帰り道
「わりぃ、父さん少し遅れるみたいだ。」
卯月に、助けると宣言した翌日。今日は土曜日だ。俺は今、父さんに会うため渋谷行の電車を待っている。
「ここ柵ないのかよ。一応東京なんだけどな...」
俺は東京都の端っこにある、とある町に引っ越してきた。近くには山があり、春桜高校はその町にある。春桜高校に来ている子は全員ここに住んでいるはずだ。
「黄色い線の内側に……」
おっと電車が来る。いっかいこの話はおいておこう。
「はぁ~ど~しよぉ~」
アタシは、今悩んでいる...それは...
「祭りに行きたいぃ~!ウズキと祭りに、い~き~た~い~~!」
そう卯月をどうやって祭りに誘うかだ。あの子は絶対、「ボクといるとトラブルに遭うかもだし...」とか「ボクよりもっといい人を...」とか!あのネガティブ思考の渦にとらわれて行かないかもしれない。てか絶対行かない!
「は~仕方ない...よし!電話だ!」
ダメもとでアタシは卯月に電話をかけた。
プr
「もしもし?」
「 はや!」
思わず声が出てしまった。ま、待っていたのかな...?
「え。出ないほうがよかった?」
「いやいや!むしろこんなに早く出てきてうれしいよ!」
「そ、そうなの?えっと、ご、ごようけんは?」
「そんなにかしこまらなくていいって!まあ、用件は一緒にお祭りに行こうってはなs」
「いいよ」
おっけーだった。しかも即答。断られる気で電話したんだけど...考えすぎだったみたいだ。
「え~と。じゃあ!とりあえず、今すぐアタシの家の近くの河川敷きて!!」
午後一時。私は今、卯月を待ちにがら河川敷にいる。この時期になると、この町恒例、季節祭りという祭りがある。文字通り、季節によって行われる祭りだ。この祭りの規模は小さいものの、春桜高校の生徒たちが集まり親睦を深めるという役割がある。青春を謳歌するには、絶好のチャンスでもあるのだ。
「知世ちゃん!」
卯月が浴衣姿のメチャ可愛い笑顔で走りながらこちらに来た。そうだ、私は守るんだこの笑顔を。
「はぁ..はぁ..けほっ..へへ、まった?」
この上目遣いが、アタシのハートにアッパーカットを放つ。
「ぐはぁ!がわいい...」
一瞬意識を失うところだったが、この子を救うまでは倒れるわけにはいかないと思い何とか耐えた。
「ハァ...ハァ...よ、よし...いくよ...」
「知世ちゃん...?だ、大丈夫?」
一撃で満身創痍になったアタシ、この体に鞭を打って何とか一通り見回ることができた。
「はぁ~羽田君はいないし、アンタを見つけるや否や駆け込むお猿さん達がいるし...色々大変だったよ〜まあ結構楽しめたからいいけどさ。」
「えへへ、よかったよ。実はね、ボクから誘おうと思っていたんだ祭り。でもボクがいるとトラブルの原因になっちゃうからさ...」
なるほどだから早かったわけだ。
「トラブルなんかどうでもいいよ!いつでも誘って!ウズキに罪はないし!そんな謙遜しないでいいんだよ?悪いのは、いじめっ子七割、傍観者三割なんだから!」
「傍観者は別にいいんじゃない?」
「いーや!よくないね!傍観者が何もしないからイジメはひどくなる一方なんだよ!」
「そうかなぁ...?」
「そうそう!....って、あっウズキちょっと待ってアタシの靴紐が!」
午後五時。結び終えると卯月は空を見ていた。アタシもつられて空を見る。日が暮れて、町がオレンジに染まっている。でもこんなきれいなオレンジ色の帰り道に黒いインクが数滴、滴り落ちていた。
イジメっ子どもだ。
「っ!あ、あれ...」
「ウズキ、あんたは下がってて。」
「うん...」
イジメっ子どもがこちらに近づいてくる。そしてリーダ格の女、偉自子が口を開く。
「ねぇ~うずちゃん?私たちをなんで誘ってくれないの?」
取り巻きのダチョウどもが私たちの裏へ回り込んできた。
「悪いね~この子はアタシと一緒に遊んでたんだよ。あと人数多いのなんだし~?新しい友達とも遊びたいしぃ~?だからお前らと遊ぶ時間はないんだよね~。もう五時だしアタシらいい子だから早く帰らなきゃ!ていうか、もしかして?日が暮れるまでアタシたちを待っていたの?も~それなら早く言ってよ~!」
テキトーに煽りを入れて様子を見る。目の前に悪山と偉自子。偉自子の後ろに動画を撮るカメラ女と、化粧が濃いゾンビ女。アタシらの後ろに子デブとヒョロガリの男二人。
「お前には聞いてねぇよ。地味メガネ。私らはうずちゃんと話がしたいの。だから早く離れな?そのメガネ割れちゃうよ?」
「離れる理由はないよ。」
「あっそ」
偉自子がアタシらの後ろにいる男たちへ指示を送る。近づいてきてウズキに触れようとした瞬間。
「うわあ!」
「ひいいい!」
男たちは、河川敷の右と左の斜面にずり落ちる。ダチョウどもが、引っかかったな。
「お前らっていかにも地面に這い蹲ってそうな顔と性格してるのに、下を見ないんだね。こんなバレバレなトラップすぐわかるでしょ?あれ?どうしたのカメラ女?撮らないの?今、面白いところだよ?」
「嘘之!お前ェエ!!」
偉自子はこちらに来るなり、ラストのトラップに引っかかった。
「きゃあああ」
「ほら〜!すぐ切れるから〜!ホルモンバランスでも崩れてるの?大丈夫?」
少しスカッとしたが、このトラップは厄介な悪山用のもの。偉自子の予想外の煽り耐性の低さで正直ピンチ。アタシじゃ接近戦はどうにもならないし、卯月は浴衣だからうまく動けず負ける可能性がある。悪山は知能も、運動能力も、野生に帰っているから、撒けることはできてもスタミナが続かない。どうやら無事には帰れなさそうだ。覚悟を決めるしかない。
「おーい悪山!おりゃくらえ!」
そこら辺に落ちていた石を悪山の顔に投げる。悪山が石を認識してを避けたと同時に、悪山の右足に回り込みロープを巻き付けアタシが重りとなって斜面に引きずりおろす。アタシ自身がトラップになってやる!はずだったが...こいつ...重すぎて全然バランスを崩さない!!
「おお?なんだ?軽い重りが足に?これじゃあ少し足上げたら吹き飛びそうだぁ~~なぁッ!!」
悪山がセリフを言い終えたと同時に、悪山たちが地面ごと沈んでいく。いやアタシがとんでいるんだ。ハハ、なんだよ軽い重りって?褒めてくれてるのかな?
「...ヤッバ」
「知世ちゃん!!」
卯月が駆け寄るが悪山に腕を掴まれる。ハハ、セクハラだ。ああ、川が近づいてくる。うわー、全治何か月だこれ。
ザバーン!
水しぶきが飛ぶ。空はオレンジをしている。でもその空を覆う大きな影の中に赤い何かが見える。
これは...瞳の色?
「よぉ...結構ヤバそうだな。」
「羽田君!?」
ずぶ濡れになった羽田君がアタシをお姫様抱っこをして、受け止めてくれた。アンタかっこいいよマジで。
「アンタが来たからそうでもなくなったけどね。」
羽田君はお姫様抱っこの状態からおろしてくれた。
「状況は?」
羽田君はそう言いながら悪山と卯月をまっすぐ視界に取らえていた。
「取り巻き男二人と、リーダー格の女、偉自子を行動不能にした。残りは、ゾンビと無機物とゴリラだけ。」
「的確な状況提供、ありがとよ。」
そう言ったあと、すごいスピードで斜面を駆け上がる。
「その汚ェ手から神美を放せ!」
羽田君は、悪山の方へ跳び上がって蹴りをかました。どんな運動神経してんだよ。
バキッ!
その蹴りは悪山の顔面に直撃した。
「グッ!」
悪山は卯月から一瞬手を放し、羽田君はきれいに着地を決める。悪山が手を放した瞬間に羽田君は卯月の手を取り、こちらに走ってきた。
「走れるか?逃げるぞ!」
「お、おっけー!」
顔を抑えながらこちらを見る悪山と、仲間をトラップから解放する、カメラ女とゾンビ女を後にして、人目のつかないところまで逃げていった。終始、卯月は驚愕の表情を崩すことはなかった。もうあたりは真っ暗だ。
「ふぅ~。アンタが駆けつけてきてくれてよかったよ~!あんがとね!てかアンタ、祭りの時は居なかったじゃん!何してたの?」
「ただの家庭の事情で来れなかっただけだ。」
「ふ~ん?」
まあ、とりあえずこのことは置いといて。
「ウズキ、大丈夫?手、掴まれてたけど。」
「いや...僕はいいよ。でも...もし羽田君が来てくれなかったら...知世ちゃんが...!」
「それはいいの!少し無茶しただけだから!あれはアタシの判断ミス!だからそうやって落ち込むのは終わり!さ!大丈夫なら、早く帰ろ!」
「知世ちゃん...その...ごめん...」
ハックション!!
横から大きなくしゃみが放たれた。
「「うわぁ!」」
びっくりして、思わず卯月とハモってしまった。
「わ、わりぃわりぃ。まずい、このままじゃあ風邪ひいちまう!じゃ、じゃあお先!またなんかあったらいってくれ!じゃあな!」
羽田君は、まさしくかぜのように去っていった。あれ?今うまいこと言った?
「じゃあ。帰ろうか!アタシ達も!家まで送るよ!」
「うん...ありがと!知世ちゃん!」
「ただいま...」
お帰りの言葉はない。
「ねぇ。麻衣お姉ちゃんその浴衣を祭りで使いたかったなぁ?」
この人はボクの姉。朝日麻衣。
「....」
「ねえ?無視?」
「これはボクが買ったものだよ?」
ビシッ!
頬を打たれた。誰も何も言わない。
「何その目?」
「ボクもう寝るね。欲しいならあげるよこの浴衣。おやすみ。」
寝室の窓に冷たい風が吹く。ボクの頬にひんやりとあたる。外はきれいだ。今日は楽しかったな。
「まだ、いいかな。」