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#1 転属

「転属、でありますか?」


 俺がいきなり上官に呼び出されて、現部隊からの解任と新たな部隊への転属を命じられたところだ。


「そうだ。ゾルターブルグ公爵夫人たっての願いで、貴官をぜひ指揮官として迎えたいと、そう伝えてきた」


 その公爵夫人の名を聞いた俺は、背筋に寒気を覚える。この瞬間、俺の配属先がどこであるかを悟ったからだ。


「一応、伺いますが、その転属先というのはもしや、103戦車大隊なのでしょうか」

「その通りだ、理解が早くて助かるよ」


 上官は少しせせら笑いながら、俺にそう答えた。


「で、明日付で転属だ。早速だが、今から103大隊の駐留するネルベブルグ要塞へと向かってもらう」

「えっ、今からですか!? いえ、承知いたしました。ノルトハイム大佐、直ちにネルベブルグ要塞へ向かいます」

「もう迎えも手配済みだ、すぐに向こうから来ることになっている」


 急な転属の上に、103戦車大隊と聞いて俺は愕然とした。なぜ俺が、選ばれた? その理由については、上官からは特に何も聞かされていない。


 俺の名前は、アルフレッド・フォン・ノルトハイム。歳は25歳で、階級は大佐。この年齢でこの階級は、それなりの戦果があってのものだ。


 我が国、アーカディア帝国は隣国のヴァルハラ共和国との間で慢性的に軍事衝突を起こしている。宣戦布告なしの越境侵略を繰り返す共和国に対し、我が帝国軍は何度もやつらを押し返した。彼らとの国境線上には、幾重もの塹壕と要塞が設けられており、うかつに侵入しようものならば、この強固な防衛ライン「アウグスタス線」の餌食となるだけだ。

 現に俺も、何度か共和国軍を退けた。空軍支援のない中、たった10両の戦車と200人の兵で、その3倍の敵軍の猛攻を退けたこともあった。その時に受けた帝国栄誉勲章を胸に付けた軍服で、俺は自室へと向かう。


 さて、その防衛線基地の一つであるクロイツバッハ要塞を離れ、戦闘とはほぼ無縁の、我が国の北方に位置するエテルニア王国との国境にほど近い、ネルベブルグ要塞へと向かうことになった。

 エテルニア王国は中立を宣言しており、我が国との戦闘など皆無だ。むしろ良好な交易関係を持つ友好国で、そもそも、その国境にあるというネルベブルグ要塞は、要するに400年前の古城を一部改造し、ただ要塞と呼んでいるに過ぎない。

 いや、それ以上に問題なのは、その103戦車大隊だ。

 この戦車大隊、なんと兵士全員が女だという。


 ゾルターブルグ公爵夫人とは、我が国における「女性民権運動」を推し進め、帝国議会における女性参政権の確立、貴族家の女性当主を皇帝陛下に認めさせようとするなど、まさに女性が男性を支配せんとばかりの急進的な改革者である。

 その公爵夫人が設立したのが、まさに女性だけの軍隊、この103戦車大隊である。


 もちろん、ここの指揮官も元々は女性士官だった。どこかの伯爵家の令嬢だったと聞く。が、指揮官としての練度を上げるべくアウグスタス線で、実際の戦場を目の当たりにした彼女はその戦場での惨状に慄き、ノイローゼになってしまった。で、その代わりに俺がその指揮官として呼ばれることになってしまった。

 女だらけの部隊に転属で、うらやましい? 冗談じゃない。俺は前線で戦果を得て、いずれ将官へと昇り詰めるつもりだった。我がノルトハイム男爵家の次男として生まれ、嫡男である兄貴には家が継がれるが、俺には何も残らない。ならば、男爵という位を越える何かを得たかった。

 そんな矢先の、この転属である。実質的には左遷だ。よりにもよって、あのゾルターブルグ公爵夫人とやらに目をつけられてしまった。少し、派手に戦果をあげすぎたか?

 いや、それ以上に俺は、運命的なものを感じていたのだが。よりにもよって、ネルベブルグ要塞に転属とは……厄介なことになった。

 ともかく、命令には逆らえない。大きな革袋一つにまとめた荷物を背負い、俺は部屋を出る。すでに迎えの車がやってきており、一人の士官がそこに立っていた。

 士官は俺を見るなり敬礼し、こう告げる。


「ノルトハイム大佐でありますね。私は103戦車大隊の参謀を務めます、エレオノーラ・ブラウン大尉であります」


 名前からして平民出身だが、小柄で丸顔ながらもややきつい目つきを向けるその女性士官に、俺は返礼する。


「ノルトハイム大佐だ。お迎え、ご苦労」


 短く答えると、俺はブラウン大尉の横に座る。軍用車が、森の間の無舗装の路地を走り出す。


「ここから3時間ほどで、我がネルベブルグ要塞へと到着いたします。それまでの間、車内にてお休みください。着きましたら、私が起こします」


 と、その出迎え役のブラウン大尉はそう話すが、こんなわだちだらけのガタガタ道を走る車でぐっすり眠れる者などいないだろう。だから僕は彼女に尋ねる。


「103戦車大隊について聞きたいことがある」

「はっ、なんなりと」

「まずは車両と兵員だ、どれくらいの規模か?」

「戦車乗員、歩兵が合わせて120名。なお、戦車は4式3型戦車を10両、保有しております」


 その報告を聞いて驚いた。最新式の車両じゃないか。


「最前線でもまだ配備が始まって間もない4式3型を、よく入手できたな」

「当然、ゾルターブルグ公爵夫人様のおかげでございます、大佐」

「なるほどな……で、全員、それを使いこなせているのか?」

「4式戦車は乗員が3名、予備を含め計40名が訓練にいそしんでおります」

「そうか。ということは、戦車10両に随伴歩兵が80名の部隊、ということだな」

「その通りでございます、大佐。加えて20名の整備兵がおります」


 全部で、戦車10両に兵士140名か。大隊と呼ぶには、いささか小さすぎる部隊だな。戦車の数はともかく、兵員が少なすぎる。歩兵になりたがる女なんてのは、聞いたことがない。現実問題として、そこまでしか集められなかったのだろうな。


「あの、大佐殿」


 と、ブラウン大尉の話を聞いた俺に、やや突っかかるような物言いで尋ねてきた。


「なんだ?」

「女だけの部隊ですが、決して最前線の男性兵たちに劣らぬ部隊であります」

「それは、見てみないと分からんだろう」

「では、やはりあなたも、女の部隊だからと卑下なさるのですか!?」


 このブラウン大尉という女士官、なかなか気が強い。それに対して、俺はこう答える。


「見てもいないものを卑下したり、あるいは称賛したりする能力が、大尉にはあるのか?」

「い、いえ、ございません」

「俺は、戦闘に耐えうるか否か、そういう基準でのみ部隊を判定している。使えないようであれば、使えるように訓練する。ただ、それだけの権限しか持っていない。そこに女だからという判断基準は、持ち合わせてはいないが」

「はっ! 過ぎたことを申しました、申し訳ありません!」

「いや、構わない。言いたいことは分かる」


 この一言から察するに、この参謀も相当苦労しているのだろうな。他の男だらけの部隊と折衝することだってありうる。その最中に、口の端に乗せるのもはばかられるほどの何かを言われ続けたのだろう。

 だが、俺は兵士の性別が何であるかなど問題視しない。貴族だらけの隊もあるが、そこは緊張感もなく、名誉職としての軍人をやっているだけの集まりだ。ブラウン大尉を見る限りでは、そこよりは全然マシなようだ。

 が、やはり気になる点は多々ある。特に歩兵だ。本当に戦闘に耐えられるほどの部隊なのだろうか? 女だからとは言いたくないが、やはり体力は男に比べれば劣るのは生物学上、仕方あるまい。しかも、大隊といいながらも数も少ない。これではとても前線には出せないと、総司令部あたりで判断しての、今のネルベブルグ要塞への配置なのだろう。

 にしても、ゾルターブルグ公爵夫人とは罪な人だ。女の権利を引き上げたいのは分かる、が、だからといって戦車部隊まで創設することはなかったのではないか?

 その最前線に立たされているブラウン大尉の先ほどの物言いを聞くと、俺はそう思わずにはいられない。


 ブラウン大尉との話から、他にも兵員輸送車5台、補給用タンク車3台を保有していることを知る。部隊の規模からしても、これは十分すぎる装備だ。公爵夫人の権限の強さを思い知らされる。

 となると、あとは兵員の質だな。

 ブラウン大尉から部隊の話をざっくり聞いた後に、急に眠くなってきた。わだちによる揺れが、かえって俺に眠気を誘う。気づいたら俺は、寝ていた。


「あの、大佐。もうそろそろ到着するのですが……」


 俺にそう声をかけるブラウン大尉の言葉で、俺は目を覚ます。目を覚まして、ハッとする。

 いつの間にか俺は、大尉に膝枕をさせていた。不機嫌そうな顔でにらみつける大尉の顔を見て、俺は飛び起きる。


「す、すまない、あろうことか、貴官に寄りかかって寝てしまったようだな」

「いえ、構いません。大佐もお疲れでしょうから」


 半分、皮肉交じりの一言を浴びせられた俺は、ばつの悪さをごまかすように外を見る。無舗装だが、前線近くほど荒れた路面ではないからか、車は山沿いの道を颯爽と走っている。


「あの山向こうに、我が大隊の本拠地であるネルベブルグ要塞がございます」


 堅苦しい口調で、窓の外を指さして説明するブラウン大尉だが、突如、ドーンという音が響き渡る。


「……今のは砲声、だな」

「その通りです、大佐」

「訓練でもさせているのか?」

「指揮官も参謀もいないまま、訓練などできるわけがありません」

「では、今のはなんだ!?」


 再び、砲声が響く。口径が80ツェント・ラーべ(ミリ・メートル)の放つ砲声であることは間違いない。つまりあれは、戦車による砲撃だ。

 が、火薬量が少ないのか、砲長の響きが短い。訓練用の着色弾を使っているのは間違いない。が、あれを使う時は、別の部隊との模擬戦闘の時だけだ。

 山を越えると、数百年前に建てられた古城が見えてきた。その脇には、平原がある。訓練場として森を切り開いて作った場所だと分かったが、そこには10両づつ横に並び、対峙した2つの戦車隊が見える。


「おい、指揮官もなしに模擬戦を始めたのか!」

「まさか、そんな予定はございません」

「それじゃどうして、戦車同士が模擬戦闘をしているんだ!?」


 ともかく、何が起きているのかを把握せねばなるまい。大急ぎで車を、あの訓練場に向かった。

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突然の転属命令、ノルトハイムさんは地獄に向かって旅立つのか…。(銀河万丈ボイスで) 到着早々模擬戦? まさか某装甲な騎兵の伝統の『共喰い』? 女だけの部隊と聞くと、パワードールとサクラ大戦を思い浮か…
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