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#7 接近

『来ました! 敵戦車隊、カステリーヌ峠を越え、こちらに進軍中!』


 斥候に出したミュラー兵長より、無線で連絡が入る。あの峠は、まさにアーカディア帝国とエテルニア王国との国境線上にある。つまり、敵は明確に我が国に侵攻を開始した、ということになる。


「総司令部に暗号電文を打て。帝都標準時1320(ひとさんにーまる)、敵戦車隊、国境線を越え、我が国に侵入せり、と」

「はっ!」


 峠の道は狭い。戦車一台がようやく通れる程度の道だ。その道を、列をなして進む敵の34式が、次々と姿を現すのがここからも見える。

 峠を越えたあたりに開けた平原があり、あそこに陣を築くつもりだろうと考えられる。その平原で待ち伏せて奇襲することも考えたが、あまりにもその平原が広すぎて、敵に押し込まれたら取り囲まれ、壊滅するのがオチだと判断した。

 だから、その平原を進んだ先に現れる狭い林道に敵が進軍したところを叩く。すでにトラップも仕掛けつつ、迎え撃つ準備は整えた。

 問題があるとすれば、ベルクマン大佐だ。あの伯爵の次男坊は、俺の103大隊との共同戦線を張ることに同意しようとしない。ただでさえ少ない味方が非協力的では、数の劣勢を補えない。

 史実通りならば、先遣隊は3個大隊。戦車100両をこの平原に集結させて、そこに物資を集結させて橋頭堡とし、進軍を始めるつもりだ。まずは、集結した敵に少しでもダメージを与える。

 味方も3個大隊、戦車100両ほどをこちらに向かわせつつあると連絡は入る。が、このネルべブルグ要塞の手前の街、アルトシュタット到着までに5日かかるとのことだ。


「基本方針としては、アルトシュタットまで後退しつつ、敵戦力を消耗して援軍到着までの時間を稼ぐ。正面から戦おうとするな。具体的な指示は、俺が出す」


 集まった140名の兵に、俺はそう述べる。すると一人、手を挙げる者がいる。クラウス曹長だ。

 彼女は2番車両の車長であり、リーダー素質のある歩兵だ。訓練でも率先して動き、自身の部下10人の前に出て統率する。そんな彼女が手を挙げている。


「発言を許可する、クラウス曹長」

「はっ、ありがとうございます! 大佐に一つ、伺いたいことがございます」

「なんだ」

「このネルベブルグ要塞を、放棄なさるのでしょうか?」


 これまで、この103大隊の拠り所だった場所だ。俺のさっきの話しぶりでは、明らかにここを離れることになる。それを懸念しての発言だろう。

 が、俺は無情にもこう言い放つ。


「そうだ、放棄する」


 一瞬、140人の顔が曇る。そんな彼女らの心情を察して、俺はこう言い直す。


「勘違いするな。敵に明け渡す、と言っているのではない。その後、味方と合流し反転攻勢して取り返す。あくまでも一時的な放棄だ。10倍の敵を相手に死守にこだわれば、我々が全滅する。命永らえ、奪還の機会を伺う。最終的に、敵を我が領土から追い出すのが我が軍のすべきことだ。それを忘れるな」

「はっ!」

「大丈夫だ、訓練通り動けば、我らは最終的に勝てる」


 表情が和らぐ大隊兵士らだが、俺とブラウン大尉だけは事態がそれほど楽観視できるものでないことを知っている。平原に集結した敵を撃つことはできる。が、決め手に欠ける。当然だが、10倍の敵からの反撃にどう対処すべきか?

 この要塞にまで引き付けることができれば、なんとかなる。が、あの平原からこの要塞までは3.5タウゼ・ラーベ離れている。この短いようで長い距離を走る間に敵に追いつかれれば、少数で無力な我が大隊が生き残る道はない。

 ということで、平原での敵攻撃をやめようかとも考えたが、三個大隊が準備万端で要塞に突入されても困る。集結中に奇襲し、少しでも混乱とダメージを与えることが、このネルベブルグ要塞戦で敵に大ダメージを与える決め手となる。

 が、ここに思わぬ情報がもたらされる。


『報告! 第102大隊が、平原に向けて前進を開始しました!』


 ミュラー兵長から、新たな情報が入る。102大隊とはあのベルクマン大佐の部隊だ。ここから5タウゼ離れた駐屯地にいるはずの彼らが、平原に向けて動き出しているという。


「平原への到達予定時刻は?」

『進撃速度から、およそ1500(いちごーまるまる)と予想されます』

「承知した。では、我が隊も動くとする」

「はっ、出撃用意!」


 俺のこの言葉に、ブラウン大尉が号令を発する。140人が一斉に動き、10両の戦車のエンジンに火が入る。


「102大隊に呼応し、このまま森の中を抜けて1500(いちごーまるまる)までに平原到達を目指す」


 すでに不整地行軍慣れした我が隊は、ぞろぞろと動き出す。さすがに戦車は狭い道ばかり進むわけにはいかないため、途中までは林道を利用して前進するが、平原手前1タウゼ前から森林内に入り込む。

 こちらは予定通り15時直前に到着する。斥候を務めるミュラー兵長がこちらに走ってくる。


「敵の集結具合を確認。およそ100両が到着し、兵員も500を越えております」

「そうか」

「一部が、林道手前に金属探知機を使い、地雷の探知を行っております」

「大量に埋めてあるからな、あれが掘り出される前に、敵をあそこに誘導できればいいのだが……」


 と言いつつ、まさか林道に戦車隊をさらけ出すわけにもいかない。俺はただひたすら、時が来るのを待っていた。


「大佐、先ほどから何か待っているように思いますが」

「102大隊の到着だ」

「彼らと、連携するので?」

「いや、そのつもりはない」


 連携するつもりのない部隊を待っているという俺の言葉に、ブラウン大尉は首をかしげる。


「では、何をなさるおつもりですか?」

「今は動かないことだ。いずれ、102大隊が森の中から攻撃を開始する」

「それに呼応して、我々も攻撃ですか」

「いや、呼応しない」


 ますます首をかしげる大尉だが、いずれ俺の言葉の真意が分かる。

 と、そう話したその直後、発砲音が聞こえる。

 ちょうど林道を挟んだ反対側の森の木々の間から、散発的に砲撃が始まった。紛れもなくあれは、102大隊のものだ。


「102大隊、砲撃を開始しました。敵戦車、数両に命中」


 だが、34式は1、2発当たった程度でどうにかなる戦車ではない。すぐに反撃が始まる。

 非協力的だとは言ったが、一応、102大隊にも地雷原のことは伝えてある。林道に導ければ、何台かはその地雷原に引っかかるはずだという情報は伝えてある。

 ゆえに、102大隊は後退しつつ砲撃を続ける。前進するのは20両ほどの戦車隊。歩兵が数十人、それに随伴する。

 で、地雷探査をしている工作兵を押しのけて、林道へと突入する34式だが、そこで一発の地雷が炸裂した。

 ドーンと爆炎を挙げて、戦車一両が跳ね上がる。その爆風の場所が悪かったようで、何かに引火したのか火の手が上がる。

 うまくやったな、俺はそう思いながらも、戦いの推移をただ見守る。炎上する34式を避けつつ前進する戦車。もう一両が地雷を踏むも、履帯を吹き飛ばされただけで止まる。

 それから10分ほど砲撃が続き、地雷のいくつかが炸裂する。が、致命傷と言えるのは先の火災を起こしたのあの一両のみで、あとは立ち往生した程度だ。さすがに敵の最新式は頑丈と見える。

 応戦する102大隊だが、敵も森の中に入り込み反撃に転じる。徐々に砲撃音が少なくなり、やがて砲撃が止まった。


「あの、大佐……もしや102大隊は全滅……」


 そう、ブラウン大尉が、俺に話しかけたその時だ。俺は号令を発する。


「全車、前進! 森から出て、こちらに後方を向けている敵戦車を狙え!」


 いきなりの号令で、慌てて我が隊10両が動き出す。林道でベルクマン大佐の部隊を追い詰めた敵は、まさにこちらに背中を見せている。その背中目掛けて、我々は突進を始める。

 つまりだ、ベルクマン大佐の部隊に敵を引き付けてもらった。おかげで敵は、狭い林道で我々に背中をさらしてくれた。非協力的な味方である以上、餌になってもらうしかない。

 正面には25両いる。敵もようやく殲滅できたかと思いきや、いきなり後方から別の隊が現れたため、戦車後方に控える歩兵らが振り向いた。

 が、その歩兵に向かって、我が戦車隊は飛び込む。

 俺はこの時、2番車両に乗っていた。俺が座る元機関手用の席の前に空いたスリットからは、小銃を抱えた敵の兵士がこちらを振り返る。

 が、その敵の兵士は、我が2番車両の履帯の下に消えた。ゴトッと嫌な音が響く。

 数人ほど履帯の下敷きにした後、俺は号令する。


「全車発砲、2発だけ狙い撃ちし、すぐに煙幕を張りつつ後退する!」


 元より、一撃離脱しか考えていない。目の前には25両いるから、それらに狙いを定めればよい。幸いにも、装甲の薄い後方をこちらに向けている。102大隊の尊い犠牲のおかげで、我々にもチャンスが巡ってきた。

 ドーン、ドーンと、戦車砲の音が響く。こちらも一撃放ち、自動装填機が2発目を送り出す音が聞こえる。一両の背中に当てた2番車両は、別の車両に狙いを定めて砲撃を行う。

 その2発目と同時に、縄のようなものが投げつけられる。正確にはそれは、ソーセージを作る要領で作られた、いわば「火薬ソーセージ」だ。布に巻かれ、連結したその火薬のソーセージは、我々の後退と同時に一斉に火を噴いた。

 布に巻いただけの火薬であるから、爆発力はさほどない。が、一緒に混ぜた発煙体とともに煙を上げ、後退する我々の姿を隠すのに成功する。


「最初から102大隊を、おとりにするつもりだったのですか?」


 後退する2番車両の中で、ブラウン大尉が尋ねる。ガタガタと不整地を後退する車両の中で、俺はこう短く答えた。


「両方、全滅するよりマシだろう」


 あちらが連携する意思を少しでも見せてくれたなら、全滅まではさせないつもりでいたが、残念ながらやつらは我々との連携を拒んだ。ならば、敵を誘いこちらに有利な状況を作り出すために利用するのがよい。やつらの出撃を聞いた瞬間、俺はそう思いついた。

 そこから先は、ただひたすらに逃げた。途中で道に飛び出し、随伴歩兵らを上に乗せるだけ載せて、大急ぎで要塞に撤退する。

 が、敵もさすがに地雷の存在を知ったためか、それ以上は追ってこない。森の中を走るにも、この場所を知り尽くした我々ならともかく、やつらの戦車がこの森の中を突破するのはあまりにも無謀すぎる。


 17時過ぎ、日が暮れようとする頃、我が隊はネルベブルグ要塞へと帰投した。多少、けがをした者はいるようだが、全員、全車両、無事だった。

 ただし、戦車の履帯や下面は敵兵の鮮血で染められていた。それをじっと眺め、自身らが戦場を経験したことを思い知らされているようだ。


「敵はおそらく、明日の昼までにはここに到達する。第2の戦いが始まるぞ。交代制で見張りつつ、明日の戦いに備えよ」

「「はっ!」」


 こうして彼女ら、103大隊の初陣はあっけなく終わった。勝利とも敗北ともいえない。ミュラー兵長らの観測によれば、我々が稼働不能にした戦車は全部で12両。立ち往生したものの、修理可能な車両は10両程度。そして、102大隊は全車両が失われた。

 全滅ではないようだが、ベルクマン大佐は戦死されたとのこと。このまま残存の歩兵100名ほどは、後方のアルトシュタットへ向かうとの連絡がきた。

 ついにこの前線にいる味方は、我が103大隊のみとなった。

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