一軍勇者
レガス。
ここは剣と魔法が物を言う異世界であり、
人類が魔族という驚異に晒されている場所でもある。
魔族。
単体で人類の一軍に匹敵する戦力を持つばかりか、
本能的に人を襲う異形の獣――魔物を数多従える力も持つ、人類の天敵。
魔王率いる魔族の軍勢、その戦力は圧倒的で、
古来よりレガスの住人は、幾度となくその脅威に晒され続けてきた。
まともに戦えば敗北必至の相手。
それでも戦いの度に渡り合い、勝ち残ってこれたのは、
勇者、という切り札がレガスの人類にはあったから。
勇者召喚。
強力な神の加護。それに耐えうる魂を持つ者を、異なる世界から呼び寄せる奇跡。
魔族に勝るとも劣らぬ勇者を主力とし、レガスの人類は一丸となって、今日まで存亡の危機に打ち勝ってきた。
しかし幾度討ち果たしても、魔王は時を置けば再び立ち現れる。
それが今であり、
今代の勇者の役目に選ばれたのが、区立陽ノ守高校二年C組の生徒、三十名。
過去のレガスの歴史において、召喚された勇者は大抵一から四人。多くても六人まで。
これほどの人数が呼び出されたのは初めてで、
つまり今回の魔の軍勢は、それ相応に強大ということ。
軍部の見立てでは、魔王も歴代最強とさえされているらしいが、
幸いか、2‐Cの生徒の力はほとんどが歴代の勇者と遜色なく、数名は凌駕するほどで――
〈side:others〉
辺境の都市郊外。人類圏の最外縁。
すなわち魔族との戦いの最前線。
「どぉおおりゃぁあーーー!!!」
そのさらに陣頭に、敵陣めがけて突貫する少年が一人。
「ちょっと厚美くん、突っ走りすぎ! 兵の人たち置いてっちゃってるよっ!?」
「今更止まれるかぁっ! それにある意味これで正解――ッ」
いや、もう一人。追走しつつ後ろを指差し叫ぶ少女も。
それに構わず、少年は手にした大槍を引き絞るように構え、
一歩、踏み込み。
それだけで大地はひび割れとともに陥没し――
「“シューゥティングスタァーッ”!!」
溜めた力を一気に突き出す。
爆発的に光り輝く槍。輝きはそのまま炸裂し、迸り、
『ギッ――』
『ギャコォ?!』
『ガアアアアッ!?!』
前方に展開する魔物を群れごと呑み込み、八つ裂きにする。
背後から上がるのは、友軍のどよめき。
勇者の力を目の当たりにした、兵士たちの驚嘆と畏敬の表れだった。
「うしっ!」
「『うし』じゃないわよっ。アタシを余波に巻きこむつもりかっ」
「イテ、イテッ! いーじゃねぇか歩兵はともかく風子なら離脱できるし、実際したんだから」
「そーいう問題じゃない! 問題はキミの短慮さだよ厚美くんっ」
爆発の直前に一旦離れ、再び戻ってつっこみを入れる少女、椎名風子。
短刀の峰を側頭部に受けながらそれを聞き流す少年、厚美朋矢。
戦場にあって場違いともいえる軽い空気は、彼らの心理的余裕、ひいてはそれを裏づける実力の高さを示しているようで。
「風子、厚美君っ」
「おー守永さん! 見た見た? オレの華麗な先制攻撃!」
「わっ、いいの優愛? こんな最前線に出てきちゃって」
「うんっ、たぶん大丈夫。ここのほうが“プロテクション”も維持しやすいし……」
遅れてやって来たのは、また違う意味で場違いな雰囲気の少女。
陽だまりのような穏やかさをまとう彼女は、守永優愛。
その雰囲気とは裏腹に、彼女もまた二人に比肩するほどの“加護”を持つ勇者。現に今郊外に展開する友軍は、その一人一人が彼女により護りの奇跡を授けられている。
それを示すように、手にした仰々しい装飾の錫杖を鳴らしてみせる優愛。
「それに私も、勇者だからっ。私にも二人のこと、守らせて!」
「守永さん……」
「ええ子やねえ、優愛。こらウチらもますます頑張らなあかんね」
「なんで関西弁?」
軽口と、それから笑みを交わし合う三人。
それを睨めつけるは敵軍の一体。
魔物の知能は獣程度だが、それでもまず狙うべき敵がどれかについては考えが及ぶらしく。
開いた顎は、砲口。生まれながらに身に宿す魔術にて、狙い定めるは穏やかな少女。
放たれる火炎の咆哮。
「ッ!?」
「危ねえッ!!」
居竦む優愛。
しかし射線に割って入った朋矢が、重厚な槍の穂先を盾に火炎から彼女を庇う。
「っ、あ、ありがと、厚美君……」
「なんの! むざむざ大切な人を傷つけさせたりしねーさ!」
「た、大切っ?」
「あっ、いやちが、くもなくて――そう、大切な親友の彼女だからな! 怪我なんかさせたらトールに顔向けできないっつーか、そういう意味ッ!」
「そ、そっか、うん……っ」
戦闘の緊張が戻ったと思いきや、またもほぐれる空気。
ほぐれたというか、妙なぎこちなさ。それを見た風子は、一言。
「もしもーし、あんまストロベリってると皆元くんに言いつけるぞー?」
「だからそういうんじゃねーって!!」
「~~ッ」
「まーいいけど。変にカタくなるよりマシだろーし」
それを受け朋矢はむきになり、優愛は縮こまる。
王都を離れてほどなく、しばしば見受けられるようになった空気。ゆえにか風子も軽く流すようにし、双剣の片方の峰でとんとんと自分の肩を叩くようにしつつ、視線を前へ。
「――ようやく追いつきました、ご無事ですか!? 皆さま!」
「平気。問題ないよん」
背後からかけられる声。
宮廷魔術師であるイリスのもの。利の代わりにパーティに加わった人員で、レガス随一と謳われる攻撃術は勇者と肩を並べるに足る威力を誇る。
見れば軍の歩兵も続々と追いついてきている。本格的な戦闘開始はここからといえよう。
「っし! んじゃあ気を取りなおして、突撃といきますか!!」
「また突出しすぎないでよー厚美くん!」
「私も、今度はちゃんと守るからねっ」
この日の会戦は、
レガス第十二次対魔大戦において、初の明確な大勝を飾ることとなる。
○
「すごい活気だな……」
大通りにごった返す人波に僕、皆元利は思わず呟く。
現在、戦勝記念の祭りが、王都を挙げて執り行われている。先の朋矢たちの活躍の一報を受け、急遽催されることとなったイベント。それまでじり貧の戦況に沈みがちだったらしいけれど、久々の明るいニュースに道行く人も皆晴れやかな顔を見せている。
僕も、恋人や友人たちの活躍には、素直に誇らしい気持ちだった。
「あ、そこ押さないで! 急がず、止まらず、落ち着いて進んでください!」
ちょっとした人波の乱れに気づき、すこし強めの声を上げる。今日の仕事は交通整理。街の賑わいは喜ばしいことだが、多い人出にはトラブルもつきもの。混雑した人ごみに圧し潰されて……なんて事故は現代日本でさえ起こりうるのだから、気をつけるに越したことはない。
「必死んなっちゃってまあ……」
「祭りの時くらいのんびりすりゃいいのにな」
「自分の働きぶりも見せつけときたいんだろ。あいつ、【神槍】サマのお友達らしいからな」
聞こえてきたのは、路地にたむろしていた兵士たちの声。彼らも警備の任を受けているはずだが、晴れの日にまで勤勉を貫く気にはなれない様子。壁に立てかけた槍の代わりに酒瓶を手にする姿には正直一言言いたくもなるが、僕の言葉をはたして彼らが聞き入れてくれるかどうか。
クラスメイトのみならず、この国の一般兵にも軽視されがちなのには、薄々気づいている。
なにせ勇者にもかかわらず、自分たちとそう変わらない力しかないというのだから。
「わざわざ俺らに交じって……イヤミは顔だけにしとけっての」
「勇者サマは勇者サマで固まってられねぇモンかね」
「そういや今なにやってんだ? その勇者サマがたは」
「酒場でいつもの武勇伝ぶってるぜ。なんも知らん市民にとっちゃいい娯楽だろうが……」
「うへぇ、そっちにゃしばらく行かねえでおくか」
立場自体は勇者として保証されている、というのも彼らの気に障るのだろう。
せめてみんなの役に立とう、そう思っているだけなのだけど……
それも結局は独りよがりなのかもしれない、とも近頃はつい思う。
みんな、か。
(軽視してるのは勇者のほうも、だよな。たくさんの兵の人たちが下支えしてるから、みんなも存分に戦えるのに……)
勇者が兵たちを見下し、その鬱憤が僕へと向けられている……
そう考えるのは、やっぱり被害妄想的かもしれないけれど。
「あっ」
ふと往来に、転んでしまった男の子が目に留まる。
自然とそちらへ足は急ぐ。
そうして、誰かに踏みつけられる前に助け起こせたのは、思ったよりスムーズに人ごみをすり抜けられたからか。サッカーでディフェンスを躱す際の技術がこんなところで役に立つなんて、なにが生きるかわからないものだ。
「大丈夫?」
「ぐずっ……ありがと」
「うん、気をつけるんだよ。――と」
見る限り擦りむいたりもしてないようで、安堵しつつ服の埃だけ払ってあげる。
見れば母親らしき女性も小走りに近づいてくるところで――
不意に、足元に感じる振動。
「地震……?」
「あら、本当。珍しいわねぇ地鳴りなんて」
思わず呟けば、男の子を慰めている母親もそんなことを。
道行く人たちの何人かも気づいたようで、足を止める人の姿も目につく。けど……
地震、と口にしたのは僕だが、しかし、
違和感。
地震大国と呼ばれるだけあって、僕ら日本人は地震に敏感だ。
震源はあっちかな? とか、震度は三くらいか、と当たりをつけてニュースを見ればそのとおりだったり。直下型とかもなんとなくわかるよね、という話題にも少なくない数の人が同意を示すほどで……
同様に、
地震か、そうでない揺れかの違いも、僕らには案外と明瞭で。
突如大きくなる、否、近づいてくる振動、
そして、
爆裂。
大通りの先。
巻き上がる土煙。幾人かの、弾き飛ばされる人の姿。
その向こうからせり上がってきたのは、
『ググルルルル……ッ』
甲殻を背負った、巨大な魔物――!




