#12 越境
「ようやく、エテルニア王国内へ進軍することになった」
ネルベブルグ要塞から敵を追い出し、国土回復して1週間が経った。9月13日、史実通りなら、ホーレンツォレン准将の部隊も壊滅、准将閣下も戦死し、帝国内の街が2、3個奪われている頃だ。
この一週間でがれきとなった城の残骸が撤去され、代わりに立てられた急造の要塞建屋の司令官室にいるホーレンツォレルン准将に呼び出された俺は、現状を聞かされた。
「つまり、このネルベブルグ要塞を起点に、エテルニア王国救援のため出撃する、というわけですか」
「そういうことだ。あちらはアウグスタス線での膠着状態を打開するために、エテルニア王国から迂回してその後方に回り込もうとしていた。それと逆のことを、我々から仕掛けるというわけだ」
歴史が、反転し始めた。どちらかというと守りに徹していた我がアーカディア帝国が、ヴァルハラ共和国に侵攻しようというのだ。
「エテルニア王国軍との合同作戦となる。が、やつらは戦車隊を持たない。対戦車戦闘となると、我が軍が引き受けるしかないだろう」
「とはいえ、エテルニア王国軍にも対戦車砲くらいはあるのでは?」
「戦車1両あたり、随伴歩兵が20人はいるヴァルハラ共和国に対して、対戦車砲だけで対処するのは不可能だ。それに、正面装甲の硬い34式ばかりを繰り出してきている。エテルニア軍ではヴァルハラ軍戦車隊を食い止めることはほぼ不可能だろう。それに」
「なにか、あるのですか?」
「この先の地形を知っているだろう。砂漠地帯だ。対戦車砲を持った兵士が接近しようにも、空から丸見えだ」
「それについては、我が軍も同じです。航空支援がないと、我々とてやられてしまいます」
「問題は、敵の攻撃機だな。戦闘機ならば、我が軍のシュテルンファルケという優秀な機体があるが、攻撃機がなぁ……一方の敵のオーディンは、戦闘も攻撃も可能な万能機と来た。厄介な相手だ」
頭を抱えるホーレンツォレルン准将だが、今度の越境作戦ではこの准将が総指揮を執るわけではない。増援として、8万の兵力と戦車200両が増援として送り込まれ、総司令官としてアルテンブルク中将が赴任することになっている。
増援が到着し次第、我々はその指揮下に入り、エテルニア王国へと入る。それまでは、この回復した国土を守り抜く。それが我が軍に課せられた任務だ。
が、我が大隊はといえば、アルトシュタットまで戻ることになった。
ひと言で言えば、男だらけで、ほぼ野営状態のネルベブルグ要塞に100人以上の女ばかりの部隊を留め置くのは、綱紀を乱しかねないという配慮からだ。結局、我々はアルトシュタット郊外にあるあの屋敷にとどまることになった。
とはいえ、だ。そこでも問題がないわけではない。
一つは、このアルトシュタットにも男性兵士が大勢、残っていることだ。
「今日、第77大隊所属の小隊10人から、夕食のお誘いを受けたのです」
「それ、下心丸出しじゃねえか。夕食後に何をやらかすつもりだか」
「ケラー上等兵、相手は味方の兵士ですよ。そんなわけないじゃないですか」
「フィッシャー兵長よ、おめえほんとに純粋培養されたお嬢様だなぁ」
「そんなことありませんわよ! 私は軍学校で軍医学を学び、そこで殿方らと争ってきたのです! その時の殿方と比べたら、ここの兵士の方々のなんとお優しいこと!」
「だから~っ、それが下心があるって証拠じゃねえかよ」
かえって綱紀が乱れてないか。これでもまだ、ましな方だと言いたいんだろうか。我が大隊にはバーナー二等兵のように、敵に捕らわれて酷い目にあった者がいるというのに、このフィッシャー兵長はうかつ過ぎる。
そしてもう一つ、問題がある。
それは、ネルベブルグ要塞でもあったことだが、この屋敷には浴場が一か所しかない。
おかげで、俺はまた残り湯にはいる羽目になる。誰もいない浴場に入り、そこでこの先の見知らぬ歴史的戦いに、思いを馳せる。
本当なら国土を回復して終わるはずだった戦いだというのに、今度は攻め手側に変わってしまった。なんと皮肉な話であるか。勝利とは、人の感覚をこれほどまでに狂わせるのか。軍上層部か、それとも宰相閣下とその周辺か、その辺りの領土欲を刺激してしまったらしい。
戦争とは、一度始めたらその止め方が難しいと聞く。いわば、暴走マシーンだ。しかしそれを決定する者は後方で采配を振りかざすだけで、前線に立つ者は勝者も敗者もなく、命の危機にさらされる。
見立てが甘かったな。ネルベブルグ要塞を奪い返せばそれでおしまい。そう思っていた。しかし、まさかエテルニア王国にまで進出して戦う羽目になるとは。
戦争を制御するのは、難しい。
「失礼します」
などと浴槽で考え事をしていると、誰かが入ってくる。
「おい、まだ俺が入ってるぞ!」
「なればこそです。お話がしたくて参りました」
現れたのは、ブラウン大尉だ。どうして彼女は、俺がいると分かって入ってくる? これで2度目だ。
「で……なんだ、話とは」
「大佐、この先の戦い、どうなると思います?」
そんなことを聞くために、わざわざ素っ裸をさらして俺の横に入ってきたというのか。ブラウン大尉の、やや小ぶりながらふくよかな胸から目を逸らしつつ、俺は答える。
「こうなるとは、まったく予想してなかったからな。砂漠の戦闘など、我がアーカディア帝国軍は経験したことがない」
「それは敵も同じでしょう。ですが大佐には、前世の記憶がある」
「ここから先の戦いの記憶など、ないぞ」
「それだけではありません。おそらく、今より後世の戦術的な何かを学んでおられるのではありませんか?」
「後世の戦術ねぇ……」
俺は浴槽の湯を眺めながら、ふと思い出した一節を口にする。
「兵の形は水に象る。兵の形は、実を避け虚を撃つ」
「……なんでしょうか、それは?」
「俺の記憶にある、昔の兵法家が残した戦術論のひとつだ。この通り、水というものは、手ですくい上げれば形を変えて、その隙間から流れ落ちる。それと同じように、軍も敵の弱い部分を突いてやれば、おのずと敵は崩れて敗走する。そういうものだと説いている」
「後世ではなく、昔の偉人の言葉ですか」
「そうだ。が、後世ではむしろ、その兵法家の言葉が再評価され始めていた。この戦いでは、男女の差も、軍民の差もなく大勢の人々が虐殺され、大きな傷跡を残した。しかしその兵法家は、少ない犠牲で勝利を得ることを第一とする戦略、戦術論を説いていた。それが、後世で再評価された理由だ」
「なるほど、実を避け、虚を撃つ、ですか……」
真剣に考えるブラウン大尉だが、その刺激的な身体をあまり近づけないでほしい。指揮官の綱紀を乱すようなことをして、どうするつもりか。
「ですが、その方法でこの戦争、早く終わらせることができるのでしょうかね?」
そんなブラウン大尉が、こんなことを言い出す。
「さあな。前世では、小国である我がアーカディア帝国が攻められる様を見かねて、新興国のニューアルビオン連邦国が両国の仲介に入ってくれた。が、逆の場合、果たしてこの国がこの戦争に仲介してくれるかどうか」
「となれば、勝ち続けさえすれば、戦争は早く終わるのでしょうか?」
「ヴァルハラ共和国が諦めて、和平か降伏かを申し出てくればな」
それを聞いたブラウン大尉が、妙なことを言い始める。
「これ以上、進めないのです」
なんだ? まったく今の文脈に沿わない会話を、俺に投げかけてきたぞ。
「進めない……とは?」
「おわかりに、なりませんか」
「いや、わからん」
「はぁ、そうですか……」
なぜかため息をつく大尉だが、そんなことよりも俺の理性が飛びそうだから、そろそろ戻ってはくれないだろうか。浴槽の中の俺の下半身にそびえたつ物見やぐらは、今や最大級に達しつつある。
「私には、夢があるのです。戦争を終わらせたら、どうしてもかなえたい夢が」
「夢? どんな夢だ」
「今は申し上げられません。ともかく、早く戦争を終わらせるよう、勝ち続けましょう。では、失礼します」
そういうと、ブラウン大尉は立ち上がり、俺に敬礼する。目を閉じたまま、俺は返礼する。
しばらくすると、脱衣所の扉が閉まる音がした。どうやら着替えを終えて出ていったようだな。やれやれ、俺も下半身の物見やぐらの衝動が収まり次第、あがるとしよう。
にしても、戦争の終わらせ方、か。そんなこと、たかが10両の隊の隊長に、思いつけるものではない。思いついたところで、実行することは不可能だ。
それに、戦争が終わったら俺は、どうなるんだ?
どうなるもなにも、軍属だからこのまま軍人を続けるだろう。前世はどうやら戦史に興味を持っていたようだから、戦術研究家、あるいは歴史研究家にでもなるか? いや、俺には似合わない。
そういえば、前世の俺はどうしていたのだろうか。誰かと結婚し、家庭をもち、その家族に囲まれて死んでいったのか。
そういえば、生まれ変わるということは、何か強烈に深い後悔抱いた結果だとする説もあるらしい。
言われてみれば、ゾルターブルグ公爵夫人は前世で、まさに自身が創設し育て上げた103大隊の140名を失い、しかも国土の大部分を失ったことを後悔したのだという。その結果、また同じ人物として生まれ変わった。
そう考えると、俺の記憶にあるこの戦争の行く末、その結果に納得できなくて後悔し、それが元で生まれ変わったという可能性が高い。
しかし、だ。もしその時、家族に囲まれて亡くなるような家庭環境であったなら、果たして生まれ変わるほどの悔いを残したりする者だろうか?
と考えると、独り者であったがゆえにその怨念がさらに増幅した、という可能性の方が高いのではないか?
もしこのまま独り者でい続ければ、またしてもどこかの世界で生まれ変わる可能性が出てしまうかもしれない。
とはいえ、だ。今世においても、誰かと結婚して家庭を築くことになんて、できるんだろうか?
うーん、そういうのはあまり、俺らしくないな。第一、俺のお相手となってくれる人が……
その時一瞬、ついさっきまで隣にいた人物の姿が浮かんだ。俺は思わずハッとする。何を考えているんだ、俺は。
また物見やぐらが立ち上がってしまったじゃないか。ようやく出られると思ったのに、またしばらくの間、出られなくなった。
小さな浴槽をもう一つ、用意しようか。
などと考えたその翌日には、出撃命令が届く。
「明日、ウェンシュテイン砂漠に向けて、進軍を開始する。総員、出撃準備にかかれ!」
「「はっ!」」
120名足らずの我が隊全員を集めて、出撃命令を伝える。それぞれが持ち場に戻り、車両の点検や武具の整備などにかかる。
一方、俺とブラウン大尉はというと、総司令部から送られてきた作戦図を眺めつつ、この先のことを考えていた。
「我が軍を、二手に分けるのか」
「エテルニア王国の首都ミッチェルダムの手前、ヴィンスホーテン要塞でエテルニア軍とヴァルハラ軍が攻防戦を繰り広げてますから、大半がその増援に向かうようです」
「で、ホーレンツォレン准将率いる1万2千の連隊は、ウェンシュテイン砂漠に向かい、そこにいる敵を撃破せよ、という命令だ」
「敵の戦力は?」
「戦車が110両、敵兵9千とのことだ。もっとも、偵察機からの情報だから、隠れた兵力がいるかもしれない」
「おおよそ、我が連隊相当の兵力、ということですか」
ほぼ同数の敵が、砂漠地帯に塹壕や有刺鉄線を敷いて待ち受けている。そこを、我が連隊で突破せよ、というのが総司令部から命令だった。
「攻守3倍の法則というものを知らんわけでもあるまいし、守りに徹する敵陣を突破するのに、同数の数でぶつかれとはな」
「明日は急ぎ出発し、ホーレンツォレルン准将閣下との早急な作戦会議が必要でしょうね」
作戦、か。それにしても、総司令部のやつらは都合がよすぎる。森の戦いに慣れた103大隊だが、砂漠となれば話は別だ。
砂漠といっても、ずっと砂だらけの場所が続いているわけではない。
岩盤がむき出しの場所もあれば、硬い土で覆われた荒れ地のような場所もある。砂丘がずっと続いている、というわけではない。
とはいえ、敵が布陣しているとされる場所は、正に「砂漠」と呼ぶにふさわしい砂丘だらけの場所である。
エテルニア軍では近づけないほどの陣を築き、手が付けられないという。そこで、戦車を持つ我々にその地の回復のため、戦いの依頼が来たというわけだ。
さて、アルトシュタットの街を出て2日後、我々はエテルニア王国内に侵入し、ちょうどウェンシュテイン砂漠の入り口に差し掛かった。岩石がところどころむき出しにある、硬い土の荒れ地といった様相の場所だ。
ところで、我が軍の進入を許可した時点で、もはやエテルニア王国は中立国ではなくなった。しかしまあ、これは仕方あるまい。今の時代、中立を保つためには相当な軍事力を保有するか、よほど見向きもされない国でなければ不可能だ。
俺の知る「歴史」では、アーカディア帝国は国土の3分の1を奪われた。が、エテルニア王国は国ごと消滅し、ヴァルハラ共和国の一部となっていた。当然、王族・貴族はすべて処刑され、共和制国家に組み込まれたとされる。
我が軍の介入で、今後はヴァルハラ共和国と敵対する陣営に加わることは明確だろうな。俺の知る歴史が、どんどんと書き換わっていく。
もっとも、我々が大敗北してエテルニア王国は消え、やはり我が帝国が国土を失うという未来もあり得ない話ではない。元の歴史通りの世界に戻るのか、それとも新たな秩序に支配される世界へと変貌を遂げるのか。
その未来を見届けるため、俺と俺の大隊は砂漠の戦場へと向かう。




