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#5 共有

 まるで俺の思考の一部を、見透かしたようなこの大尉の物言いに、俺は横にいるのが全裸の女であることを忘れてしまうほどの衝動を受ける。大尉は続ける。


「大佐のなされていることに、異議があるわけではありません。が、何か焦っておられるように思います。合理的な説明性を加味するならば、大佐殿はここがいずれ戦場になると知っていると、そう考えるに至ったのであります。私のこの考えに、異論はございますか?」


 この参謀とはたった2か月の付き合いだが、冷静で冷徹、そして頭がよく回る。それゆえか、俺の訓練の意図に気づいてしまった。油断ならないやつだ。


「いや、異論はない。その通りだ」


 俺はそう短く答えた。すると大尉は俺の前に進み出て立ち上がり、興奮気味にこう返す。


「それは、総司令部からの極秘の情報なのですか!?」

「ちょ、ちょっと待て! 大尉、すまないが貴官は女で、俺は男だ。その姿をあまりさらさないでほしい」

「はっ! し、失礼いたしました!」


 さすがに素っ裸を見られることには、この冷徹な参謀であっても抵抗があるようだ。そそくさと、私の横に戻る。


「正確に言えば、総司令部は知らない。知っていたら、ここにそれなりの大部隊を移動させるだろう。それをせず、女だけの103大隊と、軍事的センスのない貴族指揮官の部隊だけにここの防衛を任せているのが現状だ。つまり総司令部が、ここが戦場になると考えていない証左だな」

「ではなにゆえ大佐は、ここが戦場になると確信なされているのですか?」


 うーん、厄介なことになってきた。正直に話したところで、それを信じるとは思えない。現に俺が「前世の記憶」を語るのは、これが始めてではない。

 例の「エルダーバッハの戦い」の前に、俺は当時の参謀役に「記憶」の話をした。このままでは我が中隊は全滅する、そういう歴史的事実を知っている、と。が、突拍子もない話だと一笑に伏された。実際にその戦いでは勝利し、かえって俺のあの時の話は信用されなくなった。とはいえ、知識があったがゆえに勝てた戦い。しかし、そのことは俺以外には当然、理解されない。

 が、敢えて俺はこの大尉に正直に話してみるかと、そう考えた。そこで俺はこう告げる。


「今から話すことは、荒唐無稽な話だ。信じるか信じないかは、貴官に委ねる」


 この前置きに、大尉は少し怪訝な表情を見せるが、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。


「どういうわけか知らんが、俺には前世の記憶がある。ただし、覚えているのはアーカディア帝国とヴァルハラ共和国との戦いの詳細な歴史だ。今より数十年後の学生か研究家か、ともかく俺はその戦争について徹底的に調べていた。その記憶だけが、なぜか頭に焼き付いている」

「つまり、未来世から過去に転生された、と?」

「おそらく、そういうことだ。だが、すでに俺はその時とは少し違う歴史を歩み始めている」

「どういうことです?」

「エルダーバッハの戦い、あそこで俺の501中隊は全滅するはずだった。が、現実は逆で、あの部隊で俺は勝利させてしまった」

「それはつまり、大佐がその歴史を知っていたから、ですか?」

「それもあるが、運の要素の方が大きいな。どちらにせよ、全滅前に行動を変え、見事に勝利した。それは紛れもない事実だ」


 それを聞いたブラウン大尉は少し考える。そして、こう尋ねてきた。


「ではこの先の歴史は、どうなるのでありますか?」

「ヴァルハラ共和国はアウグスタス線の突破をするため、帝国歴234年、8月12日に中立国であるエテルニア王国に侵攻を開始する。その2週間ほど後の9月3日に、やつらはアーカディア帝国に向けて侵攻してくる」

「ちょっと待ってください! たった2週間で、やつらはエテルニア王国を突破するというのですか!?」

「そうだ。やつらはそれを『電撃戦』と呼ぶ。航空機と戦車、そしてトラックによる高速移動で、エテルニア軍を圧倒する」

「……最短でエテルニア王国を抜けるならば、ここネルベブルグ要塞がヴァルハラ共和国軍との前線になりますね」

「そうだ。そこで攻め込まれた103大隊は全滅し、不意を突かれた我が国はその後、国土の3分の1を奪われたところで、ニューアルビオン連邦国の仲介で戦争が終結する」


 肩を震わせる大尉。いや、ちょっと過酷な内容で、配慮不足だった。俺は言い換える。


「……というのが、俺の知る歴史だ。が、すでにエルダーバッハの森ではその歴史は変わった。そして、先の歴史を知る俺が唐突に、このネルベブルグ要塞へ赴任することになった。それはどういうことか、分かるか?」

「つまりあなた様が、その歴史を変えるためにやってきた、と」

「そうとは限らないが、偶然にしては出来すぎている。アウグスタス線での戦いが激しさを増す中、なぜ俺が選ばれてここへ回されたのか。多分、気まぐれな神の仕業だとは思うが、俺がここに来たのは必然ではないのかと思っている」


 そこまで話すと、手ですくったお湯を肩にバシャバシャとかけながら、大尉はこう話し始めた。


「私は、貧民奴隷だったんです。貧しい家庭ゆえに、目先の生活を生き抜くため家族に売られたんですよ」


 この時代、奴隷制度というものは廃止されていたはずだが、まだ裏の社会では非合法に続けられていた。しかしなぜ、大尉はそんな触れたくもない過去をわざわざ俺に話す?


「私が奴隷市場に連れてこられてすぐに、ゾルターブルグ公爵夫人、ディートリンデ様に買われたのでございます。そして、私を初の女性戦車隊一員とすべく、兵学校に送られました」

「こう言ってはなんだが、公爵夫人は随分と無茶な仕打ちをしたものだな」

「いえ、感謝しております。貴族か富豪の夜の相手も兼ねた使用人にされるのが、貧民奴隷の成れの果てですから。それを思えば、公爵夫人様は私に一人前の人間として生きる道を、お与えくださいました」


 ああ、そういう解釈もあるのか。しかし、いくら貴族の言うことだからと言っても、兵学校では奇異な目で見られ続けたことだろう。


「ここの隊員の多くは、貧民奴隷だったり使用人だったものが多いのです。中には、平民ながらディートリンデ様の女性人権運動に共感されてここに来たものもいますが、いずれもディートリンデ様に感謝し、尊敬しております」


 凄惨な過去を持つ者が、ここには大勢いるらしい。それは今のブラウン大尉の話で垣間見えた。


「そのディートリンデ様が、わざわざ前線よりあなた様を引き抜いてこられた。恩人である方が選ばれたお方、さらに今の大佐のお話と合わせると、我々はまさしくその先の何かを変えるべく、ここにいるのかもしれません」


 意外だったが、俺のこの荒唐無稽な話を受け入れた。そのうえで、自身の身の上まで話してくれた。信頼されたと思えば、良いのだろうか。


「期待以上のお話ができました。来たるべき戦闘に備え、我らは明日より一層の鍛錬を続けてまいります。では、失礼いたします」


 浴場から出ると、全裸のまま俺に敬礼をするブラウン大尉に、俺は少し目線を逸らしつつも返礼で応える。ズカズカと脱衣所に向かう大尉がいなくなると、再び一人になる。

 にしても、大尉よ。もうちょっと恥じらいというものはないのか。あまり隠す仕草も見せずにあの姿で堂々と見せつけられると、俺の敏感な部分が、意志に反して物見やぐらのように水中で立ち上がってしまった。

 さて、タイミングを見計らって、さっさと出るか。この上、別のやつまでやってきたら、俺の理性がもたない。大尉が着替えを終えて脱衣所を出る際のドアが閉まる音を聞いた俺は、急いで浴場を出た。

 さて、そんな事があった翌日だが、ブラウン大尉はいつも通り、てきぱきと業務をこなす。午前中は各種書類の決裁処理、午後は行軍訓練と、予定通りの仕事をこなす。


「以上、本日の訓練を終了いたします。大佐より何かひと言、ございますか?」

「いや、特にない。不整地行軍、戦車運用については、今でも同数の敵となら十二分にやり合えるまでになっただろう。が、鍛錬に終わりはない。ともかく今日は十分に休み、明日に備えよ」

「「はっ!」」


 120人の兵士を前に俺はこう告げると、兵士らは一斉に敬礼する。

 もっとも、ここからが整備兵ら20人の出番となる。履帯を痛めた車両が2両、砲弾も撃ち尽くし、10両すべてに砲弾も補充しなくてはならない。

 が、そんな重労働を、2時間ほどでやってのける整備兵がここにはいる。


「おら、グズグズしてると日が暮れちまうぞ! 日が暮れる前に、砲弾の補充くらい終わらせちまうぞ!」


 傾きかけた西日を背に叫ぶのは、マリー・ケラー上等兵だ。このふた月、彼女らの整備を見てきたが、この上等兵はとにかく段取りがいい。

 背丈は低いが、力は強い。俺よりも断然、力持ちだ。あの80ツェントの砲弾を片腕に5つづつぶら下げながら、部下に命令を出している。

 側面から開けられた4式戦車に、次々とその弾を詰め込んでいる。装填数は全部で30発だが、それをものの5分ほどで詰め終えてしまう。他の車両はといえば、2人がかりでその倍はかかっている。

 その後は、履帯の修復にかかる。慣れた手つきで傷ついた部分の履帯を外し、新しい履帯を突っ込んでねじ止めしていく。とにかく手際がいい。

 整備兵といえども、総力戦となれば武器を使う。対戦車携帯砲というものも発明されたが、重すぎてここの兵士らには一人では持ち運べない。が、唯一このケラー上等兵だけがそれを扱うことができる。


「あの、大佐殿、なにか?」


 そんな彼女の作業をじっと見ていた俺に気付いたケラー上等兵が、俺に声をかける。


「連日、不整地ばかりを走らせている。車両の状態はどうかと思ってな」

「大丈夫ですよ。また一戦もしちゃいなんですから。前線じゃ、あの程度のことは日常茶飯事なんでしょう? それから見れば、ここの4式なんて新品同様でさぁ」


 話しかけられたついでに、その整備兵に車両の状況を一通り尋ねる。それが終わり、整備場から指揮官室のある古城へと向かう。と、入口付近にはブラウン大尉が立っていた。


「どうした?」

「いえ、なかなかお戻りにならないので、どうされたのかと思いまして」

「車両の状態を聞いていた。で、なにか?」

「いくつかサインをいただきたいのです。連日の訓練で、砲弾の使用量が増えたため在庫が尽き始めましたので、その申請書類と理由書をお願いしたく存じます」

「理由書?」

「戦争をしているわけでもないのに、どうしてこれほど砲弾を使うのか、と」

「ああ、そういうことか」


 ブラウン大尉と並んで、指揮官室へと向かう。まあ、この手の「理由書」とやらには「前線への応援を想定した訓練」とでも書いておく。加えて、ゾルターブルグ公爵夫人の命で前線に通用する兵士にせよと言われているから、その旨も書けば文句は言われまい。このふた月で武器庫の砲弾を3度ほど入れ替えたが、全てその理由で通じている。

 それよりもだ、どういうわけか俺は、その書類を胸に抱えているブラウン大尉の、その書類の奥に目がいってしまう。


「あの……大佐、なにか?」


 しまった、視線を向けていることに気付かれてしまった。俺はこう返す。


「いや、理由書の理由を、どう書こうかと思っていてな」

「いつも通りで、よろしいのでは?」

「そのつもりだが、そろそろ同じ理由では通じなくなるのではないかと考えてだな……」


 俺にしては、歯切れの悪い回答だ。まさか、昨日のあの浴場で直に見たその服に隠された部分が脳裏をよぎったなどと、本人を前に言うわけにはいかない。が、多分、この頭の切れる参謀は俺の下心に気付いたかもしれない。

 が、その日は淡々と職務をこなし、そして一人の入浴を済ませ、何事もなく就寝する。

 昨日の浴場でブラウン大尉とは、互いの真の姿を共有できたと思う。が、どこか大尉はまだ何かを秘めているようにも感じるな。昨日や今日の態度から、どことなくそれを感じる。もっとも、それが何なのかは、俺には想像もつかないのだが。

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女って生き物は鋭いなぁ…(;´Д`) 額に稲妻でも疾るのかなぁ…
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