話せない。話しちゃいけない。
ガチャ
「ただいま」
家の中は真っ暗で、誰も居ない。
時計の針だけがなり続けている。
あの人たちはどこに行ったのだろう。
「ハハ、ちょうどいいや...。......お腹空いたなぁ...」
...ダイニングテーブルの上に何かがある。
ああ、ご飯を作ってくれたんだ。
丁寧にラッピングされている。
今日はこれを食べよう。
手間が省けるし、食べないと─
「......っ。もういいや。」
そう言って、ボクは自分の部屋へ向かった。
「......」
窓が開いている。冷たい風がカーテンを靡かせる。
扉の前に座り込んだボクを月光が照らしてくれて、
星々がボクのことを覗き見る。
「綺麗だな.....」
もっと見ていたい。
もっと広く。空全体を....
でも、
「狭くて、あまり見えないや......」
「ハハ、誰が食えるんだよ...ガラス入りのご飯なんか。」
.....ベッドに向かう気力がわかない。
そのままボクは静かに目を閉じた。
最近よく変な夢を見る。
何かが燃えている夢。
冷たい何かに覆われている夢。
そして最後はぐちゃぐちゃに分からなくなる。
そんな夢。
夢だからかな?
冷たくて、燃えてることしか覚えていない。
覚えられない。
...思い出せない。
「......あ...れ...?」
座っていたはずなのに横になっている。
窓からの陽射しが眩しい。
雀の鳴き声が聞こえる。
「...寝てたんだ.......」
頭がぼんやりとしている...
きっとまた、あの夢をみたんだ。
ボクが唯一忘れられる...あの...
「あっ...今何時だ...?」
時計の針は5:42を指していた。
「早くしないと...!」
ボクは静かに部屋を出て、静かに朝の支度を始める。
ダイニングテーブルに目をやると、あの時のご飯が放置されていた。
「夢だったらな。」
忘れられるような夢だったら...
...そんなこと言っている場合じゃない。
いつも通り、早く朝ご飯を作ってここからでないと。
「あれ?うずき〜?」
「あっ」
声の方へ振り返ると、黒髪のロングでそばかすの顔で、醜く笑う麻衣がダイニングテーブルの側に立っていた。
「まだ食べてないのぉ?」
「それはっ...」
麻衣はボクに近づき耳元で囁く。
「お母さんが心配するよぉ?」
わかってる。けど違う。
ボクは知ってる。解ってる。
心配してるのは、気にかけているのは、
ボクじゃないってことを。
「...」
「うずき!?何やってるの!?」
ある女性が別の部屋からヒステリックに叫んだ。
明るい茶色の髪をして、その髪と同じ色のカラーコンタクトをしている人。
朝日由花子母だ。
「なんで夜ご飯食べなかったのよ!もう私心配で心配で!」
大きな声で、力強くボクの肩を掴む。
「い、痛いよ...」
「うるさい!今お母さんが喋ってるでしょ!?」
「...」
キッチンでボクに説教を続ける由花子の後ろで、麻衣がニヤニヤとボクを見つめる。
「お母さん心配なの...うずきに何かがあったらもう...だからちゃんと言うこと聞いてね?」
そう言って、高さがボクと合わない抱擁をボクにした。
「麻衣、ご飯温めてあげて。」
「は~い」
麻衣は、冷めきったご飯を電子レンジに入れる。
ハハ、もう無理だな。
でも、こんな時間に起きてしまったボクが悪いよね。
「...ねぇ、お母さん。」
「なぁに?」
「ボクこのご飯食べれな─」
パァン
由花子はボクの頬に平手打ちを与えた。
とても冷たく、突き放すように。
そして、ボクの髪の毛を掴んで大きな声で話す。
「どうしてそんな悪い子になったの!?私が一体どんな思いであなたを育てたと思うの!?親孝行しようとは思わないの!?」
...もうやめて...そんなうるさくしないでよ...
「おい、ゆかこ。どうした。」
「...あ」
由花子の部屋から黒色の髪と黒色の目をする背の高い男性が出てきた。朝日晃、父だ。
「あきら!うずきが言う事聞いてくれないの!」
「チッ」
鋭い目つきでボクのことを見ながら近づいてくる。
「...っ!ま、まってよ!違う!違うから!」
キッチンで由花子に髪を掴まれてるから逃げることができない。
抵抗するボクに構わず近づいてくる。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
「ち、違っ」
あの人はボクのお腹に重い一撃を与える。
「うっ!」
立て続けに、何回もボクの体を叩く、殴る、蹴る...
「ほら、お母さんに従わないからよ?わかるでしょ?私だってこんなことしたくないの...だから...ね?」
由花子はボクの髪の毛を強く握りしめて囁く。
「お父さん、もうやめてあげなよ〜」
麻衣は後ろで笑いながら喋る。
「...」
晃は何も喋らずにボクに暴行を加える。
とても重くて、とても痛くて...
「うっ...がはっ......ごめん...なさい...ごめんなさい...」
「フン」
晃は殴るのを止め、由花子は掴んだ髪を離す。
ボクはその場で崩れ落ちた。
息ができなかった...
意識が朦朧としていて、体中が痛かった。
その後ボクはどうしたんだっけ...?
「......」
川が流れる音がする。
気づいたら日が当たらない橋の下で座り込んでいた。
ああ、ここはあの河川敷か。
血だらけの袖を握りしめて、体育座りで川の流れを見る。
「............」
「ウズキ...?」
知ってる声がする。
「何してるの...?」
「......」
「アタシだよ、嘘之知世!」
「......」
「...隣失礼〜!」
知世ちゃんはボクの隣に座り込む。
「ウズキ...こっち向いて?」
「......」
「...ねぇねぇ、ウズキ!羽田君凄いんだよ!なんか2週間で治りそうなんだって!リハビリもあってもう少しかかりそうだけど、ふふっ凄いよね!何ヶ月か掛かりそうな傷をたった2週間でだよ?治癒力ヤバイよね!」
「......」
「...っ!...卯月...」
「...え?」
突然、知世ちゃんがボクのことを抱きしめた。
どこか懐かしいあたたかさがする。
ボクのためにしてくれているこの抱擁に、
どこか懐かしい思いが過ってくる。
「卯月...ごめん...ごめんね...アタシがもっと側に居るから...!もう卯月を独りにさせないから...!だって、貴方はアタシにとって大切な......」
なんで、知世ちゃんが謝るんだろう。
なんで、ボクに抱擁をするんだろう。
なんで、なんでボクは...
「卯月...聞かせて...?どうしてさっきから泣いてたの?どうしてそんなに血だらけなの...?」
「...ボクが...わる...い...」
「卯月って、嘘下手なんだね。」
「はな...せない...」
知世ちゃんは抱擁を止めてボクの目をみる。
ボクの頬に手をあてた。
とても優しく、寄り添うように。
「この頬、保護者にされたの?」
「......」
「違うって言わないんだね。」
ボクは真っ直ぐ見つめる知世ちゃんから目を逸らす。
「その袖についてる血も、その口の血痕も。全部。」
「...そ...れは...うっ」
口の中からズキズキと痛みが走る。
ポタポタと血が滴り落ちた。
思わず口を塞いでしまう。
「卯月!どうしたの!?」
「はぁ...はぁ...」
「立って、病院行くよ!」
知世ちゃんはボクの腕を掴む。
「...くっ...!」
ボクは掴むその手を振り払った。
「卯月!もう、変な意地はやめて!」
「...っ!」
ボクに向けて知世ちゃんは怒鳴った。
「...ごめんうるさくして。病院が嫌ならアタシの家に来て。怪我の様子を診るから。」
再び知世ちゃんはボクの腕を掴んで、歩き始めた。
「ちょっと、なにこれ!?」
ボクは今、知世ちゃんの家で傷の様子を診てもらっている。
「な、なんで口の中にガラスがあるの!?ねぇ、本当に何があったの?」
「...」
「はいこれ!」
知世ちゃんはボクにスマホを渡す。
「何か伝えたいならアタシのスマホに打ち込んでね!」
「......」
「...あまり喋らないようにしてよ〜?傷が開いちゃうから。」
ボクは渡されたスマホのメモ帳をじっと見つめる。
「卯月のペースでいいよ。でも、嫌なことがあったら話して欲しい。溜め込むのと、話すのとは全然違うからさ!大丈夫だよ!アタシが側に居るから!」
...ありがとね、知世ちゃん。
確かに側に居て欲しいけど、側に居ると必ず出会っちゃうんだよ。
あの人、そう、朝日晃に。
そしてボクはメモ帳に打ち込んだ。
[話せない]と。
「...そう」
[ありがとう。ボクもう行くね。]
そう打ち込んでボクはスマホを返そうとする。
「どこに行くの?このままいてもいいんだよ?」
知世ちゃんはボクのことを引き留めてくれる。
知世ちゃんはいつも優しい。
ずっと側に居たい。
でも、そう思うと。
「...っ......」
「卯月?どうしたの?」
傷だらけの知世ちゃんを思い出す。
優しいく側に寄り添ってくれるほど、
ボクの痛みは増していく...
体の痛みなんかもう知っている。
どう対処すればいいかも知っている。
でも...
心の痛みだけが分からない。
とても痛くて、耐えられないことしか分からない。
皆を傷つかせないようにするには、
ボクが痛みを感じないようにするには、
皆をボクから遠ざけないとダメだ。
でも、ボクがいる限り、皆は必ずボクを助ける。
そして傷つく...あの時みたいに...
ああ...そうだ。
ボクがいなくなればいいんだ。