オレンジ色の帰り道
「わりぃ、父さん少し遅れるみたいだ。…ああ、問題ない。…大丈夫だって。ホントだ。あ、俺が切るぞ、ヘヘッ大丈夫だ。そんじゃ。」
神美に助けると宣言した翌日。今日は土曜日だ。俺は今、父さんに会うため渋谷行の電車を待っている。
「この駅、まだ柵ないのかよ…」
俺は東京都の端っこにあるこの町に引っ越してきた。近くには山があり、春桜高校はこの町にある。春桜高校に通っている子は全員ここに住んでいるはずだ。
「黄色い線の内側に……」
神美達は今どうしているのだろうか…?
そう考える中、ふと思い出す。
「…あっ、しまったな…今日祭りか。」
△△△
「はぁ~ど~しよぉ~…」
アタシは、今ベッドの上でゴロゴロしながら悩んでいる…そう…それは…
「祭りに行きたい…!ウズキと祭りに…行 き た いっ !」
それは、あの卯月をどうやって祭りに誘うかだ。
あの子は絶対、「ボクといるとトラブルに遭うかもだし…」とか「ボクよりもっといい人を…」とか、あのネガティブ思考の渦に囚われて行かないかもしれない。てか絶対行かない!
「は~…よし!電話だ!」
ダメもとでアタシは卯月に電話をかけた。
やらない後悔よりやる後悔って誰かが言っていた気がするし。
─プr
「もしもし?」
「はや!?」
思わず声が出てしまった。ま、待っていたのかな…?
「え。出ないほうがよかった?」
「いやいや!むしろこんなに早く出てきてうれしいよ!」
「そ、そうなの?えっと、ご、ごようけんは?」
「そんなにかしこまらなくていいって!まあ、用件は一緒にお祭りへ行──」
「いいよ!」
おっけーだった。しかも即答。食い気味だ。断られる気で電話したんだけど…考えすぎだったみたいだ。
「え~と…じゃあ、今すぐアタシの家の近くの河川敷にこれる?」
「うん!」
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午後一時。私は今、卯月を待ちながら河川敷にいる。この時期になると、この町恒例、季節祭りという山の付近で開かれる祭りがある。文字通り、季節によって行われる祭りだ。この祭りの規模は小さいものの、春桜高校の生徒たちが集まり親睦を深めるという役割がある。青春を謳歌するには、絶好のチャンスでもあるのだ。
「知世ちゃん!」
卯月が浴衣姿で世界最大級の可愛い笑顔で走りながらこちらに来た。夜のような青と快晴の青が混じる浴衣は卯月をより一層綺麗にさせている。
ああそうだ、私は守るんだこの笑顔を。
「はぁ…はぁ…けほっ…へへ、まった?」
突然この上目遣いがアタシのハートに重いアッパーカットを放つ。
「ぐはぁ!がわいい…」
一瞬意識を失うところだったが、この子を救うまでは倒れるわけにはいかないと思い何とか耐えた。
「ハァ…ハァ…よ、よし…いくよ…」
「知世ちゃん…?だ、大丈夫?」
一撃で満身創痍になったアタシ、この体に鞭を打って何とか一歩ずつ前へ進み祭りを楽しむ。
祭りの中で見せた卯月の笑顔はどこか儚げで、今にも消えてしまいそうな、とても似合わない笑顔をしていた…
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「はぁ~羽田君はいないし、アンタを見つけるや否や駆け込むお猿さん達がいるし…色々大変だったよ〜まあ結構楽しめたからいいけどさ。」
卯月の下駄が砂を踏む音がし、遠くから祭囃子が聞こえる。トルネードポテトの匂いがまだ残っていて、涼しい風がアタシと卯月の髪をなびかせる。
「えへへ、よかったよ。実はね、ボクから誘おうと思っていたんだ、祭り。でもボクがいるとトラブルの原因になっちゃうからさ…」
なるほどだから早かったわけだ。
「トラブルなんかどーでもいいよ!いつでも誘って!ウズキに罪はないし!そんな謙遜しないでいいんだよ?悪いのは、いじめっ子7割、傍観者3割なんだから!」
「傍観者は別にいいんじゃない?」
「いーや!よくないね!傍観者が何もしないからイジメはひどくなる一方なんだよ!」
「そうかなぁ…?」
「そうそう!ありゃ…?じゃあ傍観者は3じゃなくて4か?…って、あっ、ウズキちょっと待ってアタシの靴紐が。」
腕時計には午後五時と刻まれている。アタシが靴紐を結び終えると卯月は空を見ていた。アタシもつられて空を見る。日が暮れて、町がオレンジに染まっている。でもこんなきれいなオレンジ色の帰り道に黒いインクが数滴、滴り落ちていた。それはどんどんと広がっていく。ハッキリと顔が見えてくるまで…
やっぱり、来ると思ってたよ。
「っ!あ、あれ…」
「ウズキ、アンタは下がってて。」
「うん…」
イジメっ子どもがこちらに近づいてきた。そしてリーダ格の女、偉自子が口を開く。
「ねぇ~うずちゃん?私たちをなんで誘ってくれないの?」
取り巻きのダチョウどもが私たちの裏へ回り込んできた。
「悪いね~この子はアタシと一緒に遊んでたんだよ。人数多いのイヤだし、新しい友達とも遊びたいし。だからお前らと遊ぶ時間はないんだよね~。ていうか、もしかして…日が暮れるまでアタシたちを待っていたの?も~それなら早く言ってよ~!」
テキトーに薄っぺらい事言って様子を見る。目の前には悪山と偉自子。そこ偉自子の後ろに動画を撮るカメラ女と、化粧が濃いゾンビ女。アタシらの後ろに子デブとヒョロガリの男2人。
相変わらず気持ち悪いニヤり方だ。
「お前には聞いてねぇよ。地味メガネ。私らはうずちゃんと話がしたいの。だから早く離れな?その黒くて四角いメガネ割れちゃうよ?」
「離れる理由はないよ。」
「あっそ。」
偉自子がアタシらの後ろにいる男たちへ指示を送る。近づいてきてウズキに触れようとした瞬間。
「うわあ!」「ひいいい!」
男たちは、河川敷の斜面へとずり落ちる。ダチョウどもが、引っかかったな。
靴紐結ぶときに仕掛けておいた簡単な罠。
予想的中だ。仕掛けておいてよかった。
「お前らってさ、いかにも地面に這い蹲ってそうな顔と性格してるのに、下を見ないんだね。こんなバレバレなトラップすぐわかるでしょ?あれ?どうしたのカメラ女?撮らないの?今、面白いところだよ?」
「嘘之!お前ェエ!!」
偉自子はバカ正直に真っ直ぐ来るなり、ラストのトラップに引っかかった。
「きゃあああ!」
汚い悲鳴を上げながら偉自子は町の方へとずり落ちていく。
「ほら〜!すぐ切れるから〜!ホルモンバランスでも崩れてるの?大丈夫?」
少しスカッとしたが、このトラップは厄介な悪山用のもの。偉自子の予想外の煽り耐性の低さで正直ピンチ。アタシじゃ接近戦はどうにもならないし、卯月は浴衣だからうまく動けず負ける可能性がある。悪山は知能も、運動能力も、ある意味野生に帰っているから、撒けることはできてもスタミナが続かない。どうやら無事には帰れなさそうだ。
覚悟を決めるしかない。
「おーい悪山!おりゃくらえ!」
そこら辺に落ちていた石を悪山の顔に投げる。
悪山が石を認識してを避けたと同時に、悪山の右足に回り込みロープを巻き付けアタシが重りとなって斜面に引きずりおろす。
こうなったら、アタシ自身がトラップになってやる!
はずだったが…
こいつ…重すぎて全然バランスを崩さない…!
「おお?なんだ?軽い重りが足に?これじゃあ少し足上げたら吹き飛びそうだぁ〜~なぁッ!」
悪山が足を上げた瞬間、悪山たちが地面ごと沈んでいく。風を切る音が聞こえ、体がふわっとする。この感覚に少しの気持ち悪さを感じる。青ざめた顔で卯月はアタシを見る。悪山は卯月の方へ歩みだしている。
ああ、ハッキリわかる。アタシ飛ばされたんだ。
ハハ、なんだよ軽い重りって?褒めてくれてるのかな?
「…ヤッバ」
「知世ちゃんっ!」
卯月が駆け寄るが悪山に腕を掴まれる。
ハハ、セクハラだ。訴えてやろうかな?全然勝てるよね。ああ、川が近づいてくる。
うわー、全治何か月だこれ。
─ザバーン!
水しぶきが飛び、ヒヤリとした感覚が体中を走る。でも、その次に感じるのは痛みではなく、肩と足あたりから感じる謎の温もりだった。固く閉じた瞳を開けると、オレンジ色の空を覆う大きな影の中に赤い何かが見えた。これは…
瞳の色?
「よぉ…結構ヤバそうだな。」
「羽田君!?」
ずぶ濡れになった羽田君がアタシをお姫様抱っこをして、受け止めてくれた。アンタかっこいいよマジで。
「アンタが来たからそうでもなくなったけどね。」
羽田君は川から上がり、アタシを地面へとおろしてくれた。
「状況は?」
羽田君はそう言いながら悪山と卯月をまっすぐ視界に取らえていた。
「取り巻き男二人と、リーダー格の女、偉自子を行動不能にした。残りは、ゾンビと無機物とゴリラだけ。」
「的確な状況提供、ありがとよ。」
そう言ったあと、水で重いはずの私服をものともせず、すごいスピードで斜面を駆け上がる。
「その汚ェ手から神美を放せ!」
羽田君は悪山の方へ跳び上がって顔面に向かって横蹴りをかます。
…どんな運動神経してんだよ。
─バキッ!
遠くからも聞こえてしまう骨が軋む打撃音が鳴り、悪山の表情が崩れ、卯月の逆の方向へとのけぞる。蹴りとともに出てくる水しぶきがキラキラと輝いていて、自然と卯月と悪山は引き剥がされる構図となった。
「グッ!」
悪山は卯月から一瞬手を放し、羽田君は卯月と悪山の間で、きれいな着地を決める。羽田君は目が点になっている卯月の手を取り、何かを成し遂げた時の帰りような爽やかな笑顔でこちらに走ってきた。
「走れるか?逃げるぞ!」
「お、おっけー!」
顔を抑えながらこちらを見る悪山と、仲間をトラップから解放するカメラ女とゾンビ女を後にして、なんとか人目のつかないところまで逃げてこれた。終始、卯月は驚愕の表情を崩すことはなかった。
もうあたりは真っ暗だ。
「はぁ…はぁ…ふ、ふぅ〜。アンタが駆けつけてきてくれてよかったよ~!あんがとね!てかアンタ、祭りの時は居なかったじゃん!何してたの?」
「…ただの家庭の事情で来れなかっただけだ。」
「ふ~ん?」
まあ、とりあえずこのことは置いといて。
「ウズキ、大丈夫?手、掴まれてたけど。」
「いや…ボクはいいよ。でも…もし羽田君が来てくれなかったら知世ちゃんが…!」
「それはいいの。少し無茶しただけだから!あれはアタシの判断ミス!だからそうやって落ち込むのは終わり!さ、大丈夫なら早く帰ろ!」
「知世ちゃん…その…ごめ──」
「ハックション!!」
横から大きなくしゃみが放たれた。
「「うわぁ!」」
びっくりして、思わず卯月とハモってしまった。
「わ、わりぃわりぃ。まずい、このままじゃ風邪ひいちまう…じゃ、じゃあお先!またなんかあったら言ってくれよ!じゃあな!」
羽田君は、まさしくかぜのように去っていった。あれ?今うまいこと言った?
「知世ちゃん。ボクも少し寒い気がしてきた。」
「じゃ、じゃあ帰ろうか!アタシ達も。家まで送るね!」
「うん…ありがと!知世ちゃん!」
△△△
「ただいま…」
お帰りの言葉はない。
「ねぇ。麻衣お姉ちゃんその浴衣を祭りで使いたかったなぁ?」
「…」
「ねえ?無視?」
「これはボクが買ったものだよ?」
─ビシッ!
頬を打たれた。だれも、何も言わない。
「何その目?」
「ボクもう寝るね。欲しいならあげるよこの浴衣。名前書く欄、朝日っていう苗字に直しておくね。…それじゃ……おやすみ。」
ゆっくりと部屋の扉を閉めて、大きく窓を開き、手を置いて凭れ掛かる。
部屋の窓に冷たい風が吹く。ひんやりとした感覚が頬へと伝わっていく。外はきれいだ。今日は楽しかったな。
「まだ、いいかな。」




