余命一日 ~あなたは何をする?~
こんな噂がある。
人が死んだ時、未練がある魂に余命一日を与え救済し、天国へと導いてくれる者がいるという。
その名を─
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2月15日 土曜日
携帯に仕掛けていたアラームの音で目を覚ます。
俺の名前は久坂 晃、37歳、若くして起業し大成功、東京都心に妻と二人で暮らしている。
子供はいない。
趣味は夏はサーフィン、冬はスノボと他にも多々ある。
今日は仕事が休みで、前々から計画していたスノボ一人旅行の日だ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「……行ってらっしゃい」
妻の久坂 麗美が冷たく言う。
ここ数年、妻との関係は冷めきっていた。
お互い干渉することも少なく、会話もほとんどない。
それで俺が困る事はない。
家事さえこなしてくれれば、何の問題もないのだから。
スノボの楽しみと言えば、やはり風を切る気持ちよさだろう。
今年は雪も多く降っているおかげで、雪質も悪くない。
体の調子もよく、いつもより上手く滑れている。
「ふー!今日は調子がいいし、ちょっと行ってみるか」
俺は方向転換して、ロープが張られた立入禁止エリアへと向かう。
スキーとスノボを合わせて10年以上やっている俺の最近のマイブームというのが、この危険区域を滑る事だ。
本当はイケナイ事だが、上級者コース程度では俺はもう満足出来ない。
それに、危険があるからこそ、俺の滑りに磨きがかかる。
「よし、誰も見てないな」
辺りを見回し、誰もいない事を確認してから、ロープをくぐる。
立入禁止エリアなだけあって、整備もされていない自然体の雪山だ。
生えている木々の隙間をスノボを上手くコントロールして抜けていく。
「へへっ、やっぱ楽しいな!」
どんどんスピードを上げていく。
コースへと戻る道を知っているから遭難の心配はない。
しばらく滑った所で、一度止まる。
「ふー!やっぱ今日は調子いいぜ!こんなに速く滑れたのは初めてだ!でもまあ、バレないうちに戻るか」
その時、ゴロゴロと雷が鳴ったような音がする。
「なんだ?雨は降ってねえのに」
空は快晴で、雷でないことにはすぐに気づく。
そして、その音が近づいていることにも気がついた。
「お、おい!?まさか!?」
俺は急いで滑りを再開してコースへと向かう。
しかし、どれだけ速く滑ろうと、音は離れることなく、むしろ近づいてくる。
そして、チラリと俺が振り向くと、その正体が姿を現した。
雪崩だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
速いもので、時速100kmを超えるとされる雪崩を振り切ることなどできるはずもなく、俺は巻き込まれた。
(俺は、死ぬのか!こ、こんなところで、一人で!)
そう察した時、頭に思い浮かんだのは、今までの人生ではなく、たった一人家に残した麗美の顔だった。
2月16日 日曜日 午前6:23
東京都在住の会社員久坂 晃
長野県の雪山にて、遺体を発見
雪崩に巻き込まれた事故と断定
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『ココハ、ドコダ?』
目を覚ますと、俺の眼下には街灯で光り輝く俺が住む街があった。
『オレハタシカ、ナダレニマキコマレテ……』
死んだはずだ。
それなのに、喋れている。
いや、喋れているというより、考えている事がそのまま頭から出ているような感覚だ。
『ココハ、シゴノセカイ?』
「それは、少し違いますね」
俺の疑問に答えるように一人の声が聞こえる。
すると、目の前から突如、カツカツという音共に足音が聞こえてくる。
だんだんと近づいてきて、気づけば俺の目の前に姿を現した。
「おはようございます。いや、おやすみなさいと言うべきでしょうか」
そう言ってクスクス笑う男、いや女、どちらともつかない中性的な顔立ちをしたそいつは、被っているハット帽軽く上げて挨拶をしてくる。
「ようこそ、迷える魂さん。我々は魂の先導者です」
「ソウル、ムール?」
よく見ると、中性的なそいつの隣には、20歳位に見える青年が、ファイルのような物を持って立っている。
「シンジン君、この魂の名前は?」
「はい。名前は久坂 晃、年齢は37歳。妻である久坂 麗美と二人暮し、25歳で起業し、事業が大成功、趣味はスノボやサーフィンなど、だそうです」
青年は俺の人生のプロフィールを読み上げる。
中性的なそいつ、話し方が少年っぽいのでここでは黒い男としよう。
黒い男は常にニッコリと不気味な笑みを浮かべている。
「なるほど、久坂さん、あなたはどうしてここに?」
「ド、ドウシテトキカレテモ、オレモキヅイタラココ二……ココハドコナンデスカ?オレハシンダン、デスヨネ?」
「おや?どうやら何も知らないようで。では教えましょう」
そう言って黒い男はめいいっぱい手を広げる。
「強いて言うならここは、あの世とこの世の狭間です」
「ハ、ザマ?」
「そう、狭間です。通常、死んだ人間の魂は選別の間という場所に招かれ、そこで閻魔様から天国か地獄かの選別が行われます。しかし、死んだ人間の中には、この世に未練を残していった魂が多々おります。そんな魂は、選別の間に辿り着けず、迷子になってしまうのです」
「ツ、ツマリ?」
「つまり、あなたは未練を残し死んだ。そして、その未練を解消してあげるのが、我々魂の先導者です」
話を聞いても、頭が追いつかない。
ただでさえ、死んだ事を受け入れられないのに。
けれど、そんな自分をどこからか冷静に見つめる自分も居た。
それが死んだということなのかは分からなかった。
「それで?何か未練はありますか?」
黒い男にそう聞かれ、考えてみる。
しかし分からない。
「ミレンナンテアリマクリデスヨ!モットイロンナスキージョウ二イキタカッタシ、イロンナナミニノッテミタカッタ!」
未練なんて数え切れないほどある。
今言ったものなんてほんの一部だ。
「いいえ、あなたの未練はひとつだけです。あなたの本能は既に死を受け入れている。けれど、ただ一つ、たった一つだけ未練があるのです。それを教えてください」
黒い男は、まるでその未練が、俺の未練が何なのかを知っているかのような口ぶりで話す。
「分かりませんか?では、ヒントを上げましょう。10年前の2月15日を思い出してください」
そんな事を言われても、10年も前の在り来りな一日なんて覚えているはずがない。
「ソンナノ、ワカルワケ─」
分かるわけない。
そう言おうとした時、突然頭の中にその日のことが入り込んできたかのように思い出す。
10年前の2月15日、一枚の紙を持って妻と二人で街を歩いている。
そうだ、この日は……
「オレトレイミガ、ケッコンシタヒダ……」
どうして忘れていたのだろう。
俺がスノボに行った日、俺が死んだその日、結婚10年目の記念日だった。
「冷えきった夫婦関係、10年前はこんなにも仲が良く、愛し合っていましたね」
黒い男はファイルの中を見ながら言う。
「晃さん、あなた本当は、奥さんと仲直りがしたかったんですね」
そうだ、そうだった。
ずっと、隠してきた。
自分の気持ちに蓋をしていた。
いつからか、麗美との会話が減って、一緒に過ごす時間もなくなって、趣味に没頭するフリをして寂しさを埋めていた。
本当は、あの日のように笑い合いたかったのだ。
「ナンデ……イマサラ……」
今更気がついたってもう遅い。
俺は死んでしまった。
二度と、麗美に会う事は出来ない。
何もかもが、もう遅い。
「それでは、その未練を解消してあげましょう」
「エ?」
「何を驚いているのですか?言ったでしょう?迷える魂の未練を解消するのが、我々の仕事だと」
「ソンナコト、デキルンデスカ?」
藁にもすがる思いで聞くと、黒い男のニヤケ面を崩さず言う。
「できますとも。それが仕事ですから」
「ドウヤッテ?」
「それを今からお見せしましょう」
黒い男は俺の周りに魔法陣のような絵を書き始める。
それを5つ書いて、俺を囲み終わると、魔法陣が紫色の光を放ち始めた。
「コ、コレハ!?」
「いいですか?今からあなたをあなたが死ぬ24時間前に時を戻します。しかし、あなたに与えられた時間は24時間だけです。余命は一日です。それまでに、未練を解消してきてください」
状況が理解できていないまま、黒い男は説明を始める。
「チョ、チョット!?」
「大丈夫です、未練を解消すれば、あなたは天国に行けますよ。ですが、気をつけてください。時間を戻しはしますが、あなたの死を無かったことにはできません。決して、このまま生きていたいと願ってはダメですよ」
そんな声を最後に、俺の意識はどこかへ引きずり込まれて行った。
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「はっ!」
目が覚めると、携帯のアラーム音が鳴っている。
汗を大量にかいていて、気持ちが悪い。
「……夢、だったのか」
さっきまであの謎の場所にいたという実感が無い。
「そ、そうだよ、夢に決まってる。死後の世界なんてバカバカしい、きっとスノボの疲れで変な夢を見ただけだ。とりあえず、水分を……な!?」
ペットボトルを取って水を飲もうとした時、電子時計に記された日付を見て驚愕する。
電子時計には、2月15日と記されている。
「そ、そんなバカな!」
慌てて携帯を開くと、画面には電子時計と同じ日付が記される。
「も、戻っている、ほ、本当に時間が戻っている!」
信じられない事だが、実際に俺には記憶がある。
俺は今日スノボに行き、雪崩に巻き込まれた。
そして、確かに死んだのだ。
そして、黒い男が言っていたことを思い出す。
『今からあなたをあなたが死ぬ24時間前に時を戻します』
つまり、俺が雪崩に巻き込まれ、完全に心臓が止まったその瞬間から、24時間遡ったということだ。
さらに、黒い男はこんなことも言っていた。
『あなたの死を無かったことにはできません』
それが本当なら、俺は24時間後必ず死ぬということ。
それは、麗美に会える最後の一日だということだ。
「未練を解消、か」
頭の整理がついたところで、自室を出てリビングに向かう。
リビングに繋がる扉を開けると、キッチンには麗美が立っていた。
俺が起きてきたが、挨拶はない。
これがここ数年の当たり前だった。
「……おはよう、麗美」
遠慮気味にそう言うと、麗美は信じられないものを見たという目を向けてくる。
「……どうかしたか?」
「い、いや、あんたが挨拶してくるなんて、珍しいなって……」
「嫌か?」
「嫌、では無いわよ。……おはよう」
「ああ、おはよう」
不思議なものだ。
つい昨日まで、挨拶しないのが当たり前だったのに、おはようという言葉一つがこんなにも心地良いものだなんて。
机に座り、テレビをつける。
朝やっているニュースも、それを読み上げるアナウンサーの動きも、全てが昨日と同じ。
いや、正確には今日か。
間違いない、あの黒い男と青年に会ったあの出来事は、確かに起こった出来事だ。
そして、俺はもう死んでいる。
これは、未練を解消するために、彼らが与えてくれた最後の時間なんだ。
「なあ、麗美」
そう呼びかけると、何かを怪しむようにこちらを振り向く。
「……今日、どこかへ出かけないか?」
「え!?あんた今日はスノボに行くって……」
「スノボなんていつでも行けるからね。ダメか?」
「えっと、まあ、いいけど」
俺は麗美に対して微笑む。
きっと、麗美からすれば、今の俺は気持ち悪くて仕方がないだろう。
けれど、今日が最後だから許して欲しい。
そう心の中で伝えた。
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「おー!久しぶりに来ると高いなー」
2月15日 午前11時
俺と麗美はスカイツリーに来ていた。
本当の俺は、この時3回目のリフトに乗っていた頃だっただろう。
「……ねえ、あんた本当にどうしたの?」
麗美はまだ何かを疑っている様子だ。
「何も無いさ。ただ今日はお前と二人で過ごしたいと思っただけだ。嫌だと言うなら、すぐにやめるよ」
「……嫌じゃないわよ。夫婦なんだし」
戸惑いながらも、麗美は微笑む。
彼女の笑顔を久しぶりに見た。
こんなにも綺麗だっただろうか。
「……そうだった、俺達は夫婦だったな」
「何当たり前の事言ってるの?やっぱりあんた、少し変よ」
「……そうだな、今日は何だか自分でも変だと思うよ」
「ふふっ、何それ」
幸せだ。
俺は、こんな幸せな日々を捨てていたのか。
(……このまま、ずっと一緒に居たいな)
そう思った直後、俺の心臓に痛みが走る。
「ぐぅ!?」
「!?あんた!どうしたの!?」
何が起こったか分からず、その場で膝をつく。
近くにあったベンチに座り、何度も深呼吸をする。
しかし、心臓の痛みは治まらない。
(なんだ、これ……まるで、心臓を直接握られているようだ……まさか!)
黒い男の言葉がまた脳裏をよぎる。
『決してこのまま生きていたいと願ってはダメですよ』
俺の時間が戻る直前に言っていた言葉。
俺は今、麗美と一緒に居たいと思った。
死人なのに、思ってしまった。
(くそっ!すまなかった!もう、馬鹿なことは考えない!)
心の中でそう叫ぶと、心臓の痛みは一瞬で無くなった。
「今、救急車呼ぶから!」
携帯を取り出す麗美の手を優しく掴む。
「救急車は呼ばなくていいよ。大丈夫、少し疲れただけだよ」
「で、でも─」
「心配ないよ。さあ、次に行こうか」
俺はそのまま麗美の手を取り、スカイツリーを後にした。
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スカイツリーを出た後、都内にある水族館に来た。
俺達の目の前の水槽で、ペンギンが楽しそうに泳いでいる。
「ここって……」
「思い出したかい?」
この水族館は、俺と麗美が初めてデートをした場所だ。
改装されていて、建物は綺麗になっているが間違いない。
「私でも忘れてたのに……よく覚えてたわね」
麗美に言われて、確かにと思った。
何故だか覚えていないはずの事が、頭にすぐに思い浮かぶ。
「……いや、忘れていたよ」
頭の中が朦朧としてくる。
時計を見ると、既に時刻は昼の2時を回っている。
確かこれくらいの時間に雪崩にあったんだ。
その影響なのかもしれない。
(思ったより、時間がない)
そう感じた俺は、少し予定を早めることを決める。
水族館を午後4時頃に出て、目的の場所へと向かう。
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「ここって……」
午後5時を回った頃に到着したのは、なんてことはない在り来りなファミレスだ。
「懐かしいな、まだあって良かったよ」
「……まさか!?」
「今日、結婚記念日だろ?」
「覚えてたなんて……」
この在り来りなファミレスこそ、俺が彼女にプロポーズした場所だ。
あの頃は金もなく、ここのファミレスにはよく来たものだ。
プロポーズだって本当はもっとロマンチックにするつもりだったことを思い出す。
「……ねえ、本当に何があったの?昨日までのあんたとは別人みたい」
「実を言うと、昨日までは覚えてなかったんだ。でも、夢を見てね」
「夢?」
「ああ、不思議な夢だよ。さあ、入ろうか」
麗美に手を差し出すと、戸惑いながら俺の手を取る。
そのまま手を繋いで二人でファミレスに入った。
「久しぶりに来たが、ファミレスも中々いいものだな」
「そうね、昔はここばかり来てたのに、不思議な事ね」
「それだけ、俺達は幸せだってことだな」
「そうかもね」
二人で見つめ合って笑い合う。
こんな風に目を合わせるのも何年ぶりだろうか。
だが、俺の目の中の彼女はぼやけている。
「……麗美、いつもありがとう、愛しているよ」
そう言うと、麗美は驚きと同時に顔を赤く染める。
「な、何よ急に……」
「……いや、伝えたくなっただけだよ」
そう言って俺は立ち上がる。
「どこへ行くの?」
「注文の前に、トイレに行ってくるよ。先にメニューを見ておいて」
彼女の目であろう場所を見つめながら、俺は席を立つ。
トイレに入り、用を足し終えると、深呼吸を一度する。
手を洗い、鏡を見たその時、
「こんばんは」
鏡の中に、中性的な見た目をしたあの黒い男が立っていた。
「……まだ、数時間残ってるだろ?」
「いえ、時間ですよ。2月15日の午後5時27分、あなたはこの時間に完全に意識を失いました。ここから目を覚ます事無く死に至るのです。ですから、これで終わりです」
黒い男は表情を変えること無くそう告げる。
「……本当に、もう終わりなのか?」
「はい、終わりです」
「……俺の未練が無くなるまでじゃないのか!」
「はい、ですからもうあなたには未練はありませんよ」
「あるさ!未練ならある!まだ、麗美と居たいと思っている!」
「それは、あなたの未練ではありません」
「何故だ!」
「あなたの未練は、彼女に感謝と愛を伝える事ですから」
黒い男は、全てを知っていたかのように言った。
そして、その言葉を聞いた瞬間、納得している自分がいる事に気がついた。
「……そうか、終わりか」
そう認めた瞬間、俺が居たはずのファミレスは消え、狭間の世界に戻ってきていた。
目の前には、黒い男と青年が立っている。
「ここからは我々が先導しますよ」
そう言って、二人は歩き始める。
俺は二人について行くことしか出来ない。
何秒か、何分か、はたまた何時間か歩いた所で、巨大な扉が見えてくる。
その前で、二人は止まる。
「この先は選別の間と呼ばれる場所です。中には閻魔様が居ます。閻魔様があなたをあの世へと連れて行ってくれますよ」
本当に、これで終わり。
もっと醜く抗うかと思ったが、不思議と受け入れている自分がいる。
『一つ、麗美に言伝をお願いします』
声を出すと、初めて来た時とは違い、はっきりとした声だった。
「なんでしょうか」
『ありがとう、愛している、それと幸せに、と』
「分かりました、伝えておきましょう」
良かった。
これで安心して逝ける。
俺は大きな扉を開ける。
中は光で何も見えない。
『さよなら、麗美』
俺は光の中へと飛び込んだ。
「おやすみなさい、久坂 晃」
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2月19日 午後2時
僕の眼下で久坂 晃の火葬が行われた。
久坂の母は涙を流しながら見送る中、妻の麗美は炎の方に冷たい視線を向けていた。
「どうしました?シンジン君」
立ち止まった僕にセンパイはいつものニヤケ面で問いかけてくる。
「いえ、この前は幸せそうだったのにと思って」
麗美の表情は、とても愛していた人を見送るものではなかった。
「仕方がありません。あれは、我々が久坂 晃に見せた夢だったのですから。夢の中で久坂 晃と過ごしたい久坂 麗美は、彼がこうであって欲しいという願望なのです。現実は何も変わりません。彼女からすれば、結婚記念日に趣味を優先して、勝手に死んだ男です」
「それは、そうですけど……」
これでは、あまりにも久坂 晃が可哀想だ。
何か、できることはないだろうか……
「勘違いしてはいけませんよ、シンジン君」
僕の表情を見て、察したセンパイは釘を刺すように言う。
「我々の仕事は、死後の魂を救済し、あの世へと導く事です。生きている人間を助ける事でも、死んだ人間の名誉を守る事でもありません。久坂 晃は、夢の中で夢だと気づくことなく未練を解消した。それで我々の仕事は終わりです」
そう言って、センパイは帽子を軽く上げて火葬場に向かって会釈をする。
確かに、久坂 晃は幸せだったのかもしれない。
久坂 麗美が不倫をしているという事実を知ることもなかったのだから。
「さあ、行きますよシンジン君。今日も迷える魂を救済しましょう」
センパイはカツカツと杖をつきながら歩き始めた。
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こんな噂がある。
人が死んだ時、未練がある魂に余命一日を与え救済し、天国へと導いてくれる者がいるという。
その名を『魂の先導者』
もし、明日死ぬと知っていたら?
もし、余命一日だと言われた?
あなたは、何をしますか?