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#17 挟撃

 あれ以来、必要最小限の会話しかしたがらないブラウン大尉とともに、俺はホーレンツォレルン准将のところに向かう。この峡谷の出口を抑え、そこに急造の司令部を仕立てて司令官席に座る准将に、俺は報告する。


「……以上、予想外の巨大戦車を行動不能に追い込んだうえで、我々は燃料タンクと弾薬庫の破壊に成功、敵を撹乱し作戦を完遂いたしました」

「報告、ご苦労。さすがは身体を、いや、胸を張った意表を突いた作戦を仕掛けてくれたおかげで、我が軍はあの攻略困難な峡谷で、予想以上の大勝利を収めることとなった。103大隊の功績に、感謝するばかりだ」

「はっ!」


 俺は敬礼する。が、後ろの控えるブラウン大尉は真っ赤な顔で、無言のまま敬礼している。それはそうだろう。あの醜態は、今や味方の間でも有名だ。


「あのまま、いっそ流れ弾に当たっていれば……」


 あの時のことに、相当後悔しているようだ。が、そんな大尉に俺は、こう声をかける。


「過ぎたことを悔いても仕方あるまい。我々の時間は前にしか進めず、過ぎたことを悔やんだところで得られるものはない。むしろ、我々の行動は作戦を成功に導いたのだ。胸を張って誇るべきことだろう」


 と、話したところで「胸を張って」という言葉が余計に大尉を委縮させてしまう結果につながることに気づく。


「いや、だからだ……そうだ、大尉は確か戦争を終わらせてかなえたい夢があると言っていたじゃないか。それに向かって前進し続けるしかないと、そういう意味で言ったのだ」


 俺が苦し紛れにそう語ると、大尉はようやく口を開く。


「……そうでした、おっしゃる通りですね。私には、前に進まなくてはならない理由があります」


 この時点でようやく、大尉の態度が今まで通りに戻ってきた。


「おかえりなさいませ、で、次の作戦は決まったのですか?」

「いや、まだ決まってはいない。が、この先の国境から50タウゼ・ラーベ先にあるアリアドネ要塞に攻撃をしかけるのは間違いないだろう」

「アリアドネ要塞といえば、正にアウグスタス線の敵方の拠点の一つですね」

「そうだ、その後方から我々が急襲し、アウグスタス線に陣取る味方からの挟撃により、難攻不落のこの要塞を落とす」

「そうなれば、いよいよ停戦ですかね!?」


 偵察任務に長けたミュラー兵長が、俺の作戦案の話を聞いて小躍りしている。彼女に限らずだが、この戦いが早く終結することを103大隊の多くが望んでいる。

 前回の戦いでも、我が大隊では7人が戦死した。けが人を除くと、戦える兵士の数は100人ほどとなった。これほど少ない兵士の部隊が、数多くの戦果を挙げ、これほど少ない犠牲で、とうとう敵の国境にまで迫るほどの貢献をした。とはいえ、それまで仲間だった者が30人近くが失われた。同じ釜の飯を食べていた仲間が死ぬ。彼女らにとっては、心に刺さる出来事だ。戦果よりも戦争そのものが終わることを望むのは当然だろう。

 が、前世の歴史を知る者にとっては、驚異的な歴史改変である。

 なればこそだ、今度の戦いで本当に戦争は終結するのだろうか? 国力に劣る我がアーカディア帝国がヴァルハラ共和国に対して有利な条件で講和に持ち込むためには、このアウグスタス線付近にある最大の敵要塞、アリアドネ要塞を落とすことは不可欠である。

 が、その戦いに勝ったとして、欲を出した我が帝国軍部が、さらなる侵攻作戦を立案しないだろうか? そうなると、国力の劣る我が帝国はいずれどこかで息切れし敗走することになる。結果的に歴史通りの展開を迎えてしまう、なんてことにはならないだろうか。俺の懸念するところは、その一点だけだ。

 が、いち大隊、といっても、中隊規模のこの103大隊の隊長が何を言ったところで変わるものでもない。早期和平の実現にかけて、我々はただ、全力で戦うのみだ。


「やはり、アリアドネ要塞戦ですか」

「そうだ、あそこを崩せば、我が軍の主力が一気に共和国内に侵攻できる」

「と、いうことは、その先もまだ戦うつもりなのでしょうか?」

「はっきりとは言えないが、そのつもりなのだろう。でなきゃ、わざわざあんな巨大要塞など攻撃せんだろう。国境を脅かした現状で、和平交渉をすることだってできるというのに、元々はあの共和国は我々のものだったから、奪って当然だ、とまで言い出す王族まで現れる始末だ」


 うーん、困ったな。いよいよ破滅の道を進んでいるような気がする。もしも俺やゾルターブルグ公爵夫人の知る前世が他人にも共用できたならば、今の結果がすでに大勝利であることを確信してしてくれるだろう。が、勝利の美酒の味を覚えた上流階級が、更なるおかわりを要求してくる始末だ。

 実際、ヴァルハラ共和国は元々、アーカディア帝国の一部だった。が、とある公爵領で住民の反乱がおき、民主主義を唱え民による政治を行う国が生まれた。そこに軍事的な天才が現れ、徐々に帝国領を共和制の国へと変えていき、今やその領土の規模は逆転している。昔は帝国だった場所だ、などといったところで、そんな昔の栄光など、今の情勢には何の慰めにもならない。

 にしてもだ、次は勝てるかどうかすらわからない。落とせば戦局を大いに変えるほどの要塞、そんなところが堅固でないわけがない。

 堅固だからこその、要塞だ。

 二重の壁で囲まれ、その中央には巨大な塔がある。中からは、まるで芽吹いたジャガイモの芽のようににょきにょきと、太い砲身が表面にびっしりと生えている。

 あらゆる方角から近寄るものを、その砲塔のどれかが捉えて攻撃を加えてくる。総勢45門、200ツェントの砲は、ちょうどあの巨大戦車についていたものと同じ威力だ。直撃すれば4式戦車など粉々に吹き飛ばされるし、当たらずともその爆風による衝撃がすさまじく、生身の人間ならばそれだけで引き裂かれてしまうかもしれないほどの衝撃波が生じる。

 そんな難攻不落な要塞だが、一つだけ弱点がある。

 簡単だ、ぐるりと囲んで攻撃し続ければ、いずれ弾切れを起こす。また、分厚い壁のおかげで中は思いのほか狭く、駐留する戦車の数が少ないとされる。

 これまで敵といえばアウグスタフ線の向こうからしか来なかった。後方を取られることを想定していない。

 だからこの要塞を、アウグスタス線側と峡谷を越えた我々とで挟撃し、さらに航空戦力をも駆使して総攻撃を加える。要塞を無力化できてしまえば、長い国境沿いに張り巡らされた防御の一端を失うことになり、共和国の守りに重大な亀裂を生じさせることができる。

 が、要するにこの要塞戦は、敵に無駄弾を撃たせるだけ撃たせて、無力化させようというものだ。なんと幼稚な作戦か。もう少し、まともな攻略作戦を思いつかなかったのだろうか?

 ぼーっと、遠くにそびえるアリアドネ要塞の中央にそびえたつ塔を眺める。


「まるで巣にこもったハリネズミですね」


 そんな俺の横に立ち、おかしな表現で強固な要塞を表現するブラウン大尉。だが大尉よ、もう少しセンスのある表現ができないものだろうか。


「そのハリネズミをどうにかせよとの、総司令部からの命令が届いた」

「つまり、あれをつぶせば、この戦争がついに終わるかもしれない、と」

「そうとも言えない。が、終結に向けて何十歩も近づくことは間違いないだろう」


 指揮官である以上、部下のやる気をそぐ物言いはできない。が、だからと言って嘘をつくわけにはいかない。そこで俺は、こういう言い方でごまかす。

 しかし、だ。戦争終結まで何歩あるのかなんてわからない。数千歩先かもしれず、その内の高々数十歩進んだところで、近づいたと言えるのか。


「ならば、徹底的につぶしてやるだけです。我が大隊も、死力を尽くし戦う所存です」


 いや、死んでもらっては困る。負けてもいいから生き残ってもらわねば、ゾルターブルグ公爵夫人との約束が果たせないじゃないか。

 もっとも、守れるかどうかなど、保証できない約束だった。女だらけの部隊で最前線で、しかも無茶な作戦で過酷な役目ばかりを担っている。これでよく100人以上が生き残れたものだと感心するばかりだ。


「戦車の整備は、ばっちりですぜ、隊長」


 仮設の整備場に立ち寄ると、そこには103大隊の4式戦車10両が並ぶ。その前を、小柄ながらも重い部品や工具を軽々と抱えて整備に明け暮れるケラー上等兵が、自信満々に俺に告げる。


「おかげで、毎回正確な射撃が行えている。貴官の整備がなければ、あの巨大戦車を無力化することも、弾薬庫を破壊することもなかっただろうな」

「しっかし、大尉殿が上半身をさらけ出して敵兵を惑わすなんてのは予想外でしたねぇ。で、それを間近で見た大佐殿は、どんな気持ちで? ねぇ、どんな気持ちですかぁ?」


 どうしてこういう下ネタが好きなやつが多いのか。さっきもミュラー兵長やウェーバー兵長からも同じことを言われたぞ。


「あの時は、敵を掃射するのに必死だった。だから、大尉を見ている余裕などほとんどなかったぞ」

「でも、ちょっとはあったんですよねぇ。どうでしたか、大尉のあの、なまめかしい身体は」


 と、俺に問い詰めるこの整備兵の横で、咳払いをする者が現れる。ブラウン大尉だ。


「っと、大尉殿! ご覧の通り、全車両の整備、完了いたしました!」

「ならば、無駄話などせずにさっさと片付けを終えるのです! 他の部隊もこの整備場が空くのを待っているのですよ!」


 くそ真面目な大尉から叱られてしまった。だからそういう話題はあまり大っぴらにするものではないと、肝に銘じてほしいものだ。その整備兵をにらみつけるその目で、今度は俺の方をにらんでくる。


「大佐も、そろそろ指揮官室に戻ってください。明日の戦いに備えて、すべきことが山ほどあるでしょう」

「そ、そうだな。戻るとしよう」


 俺はそう言いながら、指揮官室へと戻る。といってもそこは、ただのテントだ。中には小さな机が一つ、椅子が2つに、上からぶら下がるランタンがそれらを照らしている。

 その下には、地形図が置かれている。中央にはアリアドネ要塞、そしてこの峡谷。その間は緩やかな下り坂で、見通しの良い草地が広がっている。

 つまり、接近を開始すればやつらの200ツェント砲が長距離砲撃をかけてくる。それらをかいくぐりながら、あれに接近するほかない。

 平地の厄介なところは、攻撃機に対しても無力であるということだ。敵のオーディン攻撃機の餌食になりかねない。シュテルンファルケとブリッツクレーヘによる航空支援はあるというが、運悪く敵の攻撃機の方が先に出てきたらどうするか。身を隠す場所のないこの草地の突破に、俺はいくつかの手段を想定する。


「お悩みのようですね」


 と、このテントにブラウン大尉が入ってくる。


「当然だろう。身を隠す場所もない、夜でも照射灯で明るくて暗がりもないアリアドネ要塞を攻めるというのだ。今までとは、違いすぎる」

「ですが、大佐はそんな戦場、すでに経験済みではありませんか?」


 そうだ、経験済みだ。機銃掃射や大砲の餌食になった部下が倒れていくさまを、何度も見ている。だからこそ、悩んでいるんだ。


「アウグスタス線での、障害物のない開かれた広い場所での戦闘が、いかに悲惨なものかを知っているか?」

「話には聞いておりますが、実際には存じ上げません」

「あの場に、できればこの大隊の部下を行かせたくないと思うのが正直なところだ。が、命令が出たとなればそうはいかない。なればこそ、どう対処するかを悩んでいるんだ」


 それを聞いた大尉は少し考えた後、こう答える。


「我が隊員も、相当鍛えられました。また、それなりに実戦経験も重ね、危険な場所に何度も飛び込んでおります。もう少し、信頼なされてはいかがですか?」


 まるで俺が、女である部下を信頼していないかのような言い方だ。いや、実際にそうかもしれない。今までだって、かなり無茶な戦場を潜り抜けてきたんだ。俺は、このひと言に少し、救われた思いがした。


「そうだな。隊員を信じることも、隊長の務めだな」


 俺がそう短く答えると、いつも硬い表情の大尉の顔に、すこし笑みが見えた。


「にしても、本当に堅牢な要塞ですね。ぐるりと壁に囲まれていて、たとえ敵の要塞砲の弾が尽きたとしても、攻め入ることができないのではないですか?」


 で、ブラウン大尉は俺が見ている地形図をながめる。ほぼ起伏のない平らな草原のど真ん中に立つ、円形の石造りの小高い建物。それが、隙間なく建てられた石垣の上で、ぐるりと分厚い鉄製の壁で囲まれ、内側にも同じような壁で囲まれている。

 その壁の内側には対空機銃がびっしりと並び、対航空攻撃に備えている。また、外と内の壁の間には30両ほどの戦車隊が、分厚い格納庫内に控えている。

 我が軍もこれに対抗して、横長の要塞を配置している。それぞれの要塞の北側は高山があり、そこから20タウゼほど先にまた高山があって、その広い谷間をこの2つの要塞を橋頭保とし、両軍が塹壕と有刺鉄線、地雷などを配置してにらみ合う。

 さらに南側にも何箇所か平原があって、そこも似たような構造となっている。これら国境沿いの塹壕、要塞群を称して「アウグスタス線」と呼ぶ。

 どちらも敵陣突破を試みるも、堅固過ぎる軍事線を突破できないまま、両軍の膠着状態が続いていた。

 それを突破するために中立国へ攻め込み、アウグスタフ線の背後からの侵入を試みた共和国軍だが、今はこちらがその逆をやろうとしている。


「全車両、前進!」


 そして翌日の早朝、いよいよ前進が開始された。

 この時期、峡谷でもそうだが、霧が出やすい。特に濃い霧が発生ために、時間を早めて早朝から要塞に接近することとなった。

 が、近くまでは行けるが、近づいたら結局、攻撃を受けることになる。近い分、着弾も早くなり、命中率も上がる。

 だから、全速で逃げないと4式戦車といえどもかなりやばい。


「発砲したぞ! 右に避けろ!」


 言ってるそばから、近くに着弾する。上半身を乗り出して敵の攻撃を読む俺自身が、吹き飛ばされそうになる。しかし、一向に弾が尽きる気配がない。

 そもそも、この作戦に無理があるんじゃないのか? そう思い始めた時、上空からサイレンのような音が響く。

 あれは、オーディンだ。こっちを狙っていやがる。俺は命じる。


「いったん停車! 合図と同時に全速後退だ!」


 狙いを定めさせて、攻撃寸前に後退し、狙いを外させる。あわよくば、撃墜する。そのため俺は、機銃を構えて上空を狙う。

 が、その時、ブラウン大尉が叫ぶ。


「砲撃来ます! 全速後退!」


 攻撃機よりも先に、要塞が撃ってきやがった。まったく、忙しいことこの上ない。猛烈な速度で10両の戦車が後退する。砲弾と250タウゼ・シュレベ爆弾が、ほぼ同時に着弾する。

 上空支援は何をやっている。オーディン相手なら、我が帝国の戦闘機シュテルンファルケで追い落とせるはずだ。それが、いつまで経っても上空に現れない。

 すでに戦闘が始まって、1時間ほどが経過しようとしている。歩兵など、連れていけない。戦える歩兵は80人足らずで、霧の中で待機させている。が、その霧もまもなく、晴れようとしていた。

 あと30分ほど、敵に無駄弾を撃たせることができれば、我々は別の大隊と交代することになっている。それまでどうにか、霧が晴れないでくれと願う。


「ノルトハイム大佐!」


 ところが、そんなときである。ブラウン大尉がハッチを開け、アリアドネ要塞を指差して叫ぶ。


「大尉、どうした!」

「あれを、見てください!」


 あれとは、何だ? 俺はその指の差し示す方角を見る。すると、要塞の外壁部分に、わずかなほころびを見つける。

 石垣の上に立つ要塞だが、4方向にそれぞれ扉があり、その前には要塞に続く坂道がある。

 その扉の一つが、半開きで傾いているのである。

 こちらの攻撃によるものか、それとも元から破損していたのかはわからないが、あの扉のヒンジ部分に砲撃を加えれば、要塞の外壁の一部を破壊できる。

 交代まで、あと30分。霧も、晴れかかっている。一か八か、俺はその扉の破壊にかけることにした。

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