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三軍勇者


 わずかな、沈黙。


「お、おいっ、そんな言いかた」

「いやでもそうだよな。見たところ一撃だし、なんでさっきまでもたついてたんだ?」

「ひょっとしてわざとか? 後々英雄譚ぶつために……」

「ありえるな。なんだかんだあいつも“勇者サマ”ってことか……ふざけやがって」


 ややあって、ざわめきに混じって聞こえる不平。

 呆然と、なにも考えられなくなる。

 いや僕は、そんなつもりは、

 ……そんな台詞が浮かぶが、声が出ない。


「通りもめちゃくちゃ……この戦時に、復興に割ける人員なんかあるか?」

「それより何人死んだ? あいつがすぐ動きゃ死ななかったんじゃ……」

「所詮余所者さ。この世界の人間などどうでもいいんだろ」

「市民を書き割りとでも思ってんのか? あの“勇者サマ”がたのお仲間らしい……」


 遠巻きに、顔は合わせず、しかしざわめきは止まらない。

 勇者として国に立場を守られている、僕という存在。

 面と向かってなじろうものなら、あとでどんな処罰が下るかわからないからだろう。


 彼らを責めるわけにはいかない。

 理不尽な魔物の襲撃。抗う術の限られる彼らも、勇者が守るべき人たちであり、被害者だ。

 それに僕の間抜けで対処が遅れたのも事実。彼らの鬱憤がすこしでも晴れるのなら、非難も甘んじて受けるべき……なのかもしれない。


「――なにをぼさっとしている、お前たち!!」


 不意の叱責。


「侵入した魔物があれだけとは限らんのだぞ! 四班は索敵! 五班は救護! わかったらさっさと動かんか!!」

 

 駆けつけた部隊長さんの声だった。

 上官の命を受け、兵士たちも弾かれたように動き出す。


「……ありがとうございます」

「なんのことだ? それよりお前にも来てもらうぞ。まともな戦力は今やミナモト、お前しかいないんだからな」


 そばまで歩いてきた隊長さんに、思わず頭を下げる。

 それから彼について、僕も動き出した。




〈side:others〉




「ハァ、ハァ、ハァ、ヘァ……ッ」


 王都郊外。

 超人的な速度で走るのは男女七名。

 人知を超えた足どりとは裏腹に、その表情にはおしなべて余裕がなく。


「ッたく、ふざけんなよ、なんでオレらがこんな目に……!」


 先頭を行く男子が思わずこぼしたぼやき。

 本気で己の不運を嘆く調子だ。気軽に倒せる魔物しか出ないはずの王都での、まったく歯が立たない相手の唐突な出現。バランス崩壊もいいところな展開は、とにかく理不尽で不愉快なようで。


「そもそもなんで“加護”ごとに格差があんだよクソッ、厚美みてーな力があれば今頃おれだって――っ」

「それな。エコひいきうぜぇ」

「てかそもそもっつったら、レガス(こっち)来るの厚美たちだけでよかったんじゃね……?」


 他の男子も同じ思いなのか、ぼやきの連鎖。

 彼らが行くのは、鬱蒼とした森を通るやや荒れた道。主要な街道とはべつの、いわば裏道。歓楽街で遊び歩くなかでたまたま知った、後ろ暗い者たちが利用する場所であった。


「てか、これどこ目指してんの? これからどーすんの?」

「どこでもいいだろ! どのみち王都にゃもう戻れねーし、それこそ二軍のヤツらみたいに好き勝手やろーぜ!」


 やや遅れ気味の女子の声に、男子が雑に返す。

 彼の言う二軍とはつまり、一軍とも三軍ともいえない他のクラスメイト。

 2‐Cでも最も数の多い彼ら二軍は、いくつかのグループに分かれそれぞれ行動している。たとえば最前線以外の要衝の警護だったり、遊撃的に各地を巡ったり、あるいはそれ以外の、独自の行動をとる者も。


 レガスにおいては基本、勇者は自由意志が保証される。

 かつて勇者の力を過剰に恐れ、その行動を完全に統制――要は勇者を隷従させようと目論んだ国家があった。だが結果その勇者は魔王を超える災厄と化し、当時の人類を滅ぼしかけた。

 これを教訓とし“勇者の道行きを妨げることなかれ”がこの世界の、人類の原則となっている。無理に縛らず好きにさせたほうが往々にして上手くいくことも多く、この方針は変わることなく今日に至っている。


「もともと無理に戦わなくてもいいとか言ってたしな! 王女サマも」

「そっか向こうが最初にそー言ったんだ。ならいっか」

「でも帰るときは王都に戻らなきゃなんだよね? 気まずー」

「ギリギリで戻りゃ平気っしょ! どうせ二度と会うこともねーんだし!」


 魔王を倒した暁には、2‐C全員の元の世界への送還が約束されている。

 誰か一人でも魔王の元へ辿り着き、倒せればそれで済むのだ。そしてそれが出来るとすれば厚美たちのグループ――一軍をおいて他になく、

 要は彼ら三軍には、もともと戦う気概などない。

 今回の行動でレガスの人々の心証は悪化しただろうが、

 それを気にする義理もないというのが、彼らの正直なところだった。


「王都にこもりっきりっつーのもタルかったし……やっちゃうか? 異世界で、冒険者!」

「あれ、冒険者ギルドとかないんじゃないっけ? この世界」

「あーそーいやそんな話だったな。でもべつに必要なくね?」

「なんでもいいけど命懸けなのはもう無理。パス」

「べつにそんな必死になんなくても、適度な魔物とか探して倒せばよくない? さっきみたいなコトってそうそうないだろうし……」


 危機から遠ざかり、あれこれ話すうち、恐怖や緊張も次第に薄れていく。

 それもひとえに、彼らがこの世界では有数の使い手であることに変わりはないからだろうか。


 その油断が目を曇らせ、勘を鈍らせたのだということを、

 学ぶ機会はそれこそつい先程、あったというのに。


 たとえば暗がりの道。

 陰る足元が不自然に暗くなっていることにも、彼らは気づかず、


「それになんだかんだ、ウチらの“加護(チート)”が強いのは確かなんだし、」


 足を、取られる。


「――!?」

「なん、これ……っ」

「やっ? ――沈、む」


 いつの間にか沼地に踏みこんでしまったかのように、突如足から沈みゆく七人。

 そうなってようやく、足元の異変に気づく。光すら吸いこんでしまいそうな、のっぺりした黒。それまで走ってきた路面とは明らかに違う、普通ではありえない質感。

 つまりそれは超自然的な力、魔術の影響に他ならず――


『――いやはや、やはり見込んだとおり。ワタクシの影術でも事足りる程度の力でしたなあ』


 ならばその術者も当然、この場にはいるということ。

 驚愕に振り向き、そして絶句する七人。

 スーツのような衣装を着た成人男性といった風体。

 ただし頭部はがらくたの寄せ集めのようで、生きものかどうかすら判然としない。

 それでも事前に受けた説明から、彼らは嫌でもその正体に気づいてしまう。


 人語を解する人型の異形。

 すなわち、魔族。


『とはいえ、拍子抜けなのは確か。たかだか強化獣を前に逃げを打つとは……どうも勇者といえどその力は玉石の様相。でなくば先の会戦でも、敗走などありえませんからなあ』


 生物の発声とは異質な音声での語り。

 七人を捕える陰は異形の足元から伸びており、一歩一歩、近づく動きに合わせて蠢いている。


『まあしかし、ワタクシにとっては好都ご、』


 異形の接近。それを好機と見たか、

 勇者の一人が、“戦士”の“加護”により出し入れ自在な長剣をもって奇襲を試みる。

 が、


「!?」

『おや危ない。窮鼠猫を噛む、ですか。されどこれでは文字通り、鼠の歯ほどの脅威もありませんなあ』


 首狙い、横薙ぎの一撃は、

 無造作に差し出された右手、その親指と人差し指で摘むだけで、止められる。

 足を取られた無理な姿勢での攻撃、ではあった。

 それでも今、摘まれた剣がびくともしないのが、彼我の埋めようのない力の差を歴然と示し――


『ま、不躾な真似は不問と付しましょう』

「ぅ、ぐあっ」

『なにせワタクシは今機嫌がいい。――勇者という、得がたい検体(サンプル)が手に入ったのですから』

「サ、ンプル……?」


 むしり取られ、無造作に投げ捨てられた長剣。

 続く異形の言葉は人間であれば、にこやかといった調子。

 口調の穏やかさとは裏腹に、しかし台詞自体はどこまでも不穏で。


『御覧のとおりワタクシ、直接戦闘は不得手でして。専門はいわゆる魔物の改造、強化……ひいては製造。先にあなた方が見た強化獣(アレ)も、なにを隠そうワタクシが手がけたモノでしてねえ』


 気づけば七人は、膝まで沈められている。

 いよいよ必死にもがけど、底なし沼のような拘束からはまるで抜け出せそうもなく。


「たす、たす、け、」

「やだやだっ、イヤッ、死にたく、な」

『おや人聞きの悪い。せっかくの検体、むざむざ(こわ)す気などありませんとも。もっとも――』


 ぐしゃぐしゃに泣き喚き、命乞い。

 しかし対する異形の反応は、


『ワタクシが心行くまで実験した(たのしんだ)あとで、今の己を保てるか否かは保証しかねますが、ね』


 どこまでも楽しげな、それでいて無慈悲な物言いであった。




 数分後。

 七人を完全に沈めた陰が、ゆるやかに縮み異形の足元へと収まる。


『……ふむ、やはりいささか時間がかかるのが難ですなあ。まあ影術本来の使いかたでないゆえ致し方ないところですが』


 人間なら顎にあたる部位に手をあて、一人呟く。

 それから振り返り、あるかもわからない目を向ける先は、王都。


『はてさて、あちらはどうなったのやら。勇者がこうなった(・・・・・)今、太刀打ちできる戦力があるとも思えませんが……』


 自らが生成した強化獣に襲うように仕向けた先へ、思いを馳せる様子の異形。

 だがそれもわずかな間だけ。さして興味がないからだ。

 王都への襲撃も、勇者の捕縛も、

 べつに魔王に命じられたからとか、人類を攻め滅ぼすための作戦だからとかではない。

 たまたま思いついた強化獣の生成法、それを試すのに都合のいい場所があったというだけで、王都を襲わせたのもただの気まぐれ。

 強化獣の性能は生成した時点で見極めているので、すでに用済み。

 それがどれだけ暴れようが、あるいは討たれようがどうでもいい。

 異形の興味はそれよりも、すでに新しい検体(サンプル)のほうに映っているから。


『久方ぶりに心躍りますなあ。神に加護(たも)うた()なる世のニンゲン……いやはやまっこと、興味は尽きませぬ。カカククク……ッ』


 昏い森で人知れず、奇怪な笑い声を上げた異形は、

 滑り落ちるように自身の影へと沈み、やがてその影も地面に浸み込むようして、消え失せた。

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