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#9 足止め

「敵戦車、10両視認!」


 ブラウン大尉が、月明かりで照らされた林道を双眼鏡で眺めつつ、そう答える。


「意外と少ないな」

「無傷の格納庫に残っていた車両を引っ張り出してきたのでしょう。ですが、戦車以上に随伴する歩兵の数の方が問題です」


 といって、俺に双眼鏡を渡すブラウン大尉。軽く100人はいると思われる。その後ろには、さらに多数の兵士がいるのは想像がつくな。


「ともかく、アルトシュタットへの侵入阻止が最優先だ。戦闘は極力避けるが、やむを得ない場合にのみ、俺が攻撃命令を出す」


 無線機で全車両に呼びかける。3台のトラックには、載せられるだけの兵員を乗せてアルトシュタットへ向けて走り出した。この先、歩兵が100名以上いても足手纏いだ。とはいえ、現場にはまだ30名の兵士がいる。


「我々の砲では、34式の正面装甲は貫けない。上手く装甲の薄い側面か背面を捉え、再起不能に陥れるしかない」


 90両近くいたはずの敵が、10両しか出せないということは、つまりそれ以外の車両は今、戦線に出せる状態にないことを示している。この10両さえ食い止めてしまえば、援軍が到着する2日程度の時間は十分に稼げる。

 が、10両すべてを破壊するのは不可能だろう。1、2両破壊できれば、敵は態勢維持のために撤退を余儀なくされるはずだ。そう考えて俺は、撤退を優先しつつも敵を倒すことを考えていた。


「大佐、この先、どう戦われますか?」


 そんな俺に、ブラウン大尉が尋ねてくる。

 実に、答えにくい質問だ。なぜならば、俺の知っている歴史では、103大隊は全滅していた。それが生き残り、反対に攻めてきた敵の戦車の多くが失われた。

 したがって、今流れている歴史は、すでに俺の知らない歴史である。この先の答えを当然、俺が知るわけはない。

 あとは、己の知恵と運だけで、現状を乗り切るしかないということだ。

 とにかく、あと2日間稼げればいい。


「このまま後退してもいいが、敵を1両か2両、叩いておきたい。そうすれば敵の消極性を誘い、援軍到着までの時間稼ぎができる」

「なるほど、確かにそれは道理ですね」


 このブラウン大尉という女は、元貧民奴隷と言っていた。が、能力は103大隊の中でも卓越したものを持っている。とにかく、こちらの意図を理解するのが早い。

 が、それすらも困難なことが、俺にもブラウン大尉にも理解できる状況が目の前に現れる。


「仕掛けようにも、敵の随伴歩兵が多すぎですね……」


 そう、兵士の数が段違いに多い。戦車はどうにか減らせたものの、兵士の方はそれほどでもないようだ。戦車の前後に、ざっと2、300人づつはいる。

 戦車同士なら同数だが、兵士の数では10倍ほど違う。無謀にも突撃をしかければ、対戦車兵器で攻撃されて、貴重な戦車を失ってしまう。

 さて、どうしたものか。

 答えを知らない戦いで決断することの難しさを、俺は思い知らされる。


「参謀、意見具申」


 と、その時、ブラウン大尉が意見具申を求めてきた。


「具申、許可する。何か妙案でも浮かんだか?」

「あれがたくさん、あります。あれを使って歩兵を追い払えないでしょうか?」


 大尉のいう「あれ」とは、ソーセージ造りの要領で作った連結式の爆薬のことだ。


「いや、どうやってあれを敵の歩兵に投げつけるんだ。あまり接近すると、味方に犠牲が出るぞ」

「投げつけたりしません、誘い出すのです」

「誘う?」

「あらかじめ、あれをぶら下げておき、そこに敵を誘い込む。その後、着火して歩兵を蹴散らすんです」


 なるほど、いいアイデアだ……と言いたいところだが、どこにどうやって敵を誘い込むというのか? だいたい、そんなものをぶら下げたら、さすがの敵も罠と見破るだろう。


「ちょうどいい地形が、ここにあるのです」


 といいながら、ブラウン大尉が指を差す。その先に見えたのは森の木々ではあるが、その間には……

 そうか、そういうことか。


「相手は歩兵だ、確かにあんなものでも有効な攻撃手段となる。その混乱の隙に乗じれば、敵に大損害を与えることができるかもしれんな。了解だ、ではすぐに仕掛けてくれ」

「はっ!」


 大尉も、この短期間の戦闘経験の間で、大尉もたくましくなったものだ。えげつない作戦を思いつきやがった。

 直ちに30名の歩兵らが、作業に入る。


◇◇◇


「敵だーっ!」


 ヴァルハラ共和国軍の兵士の一人が叫ぶ。その指差す先には、アーカディア帝国軍の最新型、4式戦車が数台、姿を現す。

 大勢の兵士が走り寄り、対戦車砲を構える。が、その4式は兵士の行動を見るや、後退をはじめる。

 森の中に入る帝国軍戦車を追う兵士たちだが、今度はその戦車の1台が前進し、駆け寄る兵士らを履帯の下敷きにする。

 当然、共和国軍が対戦車砲を放ち反撃するが、およそ戦車とは思えない動きで巧みにそれを避ける。また、機関銃での反撃により、兵士ら数人が倒れる。

 その後、猛烈な速度で森の中を後退をする戦車を追う兵士ら。が、兵士らが前進すると別の戦車が現れて、兵士を踏みつぶしにかかる。もちろん、反撃を受ける前に帝国軍の4式戦車は即座に後退する。

 そんなことが3、4度繰り返され、兵士らは隊列を組み対戦車砲を構えつつ前進を続ける。もちろん、共和国軍も34式を繰り出してきたが、暗がりの森の中を土地勘のない戦車が簡単に進めるわけがない。途中にくぼみや切り株に引っかかるなど、思うように前進しない。

 ゆえに、あの忌々しい帝国軍戦車を追うのは、対戦車砲を抱えた兵士たちになる。時折、姿を現す戦車におびえながら密集隊形で前進し、帝国軍戦車を追う。

 森は木々だけではない。つる草が垂れ下がり、それが帝国軍の行く手を阻む。が、逆に言えばこの木々の枝から下がる草のカーテンというのは、敵の目をくらますのに役立つ。おのずと、つる草の影に隠れて共和国軍兵士は進む。

 が、まさかそれが罠だとは、兵士たちは知る由もない。


◇◇◇


「今だ!」


 俺は双眼鏡で、敵兵の集団が予定の地点に到達したタイミングで合図を出す。

 ミュラー兵長が、起爆スイッチを押し込む。と同時に、つる草に擬態したあの「爆薬ソーセージ」が一斉に爆発する。

 元々は、爆煙を作り出すために作成したこの爆薬ソーセージだが、生身の兵士に対してその殺傷力は馬鹿にならない。ましてや密集隊形でその罠に飛び込んだ共和国軍兵士らは、バタバタと倒れる。


「前進だ! 全車、全速前進!」


 暗がりの森の中へ、俺は前進を命じる。今や敵の34式を守備する兵士の多くを叩いた。この混乱に乗じ、一両でも多くの敵の34式戦車を破壊することがこの作戦最大の狙いだ。

 逃げまどう敵兵を踏みつぶしながら、2番車は前進を続ける。その先に、森の木々の切れ目が見えてきた。その先に、敵の34式が3両、視界に入る。


「砲撃用意!」


 俺が合図すると、急停車する2番車。その後方から現れた9両が、一列に並ぶ。

 慌ててこちらに転向する敵の34式戦車だが、それが回り切らないうちにこちらの砲が敵を捉える。


「撃てーっ!」


 斉射する我が103大隊の10両による砲撃、それが敵戦車の側面を捉える。

 もう一撃、与えたいところではあるが、グズグズしていると反撃がくる。


「全速後退、急げ!」


 10両からはあの爆薬ソーセージが放たれ、煙幕が張られる。その煙に乗じて後退を続ける。

 が、俺は突然、2番車に命じる。


「止まれっ!」


 そう、暗がりの中で俺は、倒れる兵士を見つける。いや、正確には兵士ではなく、尉官だ。軍服を見た瞬間、すぐにそれが敵の指揮官だと分かった。

 俺は銃を構え、降りる。その敵の指揮官と思しき人物は、足を怪我して倒れていた。

 周囲には兵士がいない。おそらくは足にけがをしたこの指揮官に気付かず、森の外へと急いだのだろう。おれはその尉官の腕を抱える。

 無論、やつは剣を抜いて俺に差し掛かってきた。が、中年男が体力差で俺に勝てるわけがない。その腕を脇に抱えて、拳銃で後頭部を殴りつける。敵の尉官は、気絶する。

 それを抱えて、俺は2番車に乗り込んだ。


「何ゆえ、敵の兵士を!?」


 敵を抱えて戻ってきた俺に、ブラウン大尉は叫ぶ。が、俺はまず号令をかける。


「全速後退だ、規定の位置まで一気に下がるぞ」


 そのままこの指揮車代わりの2番車は全速でその場を後退し、向きを変えて戦場を離脱する。


「あの、大佐。私の質問への答えを、まだいただいておりません」


 ブラウン大尉が俺に再び問いただしてくる。


「わからないか?」

「何がでしょうか」

「こいつは、あの兵士らの指揮官だ。階級はおそらく大尉だろう」


 それを聞いて、ようやくブラウン大尉は理解する。


「この捕虜が目を覚ましたら厄介です、手足を縛りましょう」

「頼む」


 偶然にも指揮官を捕虜することができた。時間稼ぎをしたい我々にとって、この捕虜の持つ意味は大きい。

 思わぬ土産を手に入れた、俺は思わず、ほくそ笑む。

 それを怪訝な顔で見るブラウン大尉が、こう尋ねる。


「指揮官を捉えたとして、その先はどうされるのです?」

「帰ってから考えるさ。とにかく今は、逃げの一手だ」


 逃げて逃げて逃げまくる。敵は何両残ったのか、いくら敵の集団を倒したとは言えど、まだ敵の方が圧倒的に多い。

 アルトシュタットの手前、50タウゼのところに武器庫をもつ小屋群がある。そこに生き残りの130名と、10両の戦車を集結させることになっていた。

 さて、夜通し森を走り抜けて、ようやくその頼りない拠点に到着する。


「どれくらいの兵が残ったか?」


 最後にたどり着いた2番車から降りた俺は、そばにいた衛生兵へ声をかける。

 衛生兵の名は、フィッシャー兵長。ちょうど別の兵士の腕に包帯を巻いているところだった。


「118名、そう聞いております」


 これに2番車の5名を加えると123名。つまり17名を失ったことになる。ネルベブルグ城の破壊工作で、工作兵10名中9名を、そして今度の戦いで8名を失った。

 わずかな損害だが、それでも17名も失ってしまった。幸いにも、戦車は10両すべて無事だ。


「無事ぃ!? 何言ってるんですかい、装甲板のはがれたやつが2両、装填装置が壊れて撃てなくなったのが1両。今、戦えるのは7両のみですぜ!」


 整備兵のケラー上等兵が俺に当たり散らす。文句を言いながらも、どうにかその3両の修理を始めるケラー上等兵だが、俺は小屋の一つへと向かう。例の、捕虜を抱えたまま。

 そこで俺は数人の兵とともに、その敵の尉官を椅子に縛り付けた。


「ト、トゥエッタ!?」(だ、誰だ!?)


 そこで意識を取り戻した尉官に、俺は答える。


「リア、ディスクマンデュ」(俺はここの指揮官だ)

「シュトテ プラユウ、シュタンノゥイズウェッチ!」(わしを、どうするつもりか!)


 俺も前線で、何度か敵の捕虜を尋問したことがある。ヴァルハラ語は、多少なら話せるからだ。

 が、俺はこの指揮官に尋ねる。


「ベィヘイトマ、ニモギリ バイ ヴィェ スカザッツ スヴォイェ イムヤ」(それを話す前に、貴官の名を聞こうか)


 するとこいつは、自身をクラスヌィフ大尉とだけ、名乗った。そして、尉官としての待遇まで要求してきた。

 が、俺はやつの名を知ったところで、ブラウン大尉に命じる。


「敵に向けて打電せよ。我々は、クラスヌィフ大尉を捕虜にした、と」


 指揮官が捕虜にされたとなれば、敵といえどもおいそれとは手が出せまい。そう俺は考えた。非情ではあるが、こいつには我が隊の「盾」になってもらう。

 この敵の大尉は、周りに俺以外がすべて女であることに違和感を覚え始めたようだ。周りの兵士らをじろじろと見ては、訝しげな表情をする。


「馬鹿にされてるんでしょうかね?」


 その態度を見て、ブラウン大尉がそう俺に告げる。


「馬鹿にしているとするならば、その馬鹿にした相手に捕まった自分の情けなさを実感していることだろうよ」


 と、俺は短く答えるにとどめた。

 さて、そうこうしているうちに、夜が明ける。

 あと1日半あれば、アルトシュタットに増援がやってくる。前衛にいた敵も、大半が打撃を受けた。この捕虜を盾にして、その1日半を乗り切れるのか。

 眠れないまま、俺は朝を迎える。敵が国境を超えて3日半、9月5日の朝を迎える。前世の歴史では、アルトシュタットが陥落し、共和国軍は迫る援軍を、その先の林道の出口で各個撃破しようと態勢を整えている頃だ。

 が、まだアルトシュタットは健在であり、我々も全滅していない。

 俺は兵士らに交代で睡眠をとるよう伝えたが、多くは眠れなかったようだ。

 が、予想だにしない知らせが飛び込んでくる。


「大佐、敵からの通信です!」


 なんと、対峙する敵から、通信が入ってきた。この想定外の事態に、ともかく俺はそれを持ってきた通信兵に尋ねる。


「内容を読みあげよ」

「はっ! クラスヌィフ大尉と、我が軍が抱える捕虜、バーナー上等兵とで、捕虜交換を行いたい、と」


 それを聞いた瞬間、俺は驚きを隠せなかった。

 バーナー二等兵とは、城の爆破に送り出した10名の工作兵の一人だ。生き残ったのはアイゼマン曹長だけかと思っていたが、もう一人、生き残りがいた。

 大尉と上等兵、とても釣り合わない交換条件だが、俺は答える。


「敵に打電せよ。ゼーリエ条約に基づき、捕虜交換に応じる、と」

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