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#2 模擬戦

 訓練場の端には、見張り台のある建物が立っており、その上に2人の人物が見えた。内、一人は明らかに佐官だ。


「103大隊相手に、勝手に模擬戦闘を行っているのは誰か!?」


 俺はその人物に向かって叫ぶ。双眼鏡片手に模擬戦を見ていた、その太っ腹な中年男性は、双眼鏡を外すやこちらを見下ろす。俺はその顔に覚えがある。

 クラウス・フォン・ベルクマン。社交界で二度ほど、軍司令部の建物で一度、出会ったことがある。彼は伯爵家の次男であり、私の家より格上だ。が、階級は同じ大佐である。

 こちらは戦場で武勲を上げて得た称号であるのに対し、あちらは身分による上乗せが大きいのだろう。同じく10両の戦車大隊を持っているようだが、この地に配属されているということは、よほど前線での活躍が期待されていない人物と見える。


「なんだ、ノルトハイム大佐ではないか。貴殿は確かアウグスタス防衛線にいるはずでは?」


 あちらも、こちらを認識したらしい。一応あちらは伯爵家の次男だ。同じ階級でも、身分さがものをいう。俺は敬礼し、こう告げる。


「転属となり、こちらの103大隊指揮官に任命されました」

「なんじゃ、前線から左遷されたと申すか」


 いちいち気に障ることを言うこの伯爵家の子息だが、歳は40代後半、おまけに身分も高い。口ごたえするわけにもいくまい。

 にしても、自身が最初から配属されている場所を指して「左遷」とは、こいつの頭は大丈夫か? それはつまり、お前自身も「役立たず」だと自認しているようなものだぞ。

 などと口にするわけにもいかず、俺は尋ねる。


「ところで、なにやら模擬戦が行われているようですが」

「そうじゃよ、ここの女どもにこうやって時折、わしが実戦訓練を施してやっておるのじゃよ」


 103大隊を「女ども」と称したこの男の発言に、俺は内心、込み上げるものを覚える。


「それは結構ですが、指揮官も参謀も不在の時に戦闘訓練を行うのは、いささか非常識ではありませんか?」

「ほう、前線では敵は指揮官や参謀がいないときには、攻撃してこなかったのかね?」


 正論で返してきやがった。もっとも、指揮官や参謀が不在になることなど、前線ではありえないのだが。まあいい、つまりこいつは「実戦的な」訓練をしていると、そう主張していることは分かった。


「無論、敵はこちらの事情に構うことなく攻撃を仕掛けてきます。ですがその場合、通常の戦車部隊ならば、あのような陣形は取りません」


 と、俺は訓練場の真っただ中で、互いに横一線に並んで撃ち合うだけの2つの大隊を指さしてこう言い放った。


「実戦的な訓練というなら、私がよい訓練方法をお教えいたしましょう」

「な、なんだと!?」

「一旦、戦闘を中止し、両者を森の中まで引かせてください。いくら戦車といえども、対戦車兵器が発達した今、横一線に並んでの突撃など、ありえませんよ」


 この正論には、さすがの伯爵息子も黙り込んだ。脇に立つ参謀役に命じて戦闘停止の旗を揚げさせ、互いに砲撃を停止した各戦車隊は、訓練場の端の方まで引く。

 それを見届けた俺は、ベルクマン大佐にこう進言する。


「双方10両づつ、どちらかが全滅するまでという、殲滅方式でいかがでしょう?」

「元よりそのつもりだ。なお、すでに戦いは始まっておる。我々とて忙しい、続行、ということで構わんだろうな?」


 続行、つまりさっきの撃ち合いで双方がうけた損害はそのままで続けろと、あちらはそう主張した。


「かまいません。では30分後に再開、ということにいたしましょう」


 それを聞いたベルクマン大佐はにやりと笑みを浮かべ、あちらの陣地に引いていった。私も、まだ実力すら知らない自身の大隊の陣地へと向かう。

 そこに並んだ10両を見て、俺は少し面食らう。すでに3台にべったりと塗料がついている。つまり3台が「撃破」されていることになる。

 相手に「続行」することを認めてしまった。ということは、7両で戦うしかない。


「あちらは10両全車が健在です。我が方は、数の上では不利。おまけに練度、体力もなく……」


 ブラウン大尉が、自身の部隊の状況について説明を続ける。だが俺は、大尉の話よりも戦車の方を見ていた。

 4式戦車3型と呼ばれるこいつは、自動装填の可能な最新型だ。それゆえに弾頭の装填速度が速く、しかも体力のない女でも扱える。一方であちらは同じ4式ながらも2型。つまり、装填手が必要な手動装填型だ。

 自動の方が、装填速度は速い。使用する弾は着色弾。つまり初速が毎秒90ラーベと、通常より遅い弾だ。最大仰角20度で放ったところで、せいぜい距離300ラーベが限度といったところか。

 こちらもそうだが、敵は森に潜み、どこにいるか分からない。位置を特定できても、せめて100ラーベ以内まで接近し撃たせなければ確実に当てることはできない。


「大佐、以上が我が隊の実情です。残り10分、どのように戦いをなさるのか、指示を願います」


 戦闘再開まであと10分。あまり時間はない。俺は大尉に尋ねる。


「生き残りの中で、操縦に長けた車両はいるか?」


 一瞬、俺のこの言葉に戸惑いを見せる大尉だが、即座にこう答える。


「2番、7番の車両ならば」

「わかった、ではその2両を敵に突入させる」

「突入、でありますか?」

「もちろん、弾をよけながらの突撃だ。敵は当然、その2両目掛けて総攻撃をかけてくる」

「それはそうですが……」

「大丈夫だ。手は考えてある」


 俺は大尉と、その後方に控える戦車上の女性兵士、および随伴歩兵らにそう告げる。


「そうだ、忘れていた。俺はアルフレッド・フォン・ノルトハイム大佐。明日付でこの大隊の隊長として赴任することになっている。本来ならばまだ指揮権はないが、非常事態だ。これより俺の指揮に従ってもらう」


 それを聞いた彼女らは、一斉に俺に敬礼する。返礼しつつ、俺は彼女らにこう告げる。


「これから、必ず勝つ作戦を伝える。まずはおとり2両を突入させて、敵の発射場所を特定させる、その後……」


 時間がない、端的に、正確に、分かりやすく伝えなくてはならない。


「ところで大佐、そのようなことは可能なのですか?」


 最後に、ブラウン大尉が俺にこう質問する。


「大丈夫だ。俺はあちらに『実践的な訓練』を行うと告げた。事実、実戦でも行われたことであるから、気にすることはない」

「はっ!」

「まもなく、戦闘再開の合図が鳴る時間だ! 全員、戦闘配置!」


 素性も能力も知らない兵士らに、僕は呼びかけた。こちらの戦車のエンジンが始動する。ほぼそれと同時に、戦闘再開の合図となる銃声が鳴り響いた。


「2番、7番、前進を開始せよ」


 俺は無線機で呼びかける。2,7の数値が書かれた車両が、前進を開始する。

 1番、8番、9番車両が「撃破」扱いだ。それ以外の5両は森の中で待機する。

 この7両で、10両の「敵」と張り合うことになる。いや、それ自体は大したことではない。俺は3倍の敵を相手に勝利を挙げたこともある。ほぼ同数の、それも貴族出身の能力の低い指揮官相手ならば、勝利することは造作もない。

 問題は、味方だ。味方に「恐怖心」が芽生えた瞬間、負ける。

 男の部隊相手に気持ちの上で負けている感がある。これをどう覆すか……今度の戦いは、その一点ですべてが決まる。

 まず2両の突撃に、案の定、敵は砲撃を開始する。バラバラだが、全車両がその2両目掛けて砲撃を始める。


「2番、7番、前進を止めるな、ジグザグに動き、的を絞らせなければまず当たることはない」


 無線で俺はあの2両にそう指示する。思いのほか、その2台は器用な動きをしてくれる。あちらが放つ着色弾の塗料が、無残にも地面を染めるばかりだ。予想以上の腕だな。

 ランダムに走りながら敵陣に徐々に接近する2両に攻撃を続ける敵だが、残念ながら当たる気配がない。動く物体を当てるというのは、相当な熟練砲撃手でも難しい。

 とはいえ、あの2両の負担は相当なものだ。特に孤立感と恐怖心は相当なものだろう。だから俺は無線でこう呼びかける。


「貴官らの勇気ある行動のおかげで、敵の位置と練度が把握できた。これより、攻勢に出る。しばらくそのまま、前進を続けよ」


 実際、俺の狙いはそこにあった。敵はおそらくおとり相手に森の蔭から全両で攻撃を仕掛けてくるだろう。実際、実戦経験のないボンボン指揮官は、まんまと俺の思惑に引っかかった。その砲撃の位置から敵の戦車の位置と、その能力を把握することができた。

 少しでも実戦経験のある指揮官相手なら、こうはいかない。たかが2両相手に全車両で砲撃などしようものなら、自身の場所をばらしてしまうようなものだからだ。相手が実戦を知らない、クズな指揮官だからこそできる作戦だ。


「攻勢に出るぞ。全車、前進!」


 残る5両に俺は、前進を命じる。車両が前進を開始するとともに、僕はその後ろを指揮車両で追う。


「指揮官自ら、出陣されるのですか?」

「当たり前だ。指揮官が後方にいて、どうやって指揮するというのか?」


 どうやら、僕自身が戦車隊のすぐ後ろについていくことをブラウン大尉は意外に感じたらしい。が、これが俺の戦い方だ。戦闘の只中にて指揮をとらなければ、事態の変化にも対応できない。

 ところで、その5両の戦車のすぐ後ろに10人づつ、随伴歩兵がついていく。今回の戦闘訓練は戦車同士の戦いだが、俺は敢えて歩兵を使う。

 敵もこちらの5両に気付いたようで、砲撃を加えてくる。が、射程が遠すぎて当たらない。この変化を見た俺は、先行する2番、7番車両に無線でこう伝える。


「2番、7番、停車! 目前の目標へと砲撃せよ!」


 こちらの5両に攻撃が向いた途端、おとりの2両に攻撃命令を出した。2両は停車し、砲塔を旋回させて砲撃を加える。


「2番、7番、砲撃後すぐに全速前進だ!」


 本来ならば命中の有無を確認すべきところだが、この2両が当てたかどうかなど、この際はどうでもよい。ただ、敵の注意力を散漫にすることが狙いだったからだ。

 その間にも、5両はほぼ横一線で前進を続ける。歩兵も後を追う。やがて、敵の潜む森まで100ラーベまで迫る。


「全車、停車!」


 俺は5両に停車を命じる。と同時に、後方にいた随伴歩兵が、手に持っていたあるものを一斉に放り投げる。それは5両の目前10ラーベほどのところで炸裂し、煙を上げる。

 敵はまったく動かず、ただ木々の陰に隠れ撃ち続けていた。だから我が大隊の5両は接近する間に敵に狙いを定めており、ゆえに煙ごときで狙いを見失うことはない。

 が、敵はこの予想外の煙にこちらの5両を見失う。目前では、おとりの2両が見えるだけだ。


「斉射、撃てーっ!」


 俺が砲撃の合図を送ると、一斉に5両の4式戦車が火を噴いた。それらは煙を貫き、一直線に狙った敵戦車に向かって放たれた。

 と同時に、5両は一斉後退を始める。まぐれ当たりでも、闇雲に放った弾が当たらないとは限らない。それを回避するための措置だ。が、敵からの弾は一発も届かなかった。


「ど、どうなりましたか?」


 ブラウン大尉が、双眼鏡で命中判定をする俺に尋ねる。俺は答えた。


「全弾命中。5両撃破だ」


 つまり、敵は一気に5両となった。こちらはまだ、7両が健在のまま。形勢は一気に逆転する。

 そうなると、敵も一斉に木々から飛び出し前進する。こちらの5両目掛けて、敵の5両は猛然と突進を始める。

 移動しながらの砲撃はまず当たらない。100ラーベを保ちつつ後退を続ける我が5両の本隊だが、やがて停車を命じる。


「停車!」


 すると、敵も停車する。しかし、同時に随伴歩兵からまた煙幕が投げつけられる。

 煙を上げる前に狙いを定めておく。敵もこちらに狙いを定めるが、装填速度の差がものをいう。


「撃てーっ!」


 その煙幕の炸裂と同時に、俺は砲撃を命じる。80ツェントの砲身が一斉に火を噴くと、やはり後退に転じる。向こうも停車し、同様にこちらに狙いを定めてはいたが、手動装填のやつらではこちらの砲撃に間に合わなかった。

 俺があちらの指揮官ならば、煙幕が張られたと同時に後退を命じるところだが、そこまであちらの指揮官は想像力が及ばなかったようだ。真正面からべったりとこちらの着色弾を食らい、「撃破」扱いとなった。

 といっても、今回は一両だけ外した。が、そこはおとりとして走り続けていた7番車両が側面から砲撃し、このうち漏らした一両を「撃破」する。

 結果として、10両の「敵」は全滅した。


「おい、ノルトハイム大佐! 随伴歩兵を使うなど、聞いておらんぞ!」


 戦車同士の模擬戦闘に、歩兵を使ってきたことに抗議するベルクマン大佐だが、俺は涼し気にこう答えるのみだ。


「実戦では、戦車に歩兵が随伴し、援護するのは当たり前のことです。戦車部隊運用の、基本中の基本ではありませんか?」

「我々は歩兵など使わなかったぞ! 卑怯ではないか!」

「小官は『実戦的な訓練』をすると先刻、申し上げたはずです。当然、そちらも歩兵を出してくるものと考え、戦車後方に控えさせていたのですが」

「暴論だ! これは総司令部に報告する! 我が部隊に対し、だまし討ちをした指揮官がいたと一切合切、報告してやる!」

「小官は明日付で、この103戦車大隊の隊長となることになっております。現状は正式な指揮官ではありませんし、抗議されるいわれはございません」

「なんだと!?」

「第一、その指揮官が不在と承知の上で、不用意な戦闘訓練を行ったことを総司令部が把握することになってしまいますよ。そのような報告は、ベルクマン大佐殿にあまり良い結果を生むとは思えませんが」


 この一言で、この伯爵家の次男坊は顔を真っ赤にしながらも、反論すべき言葉を失った。不機嫌そうにその場を去り、やがて戦車10両と多数の歩兵を引き連れて自身の拠点へと帰っていった。


「見事な作戦です」


 それを見届けたブラウン大尉が、俺にそう告げる。


「見事でもなんでもない。あれは、敵が弱すぎただけだ」

「とはいえ、不利な状況からの逆転、歩兵を使うという発想、並みの指揮官ではできるものではありません」


 おそらく、訓練も含めて初めての勝利に歓喜しているのだろう。ブラウン大尉の表情を見ればわかる。


「いや、今回の勝利は間違いなく、103大隊の力のおかげだ。正直、俺はここまで動ける部隊だとは思ってもいなかった。感謝する」


 これは決して誇張でも、おだてる意図でもなかった。残った戦車と歩兵らは俺の指示通りに動き、そしてこちらの思惑通りに正確に動いた。これは、俺自身も驚くべきことだった。


「だが、貴官らの動きは教科書通り過ぎる。それはそれで賞賛すべきことだが、それだけでは戦場を生き抜くことはできない。明日からは、教科書にない戦い方を覚えてもらう。全員、覚悟せよ」

「はっ!」

「とはいえ、今日はこれで任務終了だ。全員、直ちに休め。休むことも戦いだ」

「承知いたしました!」


 就任前の移動日から、このありさまだ。一体この先、何が待ち構えているのやら。いや、そのことを俺は……ともかく俺はややうんざりしつつも、兵士ら全員に休息を命じた。

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