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#18 本音

「全車、前進!」


 俺はあの扉目掛けて前進を開始する。再び、上空からサイレンのような音が響く。

 くそっ、またオーディン機か。およそ3機、ここは一旦停車し、後退を指示しようと俺は腕を上げかける。が、ちょうどその時だ。

 待ちに待った、味方がやってきた。

 我が軍の最新式の戦闘機、シュテルンファルケ数機がそのオーディン隊へ急降下しつつ襲い掛かってきた。

 オーディン後部の機銃がその戦闘機を狙うが、その攻撃を巧みによけつつ、機首の7.7ツェント機銃と両翼についた12ツェント機関砲をバリバリと放つ。後部機銃が沈黙し、そのままオーディンの一機は火を噴いた。

 煙をたなびかせて、そのまま草原に真っ逆さまに落っこちていく敵の攻撃機。上空を見ると、すでにオーディンとシュテルンファルケが乱戦に入っていた。

 戦闘機を相手に、250タウゼ爆弾を抱えたまま戦うわけにはいかない。爆弾を切り離し、戦闘態勢に入る。数発の250タウゼ爆弾が何もない草地に放たれ、その一帯を火の海に変える。

 霧は晴れたが、その炎が作り出す煙がよい隠れ蓑となる。俺は無線で、後方に控える80名ほどに命じる。


「これより、敵要塞の西方向扉に接近し、これを攻撃する。各員、戦車隊に続け」


 要塞までの距離は、1500ラーベ。燃え盛る炎に接近しつつ、煙に沿って要塞へと近づく。

 できれば、あの火にできるだけ近づきたいところだが、今回は随伴歩兵がいる上に、あの大尉がまた暑さでのぼせようものなら……安全を喫して、少し煙から離れた場所を進む。

 上空からの攻撃はどうにか味方のおかげで防げたが、要塞砲は健在だ。こちら目掛けて撃ってくる。

 もっとも、接近するのは我々だけではない。反対側のアウグスタス線方面からも、1個大隊が接近しては砲撃をし、敵に無駄弾を撃たせているところだ。

 しかし、さっきよりも砲撃の頻度が減ってきた。弾切れが近いのもあるだろうが、それどころではない事態が、敵に迫っていた。

 上空から、我が帝国軍の攻撃機、ブリッツクレーヘが襲い掛かろうとしていた。編隊を組んだ20機ほどが、一気に急降下に入る。無論、オーディン数機がそれを阻止しようと向かうが、その行く手をシュテルンファルケが阻む。

 要塞から対空機銃がバリバリと放たれる。そんな機銃座目掛けて、最初の爆弾が投下される。二重の壁の内側に、数発の250タウゼ爆弾が着弾する。

 ドカンドカンとハンマーで硬い鉄板を殴りつけたような音が響き渡り、内壁の内側から火の手が上がる。機銃が鳴りやんだ。その後からも、続けて爆弾が投下されていく。

 その放った武器の着弾を確かめる間もなく、攻撃機のブリッツクレーヘは転回し要塞上空を去る。速力の劣る攻撃機が、いつまでもオーディンが飛び交う空の上にいるわけにはいかない。即座に低空から撤退行動に入るブリッツクレーヘが編隊を組もうとする最中、先ほど放った爆弾がさく裂する。

 多くは、要塞内壁の外側に落ちた。一瞬、あの緩みかけた扉がバタンと開く。が、すぐに扉は閉じられる。しかしまだ半開きだ。どうやら、今の攻撃を受けて一部が破壊されたようだ。

 となれば、後はあの扉を支える一か所のヒンジ部分さえ破壊すれば、要塞内に突入する穴を開けることができる。

 咄嗟にそう察した俺は、その突破口を開けるべく、じわじわと我が103大隊を前進させる。そこに思わぬものが現れる。

 といっても、それは味方だ。高度4000ラーベから、シュトルムフォーゲルの爆撃機隊が接近してきた。上空2000ラーベ辺りで戦闘しているシュテルンファルケとオーディンらのさらに上から、この要塞を攻撃しようというのだ。

 が、いくらなんでも高すぎる。あんな高さから、まさか爆撃しようというのか。あの高さで、本当に当てられるのか。

 そんな心配をよそに、30機ほどの爆撃機隊からは大量の250タウゼ爆弾が爆弾倉から一斉に放たれる。

 ヒューッという投下音が響いた後、要塞の周りで一斉に炎が上がる。さすがは4発機だ、落とせる爆弾の量が違う。

 が、その爆弾は、決して敵ばかりを捉えたわけではない。


「まずい、一旦後退だ!」


 そう、その無造作にばらまかれた爆弾は、我々の待機するこの場まで落っこちてきた。次々と爆発するそれは我が大隊の行く手を阻む。

 停車し、随伴歩兵らを爆風から守るために戦車の陰に隠れさせ、その一連の攻撃が止むのを待つしかなかった。なお、全ての爆弾を放出した緑色の味方の爆撃機は、悠々と上空で転進して帰っていく。

 しかし、航空支援のおかげでこちらが後退する羽目になったじゃないか。普通、こちらが攻撃する前にまず爆撃するべきではなかったのか? そう思えてならないが、これにはおそらく、事情がある。

 当初、我々の出撃は朝の8時だった。それが立ち込めた霧のおかげで1時間早まり、そんな事情を伝えられなかった航空隊が今ごろになってやってきたというわけだ。彼らは彼らなりの役目を果たしていた。

 単に、総司令部内での情報伝達が悪すぎた。当初の計画通りにしていれば、むしろ理想的な攻防戦になったのではないだろうか。

 で、あれだけの爆撃を受けたんだ。当然、あの扉も破壊されていることだろう……と期待したが、まったくの無傷であった。

 その代わり、その周囲には大量の爆弾が落ち、特に要塞砲が生える塔は相当な損害を受けていた。おかげで、砲撃が飛んでこなくなったのはありがたい。が、それだけではあの要塞は落とせない。

 壁だ。あの強固な壁のどこかに穴を開けねば、中に入ることができない。

 硝煙の香り漂う要塞周辺を、再び我が103大隊は前進を開始する。要塞からの攻撃はない。煙のおかげでもあるが、さっきの爆撃で相当な被害を受けた結果でもあるのだろう。


「西扉までの距離は?」

「およそ、300ラーベ」

「ここから、あれを狙い撃ちできないか?」


 俺は例の扉を指差して、砲手のシュミット軍曹に尋ねる。無言でうなずいた彼女は、砲塔を動かし出す。


「距離、300ラーベ。左3.2度、仰角13度」


 無言の砲手、シュミット軍曹が、珍しく口を開く。照準器を覗き込み、所定の方向に砲を向ける。自動装填機が、弾を砲身に込める。


「発射」


 そして、シュミット軍曹のこの合図と同時に、ドーンと2番車の戦車砲が火を噴く。それはまっすぐ、あの扉のヒンジに向かって飛んでいく。

 扉の表面が爆発する。猛烈な火花が散り、扉が少し開いた。が、まだヒンジは壊れ切ってはいない。つながったままだ。意外に頑丈だな。やはり戦車砲では破壊は無理か。


「第2射。左右角修正、右に0.1、仰角、同じ」


 しかし、シュミット軍曹はさらに攻撃すべく照準を修正する。にしても、今日のシュミット軍曹はよくしゃべるな。それだけ綿密に計算しているのだろう。戦車内にある機械式計算機の歯車音が響いた後に、砲塔が少し動き、再び砲撃する。

 今度もほぼ同じ場所で爆発が起きる。が、まだ扉は落ちない。


「第3射」


 しかし、シュミット軍曹はあきらめない。3発目の狙いを定め、そして放つ。ドーンという砲撃音が響く。今度はどうか?

 同じ場所に着弾する。と、同時に、あの重い扉の片側が、音を立てて落ちる。ちょうど坂道の脇の石垣の前あたりに、ゴトンと鈍い音を立てて重い扉が落下した。

 要塞に、穴が開いた。


「よし、敵要塞内を攻撃する! 全車、前進!」


 歩兵をかばいつつ、10両の戦車が前進をする。が、そこに34式が一台、出てきた。

 が、俺は号令を出す。


「敵までの距離、150ラーベ! 全車、一斉砲撃! 歩兵隊は対戦車砲用意!」


 まずは戦車で、現れた1台の戦車に砲撃を加える。いくら分厚い装甲を持つ34式といえど、10両からの一斉砲撃を食らっては無事で済むまい。自慢の硬い斜面装甲も、大きくくぼむ。

 そのくぼみのど真ん中に、シュミット軍曹は狙いを定める。

 無言で放ったその砲弾は、見事にそのくぼみのど真ん中に当たる。斜面装甲とは、砲弾の威力を斜面で受け流しつつ砲弾の向きを逸らすことで、その威力を落とす。が、それがへこんでしまえば、砲弾の向きを逸らすことができない。

 たちまちにして、火を噴く34式。それにしてもシュミット軍曹という砲手は、正確な射撃だ。よくあれだけ正確に狙いを定められるものだと、今さらながら感心する。

 それから歩兵らの対戦車砲や機銃で、現れた34式や敵歩兵を攻撃する。が、そろそろ交代の時間だ。しかも、要塞砲からの攻撃が予想以上に早く止んでしまった。このため後方からは、ホーレンツォレルン准将が率いる4個大隊すべてが迫りつつあった。


「交代の時間だ。歩兵は対戦車砲を置き急ぎ後退、4式も後退しつつ、敵の攻撃を受け流せ。後は、准将閣下の4個大隊に任せよう」


 と、俺がそう叫んだ瞬間だ。敵の機銃掃射が加えられ、横でカーンという金属音が響く。

 次に瞬間、ブラウン大尉がバタッと倒れる。それを見た俺の周りは一瞬、無音に変わる。

 大尉が、撃たれた。


「おい、大尉!」


 倒れたブラウン大尉を抱える。かぶっている鉄兜には、穴が開いていた。そして大量の血が、ブラウン大尉の顔を覆っている。


「大尉、しっかりしろ! 今、止血してやる!」


 そう俺は叫ぶが、大尉は俺の腕をぎゅっと握り、こう言いだした。


「私の最期の言葉です。聞いて、下さい」


 少し朦朧としつつも、大尉は俺の腕を力強くつかみ、こう言いだした。


「私、実は露出願望があるんです」


 ……うん? 死にかけた人間が今、言う言葉か? もしかして、頭をやられておかしくなったのかもしれない。が、大尉は続ける。


「で、でも、誰でもいいってわけじゃ、ないんです……好きな相手にしか、見せたくなくて……」


 いや、この間の戦いでは……まあいい、とにかく黙って、大尉の言葉を受け止める。


「大佐が、我々を、精強な兵士に育ててくれました……そして、前世があったことも……そんな不可思議で、厳しくて、部下思いな大佐に、心惹かれたんです」


 つまり、俺に惹かれたから、俺が風呂に入っているときに、こいつはわざと入って来たというのか。そして大尉は、こう俺に告げた。


「で、ですから、私の夢とは、大佐と一緒になること、戦いが終わったら……」


 そこでブラウン大尉の言葉が切れる。俺の腕の中で、大尉は気を失った。


「大尉! しっかりしろ! おい、103大隊全車後退だ、急ぎ、撤収する!」


 すでに後退の時間が過ぎ、我々が破壊した扉から、味方の戦車隊が要塞に突入を仕掛けていた。


 実はこの戦いでは、新しい砲弾が投入されていた。それは、34式のあの斜面装甲を貫くことができる砲弾だ。

 斜面装甲は、当たった弾の軌跡を斜めの面で跳ね返し逸らすことで、その威力を受け流す。ところがその新型の砲弾は、その傾斜面にねばりつくような軟性の金属で覆われている。

 それが弾が逸れるのを防ぎ、装甲表面に粘り付く。遅延信管で斜面装甲表面を爆発、その装甲を貫くというものだ。

 この特殊な弾頭は、最新式の4式では乗せることができない。仕掛けを施した弾を装填機に込めるほどのゆとりがないからだ。

 ところが旧式である3式戦車は多少の余裕があるため、その特殊弾頭を搭載可能ときた。このため、34式の装甲を、4式よりも多い3式戦車で貫くという場面が見られる。

 こうなると、小型ですばしっこい3式の良さが出る。要塞内に突入し、34式を次々に撃破していく。

 だが、我が103大隊はそんな無双状態に構ってられない。俺にとって大事な参謀の命が、正に失われようとしている。

 103大隊の要塞戦は、大成功に終わった。いや、大尉を失ったら、大成功と言えるのか? 俺は我が大隊を、大急ぎで衛生兵の待つ後方へと後退させた。命の灯を失いつつある、大事なブラウン大尉を抱えて。

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リアルタイムで戦況を伝達するのって重要なのですね、無線機の発明は偉大すぎる…。 大尉殿の最前線でのプロポーズは果たして実るのか?!
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