桜のあとから
「よーしっ!これでいいかな!」
嘘之は手を叩き、腕を組む。
「わりぃな。全員縛るの手伝えなくて。」
「いいのアンタは怪我人だし。」
「まあな。」
「ンー!ンーンー!」
俺らと同じぐらいの年齢の子が必死に訴えかけるようにジタバタしてもがいている。
「…で、たしか来るんだよね?スバル君のお父さん。」
「ああ、さっきメールで話したら行くって。」
そう言った直後、待っていたかのように俺のポケットから着信音が鳴った。
「誰から?」
「父さんだ。噂をすれば何とやらだな。」
「ふふっ、そうだね。」
「少し席を外す。いいか?」
「大丈夫大丈夫!行ってきな!」
わかりやすい作り笑顔をする嘘之を背に、俺は階段の踊り場まで向かい電話に出る。
「もしもし?父さんどうしたんだ?」
「ああ、スバル。奴らはどうなった?」
「なんとか拘束してるぜ。意識は取り戻したみたいだがな。」
「わかった。もうすぐ着くから待っててくれ。」
「なあ、父さん…」
「ん?どうした?そんな疲れた声して。『最後に〜』とかやめてくれよ。」
「言わねぇよ!そんなの!」
「ハハハッ!」
「はぁ…。…これで母さんは報われるのかな?」
「…どうだろうな…それは胡桃次第だ。」
「…そうか…そうだよな!わりぃ!変なこと聞いた!」
「スバル。」
「ど、どうした?」
「…胡桃はお前の元気な姿見るだけでも報われると思うぞ。」
「…そんなのって……」
「…でもまあ、やるようになったじゃねぇか!殺し屋を撃退するなんて!」
「それは助けがあったからで、俺1人じゃ…」
「ああ、そうだな。お前1人じゃ死んでただろうな。」
「なっ!」
「でも、俺が褒めてるのは人と協力して倒したってことだ!昔のお前だったら1人で突っ込んで死んでただろうよ。」
「そ、そうか…」
「そうだ!いくらなんでも闘い方を学んでいたからって、お前はまだ未熟なんだよ!」
「…未熟…」
「そう。未熟。未熟だからこそその闘い方だけにこだわる必要もないんだ。」
「は?どうゆう意味だよ?」
「ヘヘへッ。さあな?」
「なんだよ!変にもったいぶんなよ!」
「まあ、詳しい話は病院でな!」
─プツ
「はぁ~。」
そうやって強引に電話を切られたあと、パトカーの音と救急車の音が聞こえてきた。
アドレナリンが切れて痛みが増す体を動かして嘘之のもとへ向かう。
一歩また一歩と進む時、一瞬…ほんの一瞬だけ、あたたかい風が吹いた気がした。
廊下から見える外の景色は、とても晴れていて、青と白とのコントラストがはっきりかつ自然に見えて、少し体が軽くなった気がした。
「一件落着…だな。」
△△△
あ…れ…?
真っ暗な空間がボクの目の前に広がっている。
地面の感覚がない…でも浮いている気もしない。
ここはどこだろう?
確かボクは頭を蹴られて、気を失って…
スバルはどうなったのかな?
…何かこもった音がする。
うるさくて規則的なベルの音……
これって…非常ベル…?
どんどん非常ベル音がクリアになっていく。
それに連れて音量も大きくなっていく。
思わず耳を塞ぎたくなるほど……
「…あれ?」
冷たい何かがボクを覆っている。
どこかこの冷たさに覚えがある。
気になってボクは顔を見上げてみた。
「…」
見上げてみると、あまり顔が見えない女性にボクは抱きしめられていた。
何故だろう…?ボクはこの人が誰だか思い出せる。
多分この人は…ボクの…
「お母…さん…?…っ!?」
突然、後ろからボクの服が引っ張られた。
あまりにも強い力で、抵抗ができない。
されるがままでボクは冷たい手から離れることとなってしまう。
ゆらゆらと揺れる『赤』がお母さんを囲っていた。
「あ…つい…」
男の人に抱えられ熱いこの場所から連れ出される。
男の人は何か言っているけど何も聞こえない。
瞬きをすると別の景色が目に映った。
…家が燃えている。
さっきの男の人が倒れている。
「お父…さん…?」
そして誰かがボクの手を握った。
大きな手がする方へと顔を向けると、知っている人達がボクに笑顔を向けていた。
朝日家の人だ。
…あれ?
暗い。
瞬きして、目を開いているはずだ。
それでも暗い。
ボクは今どこにいるんだろう?
ボクは今どこに向かうんだろう ?
でも、わかるとしたら
ただ暗い道を歩いていることだけだ。
ボクの手を握る朝日家の顔が見えない。
男がいる。
その男はとても背が高く、黒いネクタイと黒いスーツをしながら闇と同化していて、顔の部分にノイズがかかっている。
「……!?」
声が出ない。
男が近づいてくる。
黒い世界■ボクに近づく。
そし■ボクの顔■手を伸ば■■■
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「うわあああああああ!」
「う、ウズキ!?どうしたの!?」
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
「卯月…落ち着いて…!」
息遣いが荒いボクに知世ちゃんは背中を擦ってくれる。少し経った後、知世ちゃんのおかげで、なんとか息を整えることができた。
###
「ここは…清夏病院…?」
「うん。そうだよ。ねぇ卯月。怖い夢でも見たの?」
「…うん。」
「どんな夢?聞かせてほしいな。」
「…家が燃えてた。」
「……ほかには?」
「あの朝日家の人に連れて行かれて…えっと…あれ?」
「卯月 ?」
「ごめん…その後が分からない。ノイズが走ってて…」
「ノイズ…?」
「…ごめん分からない…」
「…まあ、仕方ないよ。夢って忘れるもんだから。悪夢なら忘れてなんぼだよ!」
そう言って優しく微笑む知世ちゃんはボクの頭を撫でてくれた。
さっきの背筋が凍るような感覚はもうなく、胸のあたりから広がるあたたかさがボクの体を包んだ。
「そういえばスバルは…?」
「左見てみて。」
言われた通り左を見てみるとスバルが眠っていた。
「スバル…」
「卯月のせいじゃないよ?」
「分かってる…分かってるよ…」
「…卯月。」
「どうしたの?」
「ぎゅーってしていい?」
「な、なんで!?」
「してみたいから!」
「…いい…け──」
そう言った瞬間、1秒もせずボクの体は知世ちゃんに覆われる。
強くて、震えてて、あたたかい抱擁だ。
「卯月…卯月…」
「知世ちゃん!?どうしたの?泣いてるの?」
「い、いや泣いてないよ!」
「でも、力強いし…ボクの首らへんちょっと濡れてるから…」
「アハハ…嘘下手だねアタシ…」
「知世ちゃん…あっ。そういえば聞きたいことがあったんだった。」
「え?どうしたの?」
ボクに抱擁をやめて、涙を拭きながらきょとんとしている。
「知世ちゃんさ、スバルと一緒にボクの家来てたでしょ?」
「う、うんそうだよ?なんでわかったの?」
「聞こえたの。朝日家の人との話が。」
「えっ?」
「ねぇ、知世ちゃん…もう死んでる人ってなに?」
「……え…?」
△△△
それから翌日。日曜日。
アタシは今清算病院に向かっている。
「よってらっしゃーい!」
「ねぇ!そこの君たち、今なら安いよ!」
「いえ、遠慮しときます。さあ、行こうか。」
「うん。」
〜〜♪
「わあ!不思議な音色!」
「綺麗な笛だわ〜!」
このようにいつも騒がしい四季ノ大通り。
呼び込みや、路上ライブをする人まで十人十色だ。
何か買ってあげようかな…?
少し立ち止まって何か買うものを調べている最中に卯月から電話がかかってきた。
「もしもし〜?」
「もしもし知世ちゃん!スバルおきたよ!」
「え!?本当!?」
アタシはゆっくり周りを見ながら歩き出す。
「どう?スバルの様子は。」
「結構元気だよ!ほら!」
「おーい!知世!今どこだ〜?」
「今、四季ノ大通り!そっち向かうからまってて!」
「はーい!」
「了解!」
とりあえず走るか!
「あのーすみません。」
突然右から声をかけられる。
魔女っ子が被るような帽子をして、笛を持った中性的な声をする、銀髪で長髪の全身緑人間…
いや…誰だ?
「は、はい?どうしました?」
「よかったら私の演奏聴いていきませんか?」
「え、演奏?す、すみません今急いでて…その…帰りまたいたら聴きますので!」
「ああっ、そうですよね。すみません。これから病院に行くっていうのに呼び止めてごめんなさい。では、行ってきてください!」
「そ、それでは!」
アタシは、そのまま2人の元へ走り出す。
その笛の人は手を振ってくれた。
…あれ?さっきアタシ病院行くって言ってたっけ?
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「はぁ…はぁ…やっとづいだ…」
「ふふっお疲れ様!」
「よー!」
スバル君がもぐもぐと何かを片手に食べている。
「あ、アンタ何食べてんの…?」
「肉まん」
「…そ、そう…」
と、とりあえず卯月とスバル君のベッドの間に座って、机に乗っている最後のホカホカ肉まんを掻っ攫う。
「ちょっ!それボクの分!」
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「ふぅ~ごちそうさまでした。」
スバル君が満足そうに座って、手を合わせる。
卯月もスバル君と向かい合ってニコニコしている。
「半分でも美味しかったね!スバルのお父さんが持ってきてくれた肉まん。」
「あれ?スバル君のお父さん来てたんだ。」
「ああ。報告でな。」
「結局アイツはどうなったの?」
「アイツは今身柄を拘束されて、いろいろ尋問されてるぜ。なんせいろいろ殺しまくった殺し屋だからな。」
「殺し屋…なんでウズキの元に?」
「まさに知世を呼んだのがそれだ。2人に聞いてほしい話がある。」
スバル君は深刻な表情をしてアタシ達を見つめる。
「これは仮説なんだが今回の件…裏に何かがいる。」
「…なっ!?」
「卯月…俺さ、あの戦いのとき皿とか投げまくったよな?」
「う、うん。」
「え!?そうなの!?」
「それはお前の家にあった監視カメラを壊すためにもやったんだ。」
「…え…?」
「監視カメラ…!?なんでそんなのがウズキの家に?まさかストーカー?」
「そんなことはない。そもそもその家にはプロの殺し屋がいるんだぞ?カメラがあってもすぐ気づくはずだ。」
「…うぅ確かに。」
「もしかしたら卯月は虐げられていたわけじゃなく、保護されていたのかもしれないな……」
スバル君が胡座をかいて、空っぽな肉まんの箱を見る。
「……スバル…聞きたいんだけどさ。監視カメラってどこについてたの?」
「…玄関、キッチン、リビングの隅、風呂、トイレ、そして、卯月の部屋だ。どれも上手く隠されていた。…気持ち悪ぃ。」
残酷で冷たく報告される内容に対して、卯月の顔は青ざめていく。
「ボクの…部屋…?っ…うぅ…」
「ウズキ…」
アタシは少し冷えた卯月の手を握り安心させてみる。卯月もそれに対してぎゅっと握り返してくれた。
「…大丈夫だ!この件は父さんが調査してくれてるし、もうあの気味が悪い家に住むことはないぞ!」
「…え?」
卯月は余裕のない表情でスバル君を見つめる。
「卯月。聞きたいことがある。これからは俺の父さん、羽田剣竜が保護者として預かるってのはどうだ?お前が言ってくれればすぐにでも手配できる。」
「…え!?ボクが!?そんなのって…」
少し戸惑いながらアタシの手を握る力が強くなる。
「…俺らならお前を守れる。お前が何かに狙われたとして、保護者に矛先が向いたとしても、俺の父さんなら大丈夫だ。」
「ウズキ、受けてみたら?」
「ありがたいけど、結局住む場所は…」
あっひらめいた。
「ウズキ…ごめんね。アタシの家、人泊めるの無理なんだ。」
「…そ、そうなの?」
「ってことでスバル君の家に住んだらいいんじゃない?」
「あー、確かに…って!はぁ!?ち、知世ちゃん!?」
さっきまで青い顔していた卯月は赤色へと見事に変色した。
「…それのほうが、正直ありがたいが…まあ、いろいろと危ないしな…」
「そ、そうだよ!知世ちゃん!スバルの言う通りだよ!」
「えー?でもそれしかなくない?」
「…う、うぅ…ほ、ほか…に…ある…はず…」
勢いが弱まっていく卯月はもじもじしてチラッとスバル君のことを見る。
しかしスバル君は気づかない…
ええい!じれったい!
「で、どうするの!野宿?同棲?」
「い、言い方ぁ!」
「えー?このままだと埒が明かないよ?」
「う、うぅ…。ず、ずるいよぉ…。……どう…せい…」
「よし決まりぃ!スバル君電話!」
「お、おう。わかった。」
よし。勝った!
###
「ウズキ、スバル君、退院おめでとう!」
「ありがとうね。」「ありがとな。」
「そんじゃあ、これからの同棲生活頑張ってね!アタシは帰るから!」
「ちょっ!知世ちゃ──」
「バイバーーーイ!」
「すごい速さで行っちまったな。」
ど、同棲って言われても…
「…じゃあ、とりあえず行くか?」
「う、うん。」
今は朝の時間帯。
ボクたちは四季ノ大通りの外れにあるあの、河川敷を歩いている。
ここは、とても物静かだ。
川の流れる音が聞こえる。
川の水が太陽の光を反射して輝いて見える。
青空の鏡写しのようにして、川も青く澄んでいる。
雀の鳴く声、砂を踏む音。
そしてボクの心臓の音。
「スバル…」
「ん?どうした?」
…ボクは足を止める。
もう何も気にしなくていい。
もう自由になっていい。
思うと、解放された喜びと同時に、別の感情が浮かび上がってくる。
今まで感じてこなかったこの気持ち。
「スバル…!その…!えっと…!」
頑張るんだ。
言いたいことがたくさんあるんだ。
全部君に聴いてほしい。
全部君に届いてほしい。
「ボクと…!」
「卯月!」
「え?わわっ!?」
スバルは笑顔を浮かべながら、ボクの手を掴んで走り出す。
「もっといいところがある!そこで話そう!」
「もっといいところ…?」
「ああ。」
スバルに連れて行かれていた場所は、四季ノ大通りとボクらの町が丁度見える山の中腹にたどり着いた。
「四色山っていうんだここ。」
「…この町にこんな所が…!」
額に涼しい風が当たる。
草木が揺れる音がして、自然の匂いがする。
「座ろうぜ。」
「うん。」
少し冷えてる雑草がボクの手に触れる。
「スバル…隣にある木はなに?」
ボク達が座っている広い山のスペースの端に大きな木が生えていた。
「ん?あれか?あれは桜の木だ。」
「桜…」
「ここの桜綺麗に咲くんだぜ?来年観に行こうな。」
「うん!」
そよ風により草木が揺れる音がしばらく続く。
初めて見るこの光景につい見惚れてしまう。
「…なあ卯月。」
「どうしたの?」
「ここには誰もいないぜ。さっきの話が聞きたい。」
「そう…だね。」
「…」
「…」
今だ沈黙は続く。
さっき覚悟を決めたはずなのに。
心に決めたはずなのに。
内容は考えたはずなのに。
ボクは忘れることができない。
一度考えたことだってよく覚えている。
でも…なんで…何も出てこないんだよ……!
なんで…言葉に詰まるんだよ…!
「…」
「…っ!」
風に揺れる草にくすぐられる中、指先と指先が互いに触れてしまう。
「スバっ…」「卯っ…」
「「あっ…」」
お互い目が合う。
吐息が感じられるほどの距離で。
「…ねぇ、スバル!」
「はい。」
「…ボク……ボク…ボク!スバルのことが…その…大…好き!…大好きだから!もう二度と忘れられないほど…愛しているから!その…ボクと…付き合ってくれませんか!」
──風が吹いていた。
ああ、言って…しまった…
心臓の音がうるさい…
手の汗が、こんなにたくさん…
でも…なぜか心が軽い…
「卯月。」
「はい!」
「…後悔したまま死ぬかもしれないし、お前を幸せにしてやれる保証なんか俺にはできない。」
「…やっぱりボクじゃ──」
「…でも!本当にこんな俺でいいなら。お前を一生護らせてくれないか?」
「えっ…いい…の…?」
「ああ。」
「こんなボクのことを…?」
「お互い様だろ?」
「そっか…そっか…!」
──その風はあたたかくて心地がいい…
「う、卯月!?へ、変なこと言っちまったか?」
「あ、あれ?ど、どうしたの?そんな顔して?も、もしかしてボク…泣いてたりする…?」
「あ、ああ。すごい涙出てるぞ?」
「そ、そんなことないよ…!だって、嬉しいんだもん!別に泣くことなんかないもん!ひっく…でも、なんで…?」
「…卯月知ってるか?嬉しい時も泣いていいんだぞ?」
「そう…なんだ…ボク…泣いていいんだ…弱いとこ…見せてもいいんだ…こんな…ボクに…う、うぅ…」
──そんな…風だった…
…その後どのぐらい泣いていたのだろうか?
どのぐらい涙を流していたのか。
どのぐらい泣き言を言っていたのか分からない。
覚えているとしたら、そよ風に吹かれながら、あたたかい胸の中で泣いていたことぐらいだけだった。
気づけばもう空は赤色に染まっていた。
「…ありがとう。こんな時間まで付き合ってくれて。」
「いいんだ。」
「本当に…ありがとう。」
「ああ。こちらこそ。」
スバルは立ち上がって伸びをする。
そしてあの桜の木の元へ近づく。
「スバル?」
「なあ、卯月。覚えているか?あの時の『約束』。」
「うん。覚えてるよ。守るっていう約束。」
「あの頃から俺はお前のことが大好きになったんだ。」
「ふぇ!?」
「そんなに驚くなよ?」
「い、いや…でも…あの時ボク何かしたの?ただ本音話しただけだよ?」
「その後の初めて見せてくれた笑顔に惚れたんだ。桜の花びらが舞うあの日から。お前を守るって誓ったんだ。」
スバルは淡い赤色を背に穏やかに笑っていた。
初めてのようでいつも見せるような笑顔につられてボクもつい微笑んでしまう。
「そっか…もう好きになってくれてたんだ。あの『桜のあとから』。」
「…ちょっと恥ずかしいけどな!」
少し顔を赤くしてボクの元へ歩んでくる。
この赤色は夕日のせいじゃないって今度はハッキリわかる。きっとボクも同じだろうと、自分の頬に触れてみる。
「ふふっ…お互いそうだね!」
「そんじゃ、帰ろうか。」
「うん。『帰ろう』!




