を見ることも大切だ。」
「そんなの……」
「分かっていても実行できなければ意味がない。」
「……」
厳しく諭されてしまったお姉ちゃんの顔は落ち着こうと試すも焦りが許してくれないような顔で、とても苦しそうに下唇を噛んでいた。
「研究内容に関して、妹からは何も伝えられていない。部外者に聞いてもらいたくないんだと。」
…妹さんが殺されて、手がかりも少ない厳しい状況なのに、スバルのお父さんは顔色一つ変えず話していた。
「俺らに残された手がかりはこの写真達だけ。そうだな…もう一つ聞いてもらいたい写真といえば……」
「…この機械。」
お姉ちゃんは双眼鏡を縦に置いたような謎の機械を指さした。今度は向き合おうと真っ直ぐ写真を見ながら。 この写真に映る巨大な2つの筒を持つ機械は、片方だけ扉が空いており、その中は全く新しいもののように見えた。
「ああ、コイツか…この機械はもう使い物にならないが何かの実験装置だと分かる。片方は人でもう片方はそれと混ぜ合わせる何かと考察できるな。」
「…そ、そんな!いや、でも……混ぜ合わせたって一体何を……」
衝撃を受け止めながらもお姉ちゃんは考え始めた。
「あ、あのっ…」
みんなが沈黙する中、不安を覚えながらも過去の話を遡った結果、思いついた意見を述べてみる。
「あってるかどうか分からないけどさ……もしかして……」
△△△
「で、ど#だね進#は。」
「あ#、はい。解析#進ん##す。ただ……」
くもってて…よく…聴こえない……
ここは…水の中…?ははは、一面翡翠色だぁ…
身動きが取れない、まぶたが重い、知らない誰かがずっと見ている。あっ、話が通じない人もだ……
怖い…怖いよ……先生……
(奏…?怖いのか?)
私の…声…?
君は…だれ……?
(忘れてしまったのか?…分かった。あの時みたいに力を貸すよ。だから……)
だから…?
(だから…奏の体を貸してくれないか?)




