嘘之知世
「…」
「卯月?」
「……」
「おーい卯月?」
「………」
「うーずーきー!ちょっと止まってくれー!」
目の前に大きな人影が視界を遮るように現れる。
ボクはそのままぶつかってしまわないように立ち止まる。
「な、なに!?」
「おい大丈夫か?嘘之の事が心配なのは分かるけどよ、お前昨日からずっとうわの空で心配なんだよ。」
「ああっごめん…気をつけるね。」
「気をつけるって…はぁ…ほら手出せ。」
「え?」
少し困惑しながらスバルの元へ手を伸ばしてみる。
すると…温かい感覚がボクの手のひらを掴んだ。
「えっ!?ちょっ!へ!?」
「…これなら安心だな。」
あ、あんしんできないよぉ!?
いや安心できるけどさぁ!
「こんなことしてていいのかな…?」
「…歩きながら話すぞ。」
そう言ってスバルはボクと歩幅を合わせて歩いてくれる。真っ直ぐスバルを見れない…こんなドキドキって恋人同士になってもするものなんだ…
「『こんなこと』…か。卯月。知世のことを考えて言っているんだろ?…でも、知世のことを考えて歩いてたら事故りましたとか、もっと知世が悲しむかもだぜ?」
「それは…そうだけど……うーん…」
「…あーっと、別にお前の"お人好し"を変える必要はない。自分のことを考えて、知世のことも考える。そのバランスを大事にして欲しいんだ。」
「そうだね…」
「…えっと、すまん…なんか説教臭くなったな。用に話は、俺はお前のほうが大事で心配ってこと。ただそれだけだ。」
「…ありがとう。」
気遣いしてくれてるのだろう。
…知世ちゃんのことを考えて、ボク自身のことも考える。うーん…どうしてもスバルが言ってたものと逆の順番になっちゃうな…
そんなことを考えていると突然、見覚えのある人影が横を通り過ぎる。
「あっ…」
真っ直ぐ前を向いて、挨拶も、振り向く素振りすら見せない知世ちゃんが、そのまま先へと進んでいった。
「今のは…嘘之か…?」
「…」
知世ちゃん…
###
教室はいつものようにザワザワしている。
みんな楽しそうだったり、文句を言ったり色々だ。
…こんなにブルーな気分なのは、きっとボク達だけだろう…
「お、おはよう!ちせ…ちゃん…」
何故だろう。スバルなら心の中でなら気軽に『知世ちゃん』と呼べるのに、どうして本人の前になると言葉が詰まるのだろう。
うまく…言えない…
「…うん。ごめんね。」
「あっ…」
知世ちゃんはそのままどこかへ行ってしまう。
朝も、昼も、それ以降も、お互い話しかけることはなかった。
授業中、窓ガラスに反射する知世ちゃんの顔はどこか割り切っているようで、悔しそうな…そんな顔だった。
###
「な、なぁ、いまさらだけどよ…神美さんと嘘之さん喧嘩したとか…?」
「したとしても…なんであんな仲良かった2人が…?」
「なあ。」
「あ、は、羽田!」
「な、なんでも…!またな!」
「…なんだあいつら。」
「ま、まあまあ…は、早く帰ろうよ!」
納得がいかないような顔をするスバルをなだめながら、鞄を持って一緒に教室を出る。
そういう噂ももう学校中に広がってしまった。
帰りがいつもと違って少しさみしい。
「知世ちゃん…どこいったのかな?」
△△△
カバンを片手に階段を登る。
タッ…タッ…と足音が周りに響く。
「…」
ここは3階。窓の外には1号館が見える。
足を止めず、静かな階段を登っていく。
〜♪
「…?」
静かなこの階段に微かにだが笛の音が聴こえる。
上がっていくにつれてハッキリと優しい音色が聴こえてくる。
…やがて屋上の扉の前に立つ。
……きっと彼女だ。
少し重いドアノブをひねてゆっくりと扉を開ける。
〜〜♪
扉を開けると同時に笛の音がそよ風とともに流てきた。緑色の葉が舞う中、とても自然で一際目立つ『緑』が笛を奏で座っていた。
「白花…奏…」
パタパタと小鳥達が彼女の元へ集まってくる。
彼女の姿は世界が彼女にのために動いているような…そんな自由気ままで、とても幸せそうな姿。
妬ましい…
「みんな聴いてくれてありがとね!」
彼女は一羽の小鳥を指に乗せ、純粋な微笑みで小鳥からアタシへと視線を向ける。
「君も…ね!」
「っ…」
ダメだ戻ろう…アタシは…ここにいちゃ──
「そっぽ向かないでさ、こっちに来てよ。」
「…」
ドアノブにかけた手が動かない。
「一歩が重い?すごく遠く感じる?」
「…」
…本当にイライラする。
何もわかってないくせに…幸せな生活の中にいるはずなのに…なんで…なんで……
「じゃあ私が半分近づくよ。」
「…っ」
「君が嫌な思いをするかもだから無理やり近づくのは止めとく。でも、変わりたいと思う一歩が重いのなら、遠いのなら、私は半歩、君に近づくよ。『引き返す一歩か、進む半歩』…ほら、もう重みは同じでしょ?」
引き返す一歩か…進む半歩…
小鳥たちが一斉に飛び立つ。
羽の一振り一振りが強い横風となって髪をなびかせる。
…アタシは進んでみる──
「ふふ、ありがと。」
「…なにが……」
──半歩。前へ。
「さ、座ってよ。」
雲の境目から漏れる光に照らされている、少し温かい椅子に座り込む。
ふと空を見上げ、空を覆う雲から垣間見える『青』をじっと見つめる。
「…教えてよ……」
「何を?」
「なんで…アタシに近づくの?」
「どうしてって…うーん。独りじゃないと否定してくれるかもって思ったから。」
「は…?」
彼女の顔を見る。
微笑みこちらを覗き見る彼女と目が合ってしまう。
ボサボサで銀色の長い髪が風になびいて、ピンクの瞳が笑っていた。
その明るくて純粋な色が、アタシの心を黒色に染め上げる。さらに黒く…混ざっていく…
「ねぇ、お話しようよ!時間はいっぱいあるでしょ?」
「なんでアンタなんかに…」
「…まあそうなるよね。でも、私は君のことが知りたいんだよ!」
「じゃあ卯月たちから…」
「いやだ!他人から聞いたお話で、その人を理解するなんて到底無理だよ。」
「それじゃもう…」
「私から話すよ。」
「…は?」
「タダで君のことを聴こうとはしない。君の言う『闇』は、とても深そうだからね。」
そうして彼女は片手に持っている笛をじっと見つめる。
「え…」
「ん?どうしたの?」
アタシの声に反応した彼女は疑問な顔してこっちを見た。
「い、いや…その…」
「『意外だな』って声だね。私だって感傷に浸る時もあるよ。」
堂々と腕を組む笑顔と目と目が合ってしまう。
やっぱり…何もかも見透かされてる。
…さっき、アタシと別の世界に住んでいるはずなのに、まるでこっちの世界の住人のような顔をしていた。
アタシと同じ…割り切ったようで、後悔している顔…
「私ね…独りなんだずっと。」
「ひと…り…?」
「うん。独り。」
彼女は真っ直ぐ笛を見つめ直した。
笛を見つめる時の顔は、さっきの堂々とした笑顔じゃなく、あの時の割り切ったようで、後悔してる……そんな顔だった。
「私の親が早くに死んで、先生に拾ってもらったんだ。ああ、先生っていうのはこの笛を教えてくれた人。でも…その人も死んじゃった。」
「え…?」
「殺されて、家が燃えたんだ。私の目の前で。」
「っ!」
家…が……?
「そして何年か経って、今ここにいる。…え、えっとごめんちょっとザックリ話しちゃっ──」
「私も。」
「え?」
「私も家が燃えたの。親がそこで死んだ。」
「君も…なんだ…」
「…うん。でも、まだ終わってない……ううん…始まってない…」
「始まって…ない?」
思わず片腕を掴んでしまう。
思い出すだけで吐き気がする。
でも、話すしかない…彼女は話してくれた。ザックリとだけど重いものは重い。こんなのきっと気軽に話せるものじゃない。ハハ、ずるい人だ…こんなの話すしかないじゃん。
…ハッキリと伝えるんだ……
この人なら…受け止めてくれるのかな……?
卯月が覚えていない過去の話を…
***
家が燃えてから数日が経った。
「くそっ!まだ見つかっていないのか!」
「落ち着いて…!あの子の側にいれるのはもう私達しかいないのよ!私達が落ち着かなきゃ、あの子の不安は増す一方よ…!」
「くっ…!」
そんな声が部屋の外から聞こえる。
今まで聞いたことがない荒れた声で。
「大丈夫だよ。見つかるよ絶対。だってあんな元気な子なんだから絶対どこかで生きてるよ!」
「……」
麻衣お姉ちゃんが布団にくるまうアタシを励ましてくれる。今まで見たことがない悲しい顔で。
2人は喧嘩したわけではない。でも、仲良くしてほしい…
お姉ちゃんはずっと笑顔でいてほしい…
お母さんとお父さんは死んだ。
妹は行方不明。塵も残らなかったと聞いた。
『見つかる』だなんて…それはみんなの気遣いだ。
アタシがいなければ、みんな悩まなかったのに…
「ごめんさない…」
「ど、どうしたの!?謝っちゃダメだよ!何も悪くないんだから!」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
頬が熱い…声がうまく出ない…
何も考えられない…
ごめん…なさい…本当に……
###
「おーい。おーきーてー!朝だよ〜!」
「うぅー…」
「ほら、早く起きてよ!私行かないといけないもん、卒業式に遅れちゃう!」
「あ…!」
「もう!中学2年生なんだからしっかりしてよねー!」
「中学2年生でも子供は子供でしょ…?」
「もー夢ないなー!じゃ、学校でね〜!」
麻衣お姉ちゃんはウキウキしながら部屋を出て行った。
窓から温かい陽の光が差し込む。
小鳥のさえずりが聞こえる。
生命の活気に溢れている桜の季節…
「アタシも…中2か…」
そのまま天井から反射されている日の光を見ながら、布団のなかでくるまっていると部屋の外から食器の音と、朝食の匂いがした。
「…私も準備しないと。」
###
「おはよう…」
「あらまだ眠そうね〜」
「早く顔を洗ってきなさい。出かける準備だ!」
「まだ卒業式まで時間あるわよ?」
「な、なんだよ、いいじゃないか!そっちだっていつもより早く起きてたくせに。」
「あら〜?それは朝早くご飯を作らなきゃいけなかったからよ〜?」
「へぇ~?強が──」
「ふふふ」
「ぐはっ!?」
またおじさんの頭グリグリしてる…
「仲良いな…」
ああ、この日だ。ハッキリと覚えている。
思い出してしまう。
これは、朝日家が輝いていた最後の日。
###
「ただいまー。」
麻衣お姉ちゃんの卒業式のあと、アタシは友達から遊びに誘われて朝日家のみんなと別れた。
先に家に帰ったみんなの、光のような笑顔がアタシを迎えてくれる、話しかけてくれる。そう思っていた。
……そのはずだった。
靴を脱いで一歩踏み出すと、とある異変が家中の中に漂っていることを感じた。
何かが…おかしい…
どこからとも無く湧いてくる緊張と不安を抱えながら、真っ暗な部屋の電気をつける。
しかし、そこには──
「えっ…?」
──そこには誰もいない荒れたリビングがアタシの瞳に写っていた。人の気配がなく、廃虚のようだった。
多くの足跡と家具が散乱していて、血痕すら確認できた。
そこでアタシの頭の中で何かが繋がった。
「やっぱり…アタシのせいじゃん……」
狙われていたんだ。
アタシが…いや……神美家という存在が。
「ハ、ハハ…ハハハ……」
無力感と言葉にできない絶望がアタシの体に重くのしかかった。立ち上がることすらできないほどに…
「うっ…」
吐きそうだ。でもダメだ…ここで吐いたらダメだ…
「逃げなきゃ。」
足に力が入らないまま慌てて走り出す。
倒れた家具に躓いて転んでしまう事もあった。
どの部屋も荒れている。
特にアタシの部屋は原形をとどめていなかった。
窓は割れ、家具は壊され、壁に穴が開いている。
冷たい風が破れたカーテンを靡かせていた。
ダメだ…ここには何もない。
逃げるために持ち物を探す。
もしかしたら、もうすぐここに荒らした犯人が戻ってくるかもしれない。
もしかしたら、まだここに犯人がいるかもしれない。
今にも吐きそうな不安が腕を震わせていた。でも、そんなの気にしてられないままアタシは準備を進める。
そういえばまだ見てない部屋がある。
「ここも…」
おばさん、おじさんの部屋…
アタシの部屋よりかはマシだけど酷いものは酷い。
瓦礫により転ばないよう、そのまま部屋を漁っている中、とある物を見つける。
「これ…」
見覚えのある自由帳が引き出しから出てきた。状態が良くて、アタシの名前がハッキリと書かれていた。
どれもグチャグチャに出されているのにこれだけが奇跡的に残っていた。
いや…隠されていた。
分かっている…そんな時間はないことを。
でも…でも、何かヒントがあれば…心の支えになるものがあればそれでいい気がしたんだ。
パラパラと捲っていると、とあるページが目にとまった。
「あ…」
クレヨンでカラフルに色がついている中、まだまだ幼い子供が描いたような誰かのスケッチがあった。
そして、それの側に大きく純粋な筆跡で、とある名前も書かれていた。
……[チセ]と。
「えっ?」
だが、それ以外にも目に留まるものがあった。
なんなら、それが本命でもある。
それは名前の横に誰かが付け足したような、よく知っている、大人の筆跡。その筆跡である文章が書かれていた。
アタシにとってそれは希望に溢れていて、それは地獄の入り口でもあるような文章だった。
[これを読んでいる君へ。もし読んでいる君が私の知っている人であったら、ひとまず落ち着いてほしい。
想像しているように、これから生きていくにはきっと大変な道のりになるだろう。
死んでしまいたいと思う時もあるはずだ。
今がそうかもしれない。
でも、君だけには生きていてほしい。
だから君に生きる意味を託す。
やっとわかった。神美卯月は生きている。]
「っ!?」
アタシは震えた。口を押さえた。
出てしまう泣き声を抑えるために…
今は泣いている場合じゃないんだ。喜ぶんだ…!
「卯月が生きていたんだ」って……!
──でも現実は甘くはなかった。
これはまだ希望に溢れていたものであり、地獄の入り口のようなものじゃない。
希望の裏には代償がつきものだ。
そう…わかってしまったんだ。
[現在あの子の保護者の娘は春桜高校に進学しているとのことだ。きっとあの子もそこに向かうはずだ。
そこでとある知り合いを通じて、君もそこに向かえるように新しい身分を作ってもらった。
いいかい?偽るんだ。嘘を突き通すんだよ。
黒い髪の毛のストレートヘアーで、四角い眼鏡をかけている、そばかすがあり、まるで私の娘のような見た目をしている女の子。嘘之知世として生きなさい。]




